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豚吉とヒョロ子(ぶたきちとヒョロこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:16:23  点击:  切换到繁體中文


「けれども、当り前のねだんでは駄目ですよ。当り前だと一人分一銭ずつですが、あなたの方は当り前の人間の倍位肥っていられますから、その倍の二銭いただきます。それからあっちの奥さんは、やっぱり当り前の人よりも背丈けが倍ぐらい長いようですから、やっぱり倍の二銭出して下さい」
 これをきくと、豚吉は出しかけたお金を引っこめながら、
「おいおい、お婆さん。馬鹿なことを云ってはいけない。いかにも私の身体からだ他人ひとの倍ぐらい肥っているが、背丈けは半分しかないから当り前の人間と同じことだ。あのヒョロ子でも背丈けは当り前の倍ぐらいあるが、その代り当り前の人間の半分位痩せているから、これも当り前の渡り賃でいいだろう。さあ二銭あげるから、これで勘弁しておくれ」
 と云いました。
 ところがこれを聞くと、お婆さんは大層おこってしまいまして、小さな小舎こやから出て来ると、橋のまん中に立って怒鳴りました。
「お前さん方は何です。人並はずれた身体からだをしながら当り前の橋賃でこの橋を渡ろうなんて、ずいぶん図々しい横着な人ですね。私を年寄りだと思って馬鹿にしているのだね。そんなことを云うなら、この橋はどんなことがあっても渡らせないから、そうお思い」
 豚吉はそのいきおいの恐ろしいのに驚いてふるえ上ってしまいました。けれどもこの橋を渡らなければ町へ行かれないのですから、豚吉は元気を出してお婆さんを睨み付けました。
「このばばあは飛んでもない奴だ。貴様はだれに云いつかってこの橋の渡り賃を取るのだ」
「生意気なことをお云いでない。あの向うの橋の渡り口を御覧……あすこにお役所があるだろう。あのお役所の云い付けでここに番をしているのが、お前さんたちはわからないか。愚図愚図云うとお前さんたちの首に縄をつけて、あすこのお役人の所へ連れて行つて獄屋にち込んでしまうが、いいかい」
 と大変な勢いです。豚吉は又青くなってしまいました。
 さっきからこの様子を見ていたヒョロ子は、この時そっと豚吉の袖を引きまして、こう云いました。
「およしなさい。こんなお婆さんと喧嘩をするのは……。それよりもこの河は浅そうですから、私があなたを背負って渡りましょう」
 と云いました。
 豚吉はこう云われて河の方を見ましたが、成る程、河の水はザアザアと浅そうに見えて流れております。けれどもやっぱり何だか恐ろしそうですから、又元気を出して婆さんに云いました。
「いけない。いくらお役人に頼まれていても、一人の人間から二人前のお金を取っていいことはあるまい。何でも一銭でこの橋を渡らせろ」
「いけない。そんなことを云うなら、もう百円出してもこの橋は渡らせない。喧嘩するならおで。私が相手になってやる」
「何を、この糞婆ア」
 と云ううちに、豚吉は真赤に怒って、イキナリお婆さんに掴みかかって行きました。
 豚吉は、何をこの梅干ばばと、馬鹿にしてつかみかかって行きました。ところがその強いこと、橋番のお婆さんはイキナリ豚吉を捕まえますと、手鞠てまりのように河の中へ投げ込んでしまいました。
 これを見ていたヒョロ子は驚きました。
「あれ、あぶない」
 と云ううちに、自分も河の中へ飛び込んで、
「助けてくれ助けてくれ」
 と叫びながら流れてゆく豚吉のあとから、長い足でザブザブと河の水を蹴立てて追っかけましたが、間もなく豚吉を捕まえまして、片手にげて河を渡ると、今度は橋の向う側に上って来ました。
