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豚吉とヒョロ子(ぶたきちとヒョロこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:16:23  点击:  切换到繁體中文


「それからも一度云っておくが、どんなことがあっても貴様が見たことをシャベルなよ。魔法使いだといって兵隊や巡査でも来るとうるさいから。そればかりでない。貴様のテンカンもまた昔の通りになるのだぞ」
「ヘイヘイ、決して申しませぬ。それでは行って参ります」
 と、鍛冶屋のお爺さんは車力しゃりきを引いて町へ出かけました。
 ところが、この鍛冶屋のお爺さんはまた困ったお爺さんで、何でも自分の見たことやきいたことを人に話したくて話したくてたまらない性質たちでした。
「これは困ったことになった。うっかりしゃべったら、おれの病気がもとの通りになるばかりでなく、あの山男を捕えに兵隊や巡査なんぞが来たら、おれのうちはブチ壊されてしまうかも知れない。けれどもまた、あんな不思議な珍らしいことを見ておりながら、人に話すことが出来ないとは何という情ないことになったものだろう。ああ、困った困った」
 と、独言ひとりごとを云い云い行くうちに、やっとのことで町に来ました。
 さて、町に来て見ますと、その賑やかなこと、立派なこと。ビックリすることばかりです。けれどもお爺さんは驚きません。
「もうテンカンは治っているから大丈夫だ。それに、この町中の人が見たことのない不思議なものをおれは見ているんだぞ。おれは大変なことを知っているんだぞ。それを話したら、みんな驚いてテンカンを引くだろう。けれどもおれは話さないのだ。ドレ、ソロソロ買物をしようか」
 と独言ひとりごとをいいながら、とある着物屋の門口まで来ました。
 その着物屋では帽子や靴も一所に売っておりましたので、鍛冶屋のお爺さんは喜んで中へ這入って、
「若い男と女と、それから魔法使いの着物のうちで一番上等のを下さい」
 と云いました。店の主人はビックリしまして、
「ヘエ。若い男と女の方のお召し物は御座いますが、魔法使いの着物は御座いませぬ。一体それはどんなお方で御座いますか」
 と尋ねました。鍛冶屋のお爺さんはそれが云いたくてたまらないのを我慢して、
「それは裸体はだかの山男です」
 と申しました。主人はいよいよ呆れてしまいました。
「山男さんの着物もこの店には御座いません」
「そんなら、その山男はお医者だからお医者の着物を下さい」
「ああ、お医者様のお召物なら上等の洋服が御座います。それを差し上げましょう」
「ああ、早くそれを出して下さい」
 こう云って、三人の着物から帽子から靴まで買いましたが、店の主人は珍らしいお話が好きと見えて、その着物を包んでやりながら鍛冶屋のお爺さんに尋ねました。
「しかし、その山男でお医者さんで魔法使いのお方は、よほど不思議なお方で御座いますね。今どこにおいでになるお方で御座いますか」
「私のうちに居ります」
「ヘエッ。それじゃ若い男と女の方もあなたのおうちにおいでなのですか」
「そうです」
「ヘエ……。それではどうしてこのような立派なお召物がお入り用なのですか」
「三人共丸裸なのです」
「ヘエーッ。それはどうしたわけですか」
 と、店の主人は肝を潰してしまいました。
 鍛冶屋の爺さんはもうそのわけが話したくてたまらなくなりましたが、話しては大変だと思いまして、慌てて着物や何かを風呂敷に包みながら答えました。
「そのわけはいわれません」
 そうするとこの店の主人はいよいよききたくてたまらない様子で、眼をまん丸にしながら、
「その魔法使いの人はどうしてあなたの家に来られたのですか」
