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人間腸詰(にんげんソーセージ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:02:31  点击:  切换到繁體中文


 その横ッチョの木煉瓦張もくれんがばりの通路とおりみちをやはり女に手を引かれながら通り抜けて、奥の行当りのドアを抜けるとヤット肩幅ぐらいの狭い廊下に出ました。その廊下は向う下りになっていて、黒いマットが一面に敷いて在るために足音も何もしないまま地下室へ降りて行くようになっていたらしいんですが、そのうちに右に曲ったり左に折れたりしてドアを三つか四つぐらい潜って、もうだいぶ下へ降りたナ……と思ったトタンに廊下の天井にいていた電燈が突然だしぬけに消えちゃって真暗闇まっくらやみになっちまいました。それがチイちゃんの顔の見納めだったんで……今度目、見た時は夕刊の新聞で手錠をかけられた笑い顔で、その次に見たのはデックと並んで死刑の宣告を受けている写真ニュースの横顔でしたがね。
 もちろんソン時のあっしにゃそんな事がわかりっこありゃせん。神様だって知らなかったんですから……それと一所いっしょに女も手を放しちゃったんですから、あっしはタッタ一人真暗闇の中に取残されちゃったんで……往生しましたよ。まったく。
 それでもまだ自惚うぬぼれが残っていたんですから感心なもんでげしょう。さては女がイタズラをしやがったんだナ……ヨオシ……その気ならこっちでも探り出して見せるぞ……てんで鬼ゴッコみたいに手探りで向うの方へ行きますと、いつの間にか廊下の行当りのドアを通り抜けて一つの立派な部屋に出ていたんですね。不意討ちにパッとアカリがいたのを見ると、太陽が二十も三十も一時に出て来たようで今度こそホントウに腰を抜かすところでしたよ。何しろそこいら中反射鏡ダラケの部屋に、天井一パイの花電燈がいたんですからね。
 世の中には立派な部屋が在れば在るもんだと思いましたねえ。この節なら銀座へ行けあアレ位の部屋がザラに在るんですから格別驚かなかったかも知れませんがね。何の事はない、竜宮みてえな金ピカずくめの戸棚や、椅子、テーブル、花束や花輪で埋まった部屋なんで、ムンムンする香水の匂いで息が詰りそうな中にタッタ一人突立っている見窄みすぼらしいあっしの姿が、向うの壁一パイに篏め込んで在る大鏡に映ったのを見た時にゃ、思わずポケットへ手を当てましたよ。コンナ立派な部屋でチイちゃんを抱いて寝た日にゃ、イクラ取られるかわからないと思いましてね。そこまで来てもまだ瘡毒気かさけが残っていたんですから大したもんでゲス。
「アハハハ。お金のこと心配してはイケマセン……ミスタ・ハルキチ……アハハハハ……」
 だしぬけに大きな笑い声がしたのでビックリして振向きますと、あっし背後うしろの大きな蘭の葉陰から四十年輩の夜会服の紳士が、歩み出して来ました。その柔和な笑顔を見ると、たしかにどこかで会ったことの在る顔だとは思いましたが、どうしても思い出せません。真逆まさかにツイ今サッキ乗って来た馬車の馭者が黒い頬髯を取ったものだとは気付きませんでしたので、多分台湾館に居る時にチップを余計に呉れたお客の一人じゃないかと思いながらホッとタメ息しておりますと、その紳士は右手を差出して、あっしと心安そうに握手しながら一層、眼を細くして申しました。しかも、それが片言まじりの日本語なんです。
「……アナタ……このうちがドンナうちですか、よく御存知でしょう。それですからメンド臭いお話やめましょうね。用事だけお話しましょうねえ。コチラへおで下さい」