 これを見ていたお婆さんはカンカンにおこって、橋を渡って追っかけて来ました。そうしてヒョロ子の腕を掴みながら、
「お前達は泥棒だ。橋の渡り賃を払わずにこの河を渡った者は懲役ちょうえきに行くのだ。サア来い。お役所に連れてゆくから」
 と怒鳴りました。
 豚吉はふるえ上がってしまいました。
 けれどもヒョロ子は驚きません。婆さんに腕を掴まれたまま静かに云いました。
「そんなわからないことを云うものではありません。私たちはあの橋を渡らずにここまで来たのです。橋を渡っていませんから、お金も払わなくていいでしょう」
 と云いましたけれども、お婆さんはなかなか承知しません。
「いけないいけない。何でもお金を払わなければいけない」
 と大きな声を出しました。
 さっきからこの様子を見ていたお役所の役人は、あんまり夫婦の姿が珍らしいので、みんな出て来て三人のまわりを取巻いてしまいました。そうするとお婆さんはますますいきおい付いて、やっぱりヒョロ子の腕を掴んだまま怒鳴り立てました。
「お役人様。この夫婦は泥棒ですよ。橋賃を払わずにこの橋を渡ったのです」
「いいえ、違います」
 と、流石さすが堪忍かんにん強いヒョロ子にも我慢しきれなくなって云いました。
「あなたが初め私達二人に倍のお金を払えと云ったから、私たちは河を渡ったのです」
「ウン、そんなら橋賃は払わなくてもいい」
 と、一人の年った役人が云いました。これをきくとお婆さんは一層怒って、
「ええ、口惜くちおしい。あなた方は泥棒の味方をするのですか。そんならこの腕をヘシ折ってやる」
 と云ううちに、ヒョロ子の腕に両手をかけました。
 ヒョロ子は驚きました。腕をへし折られては大変ですから、思わずその手を一振り振りますと、それに掴まっていたお婆さんは、まるで紙布のように宙に飛んで、河の中へポチャンと落ちてドンドン流れてゆきました。これを見た役人たちは、
「ヤッ、大変だ」
 というので、みんな婆さんを助けに走ってゆきます。ヒョロ子もビックリして助けに行こうとしますと、今度は豚吉が腕を捕まえて離しません。
「今の間に逃げろ逃げろ」
 と云ううちに、ヒョロ子を引っぱってドンドン逃げ出しました。
 豚吉とヒョロ子夫婦は、成るたけ人の泊らない淋しそうな宿屋を探し出して泊りますと、豚吉の着物を乾かしたり、お昼御飯をたべたりしましたが、それから宿屋の番頭さんを呼んで尋ねました。
「私たちは見かけの通り、身体からだが長過ぎたり太過ぎたりするものですが、この町に私達の身体からだを当り前に治してくれるお医者さんは無いでしょうか」
「それはよいお医者があります」
 とその番頭さんは云いました。
「この町の外れに一軒のきたないお医者様のうちがあります。そこの御主人は無茶先生と云って、無茶なことをするので名高いのですが、どんな無茶なことをされてもそれを我慢していると、不思議にいろんな病気がなおるのです」
「フーン。その無茶とはどんなことをするのだ」
 と豚吉が心配そうにききました。
「それはいろいろありますが、わるいものをたべてお腹が痛いと云うと、口から手を突込んで腹の中をかきまわしたり、眼がわるいと云うと、クリ抜いて、よく洗って、お薬をふりかけて、又もとの穴に入れたりなされます」
「ワー大変だ。そんな恐ろしいお医者は御免だ」
「そうで御座いましょう。どなたもそれが恐ろしいので、その無茶先生のところへは行かれませぬ。そのために無茶先生はいつも貧乏です」
「もうほかにお医者は無いか」
「そうですね。只今ちょっと思い出しませんが」
「そうかい。又上手なお医者があったら知らせておくれ」
「かしこまりました」
 と番頭さんは帰ってゆきました。
「あなたはその無茶先生のところへおでになりませんか」