 と尋ねました。鍛冶屋のお爺さんはいよいよ慌てて、お金を払って荷物をになって出てゆこうとしました。その袖を店の主人はしっかりと捕えまして、
「それではたった一つお尋ね致します。それを答えて下さればこのお金は要りません。その品物はみんな無代価ただであげます」
「ヘエ。どんなことですか」
「あなたのおうちはどこですか」
 鍛冶屋のお爺さんは眼を白黒しましたが、
「それをいえば私は又テンカンを引きます」
 と云ううちに、袖をふり切って表に飛び出して、荷物をかついで車力を引きながらドンドン駈け出してゆきました。
 それから鍛冶屋の爺さんは八百屋の門の口まで車力を引っぱって来ましたが、又考えました。
「待てよ。あの魔法使いの山男は葱は白いヒゲだけ、玉葱は皮だけ、大根は首だけ、芋は尻と頭だけと云ったぞ。そのほかのにわとりけものもみんなすこしずつしか喰べないと云ったぞ。そうして、その入り用なところはみんな棄ててしまうようなところばかりだから、お金を出して丸ごと買うのは馬鹿馬鹿しい。八百屋や肉屋へ行ってそこだけ貰って来れば、いくらでもある上に、持って帰るのに軽くていい。そうだそうだ」
 鍛冶屋のお爺さんは八百屋へ這入って来まして、
「玉葱の皮と大根の首と、葱の白いヒゲと、お芋の頭と尻尾を下さい」
 といいますと、八百屋の丁稚でっちは笑い出しました。
「そんなものは八百屋には無いよ。丸ごとならあるけれど」
「ヘエ。それじゃどこにありますか」
「どこにも無いよ。料理屋へ行けばハキダメに棄ててあるけれども、キタナイからダメだ。やっぱり丸ごと買うよりほかはないよ」
「オヤオヤ、困ったな」
「けれども、お爺さんはそんなものを買って何にするんだい」
 と、こう丁稚に云われますと、お爺さんは思わず、
「それは山男の魔法使い……」
 といいかけましたが、すぐに最前無茶先生に云われたことを思い出しまして、眼を白黒して黙ってしまいました。
 鍛冶屋のお爺さんは、それから今度は肉屋へ来まして、
「豚の尻尾と牛の舌と、七面鳥の足と、にわとり鳥冠とさかを十匹分ずつ下さい」
 と頼みました。肉屋のお神さんはやっぱりビックリしましたが、
「まあ、大変な御馳走をお作りになるのですね。七面鳥の足と鶏の鳥冠とさかは十匹分ぐらい御座いますけれども、牛の舌と豚の尻尾は三匹分ずつしか御座いませぬ。あとは料理屋でもお探しになってはいかがですか」
 と申しました。鍛冶屋のお爺さんはガッカリして、
「ああ。やっぱり料理屋に行かなければならぬのか」
 と申しました。そうすると、肉屋のお神さんは不思議そうに眼を丸くしながら尋ねました。
「けれども、そんなに上等のお料理を誰がおつくりになるのですか」
「それは山男の魔法使い……」
 と、鍛冶屋のお爺さんは又うっかりしゃべりかけましたが、急に首をちぢめて駈け出しました。
 鍛冶屋のお爺さんはあちらこちらと尋ねまわって、とうとうこの町で第一等の料理屋を見つけ出しまして、そっと台所からのぞいて見ますと、広いその台所の向うには火がドンドン燃えて、湯気がフウフウ立っております。そのこちらの大きな大きなまないたのまわりには、白い着物を着た料理人が大勢並んで野菜や肉を切っておりますが、葱の白いヒゲや玉葱の皮や、大根の首や薩摩芋の尻や頭なぞはドンドン切り棄てて、大きな樽の中に山のようになっております。
「ここだここだ。ここへ頼めば何でもあるに違いない」
 と鍛冶屋の爺さんはうなずいて中に這入りまして、二つ三つお辞儀をしました。
「ちょっとお願い申します。その樽の中のものを私に売って下さいませんか」
 と尋ねました。
 料理人はふり返って見ますと、みすぼらしい爺さんが大きな包みをかついで立っていますので、
「何だ、貴様は」
 と尋ねました。
「私は鍛冶屋で」
