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木枯の吹くころ(こがらしのふくころ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-26 8:58:11  点击:  切换到繁體中文

    一

 そとは光りに洗はれた月夜である。窓の下は、六尺あまりの探さと、三間の幅をもつた川だが、水車がとまると、水の音は何んなに耳を澄ましても聴えぬのだ。
「寒いのに何故、窓をあけておかなければならないのだ?」
 俺は囲炉裡のふちで、赤毛布にくるまつただるまであつた。彼は返事もせぬのである。
 俺たちの頭の上のラムプは、暗かつた。太吉は、むつと腕を組んで、ラムプよりも明るい月の光りが吻つと煙つてゐる窓を視詰めてゐるだけだつた。彼の膝の上には編みかけの草鞋がのつてゐる。太吉は左の眼が義眼なので、手仕事に疲れやすかつた。彼は、体裁を顧慮することなく、また気短かで、平気で安価の眼玉を購ふので、それは目蓋から喰み出して、右の眼と色が異つてゐた。俺は彼の眼を見ると、時々憎みを感じた。
 だが光りを浴びて、彼の眼玉は高価の品に似た。左右の色も区別がなかつた。――彼は再び膝の上に眼を落して、仕事にとりかかつた。右の眼は稍々悲し気にうつむき、余念なく人生をあきらめてゐるかのやうであつたが、左のはぎらりと飛び出して、俺の方を睨んでゐた。このために彼は、つい多くの人達の感情を害した。友達は彼にいつも高価品を購ふことをすすめるのだが、ひと月に少くとも一度ぐらゐは破壊の憂目を見るので、とても買ひ切れぬと彼はこぼした。
 彼は四十歳だが、結婚の経験を持たなかつた。
 微かな鼾きがするので、見ると、彼は草鞋の端をつまんだまま、うつとりと居眠りであつた。義眼の眼蓋は主人が眠つても、笑つても決してしまらなかつたから、見る者は屡々本尊の心的状態を見誤つた。――笑ふ――と云へば、彼はわらふ場合には目蓋を閉ぢるのが癖である。然し、いつにも俺は彼の笑ひ声に接した験しもないのである。
 太吉が、その時突然蟇のやうに仰向くと、突拍子もない大きなクシヤミを発した。これがはじまると、十も二十も連続するのが彼の癖だつた。
 炭をついでゐた俺は、
「だから、窓を閉めれば好いのに……」
 と慌てて、立ちあがりながら着てゐる毛布を貸さうとした。彼は、はつはつはつ……とクシヤミの発作に駆られて肩をすぼめてゆくのだ。そして、それが破裂すると、飛びあがるまいとして囲炉裡のふちに獅噛みつくのだが、やはり、ぎよつと背中が無理に弾んで了ふほどの激しいクシヤミであつた。そんな弾みに逆らはうとして五体に止める力は、反つて窮屈な反動を呼んだ。
「アツ!」
 と俺は思はず叫んだ。太吉の硝子眼玉が、勢ひ好く飛び出して、爛々たる焔の上に落ちたのである。これを彼は懸念して、クシヤミが破裂する毎に異様な力を込めながら震へてゐたのだ。
「アツ、眼玉が落ちてしまつた、ああああ!」
 俺はおろおろして火箸を取るのであつたが、俺の騒ぎで初めてそれと気づいた太吉は、
「火箸はいけないいけない!」
 と夢中で俺の腕をおさへた。なるほど人さし指位の太さで、二尺あまりの長さであらう鉄の火箸では、この上もなく危険だ。太吉は、とるものもとりあへず先づ黒の色眼鏡をかけた。彼は、そんな不体裁な眼玉を関はずに容れてゐる癖に、一方に変なはにかみやであつて、何んな切端詰つた場合にも眼玉の脱された眼窩を決して他人には示さなかつた。――彼は窓を閉めた。跣足で土間に飛び降りると、入口の扉に閂を入れた。そんな用意などは何うでも好ささうなものなのに、そんな大事をとつた後に、膳棚から箸箱を探した。そして、杉箸の先を操つて眼玉を拾はうとするのであるが、一向に見当が定まらぬのである。箸は、赤い火を突くばかりなのであつた。驚きの発作で、クシヤミは止つてゐた。眼玉は、火の中で真ツ赤であつた。彼の箸は炎へはじめてゐた。勿論、俺も箸をとつて手伝つてゐるのだが、俺の箸の先が近づくと何故か太吉の箸は切りとそれを横に払つて邪魔するのである。彼は、照れてゐるやうであつた。――間もなく、ぎんなんの実がハネたやうな音がした。
「太吉さん、居たかね?」
 窓の外で久良の声だつた。太吉の情婦であつた。久良は、いつも窓から覗いた。月の光りを受けると、義眼がほんもののやうに光るのを太吉は承知してゐたのだ。
 太吉は俺の顔を見て、手を振り、掌で口をおさへた。俺は唇を噛んで、息を殺した。太吉は、そつと腕を伸ばして、ただでさへ暗過ぎたラムプの芯を極度に細めた。――消えてしまつた。
 普段太吉は、久良に会ふ時にだけ容れ換へる二円五十銭のものを手文庫に蔵して棚にあげてあつたが、四五日前の晩に鼠に落された。久良は癇性の強い質で、五十残の眼玉の太吉とは会ふことが出来なかつた。怕れに戦かされて久良は、決してその眼の太吉と向き合ふことが出来なかつた。その眼の太吉が、嬉しいことを呟いても、久良は共々に悦ぶことが出来なかつた。また彼が、憂世を喞つて悲しんでも、同情も寄せられぬのを久良は切ながつた。
 ラムプは消えても、火気の焔が太吉の胸から顔へかけて赤く毒々しかつた。
「もうやすんだのかね?」
 久良は、男の安否をうかがふのであつた。
「ど、う、しようか?」
 俺は太吉の耳に口を寄せるのであつた。
「…………」
「ふたり、ちやんとそこに居るでねえか!」
 久良は節穴から覗いた。
 太吉の膝頭は小刻みに震へてゐた。やがて、せツせツせツ! と蟋蟀に似た歔欷であつた。

