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戦場(せんじょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 9:43:43  点击:  切换到繁體中文


       四

 若い小隊長は白刃を捧げたまま切口上を並べた。
「フランケン・スタイン工兵聯隊、第十一中隊、第二小隊カアル・ケンメリヒ中尉……」
「イヤ。御苦労です」
 軍医大佐は巨大な毛皮の手袋を穿めた右手を挙げて礼を返した。その右手で、左から右へ水平に、残忍な……極度に冷静な一直線を指し描いた。
「この犬らを片付けて下さい」
「……ハッ……ケンメリヒ中尉は、この非国民の負傷兵等をカイゼルの聖名みなによって、今、直ぐに銃殺させます」
 後方勤務でウズウズしていた若い、忠誠なケンメリヒ中尉は、この使命を勇躍して待っていたらしい。今一度、私等二人に剣を捧げると靴音高らかに、活溌に廻れ右をした。
 トタンに照明弾が消えて四周が急に青暗くなってしまった。網膜が作る最深度の灰色の暗黒の中に、何もかもグーンと消え込んで行ってしまった。
「……軍医殿……ワルデルゼイ大佐殿……」
 という悲痛な叫び声が、照明弾の消滅と同時に負傷兵の一列の中から聞えた。それははらわたのドン底から絞り出る戦慄を含んだカスレ声であった。
 ……と思ううちに忘れもしない一番右翼に居た肩を負傷した下士官が、青暗い視界の中によろめき出て来て、私たちの足下にグタグタとよろめき倒おれた。起上ろうとして悶えながら、苦痛に歪んだ半面を斜めに、月の光りの下に持上げた。そのまま極めて早口に……殆んど死物狂いの意力をあらわしつつハッキリと云った。
「……ミ……皆を代表して申しますッ。コ……ここで銃殺されるよりも……イ……今一度、戦線へ返して下さいッ。イ……一発でも敵に向って発射さして、死なして下さいッ。戦死者の列に入れて下さいッ……アッ……」
 いつの間にか駈け寄って来たケンメリヒ中尉が、恐ろしく憤激したらしく、半身を支え起している軍曹の軍服の背中を、革鞭むちのようにしなやかな抜身のひらで力一パイ……ビシン……ビシン……と叩きのめした。
「エエッ。卑怯者ッ。今更となって……恥をさらすかッ……コン畜生コン畜生コン畜生ッ……」
「アイタッ……アタッ……アタアタッ……サ……晒します晒しますッ。ワ……私は……故郷に居る、年老としおいた母親が可哀相なばっかりに……もう死ぬるかも知れないお母さんが……タッタ一眼会いたがっている老母がる……居りますばっかりに……自……自傷しました……」
「ええッ。未練者……何を云うかッ……」
「アタッ。アタッ。わかりました。……もうわかりましたッ。何もかも諦らめました。ヴェルダンの火の中へ行きます……喜んで……アイタッ……アタアタアタアタアタッ」
 月光に濡れた工兵中尉の剣光がビィヨンビィヨンと空間にしなった。
「……ナ……何をかす。卑怯者……売国奴……」
「アツツツツツ。アタッ。アタッ、待って……待って下さい。皆も……皆も私と同じ気持です。同じ気持です。どうぞ……どうぞこの場はお許し……お許しを……アタッ……アタッ……アタアタアタッ……ヒイ――ッ……」
 可哀そうに軍曹は熱狂したケンメリヒ中尉の軍刀の鞭の下に気絶してしまった。私は衝動的に走り寄つて、メントール酒の瓶を軍曹の唇に近附けたが、瓶はからっぽ[#「瓶はからっぽ」は底本では「瓶にからぽ」]になっている事に気附いたので憮然として立上った。
 その時にワルデルゼイ軍医大佐は、なおも懸命に軍刀を揮いかけているケンメリヒ中尉をさえぎり止めた。
「……待ち給え。待ち給え。ケンメリヒ君……皆がこの軍曹の云う通りの気持なら、ここで犬死にさせるのも考え物ですから……」
 そう云った軍医大佐の片頬には、何かしら……冷笑らしいものが浮かんでいるように思ったが……しかしそれは極度に神経を緊張させていた私の錯覚か、又は仄青ほのあおい光線の工合ぐあいであったかも知れない。そのままガチャリガチャリと洋刀を鳴らしながら軍医大佐は、向い合っている二列の中間に出て行った。
 不平そうに頬をふくらしているケンメリヒ中尉と、ホッとした私とが、その背後からいて行った。
 十米突メートルばかりを隔てて向い合った二列の中央に来ると軍医大佐は、又も二つ三つ揚がった光弾の光りを背に受けながら、毅然として一同を見まわした。
 同じように不動の姿勢を執っている負傷兵たちの頬には皆、涙が流れていた。その涙が光弾のゆらめきを蒼白くテラテラと反射していた。