「かついでいるのは何だ」
「山男と、鉄で作った人間二人の着物で……」
 これをきくと、十人ばかり居た料理人が、みな仕事をするのをやめて、鍛冶屋の爺さんの顔を見ました。
「何だ。山男と鉄で作った人間に着せるのだというのか」
「そうです」
「フーン。それは面白い珍らしい話だ。それじゃ、この樽の中のゴミクタは何のために買ってゆくのだ」
「それはその山男がたべるのです。まだこのほかに豚の尻尾と七面鳥の足と、鶏の鳥冠とさかと牛の舌も買って来いと云いつけられました」
「何だ……それは又大変な上等の料理に使うものばかりではないか。そんなものを山男が喰べるのか」
「そうです」
「不思議だな」
 と、みんな顔を見合わせました。
 そうすると、その中で一番年をった料理人が出て来て、鍛冶屋のお爺さんに尋ねました。
「オイ爺さん。お前にきくが、今云った豚の尻尾だの何だのはこの国でも第一等の御馳走で、喰べ方がちゃんときまっているのだからいいが、この樽の中に這入っている芋の切れ端だの大根の首だの、葱の白いヒゲだの玉葱の皮だのいうものは、どうしてたべるかおれたちも知らないのだ。お前はそれをどうして食べるか知っていはしないかい」
「ぞんじません。おおかたあの山男は魔法使いですから魔法のタネにするのでしょう」
「何、その山男が魔法使い?」
「そうです」
「それじゃ、その鉄で作った人間は何にするのだ」
 鍛冶屋のお爺さんは又困ってしまいました。こんなに大勢に自分の見たことを話したら、どんなにビックリするか知れないと思うと、話したくて話したくてたまりませんでしたが、一生懸命で我慢をしまして、
「それは申し上げられません。どうぞお金はいくらでもあげますから、玉葱の皮と、葱の白いヒゲと大根の首と、豚の尻尾と、七面鳥の足と、牛の舌と鶏の鳥冠とさかとを売って下さい」
「それは売ってやらぬこともないけれども、そのお話をしなければ売ってやることはできない」
 鍛冶屋のお爺さんは泣きそうな顔になりました。
「どうぞ、そんな意地のわるいことを云わないで売って下さい。そのお話をすると、私は又テンカンを引かなければなりませんから」
「何、そのお話をするとテンカンを引く? それはいよいよ不思議な話だ。サア、そのお話をきかせろきかせろ」
 といううちに、台所に居た人たちは皆、鍛冶屋のお爺さんのまわりに集まって来ました。
 鍛冶屋のお爺さんはいよいよ困って、逃げ出そうかしらんと思っておりますところへ、このうちの若い主人夫婦が出て参りまして、
「何だ何だ。みんな、何だってそんなに仕事を休んでいるのだ」
 と叱りましたが、この話を女中からききますと、やっぱり眼を丸くしまして、
「おお、それは面白い。おれも玉葱の皮だの大根の首だのの料理はきいたことが無い。それに、山男の魔法使いだの鉄の人間だのいうものも見たことが無い。それではお爺さん。お前さんの云う通りの品物をみんな揃えてあげるから、お前さん、ごく内証で私達夫婦をつれて行ってくれないか。私たちはその玉葱の皮や何かのお料理が見たいから」
 と云いました。けれども、お爺さんはなかなかききません。
「あの山男は鉄槌で人間をたたき殺して、火にくべて真赤に焼いて、たたき直したりするのですから、うっかり見つかると、私共はどんな魔法にかかるかわかりません」
「それはいよいよ不思議だ。なおの事その山男の魔法使いが見たくなった。是非つれて行ってくれ」
「いけませんいけません」
 と、何遍も何遍も云い合いました。
 その時にこの料理屋の二階に田舎のお爺さんが二人御飯を喰べさしてもらいに来ましたが、あんまり御飯が出来ませんので腹を立てて、手をパチパチとたたいて女中さんを呼びました。
 いくらたたいても誰も来ないので、変に思って下へ降りて来ますと、大きな風呂敷包みをかついだ一人のお爺さんを捕まえて、みんなで、
