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谷間からの手紙(たにまからのてがみ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-23 13:04:50  点击:  切换到繁體中文

 第一信
 まるで、それは登山列車へでも乗つてゐるやうでありました。トンネルを抜けるたび、雲の流れが眼に近くなつて、泣いたあとの淋しさを感じてゐます。
「貴女のいらつしやる町はあれなンでせうね」
 さう言つて、東京から一緒だつた兵隊さんが、谷間に見える小さい部落を指さします。まるで、子供の頃見たパノラマのやうに、森や、寺や、川や、学校がチンマリとして、農家の小さい庭には木槿や百日紅、をどりこ草、黄蜀葵、サルビヤなどが盛りで、あんなに東京を離れることを淋しがつてゐた私も、まづ、こゝろ長閑になりました。
 汽車はがら空きです。貴女が楽しみにして食べるのよつて下すつた、犬のチヨコレートを、ちよいちよい嘗めてゐるうちに前の兵隊さんが、私の足の甲をそつと踏みます。額だけが、まるで白粉を塗つたやうに白くて、肩が板のやうなガンヂヤウなこの兵隊さんは、私をいつたいいくつだと思つてゐるのでせう。
「これ‥‥」
 さう言つて、富士山の模様の風呂敷から、萄葡と固パンを出して私の膝に載つけましたので、私はチヨコレートの犬の尻つぽをお返しにしました。すると、兵隊さんは、その犬の尻つぽをひと口に頬ばつて、私の足をきつと踏みました。
「痛いわ!」
 さう小さい声で言つたんですけど、兵隊さんはまるで赤い地図のやうに首筋から血を上せて、顔をあかくしました。
 谷間へ行く駅へ降りたのは私がたゞひとり、兵隊さんはいつまでも汽車の窓から帽子を振つてくれました。山の駅には、登山帰りの学生が三人、軽いリユツクサツクを背負つて、東京行きの汽車の来るのを待つてゐました。
 私は、バスケツトだの、風呂敷包だの三ツも荷物を持つてゐましたので、その学生の人達に、自動車でもあるでせうかと聞いてみました。
「まだ四時だから、谷間へ行く乗合が出るでせう」
 さう言つて、何だか変に顔を歪めて、私の顔を見るとクスリと笑ひました。するとあとの二人も、私の顔を見てクスクスと笑ふのです。私は悲しくなつて、貴女とお別れしたときの涙が、またポロポロとこぼれ出しました。
「僕が乗合まで荷物持つてあげよう」
 眉の太い学生が、私の涙に驚いたのでありませう、ステツキに風呂敷包を両方から通すと、先に立つて歩いてくれました。
 だらだらとした砂利道を降りて、丁度振り返ると、駅のホームが眉の上に見えるところで、上の学生達が、両手を振つて冷やかしてゐました。
「オーイ、よく似合ふぜツ」
「そのまゝお嬢さんとこへ泊つちや駄目だよツ!」
 私は沈黙つて小さくなつて歩いてゐました。
 坂が切れると、不意に大きい激しい流れがあつて、橋の向うの藁屋根の軒に、赤い旗が出てゐました。
「あゝまだゆつくり間に合ひますよ」
 それから、何かまだその学生は私に言つたのですが、黒い下りの貨物列車が、トンネルを出て来たので、私にはよく聞きとれませんでした。
「えゝツ、間に合ひますか?」
 すると、その学生は汽車の中の兵隊さんのやうに顔をあからめて私に言ひました。
「君、鼻の下に煤がついていますよ」
 私はどんなにか恥かしかつたでせう。バスケツトを降ろして急いでコンパクトを出して顔を写して見たら、まア、煤がまるで口髭のやうについてゐました。きつと貴女とお別れする時、泣いたまゝの濡れた顔をこすつたからでせう。それから、何だか変に呆つとして、私は、足を踏んだあの兵隊さんの皓い歯が、一寸なつかしいものに思へてなりませんでした。
 谷間の家では、不意に私が行つたので、驚いて掃除をしてくれるなぞ、大変いゝ人達ばかりです。又――。

かづ子
  百合江さま

 第二信
  大空の秋風高し何処にか失せにし夢のゆくへたづねむ
 障子をいつぱい開けて、寝床の中から空を見てゐると、山の肩の上を白い雲が風のやうにスイスイ流れて、貴女の好きだつたこの歌をつツと思ひ出しました。
 お元気ですか。
 私はいま大変幸福です。平凡な片隅の生活が、どんなに私を驚かせたでせう。私はいま貴女に、どのやうなお礼の言葉を差し上げたらよいかと迷つてゐます。
 埃を吸つて、黄や赤や紫の灯火にくだけた私のはかない踊り子生活は、もう夢のやうに遠くへ去つてしまつた感じです。私はなぜ此様に尊い平凡な生活を忘れてゐたのでせう。
 私の体は、日ましによくなつて行きます。肺は怖ろしい病気だなんて、私はよつぽど幸福な病気だつと思つてゐますわ。
 魚ツけのない谷間の日々、私は新鮮な野菜ばかりを食べて別に退屈を感じませぬ。いまにホウホケキヨなんて鶯みたいに鳴き出すからつて、離れてゐる[#「離れてゐる」はママ]小学校の先生が憎まれ口をきくのですが、魚は鱗を見ただけでもぞつとする私には、まるでお伽話の世界です。
 この谷間では、お百姓よりもお坊さんが大変威張つてゐます。
「先生とお坊さんとどつちが豪いの?」
 村の子供に聞くと、坊さんの方が上だらうつて。それなのに、お坊さんは朝から晩まで村長さんとお酒を呑んでゐます。こゝの村長さんは大酒飲みで、馬の品評会でぶつたふれたといふ酒豪です。
 この家の娘さんは私より一ツ上の十八ですが、もうこの月末には川下の曼陀羅寺へお嫁入りして行くのです。非常に髪の黒い瞳の涼しいひとで、蕎麦の花のやうに可憐な女です。離れの小学校の先生は、西洋占ひをつくつて、
「九月の花嫁は、美人で愛情あり、人に好かるべし、なれど縁薄くして末不幸なり。おい、おくにさん、まづもつて、九月の花嫁となるなかれだね」
 何だか変におくにさんを厭がらせるのですが、おくにさんも、お寺のせゐかあまり気が進まないらしく、妙にぼんやりして可哀さうです。
 こゝのお婆さんは、大勢な貴女のお家の台所をきりまはしてゐたひとだけに気丈夫でかんしやうなところが見えます。
「まあ、百合子嬢さまがもう十七になられて、いやもう十年もたちますかいなう、早いものですよ」
 娘のお嫁入りも、半分はこのお婆さんがお嫁に行くやうな鼻息です。離れの先生は、ここのおくにさんが好きであつたのでせう、時々口笛なンぞを吹いておくにさんを呼んでゐます。
 谷間の村は、鶏と兎を飼ふ家が多い。とても平和です。誰かが嚔をしてもよく聞えさうな静かな部落で、月の美しい夜なぞ山の落葉松林が銀の波のやうです。
 お婆さんも是非貴女をお呼びしたいと言つてゐました。こゝはお婆さんに、お婆さんの息子夫婦、それに嫁入りして行く娘さんと、その弟と、学校の先生と、私と、呑気な家庭です。
 いらつしやいませんか。
 お兄様たちによろしく。又――。
谷間から かづ子

  百合江様

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