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四日間(よっかかん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-25 15:21:34  点击:  切换到繁體中文

忘れもせぬ、其時味方は森の中を走るのであった。シュッシュッという弾丸たまの中を落来おちくる小枝をかなぐりかなぐり、山査子さんざしの株を縫うように進むのであったが、弾丸たまは段々烈しくなって、森の前方むこうに何やら赤いものが隠現ちらちら見える。第一中隊のシードロフという未だ生若なまわかい兵が此方こッちの戦線へ紛込まぎれこんでいるから※(始め二重括弧、1-2-54)如何どうしてだろう?※(終わり二重括弧、1-2-55)せわしい中でちら其様そんな事を疑って見たものだ。スルト其奴そいつが矢庭にペタリ尻餠をいて、狼狽うろたえた眼を円くして、ウッとおれのかおを看た其口から血が滴々々たらたらたら……いや眼に見えるようだ。眼に見えるようなは其而已そればかりでなく、其時ふッと気が付くと、森の殆ど出端ではずれ蓊鬱こんもり生茂はえしげった山査子さんざしの中に、るわい、敵が。大きな食肥くらいふとッた奴であった。俺は痩の虚弱ひよわではあるけれど、やッと云って躍蒐おどりかかる、バチッという音がして、何か斯う大きなもの、トサ其時は思われたがな、それがビュッと飛で来る、耳がグヮンと鳴る。打たなと気が付た頃には、敵の奴めワッと云て山査子さんざし叢立むらだち寄懸よりかかって了った。まわればまわられるものを、恐しさに度を失って、刺々とげとげの枝の中へ片足踏込ふんごんあせって藻掻もがいているところを、ヤッと一撃ひとうちに銃を叩落して、やたらづきに銃劔をグサと突刺つッさすと、けものほえるでもないうなるでもない変な声を出すのを聞捨にして駈出す。味方はワッワッとときを作って、ける、つ、という真最中。俺も森をはたへ駈出してたしか二三発も撃たかと思う頃、忽ちワッというときの声が一段高く聞えて、皆一斉に走出す、皆走出す中で、俺はソノ……もとの処に居る。ハテなと思た。それよりももッと不思議なは、忽然として万籟ばんらい死して鯨波ときのこえもしなければ、銃声も聞えず、音という音は皆消失せて、唯何やら前面むこうが蒼いと思たのは、大方空であったのだろう。やがて其蒼いのも朦朧もやもやとなって了った……

 どうも変さな、何でも伏臥うつぶしになって居るらしいのだがな、眼にさえぎるものと云っては、唯掌大しょうだいの地面ばかり。小草おぐさ数本すほんに、その一本を伝わってさかしま這降はいおりる蟻に、去年の枯草かれぐさのこれがかたみとも見えるあくた一摘ひとつまみほど――これが其時の眼中の小天地さ。それをば片一方の眼で視ているので、片一方のは何か堅い、木の枝に違いないがな、それにされて、そのまた枝に頭がっていようと云うものだから、ひどく工合がわるい。身動みうごきたくも、不思議なるかな、ちッとも出来んわい。其儘で暫くつ。竈馬こおろぎ、蜂の唸声うなりごえの外には何も聞えん。少焉しばらくあって、一しきり藻掻もがいて、体の下になった右手をやッとはずして、両のかいなで体を支えながら起上ろうとしてみたが、何がさてきりで揉むような痛みが膝から胸、かしらへと貫くように衝上つきあげて来て、俺はまた倒れた。また真の闇の跡先あとさきなしさ。

