(一)[#「(一)」は縦中横]
一本木の野原の、北のはづれに、少し小高く盛りあがった所がありました。いのころぐさがいっぱいに生え、そのまん中には一本の奇麗な女の
それはそんなに大きくはありませんでしたが幹はてかてか黒く光り、枝は美しく伸びて、五月には白き雲をつけ、秋は
ですから渡り鳥のくゎくこうや
この木に二人の友達がありました。一人は丁度、五百歩ばかり離れたぐちゃぐちゃの
樺の木はどちらかと
たゞもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかも知れません。
(二)[#「(二)」は縦中横]
夏のはじめのある晩でした。樺には新らしい柔らかな葉がいっぱいについていゝかをりがそこら中いっぱい、空にはもう天の川がしらしらと渡り星はいちめんふるへたりゆれたり
その下を狐が詩集をもって遊びに行ったのでした。仕立おろしの紺の背広を着、赤革の
「実にしづかな晩ですねえ。」
「えゝ。」樺の木はそっと返事をしました。
「
「火星とはちがふんでせうか。」
「火星とはちがひますよ。火星は惑星ですね、ところがあいつは立派な恒星なんです。」
「惑星、恒星ってどういふんですの。」
「惑星といふのはですね、自分で光らないやつです。つまりほかから光を受けてやっと光るやうに見えるんです。恒星の方は自分で光るやつなんです。お日さまなんかは
「まあ、お日さまも星のうちだったんですわね。さうして見ると空にはずゐぶん沢山のお日さまが、あら、お星さまが、あらやっぱり変だわ、お日さまがあるんですね。」
「まあさうです。」
「お星さまにはどうしてあゝ赤いのや黄のや緑のやあるんでせうね。」
狐は又鷹揚に笑って腕を高く組みました。詩集はぷらぷらしましたがなかなかそれで落ちませんでした。
「星に
「まあ、あたしいつか見たいわ。魚の口の形の星だなんてまあどんなに立派でせう。」
「それは立派ですよ。僕水沢の天文台で見ましたがね。」
「まあ、あたしも見たいわ。」
「見せてあげませう。僕実は望遠鏡を
「まあうれしい。あなた本当にいつでも親切だわ。」
狐は少し
「えゝ、そして僕はあなたの
「まあ、お借りしていゝんでせうかしら。」
「構ひませんとも。どうかゆっくりごらんなすって。ぢゃ僕もう失礼します。はてな、何か云ひ残したことがあるやうだ。」
「お星さまのいろのことですわ。」
「あゝさうさう、だけどそれは今度にしませう。僕あんまり永くお邪魔しちゃいけないから。」
「あら、いゝんですよ。」
「僕又来ますから、ぢゃさよなら。本はあげてきます。ぢゃ、さよなら。」狐はいそがしく帰って行きました。そして
夜があけました。太陽がのぼりました。
草には露がきらめき花はみな力いっぱい咲きました。
その東北の方から
樺の木は何だか少し困ったやうに思ひながらそれでも青い葉をきらきらと動かして土神の来る方を向きました。その影は草に落ちてちらちらちらちらゆれました。土神はしづかにやって来て樺の木の前に立ちました。
「樺の木さん。お早う。」
「お早うございます。」
「わしはね、どうも考へて見るとわからんことが沢山ある、なかなかわからんことが多いもんだね。」
「まあ、どんなことでございますの。」
「たとへばだね、草といふものは黒い土から出るのだがなぜかう青いもんだらう。黄や白の花さへ咲くんだ。どうもわからんねえ。」
「それは草の種子が青や白をもってゐるためではないでございませうか。」
「さうだ。まあさう云へばさうだがそれでもやっぱりわからんな。たとへば秋のきのこのやうなものは種子もなし全く土の中からばかり出て行くもんだ、それにもやっぱり赤や黄いろやいろいろある、わからんねえ。」
「狐さんにでも聞いて見ましたらいかゞでございませう。」
樺の木はうっとり
この
「何だ。狐? 狐が何を云ひ
樺の木はおろおろ声になりました。
「何も
「狐なんぞに神が物を教はるとは一体何たることだ。えい。」
樺の木はもうすっかり
「
「もうあなたの方のお祭も近づきましたね。」
土神は少し顔色を和げました。
「さうぢゃ。今日は五月三日、あと六日だ。」
土神はしばらく考へてゐましたが
「しかしながら人間どもは不届だ。
樺の木は折角なだめようと思って云ったことが又もや
(三)[#「(三)」は縦中横]
土神の
水がじめじめしてその表面にはあちこち赤い鉄の渋が
そのまん中の小さな島のやうになった所に丸太で
土神はその島に帰って来て祠の横に長々と寝そべりました。そして黒い
土神は少し笑って起きあがりました。けれども又すぐ向ふの樺の木の立ってゐる高みの方を見るとはっと顔色を変へて棒立ちになりました。それからいかにもむしゃくしゃするといふ風にそのぼろぼろの髪毛を両手で掻きむしってゐました。
その時谷地の南の方から一人の
土神はそれを見るとよろこんでぱっと顔を
土神は大声に笑ひました。その声はあやしい波になって空の方へ行きました。
空へ行った声はまもなくそっちからはねかへってガサリと
土神と狐(つちがみときつね)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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