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難船小僧(エス・オー・エス・ボーイ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-8 14:07:48  点击:  切换到繁體中文


 俺はギューと参ってしまった。一言いちごんない……面目めんぼくない……と思って残念ながら頭を下げた。
「ムフムフ。シッカリしたまえ。オイオイ伊那一郎……S・O・S……ハハハ。ここだここだ……あがっち来い」
 船長おやじを探すらしく巨大なバナナを抱えて船長室を駈出かけだして行く青服の少年こども船長おやじは手招きして呼び上げた。俺が買って来た西蔵チベット紅茶の箱を、鼻の先に突付つきつけて命令した。
「これを船長室ケビンへ持ってて蒸留水で入れちくれい。地獄の親方と一所に飲むけにナ」
「CAPTAIN」と真鍮札しんちゅうふだを打ったドアを開くと強烈な酸類、アルカリ類、オゾン、アルコオルの異臭においがムラムラと顔をつ。その中に厚硝子張あつガラスばり樫材オークざいの固定薬品棚、書類、ビーカー、レトルト、精巧な金工器具、銅板、鉛板、亜鉛板、各種の針金、酸水素瓦斯ガス筒、電気鎔接ようせつ機、天秤てんびん、バロメータなんぞが歯医者か理髪店の片隅みたいにゴチャゴチャと重なり合っている……というのがこのアラスカ丸の船長室なんだ。その片隅の八日ようか巻の時計の下の折釘おれくぎに、墨西哥メキシコかケンタッキーの山奥あたりにしかないようなスバらしく長い、物凄ものすごい銀色の拳銃が二ちょう、十数発の実弾を頬張ほおばったまま並んで引っかかっているのだ。
 話は脱線するがこのアラスカ丸の船長はむろん独身生活者ひとりもので、女も酒も嫌いなんだ。上陸なんか滅多めったにしないんだ。その代りに応用化学の本家本元の仏蘭西フランスの大学で、理学博士の学位を取っている一種の発明狂と来ているんだ。持っているパテントのすうでも十や二十じゃ利かないだろう。みんなこの実験室でヒネリ出したっていうんだから豪勢なもんだろう。去年の冬だっけが、そんなパテントの権利も、巨万の財産も海員擁済会ようさいかいに寄附して、胃癌いがんで死んじゃったが、惜しい人間だったよ。……その時分……昭和二年頃には、小型な、軽い、無尽蔵に強力な乾蓄電池の製作に夢中になっていたっけ。世界中の動力を蓄電池の一点張りにするてんで、誠に結構な話だが、その実験をするたんびに、船中の電動力を吸い集めて、電燈を薄暗くしちまったりヒューズを飛ばしたりするのには降参させられたよ。おまけに舶来の絹巻線きぬまきせんが気に入らないと云って、自分で器械を作って絹巻線を製作しては切りて、作っては切り棄てる事二万マイル。その仕事に行き詰まると、今のピストルを二挺持って上甲板じょうかんぱんけ上る。主檣メーンマストに群がる軍艦鳥を両手でパンパンとねらうちにして「アハハハハ」と高笑いしながら、落ちて来るのを見向きもしないでスタスタと実験室に引返ひきかえすという変りようだからトテモ吾々われわれ凡俗には寄付よりつけない。恐ろしく小面倒な動力の計算書なんかを一週間がかりで書き上げて甲板デッキに持って行くと、「アリガトウ」と云って、見る片端かたはしから一枚一枚海の風に飛ばしてしまう。……ナアニ、タッタ一目でみんな頭に入れちゃうんだ。ズットのちになって船体検査なんかが来ると自分で機械の側へ立って、何百という数字を暗記そらでペラペラ並べるんだから、計算した本人が舌をいちまう。……そうかと思うと独逸ドイツの潜航艇やエムデンの出現時間と、場所をギッシリ書き入れた海図をにらんで「モウわかった。彼奴等きゃつらの根拠地と、通信網と、速力がわかった」と云うとその海図をクシャクシャにして海へ飛ばす。それから毛唐けとうの嫌う金曜日金曜日に汽笛を鳴らして、到る処の港々を震駭しんがいさせながら出帆しゅっぱんする、倫敦ロンドンから一気に新嘉坡シンガポールまで、大手を振って帰って来る位の離れわざは平気の平左なんだから、到底吾々われわれのアタマでは計り知る事の出来ないアタマだよ。
 そうした一種の鬼気すごみを含んだ船長の顔と、部屋の隅でバナナを切っている伊那少年の横顔を見比みくらべると、まるで北極と南洋ほど感じが違う。
