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元禄十三年(げんろくじゅうさんねん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-23 9:38:35  点击:  切换到繁體中文


   親抱きの松

      一

 饗応役の打合せに当てられた、城中の仕度部屋だった。
 不意の声が、美濃守の首をじ向けた。
「岡部殿!」
 吉良だった。
 美濃守は、無言で、眼で訊いた。
「――――。」
「お手前は、私に何ごともお尋ねないが、元より御本役をお引受けなされたくらい、万事心得ておらるるであろうの。」
 うそぶくように、美濃守が、
「ところが、何も知らぬ。われながら、笑止。」
「とすましておられて、それでよいのか。」
「よいも悪いも、知らぬことはどうにもならぬげな。」
 憎さげに口びるを噛んで、吉良は、もう、顔いろが変りかけてきた。
「知らぬことは、どうにもならぬ? よく、さような口が――。」
「が、また、そこはよくしたもので、こうしておれば、貴殿のような親切なじんが、何かと教えてくれるであろうから、まあ、どうにかなるでしょう。などと考えて、あえてあわてませぬ。」
「多用です。お手前ごときを弄して、暇を欠かしてはおられん。が、当日さし上げるお料理の儀は、いうまでもなく御存じでありましょう。」
「それも御存じないから、呆れたものですな。」
「美濃殿!」
 吉良は、この岡部美濃という人間は、莫迦なのか偉いのか、わからなくなって、いらだった声を出した。
「おふざけ召さるる場合でない。手前の落度になりますから、これだけ申し上げておく――お着の日、御饗餐ごきょうさんは、魚類をいといます。精進料理ですぞ。」
 美濃守は、弟の辰馬と、このごろまるで筆談のようなことをしているのだった。
 今朝も、出がけに辰馬がそっと机上に書いておいた紙片を、美濃守は見ないふりをして、素早く読んできていた。
 にっと、笑って、
「いや、吉良殿ともあろう者が、それはとんでもないお間違いです。精物というは、清らかなるものという意、堂上方が、初春はつはるの慶賀に御下向なさるに、何で精進料理ということがありましょうや。たとえ精進日であっても、江戸お着の当日は、けっして精進はいたされません。魚類で結構、どころか、魚類でなければならぬ。手前は、誰が何といっても、魚類を進ぜるつもりです。」
 吉良は、背骨が棒にったように硬直して、唾をんでいるだけだった。
 手が、自動的に、ひらいたり閉じたりして、袴の膝を握りしめていた。

      二

「いえ、けっして、お思召しに添わないなどと、さようなことを申すのではございません。ただ――。」
 押さえ来かかった吉良の手だった。それを、あまり強く払ったことに気づいて、お糸は、はっとしていた。
 ここで、こんなことで露顕しては――と、お糸の糸重は、無理につややかな媚笑わらいを作った。
「そのお約束で、御奉公に上っております糸でございます。何で御意ぎょいさからいましょう。殿様さえお心変りなさらなければ、末長く――でも、きっとすぐお飽きになって――。」
 いいながら、いくら間者かんじゃとしても、心にもないことを――と思いながらも、糸重は、現在、良人、良人の兄、自分を苦しめている吉良へ、こんなことまで口にして、こびを、と、ぞっとした。
 刺し殺したいほど、吉良への憎悪に燃えた。
「ただ、何だ――それなら、なぜかれぬ、と申すのじゃ。」
 蒲団にすわった吉良は、みょうに白けた顔で、眼が、異常に光っていた。
 はらわれた手のやり場に困って、襟をかき合わせた。
 乾いた音だった。
「妾が――意に添うも添わぬもないはず。理由わけを申してみい。」
 いつものように、吉良の就寝を見て、自室へやへ引きとろうとしていた糸重だった。軽くあらそった衣紋の崩れをなおして、夜着の裾のほうに、遠くすわっていた。
「わけと申して、べつに――。」
 吉良は、何気なくよそおっていた。が、老人としよりらしくもなく、手出ししてねられたという照れ臭さが、寝巻きの肩のあたりに見られた。
 しかし、お糸は、はじめから妾に来たのだった。妾に、こんな手間ひまのかかる女が、あってもいいものだろうか、と、吉良は、不思議な気がした。ばかばかしく思った。
 いっそ暇を――が、そうもならなかった。それは、たんに未知へのあこがれかもしれなかったが、いつの間にか、愛着らしいもののできているのも、いなめなかった。平茂と、本人のお糸への、意地もあった。
 何だか、考えこんでいる吉良を見ていて、糸重は、良人の辰馬の顔を思い出してみた。同時に、吉良が気の毒のような感情も、ふっと横切ったりした。
 糸重は、泣いていた。
 吉良が、いつになくやさしく、
「何を泣く――?」
 一寸のがれを、いわなければならなかった。
「ほしいものがございます。それさえ下されましたら――。」
「ほほう、物が欲しい。」吉良は、にこにこして、「子供よのう。必ずともに寵愛いたす――との証拠しるしにな。面白いぞ。して何が所望しょもうじゃ。」
 とっさの思いつきに、困って、
「あの――。」
 と、部屋中を走った糸重の視線は、違い棚の扇箱にとまった。
「あれか。はっはっは、あの扇箱か。」
 糸重は、あわてた。
「はい――いえ、あれに、扇をお入れ下さいまして――そうして、その扇に、ちょっと好みがございます。」
 ほっとして、いった。

