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四日間(よっかかん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-25 15:21:34  点击:  切换到繁體中文


 何の罪もとがも無いではないか?
 おれも亦同じ事。殺しはしたけれど、何の罪がある? 何の報いで咽喉のど焦付こげつきそうなこのかわき? かわく! かわくとは如何どんなものか、御存じですかい? ルーマニヤを通る時は、百何十度という恐ろしい熱天に毎日十里ずつ行軍したッけが、其時でさえ斯うはなかった。ああたれぞ来て呉れればいがな。
 しめた! この男のこの大きな吸筒すいづつ、これには屹度きっと水がある! けれど、取りに行かなきゃならぬ。さぞ痛むこッたろうな。えい、如何どうするもんかい、やッつけろ!
 と、這出はいだす。あし引摺ひきずりながら力の脱けた手で動かぬ体を動かして行く。死骸はわずか一間と隔てぬ所に在るのだけれど、その一間が時に取っては十里よりも……遠いのではないが、難儀だ。けれども、如何仕様どうしようも無い、って行く外はない。咽喉のどは熱してげるよう。いっそ水を飲まぬ方が手短に片付くとは思いながら、それでもしやにひかされて……
 って行く。あしが地になずんで、うごきするごとに痛さはこらえきれないほど。うんうんという唸声うめきごえ、それがやがて泣声になるけれど、それにもめげずにって行く。やッと這付はいつく。そら吸筒すいづつ――果して水が有る――而も沢山! 吸筒すいづつ半分も有ったろうよ。やれ嬉しや、是でまず当分は水に困らぬ――死ぬ迄は困らぬのだ。やれやれ!
 兎も角も、お蔭さまで助かりますと、片肘かたひじに身を持たせて吸筒すいづつの紐をときにかかったが、ふッと中心を失って今は恩人の死骸の胸へ伏倒のめりかかった。如何にも死人しびとくさい匂がもうぷんと鼻に来る。
 飲んだわ飲んだわ! 水は生温なまぬるかったけれど、腐敗しては居なかったし、それに沢山に有る。まだ二三日は命がつながれようというもの、それそれ生理せいり心得草こころえぐさに、水さえあらば食物しょくもつなくとも人はく一週間以上くべしとあった。又餓死うえじにをした人の話が出ていたが、その人は水を飲でいたばかりに永く死切れなかったという。
 それが如何どうした? 此上五六日生延びてそれがなにになる? 味方は居ず、敵はげた、近くに往来はなしとすれば、これは如何どうでも死ぬにきまっている。三日で済む苦しみを一週間に引延すだけの事なら、いっそ早く片付けた方がましではあるまいか? 隣ののそばに銃もある、而も英吉利製イギリスせい尤物わざものと見える。一寸ちょッと手を延すだけの世話で、直ぐらちが明く。皆打切らなかったと見えて、弾丸たまも其処に沢山転がっている。
 さア、死ぬか――待ってみるか? 何を? 助かるのを? 死ぬのを? 敵が来てを負ったおれの足の皮剥かわはぎに懸るを待ってみるのか? それよりもいっそ我手で一思ひとおもいに……
 でないことさ、そう気を落したものでないことさ。いきられるだけいきてみようじゃないか。何のこれが見付かりさえすれば助かるのだ。事に寄ると、骨はけているかも知れんから、そうすれば必ず治る。国へ帰って母にも逢える、マ、マ、マリヤにも逢える……
 ああ国へはこうと知らせたくないな。一思ひとおもいに死だと思わせて置きたいな。そうでもない偶然ひょっとおれが三日も四日も藻掻もがいていたと知れたら……
 眼がう。隣歩きで全然すっかり力が脱けた。それにこのおッそろしい臭気は! 随分と土気色になったなア! ……これで明日あす明後日あさってとなったら――ええ思遣られる。今だってちっともこうしていたくはないけれど、こう草臥くたびれては退くにも退かれぬ。少し休息したらまた旧処もとへ戻ろう。幸いと風をうしろにしているから、臭気は前方むこうへ持って行こうというもの。
 全然すっかり力が脱けて了った。太陽は手や顔へ照付ける。何かかぶりたくもかぶる物はなし。せめて早く夜になとなれ。こうだによってと、これで二晩目かな。
 などと思う事が次第にもつれて、それなりけりに夢さ。