「連れてゆけ連れてゆけ」
 と責めております。そこへ二人の爺さんのうちの一人が近づいて、
「お前たちは一体どうしたのだ。御飯を食べさしてくれと云うのに、いつまでも持って来ないで困るじゃないか」
 と云いました。すると若い主人夫婦が出て来て、
「どうも相済みませぬ。それはこんなわけで御座います」
 と、くわしく鍛冶屋の爺さんのことを話しました。
 そうすると二人のお爺さんは顔を見合わせていましたが、一人のお爺さんは、
「それはもしかしたら無茶先生じゃないかしらん」
 と云いました。そうするとも一人のお爺さんも、
「私もそう思う。山男のようで魔法使いのようで裸体はだかで、二人の若い男と女とを連れているのならば無茶先生かも知れない。そうして二人の男と女は豚吉とヒョロ子かも知れない。ちょっと、そのお前がかついでいる風呂敷包みの中の着物を見せてくれないか」
 と申しました。
 鍛冶屋のお爺さんは、着物を見せる位構わないだろうと思いまして、そこの上り口に広げて見せますと、二人のお爺さんは不思議そうに眉をひそめました。
「これは不思議だ。豚吉とヒョロ子はこんな当り前の身体からだじゃない。それじゃ違うのかな」
「いや、そうでない」
 と、又一人のお爺さんが頭をふって申しました。
「ねえ、鍛冶屋のお爺さん。お前さんは最前、その山男が人間を火に入れて焼いて、たたき直すように云ったが、その若い男や女もその山男がたたき直したのじゃないかい」
「そのたたき直さない前の男は豚のようで、女の方はヒョロ長くはなかったかい」
 と両方から一時に尋ねました。
 鍛冶屋のお爺さんは真青になってふるえ上りました。
「ド、ド、何卒どうぞ……ソレ、そればかりは尋ねずにおいて下さい、ワ、私が又テンカン引きになりますから」
「何、テンカン引きになる」
「それはどうしたわけだ」
「ソ、ソレも云われません」
 二人の爺さんは困ってしまいました。けれども、やがて二人とも鍛冶屋の爺さんの前に手をついて申しました。
「どうぞお願いですから詳しく話して下さい。何を隠しましょう。私共二人は豚吉とヒョロ子の親で、二人が婚礼の晩に逃げた日から二人を探してあるいているものです。そうしてある町へ行って、豚吉とヒョロ子が無茶先生という魔法使いのような上手なお医者に連れられて逃げ出して、それから次の町へ行ってサンザン兵隊や何かを困らして逃げたまま、どこへ行ったかわからなくなったことをききまして、おおかた山へ逃げ込んだのだろうと思いまして、山の中を探しているうち、ある谷川の処で塩の付いた樽をいくつも見つけました。これはきっと無茶先生が、豚吉とヒョロ子を塩漬けにしてここまで持って来られて、生き返らせられたのであろうと思いましたが、それから先は山が深くてとてもわかりませんから、一先ず村へ帰ることにきめて、今帰る途中なのです。ちょうどこの町へ来ました時、私たち二人はあんまり疲れましたので、この町で一番いい料理屋に行って、一番おいしい御馳走を食べようと思ってここへ来たところに、あなたにお眼にかかったのです。ですから、どうぞ隠さずに話をして下さいまし。そうして、その二人の若い男女が私共のであるかどうか知らして下さいまし。そのためにあなたがテンカンをお引きになるようなら、私から無茶先生に願って、どんなよいお薬でも貰って上げます」
 と、手を合わせ、涙を流して頼みました。
 これをきくと、料理屋の主人の若夫婦も一所になって、鍛冶屋のお爺さんにお話をするようにすすめました。
