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平馬と鶯(へいまとうぐいす)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-23 9:39:27  点击:  切换到繁體中文


   うぐいすの便

 それから二日ばかり大雨だったが、その雨のはれた朝のことだった。鶯の宿の少女が、縁に出て、陽の照る庭に立ちのぼる水気を嗅ぎながらいつものように、籠のなかの鶯にたわむれていると、その朝にかぎって、どうも鶯のようすがへんだった。なんとなくそわそわしている。と思ってよく見ているうちに、どこか遠くでほかのうぐいすの声がした。ホウホケキョというそのき声は、はじめはかなり遠くの方でしていたが、それがだんだん近づいてきて、今度はどこか家の近くで大きくはっきりと啼くのが聞えた。すると少女の鶯も友達が来たのを喜ぷように盛んに啼きたてた。やがて庭先の梅の小枝に、ほかの鶯の黄ばんだみどり色の姿が見えて.それがしばらく籠のなかのうぐいすとしきりに啼き交わしていたかと思うと、と羽ばたきをしながら、梅の枝をはなれた鶯が、縁側の籠の前へとんで来た。籠を隔てて二羽の鶯が何事か親しげに囁き合っているように見える。
 少女はうれしそうににっこりして、そして新来の珍客を驚かさないように気をつけながら、そっと籠のそばへ寄った。この、どこからともなく飛んで来た鶯も、長らく人に飼われていたものとみえて、少女が近づいても逃げようともしない。で、ふとそのあしを見た少女は、急いで籠の外のうぐいすを押えた。紅筆べにふでのような鶯の脚に小さな紙片がしばってあるのだ。
 少女が紙を解いて見ると、小さく畳んだ手紙のようなものである。鶯はそのまま放してやって、少女が手早く紙をひろげようとしていると、後で荒々しい音がした。振り返って見ると、兄の鏡之介である――真庭念流の剣客で、下妻藩の若侍たちのあいだに、牛耳ぎゅうじをとっている荒武者。
「千草、何だその手紙は?」
 と、鏡之介はすぐに少女の持っている紙片に眼をつけた。千草と呼ばれた少女は、もう怖そうにおずおずと、兄鏡之介の前へその紙を差し出した。
 引ったくった鏡之介が読んでみると――。

下妻の方々へ申す。
平馬をはじめ結城藩の若侍一同、今宵深更こよいしんこう、結城の城下はずれの森に会合致し、筑波神社祭礼神前仕合の策戦をなすよし、たしかなる筋より聞き及び候間そうろうあいだ御参考にまで密告仕侯。よろしく御取りはからいあって然る可く存じ候。
蔭乍かげながらお味方の一人より
 読み終った鏡之介は足許の妹千草をめつけて訊いた。
「どこからこの手紙が舞い込んだ?」
「はい。どこからともなく一羽の鶯が、この私のうぐいすを慕って飛んでまいりまして、あの、その鶯の脚にこの御手紙が巻きつけてあったのでございます」
「ふうむ。そうか――鶯の便とはちかごろもって風流な話だな」
 と、言ったかと思うと鏡之介、そのまま手紙を握りしめてどんどん奥へはいって行った。頭のなかで今夜結城の会合に対する素晴しい計画を思いめぐらしながら。

