一、午前八時五分
農場の
まん中の大きな
みんなは一ぺんにそっちを見ました。
その男は、黄いろなゴムの
「農夫長の宮野目さんはどなたですか。」
「おれだ。」
かゞんで炉に靴下を乾かしてゐたせいの低い犬の毛皮を着た農夫が、腰をのばして立ちあがりました。
「何か用かい。」
「私は、今事務所から、こちらで働らけと云はれてやって参りました。」
農夫長はうなづきました。
「さうか。丁度いゝ所だった。昨夜はどこへ泊った。」
「事務所へ泊りました。」
「さうか。丁度よかった。この人について行って
「承知しました。」
みんなはそれっきり黙って仕度しました。赤シャツはみんなの仕度する間、入口にまっすぐに立って、
その
赤シャツは右腕をあげて自分の腕時計を見て何気なく低くつぶやきました。
「あいつは十五分進んでゐるな。」それから腕時計の
するとどう云ふわけかみんなもどっと笑ったのです。一斉にその青じろい美しい時計の
赤シャツはすっかりどきまぎしてしまひました。そしてきまりの悪いのを軽く足ぶみなどをしてごまかしながらみんなの仕度のできるのを待ってゐました。
二、午前十二時
る、る、る、る、る、る、る、る、る、る、る。
脱穀器は小屋やそこら中の雪、それからすきとほったつめたい空気をふるはせてまはりつゞけました。
小屋の天井にのぼった人たちは、器械の上の方からどんどん乾いた
それはたちまち器械の中で、きれいな黄色の穀粒と白い細長い
ほこりはいっぱいに立ち、
「無くなったな。」赤シャツの農夫はつぶやいて、も一度シャツの
「これで午だ。」天井でも叫んでゐます。
る、る、る、る、る、る、る、る、る、る。
器械はやっぱり凍ったはたけや牧草地の雪をふるはせてまはってゐます。
脱穀小屋の
赤シャツの農夫は馬に近よって
その時、向ふの農夫室のうしろの雪の高みの上に立てられた高い柱の上の小さな鐘が、前後にゆれ出し音はカランカランカランカランとうつくしく雪を渡って来ました。今までじっと立ってゐた馬は、この時一緒に頸をあげ、いかにもきれいに歩調を踏んで、
「今度は合ってゐるな。」とつぶやきました。
三、午后零時五十分
「お前、
「福島です。」
「前はどこに居たね。」
「
「どうして向ふをやめたんだい。」
「一ペん
「さうかい。六原に居たんぢゃ馬は使へるだらうな。」
「使へます。」
「いつまでこっちに居る積りだい。」
「ずっと居ますよ。」
「さうか。」農夫長はだまってしまひました。
一人の農夫が兵隊の
「場長は帰ってゐるかい。」
「まだ帰らないよ。」
「さうか。」
時計ががちっと鳴りました。あの
「さあぢき一時だ、みんな仕事に行って呉れ。」農夫長が云ひました。
赤シャツの農夫はまたこっそりと自分の腕時計を見ました。
たしかに腕時計は一時五分前なのにその大きな時計は一時二十分前でした。農夫長はぢき一時だと云ひ、時計もたしかにがちっと鳴り、それに針は二十分前、今朝は進んでさっきは合ひ、今度は十五分おくれてゐる、赤シャツはぼんやりダイアルを見てゐました。
「あいつは仲々気取ってるな。」
「時計ばかり苦にしてるよ。」といふやうな声が聞えました。
四、
日暮れからすっかり雪になりました。
外ではちらちらちらちら雪が降ってゐます。
農夫室には電燈が明るく
赤シャツの農夫は炉のそばの土間に
みんなは本部へ行ったり、停車場まで酒を
(一月十日、
「今夜積るぞ。」
「一尺は積るな。」
「
「さうか。今年は二疋目だな。」
その時です。あの蒼白い美しい柱時計がガンガンガンガン六時を打ちました。
さあ、その時です。いままで五時五十分を指してゐた長い針が
「何だ、この時計、針のねぢが緩んでるんだ。」
赤シャツの農夫は大声で叫んで立ちあがりました。みんなもも一度わらひました。
赤シャツの農夫は、窓ぶちにのぼって、時計の
「この時計、上等だな。
農夫は針の上のねぢをまはしました。
「修繕したのか。
外では雪がこんこんこんこん降り、酒
底本:「新修宮沢賢治全集 第十巻」筑摩書房
1979(昭和54)年9月15日初版第1刷発行
1983(昭和58)年4月20日初版第5刷発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年4月2日作成
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