「お前さんはその無茶先生とやらにテンカンを治していただいたのだろう。そうして、このことを話すと又テンカンを引くとおどかされたのだろう。けれども、無茶先生が魔法使いでなくお医者なら、そんなことはないではないか。それから、ほかの人には話してわるいかも知れないけれども、豚吉さんとヒョロ子さんのお父様になら話した方がいいのだ。話さない方がわるいのだ。早く本当のことを云って、二人のお父さんを喜ばせてお上げなさい」
 こう云われますと、鍛冶屋のお爺さんもやっと安心をしまして、さっきから自分の家で見たりきいたりしたことを詳しく話しました。
 鍛冶屋のお爺さんの話をきいた豚吉とヒョロ子のお父さんは飛び上って喜びました。
「それこそ豚吉とヒョロ子だ。私たちの大切な子だ。今からすぐに行って会わねばならぬ」
 と、すぐにも出かける支度をしました。それを見ると又、料理屋の若い主人も大変な勢いになって、
「サア。みんな、仕事をやめろ。お客様も何も皆追い出してしまえ。そうして玉葱と、葱と、大根と芋と、豚と鶏と、七面鳥と、牛とありたけ買い集めて、車に積んで出かけろ。鍋や釜や七輪も沢山積んで、皆で押してゆけ。向うへ行って御馳走をするんだ。豚吉さんとヒョロ子さんが生れかわったお祝いをするのだ。そうして、世界一のエライお医者様の無茶先生にお眼にかかるんだ。お酒もドッサリ持って行くんだぞ。そんな珍らしい人達に御馳走しておけば、おれたちの家が名高くなってドンナに繁昌はんじょうするかわからない」
「よろしゅう御座います」
 というので、大勢の雇人やといにんはわれ勝ちにいろんな物を買い集めたり、車に積んだり、大騒ぎを初めましたので、最前から沢山に来ていたお客は誰も構い手が無くなって、プンプン怒ってみんな帰ってしまいました。
 すっかり支度が済んで、何十台の車を引っぱって、二人のお父さんを先に立てて、鍛冶屋のお爺さんの家に着いた時はもう日暮れでした。
 鍛冶屋のお爺さんはみんなを裏の方に隠しておいて、たった一人で、
「只今帰りました」
 と云って這入ってゆきますと、無茶先生と豚吉とヒョロ子は三人共グーグー寝ていましたが、その中で無茶先生はお爺さんの声を聞くと起き上って、
「ヤア。御苦労御苦労。早かった早かった。そして着物は買って来たか」
 と尋ねました。
「ヘイ、ここに御座います」
 と、お爺さんは買った着物を出して見せました。
「ヤア、上等上等」
 と無茶先生は喜んで、その着物を寝ている二人に着せまして自分も着ましたが、三人ともほんとによく似合いました。中にも豚吉とヒョロ子は今までの奇妙な姿とはまるで違って、殿様の御夫婦のように立派に見えました。無茶先生はニコニコして云いました。
「これでよしこれでよし。それでは玉葱や何かは買って来たか」
「ヘイ、買って参りました」
「よし。その玉葱を一つと庖丁を持って来い」
「ヘエ、たった一つですか」
「そうだ」
「何になさるのですか」
「何でもいい。早く持って来い」
「ヘイ。かしこまりました」
 と、鍛冶屋の爺さんが玉葱を一つと庖丁を持って来ますと、無茶先生はその玉葱を庖丁でサクリと二つに割って、その二つの切り口を豚吉とヒョロ子の上に当てがいました。
 そうすると、今までグーグー寝ていた豚吉とヒョロ子は一時に、
「クシンクシン」
 とクシャミをして眼を開きましたが、玉葱のにおいが眼にしみましたので、
「アッ。これはたまらぬ」
「何だか眼にみてよ」
 と、二人共眼をこすって起き上りました。
「アア。すっかり眼がさめた」
 と豚吉はあたりを見まわしましたが、ヒョロ子の姿を見るとビックリしまして、
「オヤッ。あなたはどなたです」
 と大きな声で云いました。ヒョロ子もこう云われてヒョイと前を見ますと、見たこともない立派な人が居ますから驚いて、
「まあ。あなたはどなたですか。お声は豚吉さまのようですが……」
 と云いかけて、無茶先生の顔を見ると又ビックリしまして、
「まあ、先生。私はこんな立派な姿になってどうしたんでしょう」
 と叫びました。