      三

「骨は――と、木を用いて、変り材のごとく観すること、か。厄介なことを思いつきやがったなあ!」
 職人のひとり言だった。
 吉良からの注文書を置くと、すぐ、奇科百種新述きかひゃくしゅしんじゅつと標題のある工学書を参考して、
「ええと、何だって?――木地を塗りて玳瑁たいまいあるいは大理石マルメルの観をなさしむる法、とくらあ。まず材をよく磨きてのち、鉛丹たん膠水にかわ、または尋常よのつね荏油えのゆ仮漆かしつあわせたる、黄赤にしてたいまい色をなすところの元料もとを塗る。さてこれに、血竭二羅度らど、焼酎十六度よりなる越幾斯エキスにて、雲様の斑点とらふ模彩うつす。かつ、あらかじめ原色料くすりをよく乾かすよう注意きをつけ、清澄たる洋漆を全面そうたいびせるべし。」
 常磐橋ときわばしの東の、石町こくちょう一丁目にあって、御影堂みかげどうとして知られた、扇をつくる家だった。京都五条の橋の西の御影堂が本家で、敦盛あつもり後室こうしつが落飾して尼になり、阿古屋扇あこやおうぎを折って売り出したのが、いまに伝わっているといわれていた。おうぎ形の槻板つきいたに、大きく屋号を書いた招牌かんばんが、さがっていた。
 そこの工作しごと場だった。
 扇工は、その、指南書のさきを読みつづけた。
「大理石の様模はだをあたうるには、随意おもうところの一色を塗り、これに脈理を施して天然のものにまぎらし、後に落古ラッカせてつや出しするをよしとす――。」
 そして、この式にしたがって、扇の骨に加工しているのだった。
 それができ上れば、吉良の意に任す――それまでは、枕をかわすことはできない、と、糸重が、難題として、吉良に持ちかけた扇子なのだった。
 風流人をもって自ら許している吉良だった。この糸重の申し出を、面白い――と笑って、さっそく御影堂へ注文しないわけにはいかなかった。
 義兄美濃守が、無事に饗応役を果すまで――それまでにでき上らない扇でさえあれば、何でもよかった。なるたけ時日のかかりそうな、むずかしい扇を、でたらめに考え出した。扇が、例の扇箱に納められて、吉良から下げられない前に、美濃守は、役目を解かれるに相違なかった。そうすれば、糸重は、そっと吉良から脱けて、元のままのからだで辰馬の許へ帰れるはずだった。
 吉良は、この扇のことを、女との交渉のまえの、ちょっとした遊戯として、興がっていた。
 毎日のように、御影堂へ催促が飛んだ。もうできかかっているのだった。

      四

 立花出雲守の使者に渡すはずのお次第書を、糸重は、こっそり懐中していた。
 お次第書は、追加の御沙汰といって、当の式の順序をしたためた、重要な書類だった。饗応役のもっとも大切な一日を、具体的に説明しているものだった。
 人気ひとけのないのを見すまして、背戸の柴折しおり戸をあけた。
 いつものように、宵闇にまぎれて、折助おりすけすがたにつくった辰馬が、ぼんやりっていた。
 手早く、お次第書を渡しながら、糸重が、
「これは、饗応役の一ばん大事の日のことを、細ごまと書いた、申せば、お役のこつなそうにございます。立花様から受取りに来られれば、失くなったことがわかって、おっつけ騒ぎになりましょう。」
 辰馬は、頬被りの奥から、
「ほかに、心得は?」
「当日は、必ず大紋烏帽子だいもんえぼしのこと――。」
「その他――気がく。」
 垣根を離れて、行こうとするので、
「それから勅使院使さまがお上りのとき、吉良とお取持役おふたりが、お出迎えなされます。」
「うむ。それで?」
「その節、吉良は、高家筆頭の格式でお掛縁かけえんとやらまで出ますそうでございますが、兄上さまと立花様は、本座に――。」
「本座――ではわからぬ。どこだ、本座と申すのは。」
「何でも、おひき出しと申す場所だと――。」
「よし。お抽斗ひきだしだな。」
 去りかけた辰馬が、引っかえしてきて、
「扇は、は、ははははは、まだであろうな。」
「はい。まだでございます。でも、もうすぐ――危のうございますので、変り骨だけでは心細いと、あとから、いま一つ、難題を加えてやりました。吉良の知行、下野の稲葉の里に、親抱きの松というのがございまして、常から吉良が自慢にいたしております。いつぞや順礼がその松の下で相果てましたので、土地の者が、葬いのしるしに、それなる老木の傍に若松を一本植えましたところが、小松が枝を伸ばして、親松の幹を押さえましたそうで――さながら枝で支えようとしております恰好から、吉良が命名なづけまして親抱きの松と呼んでおります。これから考えつきまして、扇面いっぱいに、三万三千三百三十三の松の絵を、梨地蒔絵なしじまきえで、幸阿弥こうあみ風に――面倒な注文でございますが、御影堂では、夜も昼も、職人から主人からかかりきりで、それもやがて、仕上げに近いと聞きましてございます。心配でございますが、どうすることもならず――。」

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