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一本の花(いっぽんのはな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-2 11:12:54  点击:  切换到繁體中文


        四

 続いて二日、秋雨が降った。
 夜は、雨の中で虫が鳴いた。草の根をひたす水のつめたさが、寝ている朝子の心にも感じられた。
 晴れると、一しお秋が冴えた。そういう一日、朝子は荻窪に住んでいる藤堂を訪ねた。雑誌へ随筆の原稿を頼むためであった。
 ひろやかに庭がとってあって芝が生え、垣根よりに、紫苑、鶏頭、百日草、萩、薄などどっさり植っていた。百日草と鶏頭とがやたらに多く、朝子は目の先に濃厚な絨毯を押しつけられたように感じた。
 四十四五の顔色の悪い藤堂は細君に「もっと濃く」と茶を代えさせながら、
「――秋になったが、どうも工合わるくて閉口しています」
と云った。
「数年来不眠症でしてね、こうやって家族と遮断したところで寝ても眠れない。癪にさわって暁方にジアールを二粒位飲んでやるんです。ところが、朝出かけなけりゃならないときなんか薬が残っていると見えましてね、この間も省線で、この次は目白だ、と気を張っていても夢中んなっちゃって乗り越す。はっと思ってまた戻るが、今度は戻りすぎて、一つ処を二三度行ったり来たりしました」
 細君が、
「――本当に滅茶苦茶を致しますんですからねえ」
 そして藤堂の顔に目を据えて云った。
「きっと今にどうかなっちゃうから、見ていらっしゃい」
 藤堂は暫く黙っていたが、しんねり、
「こいつもヒステリーです」
と云った。
 帰ろうとしていると、細君が、
「ああ白杉さん、お宅に、犬お飼いですか」
と訊いた。
「いいえ、飼おうと云ってはおりますんですけれど」
「あなた、じゃ丁度よござんすよ」
 藤堂の答えも待たず、
「うちに犬の児が二匹もいて、始末に困ってるんですの。じゃ一匹お宅で飼っていただきましょう、丁度いいから、今日連れてっていただいてね」
 立ちかかるのを藤堂が止めた。
「そんなに急に云ったって――御迷惑だよ」
「――駄目でしょうか……」
 細君は、高い椅子の上で上体を捻るようにし、不機嫌に朝子を見た。
 春になると、庭へ、ヒアシンスや馨水仙が不断に咲き満ちると云うことであった。それ等の花に囲まれ、益々病的であろう夫婦の生活を想像すると、朝子は頽廃的な絵画を眺めるような気分を感じた。彼等のところにも、夫婦生活の惰力が強く支配している。それがどんな沼か、朝子は、彼女の短い亡夫との夫婦生活で知っている。
 朝子は、漠然と思い耽りながら、社の門を潜った。
 小使室に、伊田がいた。伊田が低い腰かけにかけている後に、受附の茂都子が立って、ぐいぐい伊田の頸根っこを抑えつけていた。伊田は朝子を認め、頸をちぢこめたまま、上目で挨拶した。
「――ひどくいじめられるのね」
「ええ、ええ」
 茂都子が引とって朝子に答え、小皺のあるふっくりした上まぶたをぽっとさせて、
「本当に、この子ったら、すっかり男っ臭くなっちまって……あんなに子供子供してたのに」
 なお抑えつけようとした。伊田が本気で、
「馬鹿! 止してくれ」
と、手を払い立ち上った。
 二時間程経って、朝子が手洗いのついでに、例の濠を見渡す、ここばかりはややセザンヌの絵のような風景を眺めて立っていると、伊田が来た。彼は、さっき見られたのが大分極り悪い風であったが、それは云わず、
「今日おいそがしいですか」
と朝子に訊いた。
「いいえ――用?」
「用じゃないんですけど……夜、上ってかまいませんか」
「いらっしゃい」
「川島君も行くかも知れないんですが」
「どうぞ」
「川島の奴……叱られちまやがった」
 伊田は、面白がっているような、怖くなくもないような、善良な笑い顔をした。
「……じゃ」
 朝子に、訊ねる時間を与えず、彼は云った。