 とヒョロ子が云いますと、豚吉は眼をまん丸にして手を振りました。
「おそろしやおそろしや。そんなお医者のところへ行って、殺されたらどうする」
「でも、どんな病気でも治るというではありませんか。一度ぐらい殺されても、又生き上ればよいではありませぬか」
「お前は女の癖に途方もないことを云う奴だ。もし生き上らなかったらどうする」
「そんなことをおっしゃっても、あなたはまだそのお医者が上手か下手か御存じないでしょう」
「お前も知らないだろう」
「ですから試しに行って見ようではありませんか。もしその先生のおかげで私たちの身体からだが当り前になれば、こんな芽出度めでたいことはないでしょう」
 とヒョロ子が一生懸命になってすすめますので、豚吉もためしに行って見ることにきめました。
 豚吉とヒョロ子はそれから連れ立って町の外れへ来てみますと、成る程、そこに一軒のキタナイお医者様の札が出て、無茶病院という看板が出ております。ソレを見ると豚吉はもうふるえあがって、
「おれはいやだ。無茶病院という位だから、どんなヒドイ目に会わせられるかわからない。帰ろう帰ろう」
 と引っかえしかけました。それをヒョロ子は押し止めまして、
「マアお待ちなさい。只先生に会ってお話をきくだけならいいじゃありませんか。そのあとでてもらうかどうだかきめたらいいでしょう」
 と、無理に豚吉の手を引いて中へ這入って行きました。
 豚吉とヒョロ子は無茶病院に這入って、院長の無茶先生に会いますと、先生は髭もあたまも野蕃人のように長くのばして、裸体ぱだかで体操をしていましたが、二人の姿を見るとニコニコして裸体はだかのまま出て来て、
「ヤア、よく来たよく来た。お前たちのような片輪は珍らしい。しかも夫婦揃って来るとは感心感心。おおかた当り前の身体からだに治してもらいに来たのだろう。よく来たよく来た。おれがすぐに治してやる。お前たちのような病人を治すものは世界中におれ一人しか居ないのだ。さあ、こっちへ来い」
 と独りでしゃべりながら、豚吉の手を掴まえて奥の方へ引っぱって行こうとしました。
一寸ちょっと待って下さい」
 と叫んで豚吉は手を引っこめました。
「あなたはどんなことをして私の身体からだを治して下さるのですか」
「アハハハハハハ。貴様はよっぽど弱虫だな。そんなことではお前の身体からだは治らないぞ。おれは貴様の背骨を引き抜いて長くしておいて、それにお前の身体からだを引きのばしたのを引っかけるのだ」
「ワッ」
 と、豚吉はふるえ上って逃げ出そうとしました。それをヒョロ子はしっかりと押え付けて、又先生に尋ねました。
「それは痛くはありませんか」
「いいや、ちっとも痛いことはない。ねむらしておいて、その間に済ませてしまうのだから」
「ああ、安心した。それじゃやってもらおう」
 と豚吉が云いましたので、ヒョロ子はやっと豚吉の手を離しました。
「それじゃ、私の方はどうなさるのです」
 と、今度はヒョロ子が心配そうに聞きました。
「アッハッハッ。貴様たちは夫婦共揃って弱虫だな。お前の方もおんなじことだよ。ちっとも知らない間に治すのだよ。しかし、そんなに恐ろしがるなら、ちっと面倒臭いが早く済むようにしてやろう。お前達はこれからけものの市場へ行って、生きた鹿といのししを一匹ずつ買って来い。女の方には猪の背骨を入れて背を低くしてやる。男の方には鹿の背骨を入れて背を高くしてやる」
「エッ、猪と鹿の骨を」
 と二人は眼をまん丸くしました。
「そうだ。そうすれば、お前達の骨を引っぱり延ばさなくてもいいから、わり合い早く済むのだ」
 二人は顔を見合わせました。二人は猪や鹿の骨を背中に入れられるのは好きませんでしたけれども、一生片輪でいるよりもその方がいいので、
「では猪と鹿を買って来ます」
 と云って、無茶先生の家を出ました。