 とあっしを手招きしながら部屋の隅の巨大おおきな銀色の花瓶の処へ来ました。それは人間ぐらいの大きさの花瓶に蝦夷菊えぞぎくの花を山盛りに挿したもので、四五人がかりでもドウかと思われるのをその紳士は何の雑作ぞうさもなく一人で抱えけますと、その花瓶の向うの寄木細工よせぎざいくの板壁の隅に小さな虫喰いみたいな穴が二つ三つ出来ております。その穴の一つに紳士が、時計の鎖に附いている鍵を突込みますとパタリと音がして二尺に二尺五寸ぐらいの壁板がいて、奥の浅い十段ばかりに仕切った棚があらわれました。それがその毛唐の紳士が片言まじりの日本語と手真似で話すのを聞いてみるとこうなんです。
 ――この秘密の棚を錠前を使わないで開けられるようにしてもらいたい。材料と道具は入用なだけ直ぐに取寄せてやる。お前は台湾館の横で売っている不思議な箱根細工のマジック箱を作った大工さんだろう。だからアノ箱根細工の通りにここへ秘密のカラクリを取付けてもらいたいのだ。そうしてその開き方を自分にだけ教えて、直ぐに日本へ帰ってもらいたいのだ。お金はイクラでも遣る――
 と云うのです。毛唐人の大工なんてものは無器用でゲスからあの箱根細工のような細かい仕事が、お手本を見せられても真似られないらしいですね。
 しかしあっしはこの時に虫が知らしたんでげしょう、何となく……これあイヤナ処へ来たナ……と思いましたよ。ちいっと虫の知らせ方が遅う御座んしたがね。とにかく……
「これあ何に使う棚だい。その目的がわからなくちゃ作る事あ出来ねえ」
 て云ってやりますとね。その毛唐がホンノちょっとのでしたっけが青い眼をき出して恐しい顔になりましたよ。けれども直ぐに又モトの通りの柔和な顔に返って、前の通りの愛嬌のいい片言まじりの日本語で手真似を初めました。
「これは宝石の袋を仕舞しまっとく棚だ。私は昔からの宝石道楽で世界中の宝石を集めるのが楽しみなんだから、万一泥棒が這入っても心配のないようにコンナ仕事を頼むんだ。千ドルでも一万ドルでも欲しいだけお金を上げる。あの娘も附けてやっていいから是非どうか一つ請合って下さい」
 てんで見かけに似合わずペコペコ頭を下げて頼むんです。
「私は亜米利加中に別荘を持っているのだから万一ここで貴方あなたの仕事が気に入ったら、まだ方々で、お頼みしたいのだ。貴方に一生涯喰えるだけの賃金を上げる事が出来るのだ」
 と顔を真赤にして揉み手をしいしいペコペコお辞儀をするんです。カント・デックは前からチャンと研究して、あっし口説くどき落す手をかんげえていたらしいんですね。仕事の出来る日本人なら金を呉れて頭を下げさえすれあコロリと手に乗って来るものと思っていたらしいんですが、コイツが生憎あいにくなことに見当違いだったのです。イクラ「わんかぷ、てんせんす」だって時と場合によりけりです。支那人チャンチャンと違って日本人には虫の居どころって奴がありますからね。
 あっしはデックの話を聞いているうちにピインと来ちゃいました。さてはあのチイちゃんの色目は喰わせものだったのか、この毛唐人が俺をここまで引っぱり込むためにおとりに使ってやがったのか、この野郎、俺をいい二本棒に見立てやがったんだな、俺を女で釣って泥棒仕事のカラクリ細工に使おうとしやがったんだナ。して見るとコイツア飛んでもない処へマグレ込んで来ちゃったぞ。しかもここまで深入りしたからにゃトテも生きて日本にゃけえれめえ……と気が付くと腰を抜かすドコロかあべこべに気持がシャンとなっちまいました。
 ……妙な性分であっしは気が長い時にゃヤタラに長いんですが、何かの拍子にカーッとしちまうと、それから先が盲滅法めくらめっぽうに手ッ取り早いんで……篦棒べらぼうめえ日本人じゃねえか。金やピストルに眼がくらんで毛唐の追剥おいはぎや泥棒の手伝いが出来るかってんだ。「ふおるもさ、ううろんち」を知らねえかってんで、イキナリその毛唐に組付いて大腰をかけようとしたもんです。これでも柔道二段の腕前ですからね。
 ヘエ。それあ見上げたもんでしたよ。そこんとこだけがね。アトがカラッキシ意気地がえんで……。
 今からかんげえてみるとあん時によく殺されなかったもんで……多分、出来ることならあっしおどかし上げて柔順おとなしくして、彼の棚の扉の細工をさせようってえ腹だったのでしょう。……コイツは日本一の細工人に違いない。コイツを取逃とりにがしたら二度と再びコンナ細工は出来っこねえ……ぐれえにかんげえていたのかも知れませんがアブネエもんでゲス。今からかんげえるとゾッとしますよ。