        五

 日露戦争当時、或る篤志な婦人が、全国の有志を糾合して一つの婦人団体を組織した。戦時中、その団体は相当活動して実績を挙げた。主脳者であった婦人が死んだ後も、団体は解散せず明治時代帷幄いあく政治で名のあった女流を会長にしたりして、次第に社会事業など企てて来た。
 然し精神は昔の主脳者と共に死んだ。理事、その他役員が上流婦人ばかりなので、実権は主事、または庶務課長の諸戸吉彦にあった。女は女なりに、男は男でこの団体の内部を野心の巣にした。
 雑誌部の仕事の性質と、自身の気質の上から、朝子はそれ等の外交や政治に関係出来なかったが、目につくことは多くあった。
 社会事業の一として、内職に裁縫をさせていたが、工賃は市価よりやすかった。ちょっと不出来な箇処は何度でも縫いなおさせた。
「それじゃ、つまり、いくらでも払える人に、やすいお仕立物どころをこしらえて上げてるわけね。裁縫学校じゃない、内職なんだから、もう少しどうにかするのが本当ですよ」
 朝子は、初めの時分、そんなことも云ったが、永年そこで働いている園子は、女学校長のように笑いながら、
「そんなこと云っちゃ、何も出来ませんですよ。これだってないより増しなんですから」
と、とり合わなかった。社会事業全般、ないより増しの標準でされているらしかった。
 川島が叱られたということ、それも、この働き会の方に関係していた。
 W大学へ通いながら、庶務に働いている川島が宿直のとき、小使室で、働き会の小谷という女としゃべっていた。そこへ、諸戸が外から帰ってきて、翌日川島を呼びつけ酷く詰問したのであった。
 川島は、小心そうに眉の上に小皺をよせ、
「びっくりしちまった、――とても憤慨して罷めさせそうなことを云うんだもん」
と苦笑した。
「一体何時頃だったの?」
「八時頃ですよ」
 伊田が朝子に、
「小谷さんて人、知りませんか」
と訊いた。
「さあ……河合さんなら知ってるけれど」
「ふ、ふ、ふ」
 伊田も川島も笑った。
「――色白な人で……幾つ位だい? もうよっぽど年とってるんだろう?」
「三十位なんだろう」
 弱気らしく川島が答えた。
「何でもないなあ、解ってるんだけれど……その時だって。話しでもすると思って、いやな気がしたんだろう」
「この頃馬鹿にやかましくなっちゃったね、こないだ矢崎さんもやられたらしいよ」
 朝子は、
「でも、諸戸さん、一種の性格だな」
と云った。
 諸戸は、女房子供を国許に置き、一人東京で家を持っていた。まるで一人暮しなのに、家の小綺麗なことは評判であった。現在彼等で経営主任のようなことをしている、そして将来彼のものになるだろう或る女学校長とは特別な関係で、半ば公然の秘密であったが、諸戸は近来、働き会の方の河合という女といきさつがあった、もう一人そう云う人が働き会の中にある。そんな状態であった。
 のほほんで、その河合と連れ立って帰るようなこともするのに、時々川島の場合のようにぶざまな痙攣けいれん的臆病を現すのであった。
「気のいいところもある人なんだから、あなた、ただ叱られていずに、ちゃんと自分の立場を明かにして置くといいんですよ」
 朝子は川島に云った。
「こちらがしゃんとして出れば、じき折れる人なんだから」
「憤ると、でも怖いですよ」
 川島は、いかにも学生らしく、眼を大きくした。
「とてもでかい声で『君!』ってやられると、参っちゃうな。云うことなんか忘れちゃう」
「だから、あなたがそれよりもっとでかい声で『何でありますか!』って云えばいいのよ」
 多分、相原の口添えで、川島を罷めさせることは中止になったらしいと云うことだった。相原は、諸戸と同郷で、ころがり込んでいるうち、府下のセットルメント・ワークを任され、今では一方の主になっている男であった。伊田と川島は異口同音に、
「――相原氏の方があれでましでしょう」
と云った。
「男らしい点だけでもましじゃないですか」
「今度だって、諸戸氏、直き廊下であったら、やあ、なんて先から声をかけるんだよ。とてもお天気やだね。何が何だか分りゃしない」
「相原さん、諸戸さんにゃ精神的欠陥があるんだって云ってました」
 朝子は、段々いやな心持になって、
「もうやめ! やめ! こんな話」
と云った。
「第一相原さんが諸戸さんについて、そんな風にあなたがたに云えた義理ではない筈ですよ。葭町の芸者とごたごたがあった、その借金の始末だって諸戸さんにして貰ってるそうだし……第一、今の地位を作ってくれたのが諸戸さんじゃありませんか」
「――そうなんですか」
「こないだ、将来、万事は自分が切り盛りするらしい口吻でしたよ、でも……」
「若し、相原氏が、反諸戸運動を画策してるんだったら、私は見下げた男だと思う」
 朝子は、亢奮を感じた顔付で云った。
「諸戸さんにだって、卑怯なところもけちなところもあるが、一旦自分の拾った者はすて切れないというところがあります。そうしちゃ、飼犬に手を咬まれているんだけれど」
 諸戸は弱気で、どこか器のゆったりしたところがあり、相原は表面豪放そうで、内心は鼠の歯のように小さくて強い利己主義者であった。相原を食客に置いた時分から、十年近く、そういう気質の違いや、共通の利害が諸戸にとって微妙な心理的魅力であると見え、少なくとも表面、相原は不思議な感化を諸戸に持っているのであった。
 彼等はトランプをしたり、朝子が最近買ったフランスの画集を観たりして、十一時近く帰った。玄関へ送って出ながら、朝子は冗談にまぎらして云った。
「まあ、なるたけお家騒動へは嘴を入れないことね。私共の時代の仕事じゃないわ」

