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四日間(よっかかん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-25 15:21:34  点击:  切换到繁體中文


 ええ情ないと、気も張も一に脱けて、パッタリ地上へひれ伏しておいおい泣出した。吸筒すいづつが倒れる、中から水――といえば其時の命、命の綱、いやさ死期しごゆるべて呉れていようというソノ霊薬が滾々ごぼごぼと流出る。それに心附いた時は、もうコップ半分も残ってはいぬ時で、大抵はからからに乾燥はしゃいで咽喉のどを鳴らしていた地面に吸込まれて了っていた。
 この情ない目を見てからのおれの失望落胆と云ったらお話にならぬ。眼を半眼はんがんに閉じて死んだようになっておった。風は始終むきが変って、或は清新な空気を吹付けることもあれば、又或は例の臭気に嗔咽むせさせることもある。此日隣のは弥々いよいよ浅ましい姿になって其惨状は筆にも紙にも尽されぬ。一度光景ようすうかがおうとして、ヒョッと眼をいて視て、慄然ぞっとした。もう顔の痕迹あとかたもない。骨を離れて流れて了ったのだ。無気味ぶきびにゲタと笑いかけて其儘固まって了ったらしい頬桁ほおげたの、その厭らしさ浅ましさ。随分髑髏されこうべを扱って人頭の標本を製した覚もあるおれではあるが、ついぞ此様こんなのに出逢ったことがない。この骸骨が軍服を着けて、紐釦ぼたんばかりを光らせている所を見たら、覚えず胴震が出て心中で嘆息を漏した、「嗚呼ああ戦争とは――これだ、これが即ち其姿だ」と。
 相変らずの油照あぶらでり、手も顔もうひりひりする。残少なの水も一滴残さず飲干して了った。かわいて渇いて耐えられぬので、一滴ひとしずく甞めるつもりで、おもわずガブリと皆飲んだのだ。嗚呼ああの騎兵がツイそばを通る時、何故なぜおれは声を立てて呼ばなかったろう? よしあれが敵であったにしろ、まだ其方がましであったものを。なんの高が一二時間せめさいなまれるまでの事だ。それをこうして居れば未だ幾日いくかごろごろして苦しむことか知れぬ。それにつけても憶出おもいだすは母の事。こうと知ったら、定めし白髪しらが※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)ひきむしって、頭を壁へ打付けて、おれを産んだ日を悪日あくびのろって、人の子を苦しめに、戦争なんぞを発明した此世界をさぞののしこッたろうなア!
 だが、母もマリヤもおれがこう※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)もがきじにに死ぬことを風の便たよりにも知ろうようがない。ああ、母上にもう逢えぬ、いいなずけのマリヤにもう逢えぬ。おれの恋ももう是限これぎりか。ええ情けない! と思うと胸が一杯になって……
 えい、また白犬めが。番人もむごいぞ、頭を壁へ叩付けて置いて、掃溜はきだめへポンと抛込ほうりこんだ。まだ息気いきかよっていたから、それから一日苦しんでいたけれど、彼犬あのいぬくらべればおれの方が余程よッぽど惨憺みじめだ。おれはまる三日苦しみ通しだものを。明日あすは四日目、それから五日目、六日目……死神は何処にる? 来てくれ! 早く引取ってくれ!
 なれど死神は来てくれず、引取ってもくれぬ。此凄まじい日に照付られて、一滴水も飲まなければ、咽喉のどえるをだま手段てだてなくあまつさえ死人しびとかざ腐付くさりついて此方こちらの体も壊出くずれだしそう。そのかざぬしも全くもうとろけて了って、ポタリポタリと落来る無数のうじは其処らあたりにうようよぞろぞろ。是に食尽はみつくされて其主が全く骨と服ばかりに成れば、其次は此方こッちの番。おれも同じく此姿になるのだ。
 その日は暮れる、夜が明ける、何も変った事がなくて、朝になっても同じ事。また一日をあだに過す……
 山査子さんざしの枝が揺れて、ざわざわと葉摺はずれの音、それが宛然さながらひそめきたって物を云っているよう。「そら死ぬそら死ぬそら死ぬ」と耳のはたささやけば、片々かたかたの耳元でも懐しいかお「もう見えぬもう見えぬもう見えぬ」
「見えん筈じゃ、此様こんとこるじゃもの、」
 と声高こえだかに云う声が何処か其処らで……
 ぶるぶるとしてハッと気が付くと、隊の伍長のヤーコウレフが黒眼勝のやさしい眼で山査子さんざしあいだからじっ此方こちらを覗いている光景ようす
すきを持ち来い! まだほかに二人おる。こやつも敵ぞ!」という。
すきは要らん、うめちゃいかん、いきて居るよ!」
 と云おうとしたが、ただ便たよりない呻声うめきごえ乾付からびついた唇を漏れたばかり。
「やッ! こりゃきとるンか? イワーノフじゃ! 来い来い、早う来い、イワーノフが活きとる。軍医殿を軍医殿を!」
 瞬く間に水、焼酎、まだ何やらが口中こうちゅう注入そそぎいれられたようであったが、それぎりでまたくう
 担架は調子好く揺れて行く。それがまたつけられるようで快い。今眼が覚めたかと思うと、また生体しょうたいを失う。繃帯をしてから傷のいたみも止んで、何とも云えぬ愉快こころよきに節々もゆるむよう。
「止まれ、おろせ! 看護手交代! 用意! になえ!」
 号令を掛けたのは我衛生隊附のピョートル、イワーヌイチという看護長。頗る背高のッぽうで、大の男四人の肩にかつがれて行くのであるが、其方へ眼を向けてみると、まず肩が見えて、次に長い疎髯まばらひげ、それから漸く頭が見えるのだ。
「看護長殿!」
 と小声に云うと、
なンか?」
 と少し屈懸こごみかかるようにする。
「軍医殿は何と云われました? 到底助かりますまい?」
「何を云う? そげな事あッてよかもんか! 骨に故障が有るちゅうじゃなし、請合うて助かる。貴様は仕合しあわせぞ、命を拾うたちゅうもんじゃぞ! 骨にも動脈にも触れちょらん。如何どうして此三昼夜ばッかいきちょったか? 何を食うちょったか?」
「何も食いません。」
「水は飲まんじゃったか?」
「敵の吸筒すいづつを……看護長殿、今は談話はなしが出来ません。も少し後で……」
「そうじゃろうそうじゃろう寝ろ寝ろ。」
 また夢にって生体しょうたいなし。
 眼が覚めてみると、此処は師団の仮病舎。枕頭まくらもとには軍医や看護婦が居て、其外彼得堡ペテルブルグで有名なぼう国手こくしゅがおれのを負った足の上に屈懸こごみかかっているソノ馴染なじみの顔も見える。国手は手を血塗ちみどろにしてあしの処で暫く何かやッていたが、やが此方こちらを向いて、
「君は命拾いのちびろいをしたぞ! もう大丈夫。あしを一本お貰い申したがね、何の、君、此様こんあしの一本ぐらい、何でもないさねえ。君もう口がけるかい?」
 もうける。そこで一伍一什いちぶしじゅうの話をした。





底本:「平凡 私は懐疑派だ」講談社文芸文庫、講談社
   1997(平成9)年12月10日第1刷発行
底本の親本:「二葉亭四迷全集」筑摩書房
   1984(昭和59)年11月~1991(平成3)年11月
入力:長住由生
校正::はやしだかずこ
2000年11月8日公開
2005年12月8日修正
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