 豚吉とヒョロ子とは無茶先生の家を出て、この町のけもの市場に来ましたが、どこを探しても鹿だの猪だのを売っているところはありません。みんな牛だの馬だの犬だの豚だのばかりです。二人はしかたなしに市場の主人に会って、
「どこかここいらに、生きた鹿だの猪だのを売っているところは無いか」
 と尋ねますと、主人は頭を振って、
「鹿や猪の肉を売っているところはありますけれども、生きたのを売っているところはありません。動物園になら居るかも知れませんけれど、あそこのは見物に見せるためで売るのではありませんからダメでしょう。しかし、一体そんなものをあなた方は何になさるのですか」
 と尋ねました。二人はきまりがわるう御座いましたけれども、困っているところでしたからわけをすっかり話しまして、どうかして助かる工夫は無いものかと相談をしますと、主人は腹をかかえて笑い出しました。
 二人はおこってここを出て行こうとしますと、市場の主人は又押しとどめて、
「ちょっと待って下さい」
 と云いました。
「この町から一里ばかり離れたところの村に神様があって、きょうがちょうどお祭りの筈です。そこには毎年いろんな見世物が来ますが、その中にはけものの見世物もあって、その中に猪や鹿も居る筈です。今年は来ているかどうかわかりませんが、行って御覧なさい。もしその見世物が居たら、お金さえ沢山出せば、ライオンでも象でも売ってくれるに違いないと思います。いっその事、あなた方は思い切ってライオンや象を買って、その骨を入れたら大きくて丈夫でよくはありませんか」
 と又笑い出しました。
 二人は腹が立ちましたけれども、折角いい事を教えてくれたのですから、御礼を云ってここを出まして、それから二人連れでエッチラオッチラ一里ばかり歩いてその村に来ますと、成る程、村中は大変な騒ぎで、今が祭りの最中です。
 その中へ世にも珍らしい姿の夫婦がやって来たものですから、サア大変です。
「ヤア。見世物みたような珍らしい夫婦が来た」
 というので、ワイワイワイワイ押しかけて来て、夫婦は歩くことも出来ません。
 豚吉もヒョロ子も恥かしくなって逃げ出したくなりましたが、きょうは大切な用事で来たのですから逃げる訳に行きません。一生懸命で人を押しわけながら先ず神様へ参りまして、二人とも手を合わせて、
「どうぞ私どもの身体からだが当り前の人のように恰好かっこうよくなりますように」
 とお祈りを上げまして、それからお宮のうしろの見世物の処へ来ますと、そこは前よりも一層賑やかで、音楽隊の音や見物を呼ぶ声が耳も潰れるようです。
 夫婦はビックリして立止まって見ておりましたが、そのうちに向うの方にけものの絵看板を沢山に並べた一軒の見世物小舎が見つかりました。
 豚吉とヒョロ子夫婦はその動物の見世物小屋の方へ行きますと、夫婦の珍らしい姿を見に集まったものがあとから黒山のようについて来ます。それを構わずに夫婦はやがてその見世物小屋の前に来て、お金を払って中に這入りますと、あとからついて来た黒山のように沢山の人間も、夫婦の珍らしい姿が見たさにわれもわれもとお金を払って中に這入りましたので、大きな見世物小屋が一パイになりました。
 二人は中に這入って見ますと、象やライオンや大蛇や虎の中にまじって、猪や鹿もおりましたので大喜びしまして、表に出て入り口の番人にこの動物園の主人に会わしてくれまいかと頼みますと、その番人はニコニコしながら、
「私が主人です」
 と云いました。
「ヤア。それは有り難い。それなら一つ、私達夫婦からお願いしたいことがあるがきいてくれないか」
 と豚吉もニコニコして云いました。すると主人は又一層ニコニコしまして、二人の顔を見ながら、