        六

 朝子が、買物に出ようとして玄関に立っていた。日曜であった。そこへ大平が来た。
「――出かけるんですか」
 彼は洋杖ステッキをついたまま、薄すり緑がかって黄色いセルを着た朝子の姿を見上げた。
「一人?――もう一本は?」
 幸子と自分のことを、朝子は神酒徳利と綽名していた。
「本とお話中でございます。――でも直ぐかえりますから、どうぞ……お幸さん道楽の方らしいから大丈夫よ」
 朝子は草履をはき、三和土たたきへ下りて、
「さ」
 大平と入れ換わるようにした。
「――どの辺まで行くんです」
「ついそこ――文房具やへ行くの」
「いい天気だから、じゃ私も一緒に行こうかな」
「そう?――」
 そこに女中がいた。頭越しに朝子は大きな声で、
「ちょっと」
と幸子を呼んだ。
「大平さんがいらっしゃってよ。ここまで来て」
「何さわいでいるのさ」
 幸子が出て来た。
「どうも声がそうらしいと思った」
「大平さんも外お歩きになるんですって。あなたも来ないこと? 少し遠くまで行って見ましょうよ」
「来給え、来給え、本は夜読める」
「本当にいい天気だな」
 幸子は、瞳をせばめ、花の終りかけた萩の上の斑らな日光を眺めていたが、
「まあ、二人で行っといで」
と云った。
「外もいいだろうが、障子んなかで本よんでる心持もなかなか今日はわるくない」
 大平と連立ち、朝子は暫くごたごたした町並の間を抜け、やがて雑司ケ谷墓地の横へ出た。秋はことに晴れやかな墓地の彼方に、色づいたくぬぎの梢が空高く連っているのが見えた。線香と菊の香がほんのり彼等の歩いている往来まで漂った。石屋ののみの音がした。
 彼等は、電車通りの文房具屋で買物をし、菓子屋へよってから、ぶらぶら家へ向った。
「――十月こそ秋ね……お幸さんも来ればよかったのに」
「住まずに考えると、ちょいとごみごみしているようで、小石川のこちら側、なかなか散歩するところがあるでしょう」
「古い木があるのもいいのよ」
 大平は、やがて、
「このまんま戻るの、何だか惜しいなあ」
と、往来で立ち止った。
「どうです、ずうっと鬼子母神の方へでも行って見ませんか」
「そうね――そして、またあのお蕎麦そばたべる?」
 去年の秋、幸子と三人づれで鬼子母神の方を歩き、近所の通りで、舌の曲る程辛い蕎麦をたべた。
「ハッハッハッ、よほど閉口したと見えて、よく覚えてるな――本当に行きませんか。さもなけりゃ、私んところへこのまま行っちゃって、御馳走をあなたに工面して貰ってから幸子君を呼ぶんだ」
 その思いつきは朝子を誘った。
「その方が増しらしいわ……でも、お幸さん心配することね」
「なあにいいさ! 本読ましとけ。――心配させるのも面白いや」
「――ここにいりゃ何でもないのに」
「いたら、まいてやる」
 大平は、いやに本気にそれを云った。
 朝子は、家の方へ再び歩き出した。大平も、自分の覚えず強く発した語気に打たれたように暫く口をつぐんで歩いた。
 桃畑の角を曲ったら、門の前を往ったり来たりしている幸子の姿が見えた。朝子は、その姿を遠くから見た瞬間、自分達が真直ぐ還って来たことを心からよろこんだ。
「お待ち遠さま」
「何だ! それっくらいなら一緒に来りゃいいのに」
 大平が渋いように笑った。
「君が案じるって、敢然と僕の誘惑を拒けたよ」
「ふうん」
 先立って門を入りながら、幸子は、気よく、少し極りわるそうに首をすくめ、
「――今どこいら歩いているだろうと思ってたら、自分も出たくなっちゃった」
 茶を飲みながら、朝子は大平が往来で提議したことを話した。
「――頼みんならない従兄よ、あなたがいれば、まいちゃうっておっしゃるんだから」
「そうさ、素介という男はそういう男なの、どうせ。――アッペルバッハが、ちゃんと書いている」
 幸子は、さっぱりした気質と、その気質に適した学問の力とで釣合よく落つきの出来た眼差しで朝子と素介とを見較べながら云った。
「従兄の悲しさに、あんたも私も、どうもサディストのタイプに属するらしいね。アッペルバッハの新しい性格分類法で行くと。だから、マゾヒストの型で徳性の高い朝っぺさんにおって貰って調和よろしいという訳さ。私なんか、同じサディストでも、徳性が高いからいいけれど、この素介なんぞ――」
「――君に解ってたまるもんか。――第一そのアッペル何とかいうの、ドイツの男だろう? ドイツ人の頭がいいか悪いかは疑問だな。フランス人の警句一つを、ドイツ人は三百頁の本にする。そいだけ書かないじゃ、当人にも呑込めないんじゃないかな」
「頭のよしあしじゃない、向きの違いさ」
 アッペルバッハの説は、マゾヒスト、サディストの両極の外に男性的、女性的、道徳性、智能性その他感情性などの分類法を作り、性能調査の根底にもするという学説であった。朝子は、
「政治家になんか、本当にサディストの質でなけりゃなれないかもしれない」
と云った。

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