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クサンチス(クサンチス)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-7 9:25:46  点击:  切换到繁體中文


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 夏が半ば過ぎた頃であつた。飾棚の中へ新しく這入つて来た人がある。それは小さいブロンズ製のフアウヌスである。今まで棚にゐた連中がそれを見て、大分騒いで、口の悪い批評をした。
 こはれ易い陶器の人形達は、「飛んだ荒々しい様子をした人だ」といつて、自然に用心深く、傍に寄らないやうにしてゐる。
 それかと思ふと、小さい、薔薇色の菓子器があつて、甘つたるい声をして、「あら、わたしはあの方の体の丈夫さうなのが好だわ」といつて、あべこべにそつと傍へ寄る。
 又クロヂオンのニムフエは臆面なくこの人の力士らしい体格を褒めてゐる。
 それを聞いた柄附えつき目金めがねは、ニムフエの詞を遮るやうに、さげすんで云つた。「おや。あれが好いのなんのと、好くもそんな下等な趣味を表白する事が出来たものだね。まあ、あの不細工な節々を御覧よ。あの手を。あの足を。」柄附目金の柄には、金剛石を嵌めて紋の形にした飾が附いてゐて、その柄は非常に長いのである。
「そんな事を言ひ合つてお出だが、あなたなんぞは御存じないのでせう。」かう云つて、さも意味ありげな顔をして、レエスの附いたハンケチを顔に当てゝ、身を前にかゞめて、狡猾らしく笑ふのは、素焼の城持ちの貴婦人である。
 大勢の女達が、この内証話を聞きたがつて集つて来た。そんな話をする事には、物慣れてゐる城持ちの貴婦人が、何か序開じよびらきに一言二言云つて置いて、傍に立つてゐた一人の耳に口を寄せて囁くと、その聞いた女が隣に伝へる。さういふ風に段々に耳打ちをして、貴婦人の話を取り次いだ。聞えるのは、興奮の余りに劇しく使はれる扇のそよぎばかりである。
 要するにフアウヌスの受けた批評は余り好結果ではなかつた。フアウヌスは下品な、愉快げな様子をして、平手で※(「身+果」、第4水準2-89-55)はだかの胸をぴたりと打つた。その音が余り好いので、小さい女人形達は夢見心地になつた。併し詞少なにしてゐても、ひどく物の分かつてゐる積りの男仲間には、この新参者に対して敵意を含んでゐるものが多かつた。
 どうも上品なこの社会では、フアウヌスの、声高に、不遠慮に笑つたり、立ち振舞つたりするのがなんとなく厭に思はれたのである。
 併しこの社会では、一同腹の中で卑しんで、互にその卑しむ心を知り合つてゐる丈で満足して、黙つてゐる。よしや口に出して非難する事があつても、露骨には言はないで巧みな辞令を用ゐるので、ブロンズ製の人形の野蛮な流儀では、所詮争ふ事が出来ないのである。
 或る時フアウヌスは始めてクサンチスを見た。その時の様子は、まるで百姓の倅が馴染の娘に再会したやうであつた。短く伸びた髯をひねつて、さも疑のない勝利を向うに見てゐるやうな、凝り固つた微笑ほゝゑみを浮べて、相手の様子を眺めてゐたのである。
 そんな風に眺められて、クサンチスは腹を立てるかと思ふと、意外にもそのフアウヌスを見返す目附きが、嫌つてゐるらしくは見えなかつた。丁度その時公爵が傍にゐたので、かう云つた。
「あの土百姓があなたを、失敬な目附きをして見てゐるのに、あなたはなぜ人を好くして見返してお遣りになるのですか。」
「あら。土百姓だなんて。」女は少し不平らしくかう云つて、急に公爵の方を一目見た。その様子が二人を比べて見て、公爵の方が弱々しいと思ふらしく見えた。併し持前の気の変る事の早い女で、直ぐに又フアウヌスの事を忘れてしまつた。
 そして「あんな人なんか」と云つて形附かたつきを撮み上げて、ひらりと薔薇の花で飾つた陶器の馬車に乗り移つた。