 ふッと眼が覚めると、薄暗い空に星影が隠々ちらちらと見える。はてな、これは天幕てんとの内ではない、何で俺は此様こんな処へ出て来たのかと身動みうごきをしてみると、足の痛さは骨にこたえるほど!
 なにさまこれは負傷したのに相違ないが、それにしても重傷おもで擦創かすりかと、傷所いたみしょへ手をってみれば、右も左もべッとりとしたのりふれれば益々痛むのだが、その痛さが齲歯むしばが痛むように間断しッきりなくキリキリとはらわた※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)むしられるようで、耳鳴がする、頭が重い。両脚に負傷したことはこれで朧気おぼろげながら分ったが、さて合点の行かぬは、何故なぜ此儘にして置いたろう? 豈然よもやとは思うが、もしヒョッと味方敗北というのではあるまいか? と、まず、さかのぼって当時の事を憶出してみれば、初めおぼろのがすえ明亮はっきりとなって、いや如何どうしても敗北でないと収まる。何故と云えば、俺は、ソレ倒れたのだ。尤もこれははきとせぬ。何でも皆が駈出すのに、俺一人それが出来ず、何か前方むこうが青く見えたのを憶えているだけではあるが、兎も角も小山の上のこのはたで倒れたのだ。これを指しては、背低せびくの大隊長殿が占領々々とわめいた通り、此処を占領したのであってみれば、これは敗北したのではない。それなら何故俺の始末をしなかったろう? 此処は明放あけばなしのかつとした処、見えぬことはない筈。それに此処でこうして転がっているのは俺ばかりでもあるまい。敵の射撃はの通り猛烈だったからな。し一つ頭を捻向ねじむけて四下そこら光景ようすを視てやろう。それには丁度先刻さっきしがた眼を覚して例の小草おぐささかしま這降はいおりる蟻を視た時、起揚おきあがろうとして仰向あおむけけて、伏臥うつぶしにはならなかったから、勝手がい。それで此星も、成程な。
 やっとこなと起かけてみたが、何分両脚の痛手いたでだから、なかなか起られぬ。到底とて無益むだだとグタリとなること二三度あって、さてかろうじて半身起上ったが、や、その痛いこと、覚えずなみだぐんだくらい。
 と視ると頭の上は薄暗い空の一角。大きな星一ツに小さいのがツきらきらとして、周囲まわりには何か黒いものが矗々すっくと立っている。これは即ち山査子さんざしの灌木。俺は灌木の中に居るのだ。さてこそ置去り……
 と思うと、慄然ぞっとして、頭髪かみのけ弥竪よだったよ。しかし待てよ、はたられたのにしては、この灌木の中に居るのがおかしい。してみればこれは傷の痛さに夢中で此処へ這込はいこんだに違いないが、それにしても其時は此処まで這込はいこみ得て、今は身動みうごきもならぬが不思議、或はられた時は一ヵ所の負傷であったが、此処へ這込はいこんでからた一発ったのかな。
 蒼味あおみを帯びた薄明うすあかり幾個いくつともなく汚点しみのようにって、大きな星は薄くなる、小さいのは全く消えて了う。ほ、月の出汐でしおだ。これがうちであったら、さぞなア、好かろうになアと……
 妙な声がする。あだかも人のうなるような……いやうなるのだ。誰か同じくあしを負って、もしくは腹に弾丸たまって、置去おきざり憂目うきめを見ている奴が其処らにるのではあるまいか。唸声うなりごえ顕然まざまざと近くにするが近処あたりに人が居そうにもない。はッ、これはしたり、何のこッた、おれおれ、この俺がうなるのだ。微かな情ない声が出おるわい。そんなに痛いのかしら。痛いには違いあるまいが、頭がただもうぼう無感覚ばかになっているから、それで分らぬのだろう。また横臥ねころんで夢になって了え。ること眠ること……が、もし万一ひょっと此儘になったら……えい、かまうもんかい!
 ようとすると、蒼白い月光が隈なくうすものを敷たように仮の寝所ふしどを照して、五歩ばかり先に何やら黒い大きなものが見える。月の光を浴びて身辺処々ところどころさんたる照返てりかえしするのは釦紐ぼたんか武具の光るのであろう。はてな、此奴こいつ死骸かな。それとも負傷者ておいかな?
 何方どっちでもかまわん。おれはる……
 いやいや如何どう考えてみても其様そんな筈がない。味方は何処へ往ったのでもない。此処に居るに相違ない、敵を逐払おいはらって此処を守っているに相違ない。それにしては話声もせずかがりはぜる音も聞えぬのは何故であろう? いや、矢張やッぱりおれが弱っているから何も聞えぬので、其実味方は此処に居るに相違ない。
「助けてくれ助けてくれ!」
 とれた人間離にんげんばなれのした嗄声しゃがれごえ咽喉のどいて迸出ほとばしりでたが、応ずる者なし。大きな声が夜の空をつんざいて四方へ響渡ったのみで、四下あたりはまたひッそとなって了った。ただ相変らず蟋蟀きりぎりすが鳴しきって真円まんまるな月が悲しげに人を照すのみ。
 し其処のが負傷者ておいなら、この叫声わめきごえを聴いてよもや気の付かぬ事はあるまい。してみれば、これは死骸だ。味方のかしら、敵のかしら。ええ、馬鹿くさい! そんな事は如何どうでも好いではないか? と、また※(「目+匡」、第3水準1-88-81)はれまぶたを夢に閉じられて了った。