 毬栗いがぐりの丸い恰好かっこうのいい頭が、若い比丘尼びくにみたいに青々としている。皮膚の色は近頃流行のオリーブって奴だろう。眼のふちほおがホンノリして唇がいちごみたいだ。睫毛まつげの濃い、張りのある二重瞼ふたえまぶた、青々と長い三日月まゆ、スッキリした白い鼻筋、あか耳朶みみたぼ背後うしろから肩へ流れるキャベツ色の襟筋えりすじが、女のように色っぽいんだ。青地に金モールの給仕服ユニフォーム身体からだにピッタリと吸付すいついているが、振袖ふりそでを着せたら、お化粧をしなくとも坊主頭のまんま、生娘きむすめに見えるだろう。なるほど毛唐けとうが抱いてみたがる筈だ……と思っているトタンに、白いバナナの皿を捧げた小僧がクルリとこっち向きになって頭を一つ下げた。俺の顔を、あわれみをうようにソッと見上げた。それから恋人に出会った少女みたいな桃色の、悩ましげな微笑を一つニッコリとして見せたもんだ。
 俺はゾッとしてしまったよ。……まったく……魔物らしい妖気が、小僧の背後うしろ暗闇くらやみから襲いかかって来たように思ったもんだよ。
 俺は紅茶もバナナもい加減にして故郷の地獄……機関室へ帰って来た。今にも「オホホホ」と笑い出しそうな人形じみた小僧の、変態的な愛嬌顔あいきょうづらと向い合っているよりも、機関室の連中の真黒な、猛獣づらにらみ合っている方が、ドレ位気が楽だか知れないと思って……。

 ところが機関室に帰ってみると船員の伊那少年に対する憎しみが……いな、恐怖が、予想外にひどいのに驚いた。船長おやじが是非ともあの小僧を乗組ませると云うんならこっちでも量見がある……というので大変な鼻息だ。水夫デッキ連中は沖へ出次第に小僧を餌にしてふかを釣ると云っているそうだし、機関室の連中は汽鑵ボイラ突込つっこんで石炭の足しにするんだと云ってフウフウ云っている。海員なんてものはコンナ事になると妙に調子付いて面白半分にドンナ無茶でもりかねないから困るがね。現に水夫の中でも兄い分の「むこきずかね」がわざわざ鉄梯子ばしごを降りて、俺に談判をじ込んで来た位だ。
「向う疵の兼」というのは恐ろしい出歯でばだから一名「出歯兼でばかね」ともいう。クリクリ坊主のおでこが脳天から二つに割れて、又喰付くいつき合った創痕きずあとが、まゆの間へグッと切れ込んでいるんだ。そいつが出刃包丁でばぼうちょうくわえた女の生首なまくび刺青ほりものの上に、俺達の太股ももぐらいある真黒な腕を組んで、俺の寝台ねだいにドッカリと腰をおろしてをグッとき出したもんだ。
「チョットお邪魔アしますが親方ア。今、船長おやじとこへ行って来たんでがしょう。親方ア」
「ウン。行って来たよ。それがどうしたい」
「すみませんが船長おやじがあの小僧の事を何と云ってたか聞かしておくんなさい。……わっしゃ親方が船長に何とか云ったらしいんで、水夫デッキ連中の代表になって、船長おやじの云い草を聞かしてもらいに来たんですが」
「アハハハ。それあ御苦労だが、何とも云わなかったよ」
「お前さん何にも船長おやじに云わなかったんけエ」
「ウン。ちょっと云うには云ったがね。何も返事をしなかったんだ。船長おやじは……」
「ヘエー。何も返事をしねえ」
「ウン。いつもああなんだからな船長おやじは……」
「あの小僧を大事でえじにしてくれとも何とも……親方に頼まなかったんけえ」
「馬鹿。頼まれたって引受けるもんか」
「エムプレス・チャイナへ面当つらあてにした事でもねえんだな」
「むろんないよ。船長おやじはあの小僧を、みんなが寄ってたかって怖がるのが、気に入らないらしいんだ」
「よしッ。わかったッ。そんで船長おやじ了簡りょうけんがわかったッ」
「馬鹿な。何を云うんだ。船長おやじだって何もお前達の気持を踏み付けて、あの小僧を可愛がろうってえ了簡じゃないよ。今にわかるよ」
「インニャ。何も船長おやじを悪く云うんじゃねえんでがす。此船うち船長おやじと来た日にゃ海の上の神様なんで、万に一つも間違いがあろうたあ思わねえんでがすが、しゃくさわるのはあの小僧でがす。……手前の不吉いや前科こうらも知らねえでノメノメとこの船へ押しかけて来やがったのが癪にさわるんで……遠慮しやがるのが当前あたりまえだのに……ねえ……親方……」
「それあそうだ。自分の過去を考えたら、遠慮するのが常識的だが、しかし、そこは子供だからなあ。何も、お前達の顔をつぶす気で乗った訳じゃなかろう」
「顔は潰れねえでも、船が潰れりゃ、おんなじ事でさあ」
「まあまあそう云うなよ。俺に任せとけ」
「折角だがお任かせ出来ねえね。この向うきずは承知してもはた奴等やつらが承知出来ねえ。可哀相かわいそうと思うんなら早くあの小僧をおろしてやっておくんなさい。つらを見ても胸糞むなくそが悪いから」
「アッハッハッ。恐ろしく担ぐじゃねえか」
「担ぐんじゃねえよ。親方。本気で云うんだ。この船がこの桟橋を離れたら、あの小僧の生命いのちがねえ事ばっかりは間違いねえんで……だから云うんだ」