   矢筈の森

 宵のうちにちょっと顔を見せた月は、間もなく霧に呑まれて、森の下闇したやみは鼻をつままれてもわからない暗さだった。結城の藩と下妻との間に、横笛川という一筋の流れ。その川に月見橋の架かっていることは前にも言ったが、その月見橋を少し結城の方へ寄った所に、矢筈の森というこんもりと茂った森があった。昼は時々城下の百姓や町人が、薪木たきぎを拾いに来るくらいのもので、この夜更け、しかもこの霧、いまごろ、矢筈の森のなかに人影があろうとも思われないのに、ちょうどその森の真ん中、少し木が開いて茫々とたけなす草が生えているなかに、提灯ちょうちんの火を霧ににじませて、一団の人影がうごめいていた。あの鶯の便にあったとおり、平馬を筆頭に結城藩の若侍一同が、来るべき大仕合の策戦計画に夜中ひそかに集合しているに相違ない。提灯の灯をうけた顔が赤く興奮して、おたがいに霧を透して覗き合いながら、さっきから相談がはずんでいる。話にばかり気を取られていたので、そのすぐそばの木の影に、下妻の鏡之介がこっそり忍んで立ち聞いていたことには、誰一人気のついた者もないようすである。
「今年こそは平馬どのが出られるからと思って、我々も安心しているが、ところがここに聞きずてならないのは、下妻のやつらは戦わぬ前に、とても勝算のないのを知って、なんとかして平馬どのを出場不能におとしいれようとして、つけ狙っておると申すではないか。なんと各々方おのおのがた、この敵の仕打ちはまことに卑怯には相違ないが、この際平馬どのにもしものことがあっては、われわれ一同はまことに困却こんきゃくつかまつる。もとより勇豪の平馬どののことゆえ、下妻のやつらのごとき、恐るるにもあたるまいが、俗にも言う多勢に無勢ぶぜい――どうも心配でならぬ」
 こう言って一人が分別顔に一同の顔を見廻すと、それに応じてまた他の者が口を出す。
「さればさ。その憂慮に堪えんからこそ、今宵御一同にお集りを願って、あらためて平馬どのに特別に自重用心なさるようお願いしたわけだが――」
「ところが平馬どのがわれわれの注意を鼻であしらって、いっこう意にとめて下さらんのは、いささか心外」
「と、申したところで平馬どのぐらいの腕があれば、それくらいの自信はけっして無理ではない。なんら無謀ではないのだ」
「と、いって、敵は朝夕つけ狙っているし、平馬どのは平気だし、これは困ったことができたなあ――」
 こう言ってみんなが考えこむと、すぐに平馬の声があとを引き取って、
「各々方の忠言、まことにありがたい。ありがたくはござるが、この平馬、下妻のやつらなど少しも恐れてはおりませぬ。先方が仕合前に、そんな小策を弄して拙者の出場を邪魔だてしようというのなら、拙者にも考えがござる!」
「考えとは、どういう考えです?」
「ほかでもござらぬ。そんなにやつらが、拙者を狙っているなら、今宵これから拙者が単身下妻の城下へ乗り込んで、大通りにふんぞりかえって、眠って見せてやろうと考える。朝になればどうせ拙者を見つけて、大さわぎをするであろうが、そこで拙者が、眼を擦りこすりむっくり起き上って、下妻城下のやつらを白眼にらみかえして帰って来るのだ。先んずれば人を制す。こうして出はなをくじいてやれば、さぞ痛快だろうではないか?」
 平馬のこの突飛とっぴな申出には、大分反対の声が湧いた。そうとう腕の立つ連中が大勢、刀に手をかけて探しているのに、そこへこっちから乗り込んで行くというのは、まことに危険な物好であると言わなければならない。
「一人で行くのか」
「もちろん一人で行く」
「しかし、それも面白いが、この霧をはらしてからにしたまえ。この深夜の霧の中を敵地へ踏み込むのは、みすみす敵の術中に陥るようなものだ」
 と、みんなが口を揃えて思い止まらせようとしたが、平馬はいっかな聞かなかった。
「なに、これから行って一泡吹かせてやるのが面白いのだ」
 こう言って頑張りとおしたすえ、とうとう平馬が一人でこの霧の深夜に月見橋を渡って下妻の里へ乗り込んで行くことになった。
 ここまで聞くと木の影の鏡之介、今夜こそ好機、途中待ち伏せして、大勢でひどい目に合わしてやろう。ことによったら斬り殺してもかまわぬと思いながら、急いで立ち上って森を出ると、韋駄天走いだてんばしりに自藩の方へ駈け出した。
 あとには、森の奥の結城組一同、平馬を中心に小さな輪に集って、額を突き合わして何事か真剣に談合している。
 霧が濃くなったとみえて一同の肩が重く湿る。近くの木で、ホウ、ホウと二声、ふくろが啼いた。

