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かしわばやしの夜(かしわばやしのよる)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-29 15:37:15  点击:  切换到繁體中文

清作は、さあ日暮(ひぐ)れだぞ、日暮れだぞと云(い)いながら、稗(ひえ)の根もとにせっせと土をかけていました。
 そのときはもう、銅(あかがね)づくりのお日さまが、南の山裾(やますそ)の群青(ぐんじょう)いろをしたとこに落ちて、野はらはへんにさびしくなり、白樺(しらかば)の幹などもなにか粉を噴(ふ)いているようでした。
 いきなり、向うの柏(かしわ)ばやしの方から、まるで調子はずれの途方(とほう)もない変な声で、
「欝金(うこん)しゃっぽのカンカラカンのカアン。」とどなるのがきこえました。
 清作はびっくりして顔いろを変え、鍬(くわ)をなげすてて、足音をたてないように、そっとそっちへ走って行きました。
 ちょうどかしわばやしの前まで来たとき、清作はふいに、うしろからえり首をつかまれました。
 びっくりして振(ふ)りむいてみますと、赤いトルコ帽(ぼう)をかぶり、鼠(ねずみ)いろのへんなだぶだぶの着ものを着て、靴(くつ)をはいた無暗(むやみ)にせいの高い眼(め)のするどい画(え)かきが、ぷんぷん怒(おこ)って立っていました。
「何というざまをしてあるくんだ。まるで這(は)うようなあんばいだ。鼠のようだ。どうだ、弁解のことばがあるか。」
 清作はもちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭(めんどうくさ)くなったら喧嘩(けんか)してやろうとおもって、いきなり空を向いて咽喉(のど)いっぱい、
「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。」とどなりました。するとそのせ高の画かきは、にわかに清作の首すじを放して、まるで咆(ほ)えるような声で笑いだしました。その音は林にこんこんひびいたのです。
「うまい、じつにうまい。どうです、すこし林のなかをあるこうじゃありませんか。そうそう、どちらもまだ挨拶(あいさつ)を忘れていた。ぼくからさきにやろう。いいか、いや今晩は、野はらには小さく切った影法師(かげぼうし)がばら播(ま)きですね、と。ぼくのあいさつはこうだ。わかるかい。こんどは君だよ。えへん、えへん。」と云いながら画かきはまた急に意地悪い顔つきになって、斜(なな)めに上の方から軽べつしたように清作を見おろしました。
 清作はすっかりどぎまぎしましたが、ちょうど夕がたでおなかが空(す)いて、雲が団子のように見えていましたからあわてて、
「えっ、今晩は。よいお晩でございます。えっ。お空はこれから銀のきな粉でまぶされます。ごめんなさい。」
と言いました。
 ところが画かきはもうすっかりよろこんで、手をぱちぱち叩(たた)いて、それからはねあがって言いました。
「おい君、行こう。林へ行こう。おれは柏の木大王のお客さまになって来ているんだ。おもしろいものを見せてやるぞ。」
 画かきはにわかにまじめになって、赤だの白だのぐちゃぐちゃついた汚(きた)ない絵の具箱(ばこ)をかついで、さっさと林の中にはいりました。そこで清作も、鍬をもたないで手がひまなので、ぶらぶら振ってついて行きました。
 林のなかは浅黄(あさぎ)いろで、肉桂(にっけい)のようなにおいがいっぱいでした。ところが入口から三本目の若い柏の木は、ちょうど片脚(かたあし)をあげておどりのまねをはじめるところでしたが二人の来たのを見てまるでびっくりして、それからひどくはずかしがって、あげた片脚の膝(ひざ)を、間がわるそうにべろべろ嘗(な)めながら、横目でじっと二人の通りすぎるのをみていました。殊(こと)に清作が通り過ぎるときは、ちょっとあざ笑いました。清作はどうも仕方ないというような気がしてだまって画かきについて行きました。
 ところがどうも、どの木も画かきには機嫌(きげん)のいい顔をしますが、清作にはいやな顔を見せるのでした。