 それから数日間にクサンチスの平生何事にも大概満足してゐる性質が、著明に変化した。妙に機嫌買ひになつたのである。併し公爵はこの様子を見ても、別に意味のある事とは認めない。それは多年の経験で、女の心といふものを知り抜いて、ひどく寛大に見る癖が付いてゐるからである。この寛大の奥にはひそかに女を軽蔑してゐる心持があるといふ事を、誰でも大した骨折り無しに発見する事が出来るのである。
 或る晩クサンチスは、ひどく苛々した様子をして、青年音楽家の処へ来た。青年が、なぜ不機嫌なのかと問うて見ると、女の返事はそつけない。女は、自分の秘密は自分丈で持つてゐるから、大きにお世話だと云つたのである。余り失敬だと思つて、青年もとうとう不愛想な詞を出した。喧嘩が避くべからざる結果であつた。丁度夏の晴れた日が続いた跡で、空気のうちに電気が満ちてゐるやうに、近頃二人の感情の天も雷雨を催してゐたのである。いよいよそれが爆発した。例の如く猛烈な罵詈ばりやら、鈍い不平やら、欷歔すゝりなきやら、悲鳴やらがあつて、涙もたつぷり流された。
「ほんとにあなた紳士らしくない方ね。わたしをそんなに見損ふなんて、あんまり残酷だわ。」
 かう云つた時、クサンチスの声は涙にむせんでゐて、目はうるみ、胸は波を打ち、体中どこからどこまで抑制せられた感情が行き渡つてゐるのであつた。青年はあやまつて、子供を慰めるやうに慰めて、ふと饒舌しやべつた無礼の詞を忘れてくれと頼んだ。そして二人は抱き合つて和睦した。
 さて青年がいつものやうに熱情を見せさうになつて来ると、女が出し抜けに、どうも余り興奮した為めか、ひどく疲れてゐるから、ゆるして貰ひたいと云つて、青年の切に願ふのを聞かずに、いつもの時刻よりずつと早く飛び出して帰つた。
 それから自分の台の上に帰つたのは翌朝であつた。
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 此頃からクサンチスは、ひどく機嫌が好くなつた。
 故郷の詩人の賞讚する、晴れた日の快活な光を、クサンチスは体中の※(「月+奏」、第3水準1-90-48)きめから吸ひ込んだ。此頃ほど顔色が輝き、髪の毛が金色きんしよくに光り、体の輪廓が純粋になつてゐた事は、これまで無かつたのである。
「大した女だ」と、公爵が唱へる。
「無類だ」と、音楽家が和する。
「神々しい。」
「理想的だ。」
 こんな風に二人は鼬ごつこをして褒めちぎる。それをフアウヌスは傍の柱に寄り掛かつて、非常に落ち着いた態度で、右から左へと見比べて、少し伸びた髭をひねつてゐる。
 日が暮れて、女は自分の台の上に帰つて、寝支度に髪をほどきながら、一日中にした事を、心の中で繰り返して見ると、どうしても多少の己惚うぬぼれの萌すのを禁ずる事が出来ない。此女には好い癖があつて、寝る前にはきつと踊りの守護神たる、慈悲深いアルテミスに祈祷をする。それが済んで、神様の恩を感じて、軽い溜息をする。それから肱を曲げて、その上に可哀かはいらしい頭を載せて穏かに眠るのである。
 あゝ。クサンチス姉えさん。お前さんは神様の恩を知つてゐる積りでゐるが、実はまだその恩といふものが、どれ丈の難有みのあるものだか知らないのだよ。成程お前さんは、勝利の車を、あの、女の世話をする人の中で、一番貴族的な公爵にかせてゐる。それからあの多情多恨の藝術家たる青年に輓かせてゐる。それからあの強い力の代表者たるフアウヌスに輓かせてゐる。そしてこの一々趣を異にしてゐる交際が、譬へば上手な指物師の拵へた道具のやうに、しつくりと為口しくちが合つて、それがお前さんの生活に纏まつてゐるのだ。併しこんなに為合しあはせな要約が旨く出合つてゐるといふ以上はもうそろ/\均衡が破れさうになつてゐはしないか。はからず口から滑り出た一言、ちよいとした、間違つた挙動なぞのやうな、刹那の不用意から生ずる一瑣事が、この不思議に纏まつてゐる総てを打ち崩してしまひはすまいか。お前さんはそこに気が付いて、用心してゐなくてはならないのであつた。