   濃霧の夜

「それではそこらまで送って進ぜよう」
 いつの間に帰ったものか、集っていた人数の大部分がいなくなって、森に残っていたのは、平馬を取り巻く三人の友達だけだった。それが、月見橋のたもとまででも平馬を送って行くということになって、四人、霧の中に提灯をともして、矢筈の森を後にした。
 やがて来かかったのが月見橋橋畔きょうはん
 霧の奥に川の水音が寒々しく流れて、寂寞じゃくまくたる深夜のたたずまい。
 と、橋の袂にぽつりと一つ提灯の灯が見えて、何やら黒い人影が――。
 近づいて見ると、橋に丸太を打ちつけて、それに紙が貼ってある。
  橋の中央破損につき通行禁止の事
 平馬が提灯をつきつけると、こう読めた。提灯を持って番人が立っている。
「どうしたのだ? 橋の真中がこわれたとあるが――」
 平馬たちが番人を返りみると、番人の男は続けさまにおじぎをしながら、
「へい。どうしたものか真中から少し下妻の方へ寄ったところが落ちまして、通れないほどではございませんが、なにぶんこの霧で危のうございますから、いっそ通行を禁じた方がよかろうということになりましたので、へい」
「いつから禁止になったのだ?」
「いえ、つい今しがたでございます。いま手前が来て通行止の丸太を打ちましたところで」
 平馬はそれを聞き流したまま平気で丸太を乗り越えたかと思うと、そのまま橋の上の霧に消えて行った。番人も仕方がないから、ぶつぶつ言いながら、後に残った三人の友達と話していた。
 月見橋。
 名は美しいが、今夜は月どころか、ひどい霧である。まるで雨が降っているように、欄干らんかんから橋板がびっしょり濡れて、ともすればすべりそうになる足を踏みこたえながら、平馬は大刀の柄に手をかけて、きっと先方に眼を凝らして進んだ。
 と!
 橋の中央にさしかかった時だった。ゆくてに赤っぽい提灯の光が見え出すが早いか、ばたばたと大勢の足音がとんで来て、突如、霧の中から躍り出た二十人余の人数が、橋上に平馬を取り囲んだ。
なんじは結城藩の平馬であろう?」
 先に立った一人が言った――千草の兄鏡之介である。
「平馬、俺がさっき貴様らの会合に忍んで、貴様の来るのを知って、ここに待ち伏せしていたのだ。奉納仕合の前に真剣勝負だ。来いっ!」
 叫ぶと見るや、鏡之介、真庭念流の覚えの腕に、氷刀一時に閃めいて、さっと平馬の退路に立つ。同時に、下妻方の人数一同、きらり、きらりと抜きつれて迫った。
 霧に煙る剣陣。
 だが、少しも驚かない平馬。ぱっと羽織を脱ぎ捨てるが早いか、とっさに豪刀のさやを払って、一声大声にどなった。
「さあ、みんな出て来い! 俺はこの鏡之介を相手にするから、各々方はこやつらを斬り散らして下されい」
 すると、この声に応じて、橋の下の横柱から無数の黒装束が蟻の群のように、橋の上へ這い上った。十人。十五人。二十人。三十人――結城の伏勢である。
 ここで霧の中の月見橋の上に、一大争闘の場面が現出したが、結果は分明だった。多勢に無勢をもって、平馬一人を取っちめようとした鏡之介ほか下妻の一同も、二十人に対する三十人以上では、同じく多勢に無勢で、かえって蜘蛛くもの子を散らすように退散しなければならなかった。
 平馬は、斬ろうと思えばいくらでも鏡之介を斬り捨てることができたけれど、あの優しい千草の兄と思えば、平馬にはそれはできなかった。
 わざと下妻の者をおびき寄せて森の奥の密談を聞かせ、それから橋の下に伏兵を忍ばせておいて、平馬ひとりが橋を渡るという――これはすべて平馬の計画で、手紙を齎した鸞は、平馬の愛している飼鳥であった。こうして敵をおびき出して逆にその裏をかいたのである。もとより橋の壊れたというのも敵の計で、乱闘中に結城方からの邪魔を入れないためにほかならなかったが、その番人も平馬の友達三人のためにすぐに押えられていた。
 その夜明け、傷ついた鏡之介が、平馬の肩にすがって、あの鶯の宿にとどけられた。
 そのお礼として千草は平馬に、いつかの鶯を呈したので、豪雄平馬、二羽の鶯を大事に飼うことになった。
 この鶯の啼き交わす長閑のどかな美しい声に結ばれて、さしも長い間わだかまっていた結城、下妻両藩の間の悪感情もとけて、それから後は、両藩の若侍たち、嬉々ききとして邪念なく、和気靄々わきあいあいのうちに、正しく神前に勝負を争うことになった。武は勝たんがための武ではない。正しく生き、すこやかに明るくあらんがための武であり、剣であるということが、この二羽の鶯を見るたびに、いつまでも両藩の若侍たちの胸に力強くひびいたという。
 平馬はもとから自分の飼っていた鶯を結城と呼び、千草鏡之介、兄妹から贈られた鶯を下妻と名づけて、毎年、筑波神社祭礼の奉納仕合の庭には必ずこの二羽の鶯を同じ籠に入れて、提げて行ったとのことである。
 筑波おろしの春風のなかに、ホウホケキョと鶯が啼くとき、若侍は公正な微笑を交わして勇ましく立ち合うのだった――。





底本:「一人三人全集※(ローマ数字1、1-13-21)時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」河出書房新社
   1970(昭和45)年1月15日初版発行
入力:大野晋
校正:松永正敏
2005年5月7日作成
2005年10月22日修正
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