「それならば私からもお願いしたいことがあります。しかし、ここでは忙しくてお話が出来ませんから、こちらへお出でなさい」
 と、夫婦を自分達の宿屋へ連れてゆきました。
 動物園の主人は宿屋へ来ますと、夫婦にお茶やお菓子を出してもてなしながら、
「あなた方のお頼みとはどんなことですか」
 とききました。夫婦は代る代るに、自分達が世にも珍らしい片輪であることから、無茶先生のところへ来て治してもらおうと思ったこと、そうしたら無茶先生が鹿と猪を買って来いと言われたことまで話しまして、
「済まないが、お金はいくらでもあげるから、あなたの処に居る猪と鹿を私達に売ってくれまいか」
 と頼みました。
 動物園の主人はこれをききまして、
「それはお易いことです。今日でも売ってあげましょう。しかし、そんなことをなさらずとももっといい事がありますが、その方になすっちゃどうです」
 と、又ニコニコしながら云いました。
 豚吉は無茶先生から治してもらうよりももっといい事があると聞いて喜びまして、
「それはどんなことをするのですか」
 と尋ねました。動物園の主人はエヘンと咳払いをしまして、
「それはこうです。あなた方は世にも珍らしいお身体からだをしておいでになるので、又そんなお身体からだに生れて来ようと思ってもできる事ではありません。それを治してしまうのは惜いことです。それよりも一層いっそのこと、私に雇われて下さいませんか。そうすればお金はこちらからいくらでもあげます。あなた方が二人、私のところに居らるれば、毎日見物人が一パイで、私は山のようにお金を儲けることが出来ます。どうぞあなた方御夫婦で見世物になって下さいませんか」
 とまじめ腐って云いました。
 豚吉はこれを聞くと、今までニコニコしていたのに急におこり出しまして、大きな声で動物園の主人を怒鳴りつけました。
「この馬鹿野郎、飛んでもないことを云う。おれたちはまだ見世物になるようなわるいことをしていない。貴様は何という失敬な奴だ」
 と、真赤になって掴みかかろうとしました。
 ヒョロ子は慌ててそれを押し止めまして、
「お待ちなさい。この動物園の御主人は何も御存じないからそんなことをおっしゃるのです。折角鹿や猪を売ってやろうとおっしゃるような親切な方に、そんなことを云うものではありません」
 と云ってから、今度は青くなっている動物園の主人に向って、
「どうも私の主人は気が短いので、すぐおこり出して済みません。けれども見世物になることだけはおことわり致します。ほんとのことを申しますと、私達は人から見られるのがイヤで、婚礼の晩に逃げ出して来たくらいです。きょうでも只鹿や猪の生きたのが欲しいばっかりに、あなたのところへ行きましたのです。ですから、済みませんが鹿と猪を売って下さいませんか」
 とていねいに頼みました。
 動物園の主人はガッカリした顔をしてきいておりましたが、やがてうなずきまして、
「それじゃよろしゅう御座います。売って上げましょう。今夜遅く、一時過ぎに入らっしゃい。生きた猪と鹿を箱ごと上げます。そうして車に積んで、無茶先生のところまで持たして上げますから」
 と云いました。
 夫婦は喜んでお礼を云いまして、そこを出て、一先ず町の宿屋へ帰りました。
 豚吉とヒョロ子夫婦はその夜遅く動物の見世物小舎の前まで来ますと、もう見物人も何も居ず、音楽隊やそのほかの雇人やといにんも皆一人も居なくなって、表には主人がたった一人番をしておりましたが、二人を見ると、
「サアサア、こちらへお出でなさい。猪と鹿とをチャンと檻に入れておきました」
 と、ニコニコして見世物小舎の中に案内しました。
 ところが二人が何気なく見世物小舎に這入りますと間もなく、地の下に陥囲おとしあなが仕かけてありましたので、二人ともその中に落ち込んだ上に、その又陥囲おとしあなうちに在った蹄係わなに手足を縛られて、身体からだを動かすことも出来なくなりました。