「アハハハハハハ。驚いたか」
 と、無茶先生は腹を抱えて笑いました。
「サア、鍛冶屋のおやじ。もう何もかも話していい時が来たぞ。二人にお前が見た通りのことを話してきかせろ。そうしたら、二人が豚吉とヒョロ子夫婦であることがわかるだろう」
「ヘイ。けれどもこのお話はもうよそで致しました」
 と鍛冶屋の爺さんが恐る恐る申しました。
「何、よそで話した」
「ヘイ。それにつきましてお二人にお引き合わせする人があります」
 と急いで裏へ行って、二人のお爺さんを引っぱって来ましたが、豚吉とヒョロ子はそれを見るとイキナリ飛び付きました。
「オオ、お父さん」
「そう云う声は豚吉か」
「アレ、お父様」
「そう云う声はヒョロ子か」
「お眼にかかりとう御座いました」
「おれも会いたかった。けれどもまあ何という立派な姿になったものだろう」
「お父様、お許し下さいませ。私たちが逃げたりなど致しましたためにどんなにか御心配をかけたことでしょう」
「イヤイヤ。そのことは心配するな。もう許してやる。それよりもよく無事で居てくれた。そうしてまあ何という美しい女になったことであろう。ああ、何だか夢のようだ」
 と、親子四人、手を取り合って嬉し泣きに泣きました。
 親子四人は揃って無茶先生の前に手をついてお礼を云いました。
 そうすると無茶先生は長い黒い髭を撫でながら、
「イヤ。おれも二人のおかげで思うよういたずらが出来て面白かった。もうこれから乱暴はしないから安心しろ。それから、二人の名前も今までの通りの豚吉とヒョロ子では可笑しいであろう。おれがよい名をつけてやる。これから豚吉は歌吉、ヒョロ子は広子というがいい。おれも名前を牟田むた先生とかえよう。サア、これからお祝いに御馳走をするのだ」
「ヘイ、かしこまりました」
 と、裏口から料理屋の若い夫婦が這入って来ました。
 不意に知らない人間が這入って来ましたので、牟田先生も歌吉も広子もビックリしますと、二人のお父さんは料理屋での出来事を話しましたので、みんな面白がって大笑いを致しました。
「それはよく来てくれた」
 と、牟田先生は料理屋の主人夫婦に御礼を云いました。
「それでは先ず玉葱の皮と葱の白いヒゲと、大根の首と芋の切れ端とでソップを作って、歌吉と広子に飲ませてくれ。そうすると、お腹の中に残っている鉄のさびがスッカリ抜けてしまうのだ。それから豚の尾と牛の舌と、鶏の鳥冠とさかと七面鳥の足で第一等の料理を作ってくれ」
「かしこまりました」
 と、それから料理屋の主人夫婦が大将になって、大勢がかりで火をドンドン起してお料理を作りまして、夜通しがかりで大祝いをしました。
 そうして夜が明けますと、牟田先生や歌吉と広子の父親は料理屋の主人夫婦や雇い人にお金を沢山に遣って帰しました。鍛冶屋のおやじにも遣りました。
 牟田先生と歌吉四人が無事に故郷に帰りますと、村中の人は皆集まって来て、牟田先生を一番いいお客として歌吉と広子の婚礼のやり直しをしましたが、皆二人の姿の立派になったのを驚くと一所に、牟田先生のエライのに感心をしました。
 歌吉と広子はそれから村に居て、両親に孝行をしました。そうして牟田先生をあがめました。
 牟田先生はこの村に居ていろんな病人を治してやり、自分も大層長生きをしました。





底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年5月22日第1刷発行
※底本の解題によれば、初出時の署名は「三鳥山人みどりさんじん」です。
入力:柴田卓治
校正:江村秀之
2000年5月18日公開
2006年5月3日修正
青空文庫作成ファイル:
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