     二

 俺は外に出て、そのわけを久良にはなした。久良は、袂で顔を覆つた。
「お前えのうちに、草鞋あるかね?」
 俺は太吉の手の草鞋が三足になつたら、それを穿いて十里先の町へ金策へ赴くのだ。町の郵便局には、二円五十銭が一個、五十銭が三個、代金引換郵便で到着してゐた。馬の背と山駕籠と草鞋の旅人だけが通る嶮しい山径だつた。
「今夜、おれが自分でこしらへて見よう。」
 久良は、編み方をさぐる指の先を月夜の中に動かせながら、
「太吉は宵ツ張りは出来ないが、おれ、二晩位ひは平気よ。」
 と云つた。太吉は、女の傍らでも眠らなかつた。眠つてゐても、何かをねらつてゐるかのやうに、あいてゐる片眼を見る者は、囲炉裡の傍らで坐つたまま居眠りをするところに向つてゐる俺ひとりだつた。
「夫であり、妻であらうとする者が、たつた一つの目玉のことぐらゐに、何故そんなに拘泥するのか俺は不思議でならぬ。」
 と俺は首を傾けるのであつた。然し、それは、夫であり、妻であらうとする者にだけしか解らぬ絶対の矛盾であつて、また二人は夫々まことに風の変つた個人主義者であるのだ――といふ意味のことを久良は長たらしい方言で説明した。
 俺と久良は川のふちにたたずんだ。まはりの山々も、森も、畑も、そして流れも、腹一杯に光りを飽満して、ふくれてゐた。俺は、ぐるりと身のまはりを見廻した。自分の影も見あたらなかつた。まるい月は恰度俺達の頭上にあつた。
 久良は、橋のたもとのあたりまで送つて貰ひたがつたが、斯んなときには必ず扉の節穴から女の様子を注意してゐる太吉に、俺は遠慮して、
「ここで見てゐてあげるよ。」
 と断はつた。別段、太吉は妬心は無かつたのであるが、秘かに情人の姿を眺めることを好んだ。
 橋を渡つて、向方の稲むらの間に達しても動いてゆく久良のかたちは、どこまでもはつきりとしてゐた。久良は、戯れに稲むらの間を事更にジクザクと縫つて、このまま別れてゆくのが名残り惜しいといふ風に、いつまでも振り返つてこくりこくりと首を動かせたり、慌てて稲むらの蔭に隠れたりした。それは扉の内の恋人への会釈に相違なかつたから、俺は柿の木の幹にもたれてぼんやりと見送るだけの役目を果してゐた。
「済まないね。」
 やはり節穴から覗いてゐた太吉が、太い声をかけた。