 その時に動物園の主人は穴の上からのぞいて、大きな声で笑いました。
「アハハハハハ。ザマを見ろ。折角人が親切に雇ってお金を儲けさしてやろうと思ったのに、云うことをきかないからそんな眼に合わされるのだ。あしたからお前達を見世物にして、おれはお金をウンと儲けるつもりだ。サアみんな出て来い」
 と云いますと、今まで隠れていた見世物の雇い人が出て来て、二人を押えつけて新しい檻の中に入れて、上から幕を冠せました。
 檻に入れられるとすぐに豚吉はワーワー泣き出しましたが、ヒョロ子は泣きません。かえってニコニコしながら豚吉の耳に口を寄せて、
「泣かないでいらっしゃい。もうすこしするとこの檻から出られますから」
 と云いました。豚吉は泣き止むと一所にビックリしまして、
「エッ。この檻の中からどうして逃げられるのだ」
 と云いました。ヒョロ子は慌ててその口を押えて、
「黙っていらっしゃい。今にわかりますから。大きな声を出すと、逃げるときに見つかりますよ」
 と云いましたので、豚吉は黙ってしまいました。
 そのうちに動物園の主人が、
「サア、皆うちへ帰っていい。二人はもう檻へ入れたから大丈夫だ」
 と云いますと、みんな帰ったようすで、そこいらが静かになりました。
 ヒョロ子は真暗い檻の中で豚吉の耳に口を寄せて、
「サア待っていらっしゃい。二人でこの檻を出ますから」
 と云いましたので、豚吉はビックリしました。やはり小さな声で云いました。
「どうして逃げるのだ。前には鉄の棒が立っているし、うしろの入り口には鍵がかかっているし、どこからも出るところは無いではないか」
「待って入らっしゃい。今にわかります。私が先に出て、あとからあなたが出られるようにして上げますから、ジッとして待っていらっしゃい」
 と云ううちに、ヒョロ子は前に並んではめてある鉄の棒の間から足を出しました。それから身体からだを横にして少しゆすぶりますと、幅も厚さも当り前の人の半分しかないのですから、わけなくスーと外へ出ました。
 それからヒョロ子は、外を包んだ幕をまくって外へ出て、そこいらから大きな丸太ん棒を拾って来て、豚吉が這入っている檻の鉄の格子の間に突込んでグイグイと押しますと、太い鉄の棒が一本外れました。
 待ちかねた豚吉は慌ててその間から出ようとしましたが、まだ出られませんので、又一本外しましたが、まだ出られません。又一本、又一本と、都合五本外しましたら、やっと豚吉が出て来ることが出来ました。
「助かったア」
 と豚吉は嬉しまぎれに叫びましたので、ヒョロ子はビックリして止めまして、
「そんな声を出してはいけません。誰か居たらどうします」
 と云ううちに、檻の外にかかった幕を揚げて、見世物小屋の入口の処に来ますと、さっき居た主人はどこに行ったか見当りません。いいあんばいだと、二人は真暗な中をドシドシ逃げてゆきました。
 動物園の見世物の主人はそんなことは知りません。
 二人を檻に入れますとすぐに宿屋に帰って、自分の手下のうちをよく書く者に、ヒョロ長いヒョロ子の姿とブタブタした豚吉の姿を描かせました。それを夜の明けぬうちに見世物小屋の上にあげさせました。それを眺めて動物園の主人はニコニコして、
「これでいいこれでいい。サアみんな寝ろ。あしたは見物が一パイに来るに違いないから、みんな早く起きて来るんだぞ」
 あくる朝になりますと、見世物小舎の主人は、前の晩に豚吉夫婦を捕えて檻の中へ入れたり何かしたものですから疲れたと見えまして、たいそう朝寝をして眼を覚ましましたが、見ると雇人やといにんもまだみんなグーグーと睡っています。それを一人一人に起こして、揃って御飯を喰べて、見世物小舎の前に来て見ますと、この小舎の前はもう人間で中に這入れない位です。その人々は皆口々に、