 先刻さっきから覚めてはいるけれど、尚お眼をねむったままでているのは、閉じた※(「目+匡」、第3水準1-88-81)まぶたごしにも日光ひのめ見透みすかされて、けば必ず眼を射られるをいとうからであるが、しかし考えてみれば、斯う寂然じっとしていた方がましであろう。昨日きのう……たしか昨日きのうと思うが、を負ってからう一昼夜、こうして二昼夜三昼夜とつ内には死ぬ。何のわざくれ、死は一ツだ。いっ寂然じっとしていた方がい。身動みうごきがならぬなら、せんでもい。ついでに頭の機能はたらきめて欲しいが、こればかりは如何どうする事も出来ず、千々ちぢに思乱れ種々さまざま思佗おもいわびて頭にいささかの隙も無いけれど、よしこれとてもちッとのの辛抱。やがて浮世のひまが明いて、かたみに遺る新聞の数行すぎょうに、我軍死傷少なく、負傷者何名、志願兵イワーノフ戦死。いや、名前も出まいて。ただ一名戦死とばかりか。兵一名! 嗟矣ああの犬のようなものだな。
 在りし昔が顕然ありありと目前に浮ぶ。これはズッと昔の事、尤もな、昔の事と思われるのは是ばかりでない、おれが一生の事、足を撃れて此処に倒れる迄の事は何ももズッと昔の事のように思われるのだが……或日町を通ると、人だかりがある。思わずも足をとどめて視ると、何か哀れな悲鳴を揚げている血塗ちみどろの白い物を皆佇立たちどまってまじりまじり視ている光景ようす。何かと思えば、それは可愛かわいらしい小犬で、鉄道馬車に敷かれて、今の俺の身で死にかかっているのだ。すると、何処からか番人が出て来て、見物を押分け、犬の衿上えりがみをむずとつかんで何処へか持ってく、そこで見物もちりぢり。
 誰かおれを持ってって呉れる者があろうか? いや、此儘で死ねという事であろう。が、しかし考えてみれば、人生は面白いもの、あの犬の不幸にった日は俺には即ち幸福な日で、歩くも何か酔心地、また然うあるべき理由わけがあった。ええ、憶えば辛い。憶うまい憶うまい。むかしの幸福。今の苦痛……苦痛は兎角免れ得ぬにしろ、懐旧の念には責められたくない。昔を憶出おもいだせば自然と今の我身に引比べられて遣瀬無やるせないのは創傷きずよりも余程よッぽどいかぬ!
 さて大分熱くなって来たぞ。日が照付けるぞ。と、眼をけば、例の山査子さんざしに例の空、ただ白昼というだけの違い。おお、隣の人。ほい、敵の死骸だ! 何という大男! 待てよ、見覚があるぞ。矢張やッぱりの男だ……
 現在俺の手に掛けた男が眼の前に踏反ふんぞッているのだ。何の恨が有っておれは此男を手に掛けたろう?
 ただもう血塗ちみどろになってシャチコばっているのであるが、此様こんな男を戦場へ引張り出すとは、運命の神も聞えぬ。一体何者だろう? 俺のように年寄としとった母親があろうもしれぬが、さぞ夕暮ごとにいぶせき埴生はにゅう小舎こやの戸口にたたずみ、はるかの空をながめては、命の綱の※(「てへん+爭」、第4水準2-13-24)かせぎにんは戻らぬか、いとし我子の姿は見えぬかと、永く永く待わたる事であろう。
 さておれの身は如何どうなる事ぞ? おれもまたまツこの通り……ああ此男がうらやましい! 幸福者あやかりものだよ、何もきかずに、傷の痛みも感ぜずに、昔を偲ぶでもなければ、命惜しとも思うまい。銃劒が心臓の真中心まッただなかを貫いたのだからな。それそれ軍服のこの大きなあなあな周囲まわりのこの血。これはたれわざ? 皆こういうおれの仕業しわざだ。
 ああ此様こんな筈ではなかったものを。戦争にたは別段悪意があったではないものを。れば成程人殺もしようけれど、如何どうしてかそれは忘れていた。ただ飛来とびく弾丸たまに向い工合ぐあい、それのみを気にして、さて乗出のりだしていよいよ弾丸たまの的となったのだ。
 それからの此始末。ええええ馬鹿め! おれは馬鹿だったが、此不幸なる埃及エジプトの百姓(埃及軍エジプトぐんの服を着けておったが)、この百姓になると、これはまた一段と罪が無かろう。すしでもけたように船に詰込れて君士但丁堡コンスタンチノープルへ送付られるまでは、露西亜ロシヤの事もバルガリヤの事も唯噂にも聞いたことなく、唯行けと云われたから来たのだ。しもいやの何のと云おうものなら、しもと[#「しもとの」は底本では「しもとの」]憂目うきめを見るは愚かなこと、いずれかのパシャのピストルの弾をおうも知れぬところだ。スタンブールから此ルシチウクまで長い辛い行軍をして来て、我軍の攻撃にって防戦したのであろうが、味方は名に負う猪武者いのししむしゃ英吉利イギリス仕込しこみのパテントづきのピーボヂーにもマルチニーにもびくともせず、前へ前へと進むから、始て怖気付おじけづいてげようとするところを、誰家どこのか小男、平生つねなら持合せの黒い拳固げんこ一撃ひとうちでツイらちが明きそうな小男が飛で来て、銃劒かざして胸板へグサと。

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