工場
二三日前からコークスを
黄色い電燈の下で、
真黒く
……そのシンカンとした一刹那が暗示する、測り知れない、ある不吉な予感……この工場が破裂してしまいそうな……。
私は悠々と腕を組み直した。そんな途方もない、想像の及ばない出来事に対する予感を、心の奥底で冷笑しつつ、高い天井のアカリ取り窓を仰いだ。そこから斜めに、青空はるかに黒煙を吐き出す煙突を見上げた。その
私は、私の父親が
しかし私の負けじ魂は、そんな不吉な予感のすべてを、腹の底の底の方へ押し隠してしまった。誇りかな気軽い態度で、バットを
私の眼の前には巨大なフライトホイールが、黒い
その向うに消え残っている昨夜からの暗黒の中には、大小の歯車が幾個となく、無限の
ピストンロッドは灰色の腕をニューと突き出したまま……。
水圧
スチームハムマーは片足を持ち上げたまま……。
……すべてが超自然の巨大な馬力と、物理原則が生む確信とを百パーセントに身構えて、私の命令
……シイ――イイ……という音がどこからともなく聞こえるのは、セーフチーバルブの唇を
私の背筋を或る力が伝わった。右手が
職工長がうなずいて去った。
……極めて徐々に……徐々に……工場内に重なり合った一切の機械が
工場の隅から隅まで、スチームが行き渡り初めたのだ。
そうして次第次第に早く……
今までに幾人となく引き裂かれ、切り
このあいだ打ち砕かれた老職工の
ずっと前にヘシ折られた大男の両足を
すべての生命を冷眼視し、度外視して、鉄と火との激闘に熱中させる地獄の騒音……。
はるかの木工場から
私の父親は世間から狂人扱いにされていた。それは仕事にかかったが最後、昼夜ブッ通しに、血も涙もない鋼鉄色の瞳をギラギラさせる、無学な、醜怪な老職工だからであった。それがこの工場の十字架であり、誇りであると同時に、数十の鉄工所に対する不断の脅威となっていたからであった。
だから人体の一部分、もしくは生命そのものを奪った経験を持たぬ機械は、この工場に一つもなかった。真黒い壁や、天井の隅々までも血の絶叫と、冷笑が
しかも、それ等の一切を支配して、鉄も、血も、肉も、霊魂も、残らず蔑視して、木ッ葉の如く相闘わせ、相呪わせる……そうして更に新しく、偉大な鉄の冷笑を創造させる……それが私の父親の遺志であった。……と同時に私が微笑すべき満足ではなかったか……。
「ナアニ。やって見せる。児戯に類する仕事だ……」
私は腕を組んだまま悠々と歩き出した。まだまだこれからドレ位の生霊を、鉄の
「ウワッ。タタ大将オッ」
という悲鳴に近い絶叫が私の背後に起った。
「……又誰かやられたか……」
と私は瞬間に神経を
私は眼が
私の前に五六人の鋳物工が駆け寄って来た。ピョコピョコと頭を下げつつ不注意を詫びた。
その顔を見まわしながら私はポカンと口を
「エヘヘヘヘヘヘヘヘ」
「オホホホホホホホホ」
「イヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「ハハハハハハハハハ」
「フフフフフフフフフ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラ」
「ガラガラガラガラガラ」
「ゴロゴロゴロゴロゴロ」
「……ザマア見やがれ……」
空中
T11と番号を打った単葉の偵察機が、緑の野山を蹴落しつつスバラシイ急角度で上昇し始めた。
「……オイ……。Y中尉。あの11の単葉なら
そう云って忠告した司令官の言葉も、心配そうに見送った同僚の顔も、みるみるうちに旧世紀の出来事のように層雲の下に消え失せて行った。そうして間もなく私の頭の上には朝の清新な太陽に濡れ輝いている夏の大空が、青く青く
私は得意であった。
機体の全部に関する精確な検査能力と、天候に対する鋭敏な観察力と、あらゆる危険を突破した経験以外には、何者をも信用しない事にきめている私は、そうした司令官や同僚たちの、迷信じみた心配に対する単純な反感から、思い切ってこうした急角度の上げ
だが……ソンナような反感も、ヒイヤリと流れかかる層雲の一角を突破して行くうちに、あとかたもなく消え失せて行った。そうして、あとには二千五百
……この11機はトテモ素敵だぞ……。
……もう三百キロを突破しているのにこの静かさはドウダ……。
……おまけにコンナ日にはエア・ポケツもない筈だからナ……。
……層雲が無ければここいらで一つ、高等飛行をやって驚かしてくれるんだがナア……。
……なぞと思い続けながら、軽い上げ舵を取って行くうちに、私はフト、私の脚下二三百米突の処に在る層雲の上を、11機の投影が高くなり、低くなりつつ相並んで
それを見ると
……二千五百の高度……。
……静かなプロペラのうなり……。
……好調子なスパークの霊感……。
私の眼に、何もかも忘れた熱い涙がニジミ出した。太陽と、
……その瞬間であった……。
ちょうどプロペラの真正面にピカピカ光っている、大きな鏡のような青空の中から、一台の小さな飛行機があらわれて、ズンズン形を大きくしはじめたのは……。
私は不思議に思った。あまりに突然の事なので眼の誤りかと思ったが、そう思ううちに向うの黒い影はグングン大きくなって、ハッキリした単葉の姿をあらわして来た。
私は心構えしながら
……二千五百の高度……。
……静かなプロペラのうなり……。
……好調子なスパークの霊感……。
私は驚いた。
……二千五百の高度……。
……静かなプロペラ……。
……好調子なスパーク……。
……青空……。
……太陽……。
……層雲の海……。
私はアット声を立てた。
私が大きく左
私の全身に
……鏡面に映ずる影の通りに……。
私の全神経が強直した。歯の根がカチカチと鳴り出した。
その途端に私の機体が、軽いエア・ポケツに陥ったらしくユラユラと前に傾いた。……と同時に向うの機もユラユラと前に傾いたが、その一
……と思う間もなくその両翼を、こっちと同時に立て直して向うの機は、真正面から一直線に衝突して来たではないか……。
……私はスイッチを切った。
……ベルトを解いた。
……座席から飛び出した。
……パラシュートを開かないまま百
私と同じ姿勢で、パラシュートを開かないまま、弾丸のように落下して行く私そっくりの相手の姿……私そっくりの顔を凝視しながら……。
……はてしもない青空……。
……眩しい太陽……。
……黄色く光る層雲の海……。
怪夢(かいむ)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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