 しかしその中にタッタ一人、列の最後尾に立っている候補生の美しい横顔だけは濡れていなかった。……のみならず何かしらニコニコと不思議な微笑を浮かめて真正面を凝視しているのが、さながらに天国の栄光を仰いでいる使徒のように神々こうごうしく見えた。
 けれども大佐は候補生の微笑に気付かなかったらしい。今度はハッキリした軽い冷笑を片頬に浮かめながら今一度、一同を見廻わした。
「何だ。皆泣いているのか。馬鹿共が……何故早く拭わぬか。凍傷になるではないか……休めい……」
 負傷兵たちが一斉に頭を下げてススリ泣きを初めた。各自に帽子や服のそでで、頬を拭いまわし初めると、今まで緊張し切っていた場面の空気が急にごやかになって来た。
 ケンメリヒ中尉が背後の工兵隊をかえりみて号令を下した。まだイクラか不満な声で……。
「立てえ銃……休めえ」
「気を附け……」
 と大佐が負傷兵たちに号令した。右翼の兵卒が二名出て来て、気絶している軍曹を抱え起して行った。
「皆わかったか」
「……わかりました……」
 と全員が揃って答えた。生き返ったような昂奮した声であった。
 大佐も幾分調子に乗ったらしい。釣込まれるように両肱を張り、両脚を踏み拡げて、演説の身構えになった。
「……よろしい……大いによろしい……現在の独逸は、数百カラットの宝石よりも、汝等に与える一発の弾丸の方が、はるかに勿体もったいない位、大切な場合である。同様に汝等の生命が半分でも、四分の一残っていても構わない、ヴェルダンの要塞にブッ付けなければならないのが我儕われわれ、軍医の職務である……わかったか……」
「わかりました」
 大佐の演説の身振りがだんだん大袈裟おおげさになって来た。
「……よろしい……もうすこし云って聞かせる……近いうちに独逸の艦隊が、英仏の聯合艦隊をドーバーから一掃してテイムス河口に殺到する。そうしたら倫敦ロンドンは二十四時間のうちに無人の廃墟となるであろう。一方にヴェルダンが陥落してカイゼルの宮廷列車が巴里パリに到着する。逃場を失った聯合軍はピレネ山脈とアルプス山脈の内側で、ことごと殲滅せんめつされるであろう。独逸の三色旗が世界の文化を支配する暁が来るであろう。その時に汝等は一人残らず戦死しておれよ。それを好まない者はたった今銃殺してやる。……味方の弾丸を減らして死ぬるも、敵の弾丸を減らして死ぬるも死は一つだ。しかし光栄は天地の違いだぞ……わかったか……」
「わかりました」
 大佐は演説の身ぶりをピタリ止めて、厳正な直立不動の姿勢に返った。右手を揚げて列の後尾を指した。
「……よし行け……その左翼の小さい軍曹……汝の負傷は一番軽い上膊じょうはく貫通であろう。汝……引率して戦場へ帰れ。負傷が軽いので引返して来ましたと、所属部隊長に云うのだぞ……ええか……」
「……ハッ……陸軍歩兵軍曹……メッケルは負傷兵……八十……四名を引率してヴェルダンの戦線に帰ります。軽傷でありましたから帰って来ましたと各部隊長に報告させます」
「……よろしい……今夜の事は永久に黙っておいてやる……わかったか……」
「……わかりました。感謝いたします」
「……ヤッ……ケンメリヒ中尉。御苦労でした。兵を引取らして休まして下さい。御覧の通り片付きましたから……ハハハ……」
 そんな風に、急に気軽く砕けて来た軍医大佐のあたたかい笑い声を聞くと同時に、私の全身がゾオッと粟立あわだって来た。頭の毛が一時にザワザワザワと逆立さかだち初めた。……今までの出来事の全体が、一種の極端な芝居ではなかったか……といったようなアラレもない感じが、頭の片隅にフッと閃めいたからであった。
 それは今の今まで、この鋼鉄製の脳髄を持った軍医大佐から、あまりにも真剣過ぎる超自然的な試練に直面させられて、ヘトヘトにまでタタキ附けられている私の脳髄が感じた一種の弱い、しかし強く鋭い一種の幻覚錯覚であったかも知れない……。

 ……ワルデルゼイ軍医大佐は元来、非常な悪党なのではあるまいか。西部戦線の裡面に巨大な巣を張りまわして、こうした方法で出征兵士の生血いきちすすっている稀代の大悪魔なのではあるまいか。大佐は出征兵士の故郷の人々から金を貰って色々な不正な事を頼まれているのではあるまいか。
 ……戦争がその背後に在る国民の心を如何に虚無的にし、無道徳にし、つ邪悪にするかという事実は、吾が独逸の国民史をひもどいてみても直ぐにわかる事である。しかも近代的な唯物観から来た虚無思想と、法律至上主義によってゲルマン民族の伝統的な誇りとなっていた吾が独逸国内の家庭道徳が、片端から破壊されつつ在る今日に於て勃発した戦争である以上、こうした崩壊の道程に在る家庭内の不倫、不道徳が、独逸軍の裡面に反映しない筈はないのである。