 大分永く眠っていたと見えて、眼を覚してみればもう夜。さて何も変った事なし、傷は痛む、隣のは例の大柄の五体を横たえて相変らずじゃくとしたもの。
 どうも此男の事が気になる。遮莫さもあれおれにしたところで、いとおしいもの可愛かわゆいものを残らず振棄てて、山超え川越えて三百里を此様こんなバルガリヤ三がいへ来て、餓えて、こごえて、暑さに苦しんで――これが何と夢ではあるまいか? この薄福者ふしあわせものの命を断ったそればかりで、こうも苦しむことか? この人殺の外に、何ぞおれは戦争の利益たしになった事があるか?
 人殺し、人殺の大罪人……それは何奴なにやつ? ああ情ない、此おれだ!
 そうそう、おれが従軍しようと思立った時、母もマリヤも止めはしなかったが、泣いたっけ。何がさて空想でくらんでいた此方このほうの眼にそのなみだ這入はいるものか、おれの心一ツで親女房に憂目うきめを見するという事に其時はツイ気が付かなんだが、今となってう漸う眼が覚めた。
 ええ、今更お復習さらいしても始まらぬか。昔を今に成す由もないからな。
 しかし彼時あのとき親類共の態度そぶり余程よッほど妙だった。「何だ、馬鹿! お先真暗で夢中に騒ぐ!」と、こうだ。何処を押せば其様そんが出る? ヤレ愛国だの、ソレ国難に殉ずるのという口の下から、如何どうして彼様あん毒口どくぐちが云えた? あいらの眼で観ても、おれは即ち愛国家ではないか、国難に殉ずるのではないか? ではあるけれど、それはそうなれど、おれはソノ馬鹿だという。
 で、まず、キシニョーフへ出て来て背嚢はいのうやら何やらを背負せおわされて、数千の戦友とともに出征したが、その中でおれのように志願で行くものは四五人とあるかなし、大抵は皆成ろう事ならうちに寝ていたい連中れんじゅうであるけれど、それでも善くしたもので、所謂いわゆる決死連の己達おれたちと同じように従軍して、山をえ川をえ、いざ戦闘となっても負けずにく戦う――いやもっ手際てぎわが好いかも知れぬてな。尤も許しさえしたら、何もほって置いて※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)さっさと帰るかも知れぬが、兎も角も職分だけはく尽す。
 さっと朝風が吹通ると、山査子さんざしがざわって、寝惚ねぼけた鳥が一羽飛出した。もう星も見えぬ。今迄薄暗かった空はほのぼのとしらみかかって、※(「車+(而+大)」、第3水準1-92-46)やわらか羽毛はねを散らしたような雲が一杯に棚引き、灰色の暗霧もやは空へ空へと晴て行く。これでおれのソノ……なにと云ったものかしら、生にもあらず、死にもあらず、謂わば死苦しくの三日目か。
 三日目……まだ幾日いくか苦しむ事であろう? もう永くはあるまい。大層弱ったからな。此塩梅あんばいでは死骸のそばを離れたくも、もう離れられんも知れぬ。やがておれも是になって、肩をならべてていようが、お互に胸悪くも思はなくなるのであろう。
 兎に角水は十分に飲むべし。一日に三度飲もう、朝と昼と晩とにな。