 クサンチス姉えさん。お前さんは場知ばしらずで、気の利かない事をしたのでせうか。決してさうではありません。お前さんはエゲエのやしろでお祭りのある時に、踊を踊つてゐて、段々年頃になつた、小さな希臘グレシア生れの踊子に過ぎないのだが、自分の出合つた、新しい境遇に処するには、どうすれば好いかといふ事丈は、苦もなく悟つてゐた。昔風の、貴族的な交際に必要な、巧者な優しみも出来た。ロマンチツクの感情のはげしい嵐に、戦慄しながら、身を委ねる事も出来た。あらゆる恋の役々を、お前さんは巧者に勤めた。
 そんなら何が悪かつたのだらう。本当の事を言ひませうか。お前さんを滅ぼしたのは、の堕落の精神だ。この精神が女を煽動して、その胸の中に不可測の出来心を起させる。この精神が、思ひも寄らない時に、女の貞操を騙して、真つ暗な迷ひの道に連れ出す。
 大抵さういふ過失は、言ふに足らざる趣味の錯誤である。そこでその過失の反理性的なとこに、どうかすると一旦堕落した女の、自業自得の禍からのがれ出る手掛かりもあるものだ。なぜといふに、女は過失に陥るのも早いが、それを忘れるのが一層容易なものである。
 あゝ。不幸にもお前さんはそんな風に禍を遁れることが出来なかつた。お前さんの不注意は自滅の原因になつたばかりでなく、お蔭で罪のない、お前さんの友達までが、迷惑を蒙つたのである。
 その恐るべき出来事は左の通りである。
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 或る晩フアウヌスがクサンチスを待つてゐたが、いつもの時刻に来なかつた。暫くは我慢してゐたが、とうとう十一時半が鳴つたに、クサンチスはまだ来ない。これが外の男なら、女の来ない理由を考へて、自分の恥にもならず、又自分の恋慕の情をも鎮めるやうな説明を付けただらう。そして一時の不愉快を凌ぐ事が出来ただらう。ところがフアウヌスには二つの判断を結び付ける事が出来ない。事実の外の物をば一切認める事が出来ない。一つの事実を手放すには、他の事実を掴まなくてはならないのである。
 もう我慢が出来ないといふ瞬間に、フアウヌスは突然立ち上がつて、クサンチスを捜しに出掛けた。飾棚の隅の処に、薔薇の木の小箱がある。その小箱に付いて曲つて、二十歩ばかりも行くと、クサンチスが見付かつた。
 まあ、なんといふざまだらう。クサンチスはの厭な支那人の膝の上に乗つてゐる。女は体をゆすつて精一ぱいの笑声を出してゐる。厭な野郎は不細工な指で、女の着てゐる空色の外套をいぢくつてゐる。美しい襞を形づくつてゐる外套の為めに気の毒な位である。それは長くは続かなかつた。吠えるやうな大喝一声に、棚の硝子ガラスが震動して、からから鳴つた。フアウヌスがあかゞねの腕を振り翳した。一声の叫びをするいとまもなく、タナグラ製の小さい踊子は微塵になつてしまつた。
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 これが踊子クサンチスの末路であつた。葡萄の実り豊かに、海原の波の打ち寄せる、クリツサのいちに生れた、明色めいしょくの髪に菫の花の花飾をした踊子クサンチスは、こんな死にをしたのである。
 こんな風に一刹那の軽はずみが、厳重な運命の罰を受けたのである。
 こんな風にあれ程優しい、あれ程人附合ひの好い、あれ程情の発動の劇しい、あれ程幸福のある性命が、一撃の下に滅されたのである。
 翌日飾棚の内にゐるアモレツトの小人形こにんぎやうが皆喪のしるしに黒い紗を纏つた。扇は皆半ば畳まれてクレポンで包まれた。オスタアドの寺祭りは中止せられた。
 指環や腕環や耳飾に嵌めてある宝石は皆光を曇らせた。