「よしよし。俺が引受けた」
「ヘエ。どう引受けるんで……」
「お前達の顔も潰れず、船も潰れなかったら文句はあるめえ。つまりあの小僧の生命いのちを俺が預かるんだ。船長が飼っているものを、お前達めえたちが勝手にタタキ殺すってのは穏やかじゃねえからナ。犬でも猫でも……」
「ヘエ。そんなもんですかね。ヘエ。成る程。親方がそこまで云うんなら私等あっしらあ手を引きましょうが、しかし機関室こっちの兄貴達に、先に手を出されたら承知しませんよ。モトモトあの小僧は甲板組デッキもんですからね」
「わかってるよ。それ位のこたあ」
「ありがとうゴンス。出娑婆でしゃばった口を利いて済みません。兄貴達も容赦して下せえ」
 と会釈をして兼は甲板へ帰った。生命いのち知らずの兇状持きょうじょうもちばかりを拾い込んでいる機関部へ来て、これだけの文句を並べ得る水夫は兼の外には居ない。現に機関部の連中は、私の寝室へやの入口一パイに立塞たちふさがって、二人の談判に耳を傾けていたが……むろんデッキ野郎の癖に、わざわざ親方の私の処へ押しかけて来る兼の利いた風な態度を憎んで、今にも飛びかかりそうな眼付めつきをしながらドアの蔭にひしめいていたものであるが、兼が「兄貴達も容赦してくれ」と云って頭をグッと下げた会釈ぶりが気に入ったらしく、皆顔色を柔らげて道をけて通してやった。平生ふだんなら甲板からちり一本、機関室へ落し込んでも、ただはおかない連中であるが……。

 そんな訳で、風前の燈火ともしびみたような小僧の生命いのちを乗せたアラスカ丸が、無事に上海シャンハイを出た。S・O・Sどころか時化しけ一つわずに門司もじを抜けて神戸に着いた。それから船長おやじ一流の冒険だが六時間の航程コース節約つめるために、鳴戸なるとの瀬戸の渦巻を七千トンの巨体で一気に突切って、御本尊のS・O・S・BOYをふるえ上がらせながら平気の平左で横浜に着いてしまった。
 横浜で印度インド綿花と南洋材を全部上げてしまうと、今度は晩香坡行バンクーバゆきの木綿類を吃水きっすい一パイに積込つみこむ。同時にアラスカ近海の難航海に堪え得るだけの食料や石炭すみを、船が割れる程突込つっこむ訳だが、その作業は平生いつもの通り二三日がかりで遣るのでさえ相当せわしいのに、向岸むこうぎし晩香坡バンクーバから突然だしぬけに大至急云々うんぬんの電報が来て、二十四時間以内の出帆しゅっぱんという事になったので、その忙がしさといったら話にならない。おまけに横浜市内の道路工事の影響おかげとかで、臨時人夫エキストラが間に合わないと来たので、機関部の石炭すみ運びなんかは、文字通りの地獄状態に陥ってしまったものだ。
 それも一口に地獄と云っただけじゃ局外者しろうとにはわからないだろう。普通の客船メイルボートは別であるが、外国通いの気の利いた荷物船カーゴボートになればなるほど、荷物をウンと詰め込まれる。人間の通れる……荷役の出来る処ならばどこでも構わない。空隙すきまのあらん限り押し込んでしまうので、石炭を積む処は炭庫すみぐら以外にほとんど無いと云っていい。そこへ今度のアラスカまわりみたいな難航路になると必要以上の石炭を積んでおかないとドンナ海難にぶつかって、どこへ流されるかわからないので、楕円形の船の胴体と、四角い部屋部屋が交錯して作っているあらゆる狭い、人間の通れないようなゆがみ曲った空隙くうげきに石炭をギッシリと詰め込まなければならない。その作業の危険さと骨の折れる事といったら、それこそこのの生き地獄と云っても形容が足りないだろう。この船の料理部屋の背後うしろの空隙なんかへ行く連中は、ドン底の水槽タンク鉄蓋てつぶたまで突き抜けた鉄骨の隙間すきまに、一枚の板を渡して在る。左右の壁には火のような蒸気スチーム鉄管パイプが一面にぬたくっているので、通り抜けただけでも呼吸いきが詰まって眼がまわる上に、手でも足でも触れたら最後大火傷おおやけどだ。そこに濛々もうもうと渦巻く熱気と、石炭の粉の中に、臨時につるした二百燭光しょくの電球のカーボンだけが、赤い糸か何ぞのようにチラチラとしか見えていない。そこを二三度も石炭籠すみかごを担いで往復してから急に上甲板じょうかんぱんめたい空気に触れると、眼がクラクラして、足がよろめいて、鬼のような荒くれ男が他愛なくブッおれるんだ。ところがブッおれたと見ると直ぐに、兄イれん舷側ふなばたひきずり出して頭から潮水しおみずのホースを引っかけて、尻ペタを大きなスコップでバチンバチンとブン殴るんだから、息のある奴なら大抵驚いて立ち上る。

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