 日の出だ! 大きく盆のようなのが、黒々と見ゆる山査子さんざしの枝に縦横たてよこ断截たちきられて血潮のようにくれないに、今日も大方熱い事であろう。それにつけても、隣の――貴様はまア何となる事ぞ? 今でさえ見るも浅ましいその姿。
 ほんに浅ましい姿。髪の毛は段々と脱落ぬけおち、地体じたいが黒いはだの色は蒼褪あおざめて黄味さえ帯び、顔の腫脹むくみに皮が釣れて耳のうしろ罅裂えみわれ、そこにうじうごめき、あし水腫みずばれ脹上はれあがり、脚絆の合目あわせめからぶよぶよの肉が大きく食出はみだし、全身むくみ上って宛然さながら小牛のよう。今日一日太陽にさらされたら、これがまア如何どうなる事ぞ? こう寄添っていてはたまらぬ。骨が舎利しゃりに成ろうが、これは何でも離れねばならぬ――が、出来るかしら? 成程手も挙げられる、吸筒すいづつも開けられる、水も飲めることは飲めもするが、この重い動かぬ体を動かすことは? いや出来ようが出来まいが、何でもでも動かねばならぬ、仮令たとえ少しずつでも、一時間によし半歩ずつでも。
 で、いよいよ移居ひっこしを始めてこれに一朝ひとあさ全潰まるつぶれ。傷もいたんだが、何のそれしきの事にめげるものか。もう健康な時の心持はわすれたようで、全く憶出おもいだせず、何となくいたみなじんだ形だ。一間ばかりの所を一朝かかって居去いざって、もとの処へかろうじて辿着たどりつきは着いたが、さて新鮮の空気を呼吸し得たは束の間、尤も形の徐々そろそろ壊出くずれだした死骸を六歩と離れぬ所で新鮮の空気の沙汰も可笑おかしいかも知れぬが――束の間で、風が変って今度は正面まとも此方こっちへ吹付ける、その臭さに胸がむかつく。からの胃袋は痙攣けいれんを起したように引締って、臓腑ぞうふ顛倒ひッくりかえるような苦しみ。臭い腐敗した空気が意地悪くむんむッと煽付あおりつける。
 精も根も尽果てて、おれは到頭泣出した。

 全く敗亡まいって、ホウとなって、殆ど人心地なくおった。ふッと……いや心の迷の空耳かしら? どうもおれには……おお、矢張やっぱり人声だ。ひづめの音に話声。危なく声を立てようとして、待てしばし、万一ひょっと敵だったら、其の時は如何どうする? この苦しみに輪を掛けた新聞で読んでさえかみ弥竪よだちそうな目におうもしれぬ。随分生皮いきがわはがれよう、を負うたあし火炙ひあぶりにもされよう……それしきはまだな事、こういう事にかけては頗る思付の渠奴等きゃつらの事、如何どんな事をするかしれたものでない。渠奴等きゃつらの手に掛って弄殺なぶりごろしにされようより、此処でこうして死だ方がいっましか。とはいうものの、もしひょッと是が味方であったら? えい山査子奴さんざしめがいけ邪魔な! 何だと云ってこう隙間なく垣のように生えくさった? 是にさえぎられて何も見えぬ。でも嬉やたった一ヵ所窓のように枝がいて遠く低地ひくちを見下される所がある。あの低地ひくちにはたしか小川があって戦争ぜんに其水を飲だ筈。そう云えばソレ彼処あすこ橋代はしがわりわたした大きな砂岩石さがんせき板石ばんじゃくも見える。多分是を渡るであろう。もう話声も聞えぬ。何国どこで話ていたか、薩張さっぱり聴分られなかったが、耳さえ今は遠くなったか。おのれやれ是が味方であったら……此処からわめけば、彼処あすこからでもよもや聴付けぬ事はあるまい。なまじいに早まって虎狼ころうのような日傭兵ひやといへいの手に掛ろうより、其方がい。もう好加減いいかげんに通りそうなもの、何を愚頭々々ぐずぐずしているのかと、一刻千秋の思い。死骸の臭気はいささかも薄らいだではないけれど、それすら忘れていた位。
 不意に橋の上に味方の騎兵があらわれた。藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々きらきらと、一隊すぐって五十騎ばかり。隊前には黒髯くろひげいからした一士官が逸物いちもつまたがって進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急にうしろ捻向ねじむいて、大声たいせい
「駈足イ!」
「おおい、待って呉れえ待って呉れえ! お願いだ。助けて呉れえ!」
 競立きそいたった馬のひづめの音、サーベルの響、がやがやという話声に嗄声しゃがれごえ消圧けおされて――やれやれ聞えぬと見える。

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