 組み付いたと思った時にゃカント・デックに両腕をシッカリと掴まれておりました。しかもその指の力の強さったらありません。あっしの腕の骨が粉々こなごなになって行くような気持ちで、身体からだ中がしびれ上っちゃいました。トテモかなわないと思わせられましたね。手錠を引千切ひきちぎって逃げたっていう亜米利加でも指折りのカント・デックですから、柔道二段ぐれえじゃ歯が立ちませんや。
 デック野郎はあっしの腕を掴んだまま顔の筋一つ動かさねえでニコニコしながらかしました。
「アナタ。おこるといけません。あたしカント・デックです。ゆっくりして下さい。面白いものを見せますから……」
 と云ううちにあっしを廻転椅子みたいにクルリと向うむきにして軽々と抱え上げて、横のドアから出て行きました。
「いけねえいけねえ。おれ明日あしたっから又、台湾館の前に突立って怒鳴らなくちゃならねえ約束がして在るんだ。放してくれ放してくれ」
 と大暴れに暴れたもんですが何の足しにもなりません。そのまんまその次の部屋だったか、その次の部屋だったか忘れましたが、小さな粗末な部屋へ抱え込まれますと、そこのコンクリートの荒壁に取付けられている一枚硝子ガラスの小窓から向うの部屋を覗かせられました。ちょうど赤ちゃんがオシッコをさせられるようなアンバイ式にね……。
 あっしは暴れるのをやめてボンヤリと見惚みとれてしまいましたよ。向うの部屋の状態ようすがアンマリ非道ひどいんで、呆れ返ってしまったんです。
 ヘエ。それがドウモここではお話出来にくいんで……お二方ふたかたお揃いの前ではねえ。ヘヘヘヘヘ……。
 何の事あねえ。水溜りに湧いたお玉杓子たまじゃくしでゲス。それがみんな丸裸体まるはだかの人間ばっかりなんですからいた口がふさがりませんや。相当に広い部屋でしたがね。大きな椰子やしや、橄欖かんらんや、ゴムの樹の植木鉢の間に、長椅子だのマットだの、クッションだの毛皮だのが大浪おおなみのように重なり合っている間を、甘ったるい恰好の裸虫はだかむし連中が上になり下になりウジャウジャとのたくりまわっているんですからトテモ人間たあ思えませんよ。金魚鉢にどじょうをブチけたぐらいの騒ぎじゃ御座んせん。
 不思議なものでね。そんなのを見せ付けられていながらエロ気分なんてコレンバカリも起りませんでしたよ。今かんげえてもあの時の気持ばっかりはわかりませんがね。多分、冥途めいどの土産……てえな気持で見ていたんでしょう。何がなしに見っともなくて、馬鹿馬鹿しくて、胸が悪くなるようで、横ッ腹の処がゾクゾクして無性に腹が立って来ましたが、そのあっしの耳へカント・デックの野郎が口を寄せてかしやがったもんです。
「あそこへ行きたいなら仕事をなさい」
 あっしは又、あらん限りの死物狂いにアバレ初めました。部屋の中がムンムンと暑いので、汗みどろになってしまいましたが、何しろ太刀山たちやまみたいな強力ごうりきに押えられているんでゲスから子供に捕まったバッタみてえなもんで……ウッカリすると手足が※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)げそうになるんです。
「そんなら今一つ面白いものを見せましょう」