     三

 久良がつくつて来た二つの草鞋の一足は大き過ぎて芭蕉のやうであり、一足は指が悉く喰み出して役に立たなかつた。久良はそれらの製作に疲れて、囲炉裡のふちに伸びた。太吉は、色眼鏡の代りに、片方の眼だけを蓋する四角の布に糸をつけて耳にかけてゐた。
 久良は、太吉の自然の一つの眼を惚れ惚れと見あげて、
「これは優しいけれど……」
 と云つた。だが、その目覆ひの直ぐ下の有様を想ふと、気味悪くて近づけぬと神経性の痙攣を全身に波立せた。太吉は、優しい眼の方の横顔を久良の側にして、草鞋の手工に急いでゐた。
 暗いラムプであつた。風模様だつた。ラムプの灯が、扉の隙間からの風で稍々ともすると消えかかつた。
「荒れるのか知ら?」
 俺は、木々に鳴る風に耳を傾けた。太吉は外の模様をあらためるために立ちあがつて、
「明神ヶ岳の空が明るいから、荒れる気づかひはなからう。これで雨を飛ばしてしまはうといふんだから、あしたは晴れだよ。」
 と、いつまでも扉の外へ顔を曝してゐた。
「雨だつて俺は出かけるよ。この靴に草鞋をくつつけて……」
 俺は、夏のうちにヤグラ岳を越えて、丹沢山へ踏み入る目的でそろへた山登りの道具を持ち出して囲炉裡のふちに並べてゐた。登山袋も靴も杖も手袋も新しかつた。計画を立てて支度だけは整へたものの、急に水車の支障が起つて実行し損つたのである。
 久良が、あしたの俺の弁当をつくるために竃の前で吹竹を構へてゐた時、
「お久良お久良、手前はまた斯んな目ツカチのところに来てやがんのか!」
 と赤鬼のやうに酔つ払つた久良の老父が呶鳴り込んで来た。
「余計な世話だよ、目玉さへ這入れば太吉は立派な男なのよ。」
 久良は養父と犬猿だつた。
「ほざくな。さあ、帰れ……」
「お前えは、だけど、台の茶屋からほんたうに金をとつたのか?」
 久良の顔は蒼かつた。炎えついた竃の火が煙りを吐いて、久良の姿にからまつた。父親は、白く輝き、眼眦の鋭い久良の容貌に見惚れてゐた。
「お久良、無理を云ふな――お前えが飲ませて呉れる酒なんだ。」
「おらの知るこつちやないげに! おら、茶屋奉公づら真平だよ。」
「ふんなら、俺らは何うなるといふんだ。約束をしてしまつて、金はそつくり畑に注いでしまひ……」
「畑に注いで、また畑から飲代をしぼり出して……か、堂々回りも好い加減にするが好いぞや、おらは、もう太吉と夫婦約束したんぢやよ。」
「目ツカチづれの約束なんて……」
「目ツカチ目ツカチと云つて貰ふまいぞ。」
「飛びくり目玉の、でんぐり目だ。野郎達は金がいくらあるといふんだ。」
「お前えは太吉の立派な目玉を知らないんだね。世の中は進んでゐるんぢやぞよ――ほんものと寸分違はぬ目玉は直ぐにも買へるんぢやい。太吉は立派な聟だあよ。目さへ這入れば、台の運送屋に務める手筈になつてゐるだよ。」
「立派な目とやらを見せて貰はうけえ。飛びくり目玉は……」
「あれは普段のぢやよ……」
 久良は煙りに咽んで、顔を覆うた。義眼にもいろいろな区別があることを、老父は決してうなづかなかつた。
てんまにや乗りたくねえもんだ。太吉の目玉が平べつたく凹んで、月給とりになつたら俺あ拝んでやら……」
「悪たれ吐くと、月給とつても金、払つてやらんぞ。」
「立派な口を利いたのを忘れんな、アマ!」
「太吉を見違へて、後悔せぬが好いよ。」
「ワツハツハ……」
 老父は扉を蹴つて立去つた。

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