 ……出征兵士の中には、あの美少年候補生が話したような家庭の事情のために、是非とも殺されなければ都合の悪い運命を背負っている若い連中が何人、混交まじっているかわからないであろう。その気の毒な犠牲候補たちが、万一にも負傷して後送される事のないように……又はソンナ連中が、故郷の事を気にかける余りに、自傷手段で戦線から逃出して来るような事がないように、大佐は平生から沢山の賄賂を貰って、シッカリと頼まれているのではあるまいか。
 ……だから、あんなに熱心に患者を診察して廻わったのではあるまいか。そうして、そんな連中を何でもない普通の自傷兵とゴッチャにして、あんな風に脅迫して、無理矢理に戦線へ送り返しているのではないか。……だから、私を利用して、その計略の裏を掻いた候補生が、あんなにニコニコと微笑しているのではなかろうか……。
 ……といったような途方もない、在り得べからざる邪悪な疑いが、はらわたの底から湧き出す胴震いと一所に高まって来た。そうしてソンナような馬鹿馬鹿しい、苦痛にみちみちた悪夢からヤッと醒めかけたような……ホッとしたような気持になると同時に私は又、急に胸がムカムカして嘔きそうな気持になって来た。何とも感じなくなっていた屍臭と石油臭が、にわかに新しく、強く鼻腔を刺戟し初めた……が……そのまま無理に平気を装って、軍医大佐の背後に突立っていた。
 そうした私の疑惑を打消すかのように、向い合っていた二条の一列横隊は、私たちの眼前で同時に、反対の方向を先頭にした一列縦隊に変化した。そうして一方は元気よく、勝誇ったように……一方は屠所としょの羊のように、又は死の投影のように頸低うなだれて、気絶した仲間をたすけ起し扶け起し、月光の真下で別れ別れになって行った。
 その別々の方向に遠ざかって行く兵士の行列をジイッと見送っているうちに、私は又も、更に新しい、根本的な疑惑の中に陥って行った。
 ……彼等は一体、何をしに行くのであろうか。
 ……戦争とは元来コンナものであろうか。彼等はホントウに戦争の意義を知って戦争に行くのであろうか。彼等が戦争に行くのは国のためでも、家のためでもない。ただワルデルゼイ大佐に威嚇されて、死刑にされるのがいやさにヴェルダンの方向へ立去るのではあるまいか。
 私はいつの間にか国家も、父母も、家庭も持たない、ただ科学を故郷とし、書物と器械と、薬品ばかりを親兄弟として生きて来た昔の淋しい、空虚な、一人ポッチの私自身に立ち帰っていた。
 ……自分は伯林ベルリンを出る時に、カイゼルに忠誠を誓って来るには来た。しかし、それでも本心をいうと自分は、真実のゲルマン民族ではないのだ。彼等兵士とも、眼の前に突立っているワルデルゼイ氏とも全然違った人種なのだ。自分自身でも自分が何人種に属するかわからない単なる一個の生命……天地の間に湧き出した、医術と音楽のわかる小さな一匹の蛆虫うじむしに過ぎないのだ。
 ……その三界さんがい無縁の一匹の蛆虫が、コンナにまでも戦慄し、驚愕して、云い知れぬ良心の呵責をさえ受けている原因はどこに在るのだろう。
 ……一体自分はここへ何しに来ているのだろう。
 私はこの死骸の堡塁の中で、曾ての中学時代に陥った記憶のある、あの虚無的な、底抜けの懐疑感の中へ今一度、こうして深々とまり込んでしまったのであった。今の疲れ切った頭では到底、泳ぎ渡れそうにない、無限の、底無しの疑惑の海……。
 そう思えば思うほど、そうした戦争哲学のドン底に渦巻いている無限の疑惑の中に私はグングンと吸い込まれて行った。見渡す限りの黒土原……ヴェルダンの光焔……轟音ごうおん……死骸の山……折れ砕けた校庭の樹列……そうしてあの美しい候補生……等々々も皆、そうした疑惑の投影としか思えなくなって来た。
 そう思い思い私はフト大空を仰いだ。
 ……あの大空に白く輝いている、割れ口のギザギザになった下弦の月こそは、そうした戦争に対する疑惑の凝り固まった光りではなかったか……氷点下二百七十三度の疑惑の光り……。





底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年3月24日第1刷発行
初出:「改造」改造社
   1936(昭和11)年5月号
入力:柴田卓治
校正:kazuishi
2004年6月27日作成
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●表記について
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  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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