 一本のごつごつした柏の木が、清作の通るとき、うすくらがりに、いきなり自分の脚をつき出して、つまずかせようとしましたが清作は、
「よっとしょ。」と云いながらそれをはね越(こ)えました。
 画かきは、
「どうかしたかい。」といってちょっとふり向きましたが、またすぐ向うを向いてどんどんあるいて行きました。
 ちょうどそのとき風が来ましたので、林中の柏の木はいっしょに、
「せらせらせら清作、せらせらせらばあ。」とうす気味のわるい声を出して清作をおどそうとしました。
 ところが清作は却(かえ)ってじぶんで口をすてきに大きくして横の方へまげて
「へらへらへら清作、へらへらへら、ばばあ。」とどなりつけましたので、柏の木はみんな度ぎもをぬかれてしいんとなってしまいました。画かきはあっはは、あっははとびっこのような笑いかたをしました。
 そして二人はずうっと木の間を通って、柏の木大王のところに来ました。
 大王は大小とりまぜて十九(じゅうく)本の手と、一本の太い脚とをもって居(お)りました。まわりにはしっかりしたけらいの柏どもが、まじめにたくさんがんばっています。
 画かきは絵の具ばこをカタンとおろしました。すると大王はまがった腰(こし)をのばして、低い声で画かきに云いました。
「もうお帰りかの。待ってましたじゃ。そちらは新らしい客人じゃな。が、その人はよしなされ。前科者じゃぞ。前科九十八犯(くじゅうはっぱん)じゃぞ。」
 清作が怒ってどなりました。
「うそをつけ、前科者だと。おら正直だぞ。」
 大王もごつごつの胸を張って怒りました。
「なにを。証拠はちゃんとあるじゃ。また帳面にも載(の)っとるじゃ。貴(き)さまの悪い斧(おの)のあとのついた九十八の足さきがいまでもこの林の中にちゃんと残っているじゃ。」
「あっはっは。おかしなはなしだ。九十八の足さきというのは、九十八の切株(きりかぶ)だろう。それがどうしたというんだ。おれはちゃんと、山主の藤助(とうすけ)に酒を二升(しょう)買ってあるんだ。」
「そんならおれにはなぜ酒を買わんか。」
「買ういわれがない」
「いや、ある、沢山(たくさん)ある。買え」
「買ういわれがない」
 画かきは顔をしかめて、しょんぼり立ってこの喧嘩(けんか)をきいていましたがこのとき、俄(にわ)かに林の木の間から、東の方を指さして叫(さけ)びました。
「おいおい、喧嘩はよせ。まん円い大将に笑われるぞ。」
 見ると東のとっぷりとした青い山脈の上に、大きなやさしい桃(もも)いろの月がのぼったのでした。お月さまのちかくはうすい緑いろになって、柏(かしわ)の若い木はみな、まるで飛びあがるように両手をそっちへ出して叫びました。
「おつきさん、おつきさん、おっつきさん、
 ついお見外(みそ)れして すみません
 あんまりおなりが ちがうので
 ついお見外れして すみません。」
 柏の木大王も白いひげをひねって、しばらくうむうむと云いながら、じっとお月さまを眺(なが)めてから、しずかに歌いだしました。
「こよいあなたは ときいろの
 むかしのきもの つけなさる
 かしわばやしの このよいは
 なつのおどりの だいさんや

 やがてあなたは みずいろの
 きょうのきものを つけなさる
 かしわばやしの よろこびは
 あなたのそらに かかるまま。」
 画かきがよろこんで手を叩きました。
「うまいうまい。よしよし。夏のおどりの第三夜。みんな順々にここに出て歌うんだ。じぶんの文句でじぶんのふしで歌うんだ。一等賞から九等(くとう)賞まではぼくが大きなメタルを書いて、明日(あした)枝(えだ)にぶらさげてやる。」
 清作もすっかり浮(う)かれて云いました。
「さあ来い。へたな方の一等から九等までは、あしたおれがスポンと切って、こわいとこへ連れてってやるぞ。」
 すると柏(かしわ)の木大王が怒りました。
「何を云うか。無礼者。」
「何が無礼だ。もう九本(くほん)切るだけは、とうに山主の藤助(とうすけ)に酒を買ってあるんだ。」
「そんならおれにはなぜ買わんか。」
「買ういわれがない。」
「いやある、沢山ある。」