「早く入り口をあけろあけろ」
「あの看板に出ている珍らしい夫婦を見せろ見せろ」
 と怒鳴っています。それを早起きして来た動物の番人が一生懸命で止めています。
 見世物小舎の主人は飛び上って喜びました。その大勢の人を押しわけて中に這入りますと、いきなり高い処に上って演説を初めました。
「サアサア皆さん、静かにして下さい。今から皆様にあの看板の通りの世界一の珍らしい夫婦を御目にかけます。あの夫婦は昨日きのうこの見世物小舎に見物に参りましたのですが、御覧の通り珍らしい姿ですから、私が百万円出して夫婦を買い取りまして皆様にお眼にかけることにしました。ですから、あれを御覧になりたいとおっしゃる方は、一人前一円ずつお出しにならねばお眼にかけません。サアサア皆さん。又と見られぬ世界一の珍らしい夫婦です。おかみさんの高さが一丈八尺もあって、旦那様の高さがたった三尺という百万円の珍夫婦……一円位は安いものです。入らっしゃい入らっしゃい」
 これをきくと、何しろ大評判な上に又と見られないというので、われもわれもと一円出して、見る見るうちに中は一パイになってしまいました。
 そうすると見世物小屋の主人は今度は中に這入って来て、見物の前に立ちまして、
「サアサア皆さん。よく御覧なさい。これが世界一の珍夫婦です」
 と云ううちに、前にかかっていた幕を外しますと……どうでしょう……丈夫な鉄の格子が五本も外れて、中には夫婦の姿は見えません。
 見世物小屋の主人は肝を潰しました。
「こりゃあどうじゃ。いつの間に逃げたんだろう。その上にこの丈夫な檻の格子を破るなんて何と恐ろしい力だろう」
 と呆気あっけに取られておりました。
 けれども見物は承知しません。
「ヤアヤア。その珍らしい夫婦はどうしたんだどうしたんだ」
 とわめきますので、見世物小屋の主人は頭を抱えて、
「昨夜、檻を破って逃げられたんです。たしかにこの中に入れといたんですが」
 と云いましたけれども、見物はやっぱり承知しません。
「その檻を破るような人間があるものか。貴様は嘘をついているのだろう」
 と、みんなワアワア騒ぎ出しました。これを見ると主人は慌てて、
「嘘じゃありません嘘じゃありません。御勘弁御勘弁」
 と云いながら、頭を抱えて逃げ出しました。
「アレッ。畜生。嘘をついてお金を取って逃げようとするか。泥棒だ泥棒だ。殴っちまえ殴っちまえ」
 と云ううちに大勢の見物人が上って来て、見世物小屋の主人をメチャメチャに殴り付て、踏んだり蹴ったりしますと、めいめいお金を取り返して帰って行ってしまいました。
 その時に豚吉とヒョロ子は町の宿屋に帰ってグーグー寝ておりましたが、そのうちに二人共眼がさめて、
「これからどうしよう」
 と相談を初めました。
「せっかく見世物の鹿や猪を見つけたかと思うと、あべこべにこっちが見世物にされそうになって、危いところをやっと助かった」
 と豚吉が云いますと、ヒョロ子もほっとため息をして、
「無茶先生が待っていらっしゃるでしょう」
 と云いました。そうすると豚吉は何か一生懸命に考えておりましたが、やがて不意に飛び上って喜んで、
「そうだそうだ。うまいことを考えた。おれはちょっと行って来る」
 と云ううちに宿屋を飛び出しました。そうしてやがて帰って来たのを見ると、市場から大きな馬と小さな豚を一匹買っております。
「サア、どうだ。馬と鹿なら似ているだろう。豚とししも似ているだろう。だから、馬と鹿の背骨も、豚とししの背骨も似ているに違いない。これでいいかどうか、無茶先生のところへ持って行って見ようではないか」
 ヒョロ子もこれを見て大層感心をしまして、