 珍奇な香水を盛つてある、細工の手の籠んだ小瓶は、皆自然に栓が抜けて、希臘グレシア美人の霊魂を弔ふ為めに、世に稀なかをりを立てた。アルレスのバジリカ式の寺院をかたどつた、聖トロフイヌスの納骨箱でさへ黄金こがねの響を、微かな哭声こくせいにして発したのである。
 電光の如く速かに悲報が伝へられた。公爵はそれを聞いて云つた。
「ああ。可哀かはいい、不行儀な奴め。己はお前のお蔭で、生甲斐があるやうに思つてゐた。己の為めには時間が重苦しい歩き付きをしてならないのだが、あの女と付き合つてゐる間は※(「日/咎」、第3水準1-85-32)ひかげの移るのを忘れてゐた。さあ。これからはどうして暮したものだらう。己の感情の焔を、氷のやうな冬の息に捧げなくてはならぬのか。ああ。クサンチスや。クサンチスや。己はお前に縛られた奴隷であつたが、そのばくが解けて、自由を得て見れば、己は自由の為めに泣きたくなつた。」
 公爵は夜どほし鬱々と物を案じてゐた。涙をこぼすまいと思つて我慢してゐるのに、その涙が頬の上を伝はつて流れた。一旦癒えてゐた昔の創が一つ一つ口を開くのが分かつた。左の足が痛んで来た。夜の明方に、白粉おしろいよそほつた、綺麗な首が接ぎ目からころりと落ちた。
 青年音楽家はクサンチスの死んだ事を聞くや否や、気を失つて、気が付いて、又気を失つて、とうとう台の上からころがり落ちた。落ちる拍子に、孔雀石くじやくせきのインキ壺の角に打つ付かつて、頭が割れて、その儘インキ壺の傍に倒れてゐた。それを、側にゐた素焼の和蘭オランダ人が二人で抱き起したのが、丁度公爵の首の落ちたのと同時であつた。和蘭人は二人とも人の好い、腹のふくらんでゐる男である。そしてかう云つてゐる。
「可哀さうに。まだ若い男だが、この創は直らない。」
 フアウヌスは踊子の砕けたのを見て、暫くは茫然として動かずにゐた。やうやうの事で自分のした事が分かると、どしりと膝を衝いて、荒々しい絶望の挙動をし始めた。その内に飾棚の中では、フアウヌスに対する公憤が絶頂に達した。一同このにくむ可き犯罪者の為めに、刑罰を求めて已まなかつた。
 その刑罰は程なく実現した。二三日立つと飾箱の前へ大きなおきなが出て来た。どこやら公爵に似た顔付である。さて自分の所有の美術品を見ると、非常な狼藉がしてあるので、勃然としていかつた。誰が狼籍者であるかといふ事は、直ぐに分かつた。フアウヌスは誰が見ても怪むやうな、絶望の様子をしてゐたのである。翁はフアウヌスを飾箱から撮み出して、その日の内に棄売すてうりに売つてしまつた。それからといふものは、フアウヌスは次第に落ちぶれて行くばかりである。恥かがやかしい競売せりうりに遭ふ。日の目も当らない、五味だらけの隅に置かれて蜘蛛のいに掛かる。とうとうなんだか見定めの附かない物になつて、陶器の欠けや、古鉄ふるかねや、すたれた家の先祖の肖像と一しよに、大道店だいだうみせに恥を晒して終つたのである。
 これだけの不幸の重なつた物語で見れば、賢明なる道徳の教師先生は、この中から疑ひもなく豊富な材料を見出す事であらう。あらゆる国の人達は、昔から総ての出来事を種にして、道徳を建設したではないか。さうして見ればこの場合に道徳論をするのは造作もないが、只どういふ道徳をこの中から引き出したが好いか、分からない。只その選択に困る。作者はそんな事をする事は御免を蒙りたい。なぜといふに、作者の経験によれば、こんな時に吐き出す金言は、その証明の力が大きい丈、それ丈不幸に遭遇したものに対して、無駄な残酷を敢てするに当るからである。





底本:「鴎外選集 第14巻」岩波書店
   1979(昭和54)年12月19日第1刷発行
初出:「新小説 一六ノ七」
   1911(明治44)年7月1日
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2000年5月11日公開
2005年12月25日修正
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