「ない。」
 画かきが顔をしかめて手をせわしく振(ふ)って云いました。
「またはじまった。まあぼくがいいようにするから歌をはじめよう。だんだん星も出てきた。いいか、ぼくがうたうよ。賞品のうただよ。
 一とうしょうは 白金メタル
 二とうしょうは きんいろメタル
 三とうしょうは すいぎんメタル
 四とうしょうは ニッケルメタル
 五とうしょうは とたんのメタル
 六とうしょうは にせがねメタル
 七とうしょうは なまりのメタル
 八とうしょうは ぶりきのメタル
 九とうしょうは マッチのメタル
 十とうしょうから百とうしょうまで
 あるやらないやらわからぬメタル。」
 柏の木大王が機嫌を直してわははわははと笑いました。
 柏の木どもは大王を正面に大きな環(わ)をつくりました。
 お月さまは、いまちょうど、水いろの着ものと取りかえたところでしたから、そこらは浅い水の底のよう、木のかげはうすく網(あみ)になって地に落ちました。
 画かきは、赤いしゃっぽもゆらゆら燃えて見え、まっすぐに立って手帳をもち鉛筆(えんぴつ)をなめました。
「さあ、早くはじめるんだ。早いのは点がいいよ。」
 そこで小さな柏の木が、一本ひょいっと環のなかから飛びだして大王に礼をしました。
 月のあかりがぱっと青くなりました。
「おまえのうたは題はなんだ。」画かきは尤(もっと)もらしく顔をしかめて云いました。
「馬と兎(うさ)です。」
「よし、はじめ、」画かきは手帳に書いて云いました。
「兎(うさぎ)のみみはなが……。」
「ちょっと待った。」画かきはとめました。「鉛筆が折れたんだ。ちょっと削(けず)るうち待ってくれ。」
 そして画かきはじぶんの右足の靴(くつ)をぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談(はな)し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう言いました。
「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつに辱(かたじ)けない。」
 ところが画かきは平気で
「いいえ、あとでこのけずり屑(くず)で酢(す)をつくりますからな。」
と返事したものですからさすがの大王も、すこし工合(ぐあい)が悪そうに横を向き、柏の木もみな興をさまし、月のあかりもなんだか白っぽくなりました。
 ところが画かきは、削るのがすんで立ちあがり、愉快(ゆかい)そうに、
「さあ、はじめて呉(く)れ。」と云いました。
 柏はざわめき、月光も青くすきとおり、大王も機嫌(きげん)を直してふんふんと云いました。
 若い木は胸をはってあたらしく歌いました。
「うさぎのみみはながいけど
 うまのみみよりながくない。」
「わあ、うまいうまい。ああはは、ああはは。」みんなはわらったりはやしたりしました。
「一とうしょう、白金メタル。」と画かきが手帳につけながら高く叫びました。
「ぼくのは狐(きつね)のうたです。」
 また一本の若い柏の木がでてきました。月光はすこし緑いろになりました。
「よろしいはじめっ。」
「きつね、こんこん、きつねのこ、
 月よにしっぽが燃えだした。」
「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」
「第二とうしょう、きんいろメタル。」
「こんどはぼくやります。ぼくのは猫(ねこ)のうたです。」
「よろしいはじめっ。」
「やまねこ、にゃあご、ごろごろ
 さとねこ、たっこ、ごろごろ。」
「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」
「第三とうしょう、水銀メタル。おい、みんな、大きいやつも出るんだよ。どうしてそんなにぐずぐずしてるんだ。」画かきが少し意地わるい顔つきをしました。
「わたしのはくるみの木のうたです。」
 すこし大きな柏(かしわ)の木がはずかしそうに出てきました。

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