「ほんとにそれはいい思い付きですわね。どうして今までそんないい事に気が付かなかったでしょう」
 と云うので、それから二人は連れ立って、馬と豚とを連れて無茶先生のところへ出かけました。
 無茶先生は昨日きのうの通り頭や髭を蓬々ほうほうとして裸で居りましたが、豚吉夫婦が生きた馬と豚を持って来たのを見ると腹を抱えて笑いました。
「アハハハハハハハ。鹿と猪の代りに馬と豚をつれて来たのは面白いな。お前たちさえよければ馬と豚の背骨でも構わない。入れかえてやろう。その代り鹿や猪よりも太くて、しかも長く持たないぞ」
「ヘエ。どれ位持つでしょうか」
「そうだな。鹿の背骨が千年持つならば、馬の背骨は五百年持つ。それから猪のがやはり千年持てば、豚のもやはりその半分の五百年持つのだ」
「それなら大丈夫です。私達は五百年の千年のと生きる筈はありませんから、せいぜいもう百年持てばいいのです」
「馬鹿野郎。まだ自分が死にもせぬのに、五百年生きるか千年生きるかどうしてわかる」
「ヤ。こいつは一本参りましたね」
 と豚吉は頭をかきました。
「それじゃ私たちは五百年も生きるでしょうか」
「生きるとも生きるとも。馬や豚の背骨の中におれが長生きの薬を詰めて入れておけば、五百年位はわけなく生きる」
「ヤッ。そいつは有り難い。それじゃすぐに入れ換えて下さい」
「よし。こっちへ来い」
 と云ううちに、無茶先生は豚吉とヒョロ子を連れて奥の手術場に連れ込みました。
 無茶先生はやっぱり裸体はだかのままの野蛮人見たような恐ろしい姿をして、まず豚吉をそこにある大きな四角い平たい石の上に寝かしました。
 それから、夫婦が連れて来た二匹のけもののうち馬の方だけを手術場に引っぱり込んで、豚吉の横に立たせて、白い繃帯でめかくしをしました。
 それから戸棚をあけて、一梃の大きな金槌かなづちとギラギラ光る出刃庖丁を持ち出して、まず金槌を握ると、馬の鼻づらをメカクシの上から力一パイなぐり付けましたので、馬はヒンとも云わずに床の上に四足を揃えてドタンとたおれました。
 それから、驚いて真蒼まっさおになって見ている豚吉の頭の処へ来て、イキナリ金槌をふり上げましたので、豚吉は床の上にコロガリ落ちたまま腰を抜かしてしまいました。
 ヒョロ子は肝を潰すまいことか、慌てて走り寄って無茶先生の手に縋りついて、
「マア。何をなさいます」
 と叫びました。
 無茶先生はヒョロ子に止められるとあべこべにビックリした顔をして、振り上げた金槌を下しながら怖い顔をして云いました。
「何だって止めるのだ。この金槌で豚吉の頭をなぐるばかりだ」
「マア、怖ろしい。そうしたら私の大切な豚吉さんは死んでしまうじゃありませんか」
「ウン、死ぬよ」
「死んだものに背骨を入れかえて背丈せいを高くしても、何の役に立ちますか」
「アハハハハ」
 と無茶先生は笑い出しました。
「アハハハ、そうか。お前たちはこの金槌でなぐられて死ぬと、もう生き返らないと思って、そんなに心配をするのか。それなら心配することはない。今一度殴れば生き返るのだ。ソレ、この通り」
 と云ううちに、無茶先生は傍にたおれている馬の額を金槌でコツンと打ちますと、死んだと思った馬は眼を開いてビックリしたように飛び起きました。無茶先生は大威張りで、又馬を打ちたおしました。
「それ見ろ、この通りだ。豚吉でもこの通り」
 と、イキナリ豚吉の頭に金槌をふり上げますと、
「助けてくれッ」
 と豚吉は泣き声を出しながら表の方へ駈け出したので、ヒョロ子も一所に走り出しました。そのあとから、生き残った豚もくっついて走って行きました。
「ヤア大変だ」
 と無茶先生がその豚を裸のまんま追っかけました。

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