 と云うと今度はその小窓と反対側の低いドアを開けて、そこに掛かっている鉄の梯子はしご伝いに奇妙なぶしい広い部屋へ降りて来ました。日本へ帰って来てから早稲田大学へ仕事をしに行った時にヤットわかりましたが、あれが水銀燈というものだったのですね。部屋のズット向うの隅のアーク燈みてえなまぶしい、妙な色の電燈が一ついているキリなんですが、その光りで見るとカント・デックの顔色から自分の手の甲の色までも、まるきり死人のような鉛色に見えるんです。それでなくともあっしはサッキから死物狂いに暴れたアトで精も気魂も尽き果てておりましたので、カント・デックの片手に吊下げられたまま死人のように手足をブラ下げながらそこいらを見まわしますと、それはどこかの工場こうばの地下室としか思えません。コンクリートの天井と、床の間が頭のつかえる位低い、ダダッ広い部屋になっているんで、ジメジメと濡れたタタキの上には机も、椅子もちり一本散らかっておりません。ただ向うの隅の水銀燈の下に、大きな大理石のうすみたようなものがあって、その中で天井から突出たモートル仕掛けの鉄の棒がガリガリガリガリと廻転しているだけなんです。つまり特別あつらえの大きな肉挽にくひき器械ですね。博覧会の中で見たことのあるソーセージ製造器械なんです。
 しかしスッカリくたびれ切って、物をかんげえる力も何もなくなっていたあっしにはソレが何の意味なんだかサッパリわかりませんでした。……ハテナ……蓄音機屋の地下室が、腸詰ちょうづめ工場になっているのか知らん。コンクリの床の上をズルズルと引きられながら、その臼の処へ連れて行かれましたが、別に怖くも何ともありませんでした。
 けどもカント・デックに首ッ玉を押えられてその臼の中を覗かせられた時には、思わずゾッとして手足を縮めちゃいましたよ。その臼は、もちろん底抜けなんで、その底の抜けた穴の上にステキに大きな肉挽き器械のギザギザの渦巻きが、狼の歯みたいに銀色に光りながらグラグラグラと廻転しているのですから落っこったら最後、何もかもおしまいでさあ。頭から尻までゴチャゴチャになってしまうんですからドンナに有難いお経を聞かされたって成仏じょうぶつ出来っこありません。
「あなた。この中に這入ること好きですか……仕事しますかしませんか」
 流石さすがあっしも……流石でなくたってヘタバッちまいますよ。イクラ元気を出そう……好きじゃありません……と云おうと思っても身体からだ中がコンクリートみたいになってガタガタ震え出すんですから仕様がありません。お笑いになりますけどもその場へ行って御覧なさい。ナカナカそう平気でいられるもんじゃ御座んせん。自分が何をかんげえていたか、今でも記憶おぼえていない位なんで、多分気絶する一歩手前だったのでしょう。タッタ一つ眼に残っているのはあの鉛色の水銀燈のイヤアな光りだけなんで……まったくあの陰気臭い生冷なまづめてえ光りばっかりは骨身に泌みて怖ろしゅうがしたよ。ネオン・サインが極楽の光りなら水銀燈は地獄のアカリなんでしょう。生きた人間でも死人に見えるんですからね。今思い出してもゾオッとしちまいますよ。
 そこへカント・デックが何か合図をしたのでしょう。ズット背後うしろの方の薄暗い処のドアいて、青い葉服ぱふくを着た顔中髯だらけの大男が一人トロッコをノロノロと押しながら出て来たんです。その時まで気が付かなかったんですが、その入口から肉挽にくひき器械の前まで幅の狭い軌道レールが敷いて在ったんで……その菜ッ葉服の男が押しているトロッコが、あっし等の眼の前まで来て停まりますと、そのトロッコの上に乗っているものの上にかぶせた白い布片きれをカント・デックが取除とりのけました。そうして思わず「ワッ」と云って逃げ出そうとするあっしをガッシリと抱きすくめてしまいました。
 それは若い女の丸裸体まるはだかの死体だったのです。しかもその小さな下唇を前歯で噛み破ったらしく鼻の下から乳の間へかけてベットリとコビリ付いている血が、水銀燈に照らされて妙にくろずんだ腮鬚あごひげみたいに見えるのです。おまけにその右の手の中に何かしら大切なものを握り込んでいるらしく、シッカリと握り固めている上から左の手をおおいかぶせてピッタリと胸の上に押え付けている姿が、たまらなくイジラシイものに見えましたが、その黒い髪毛かみの前の方を切り下げている恰好がドウ見ても西洋人とは思えません。支那人か日本人に相違ないんで……。

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