「失敬な……
「……フーン……よく知っとるんだナア、何でも……」
「大学の外交記者を半年やれあ、大抵の医者は
「フーム、それじゃ写真はどうして手に入れた」
「……訊問するんなら署でやってくれ給え、絶対に白状しないから」
「アハハハハ。イヤ、実は非常に参考になるからヨ。……腹を立ててくれては困るが……正直のところを云うとこの記事はソノ……素人が見たらこれでええかも知れんがネ。僕等の立場から見ると不思議な事だらけなんだ」
「ウン。そんなら云おう。その写真はやっぱり看護婦仲間の噂から
「いかにもナア。……それじゃアノ姉歯という産婆学校長の医学士が、一生懸命で二人の世話を焼いとる事実は、どうして探り出したんか」
「内科の医局での話さ。姉歯という産婆学校長が、この頃よく内科の医局へ遊びに来て、早川とヒソヒソ話をする。何でもヨシ子がこの頃急に佐賀へ帰ると云って
「相変らず素早いんだね君は……」
「これ位はお茶の子さ。それよりも今度はアベコベに訊問するが、アノ姉歯という男が、産婆学校長の医学士だという事を君はどうして知っている。新聞にはわざと伏せておいたのに……」
「ソ……そいつは勘弁してくれ」
と大塚警部は眼を丸くしながら、慌てて手を振って飛び
「ウム……君がその了簡ならこっちにも考えがある」
「……マ……マ……待ってくれ。考えるから……」
「考えるまでもないだろう。僕は今日まで一度も君等の仕事の邪魔をしたおぼえはない。秘密は秘密でチャンと守っているし、握ったタネでも君等の方へ先に知らせた事さえある。現に今だって……」
「イヤ。それは重々……」
「まあ聞き給え……現に今だって、自分の書いた記事を肯定しているじゃないか。本当を云うと編輯長以外の人間には、自分の書いた記事の内容を絶対に知らせないのが、新聞記者仲間の不文律なんだぜ、
「イヤ。それはわかっとる。重々感謝しとる……」
「感謝してもらわなくともいいから信用してもらいたいね。姉歯という医学士が、善玉か悪玉かぐらい話してくれたって……」
「ウン、話そう」
大塚警部は又汗を拭いた。帽子を冠り直して一層
「……エエカ。こいつが
「ありがとう、それで何もかもわかった。ヨシ子が駄々をこねて、
「ウン。それに違いないのだ。ちょうど姉歯早川組の
「書きてえナア畜生……夕刊に……大受けに受けるんだがナア……」
「イカンイカン。まだ絶対に新聞に書いちゃいかん」
「アハハハハハ書きゃしないよ。……しかし君等はナゼ姉歯をフン縛らない」
大塚警部は苦笑した。二三本
「
「フーム。この辺の医者の
「そうかも知れん。殊に今度の事件などは、相手が佐賀一の金満家と来とるから、姉歯も腕に
「投書の
「ハッキリとはわからんが、大学部内の奴の仕事という事はアラカタ見当がついとる。早川の今の下宿を世話した奴が、姉歯だという事もチャンとわかっとる。何にしてもヨシ子が子供さえ生めば、姉歯の奴、本仕事にかかるに違いない。二人をかくまっておいて、時枝のおやじを
「アハハハハ、
「ソ……そうじゃない。君がこの記事を書いたからサ。実に乱暴だよ君は……」
「別に乱暴な事は一つも書いていないじゃないか。事実か事実でないかは、色んな話をきいているうちに直覚的にわかるからね。第一この写真が一切の事実を裏書きしているじゃないか」
「そうかも知れん……が、しかしこの記事は軽率だよ」
「
「……大ありだ……」
「エッ……」
「しかも今のところでは全然事実無根だ」
私はドキンとして飛び上りそうになった。……早川に直接当らなかったのが手落ちだったかナ……と思うと、立っても居てもいられないような気持ちになった。大塚警部も困惑した顔になって、サアベルの頭をヤケに押し廻したが、やがて私の顔とスレスレに赤い顔を近付けると、酒臭いにおいをプーンとさした。
「実は僕も弱っとるんだ。……というのは……こいつも絶対に書いては困るがね。この記事を夕刊の佐賀版で見た時枝のおやじが、
「なるほど……それから……」
「ところがそのおやじが、轢死当時の所持品や何かを詳しく調べた
「……フーン……その理由は……」
「その理由というのはこうだ。……うちの娘は元来勝気な娘で、東京へ行って独身で身を立てる、女権拡張に努力するという置手紙をして出て行った位で、そんな
「……馬鹿な。そんな事でゴマ化せるものか……」
「……涙一滴こぼさず。顔色一つかえずに、僕の前でそう云うたぞ」
「ウーン。ヒドイ奴だな。それから……」
「ウン。それからこれは昨日の事だが、女の下駄を売った大浜の金佐商店に当らせて見ると、売った奴は店の小僧で、しかも昨日の朝早くだったので、服装や顔立ちがサッパリ要領を得ない。あとから新聞の写真を持って行って見せると、
「フーン。困るな」
「それから早川の下宿のお
「そうだろうとも……フフン……」
「つまり時枝のおやじは、屍体の顔がメチャメチャになっとるのを幸いに、家の名誉を思うて、娘を抹殺しようと思うとるんだね」
「フーン。そんなに名誉ってものは大切なものかな」
「何しろ佐賀県随一の多額納税だからナ」
「なおの事残酷じゃないか」
「もっとヒドイのはこっちの連中だ。第一色魔の早川を昨夜下宿で引っ捕えて見ると、そんな女と関係した事は無い。夕刊に載っている女は、昨夜手切れの金を遣って別れた柳川ヨシエというので、自分と関係する以前に姙娠しとった事が判明したから追い出したものだが、どこの生れだか本当の事はわからん。ホンの一時の関係だと強弁するし、産婆学校長の姉歯医学士も、そんな世話をした覚えは絶対に無いと突き放すのだ」
「ダラシがないんだナ君等の仕事は……」
「証拠が無い以上、ドウにも仕様がないじゃないか。おまけに
「早川医学士と、時枝のおやじと、轢死女の血を取って胎児の血液と比較すれば、すぐにわかる話じゃないか」
「他殺か何かなら、それ位のことをやって見る張り合いがあるけども、自殺じゃ詰らんからネエ……まだ他に事件が
「早川や姉歯は今どうしている」
「どうもしとらんさ。そのうちに柳川ヨシエの行先がわかったら知らせます……そうしたら轢死女と違うかどうか、おわかりになりましょう……とか何とか
「君の方じゃそれ以上突込まないのか」
「突込んでも無駄だと思うんだ。おれの睨んどるところでは、みんな昨日から昨夜のうちに、いくらか
「そうだ。それに違いないよ」
「君の新聞に書かれる前に、
「失敬な……」
と云いさして私は唇を噛んだ。気がつくと二人はいつの間にか工科前の終点で電車を降りて、往来のまん中で立話をしているのであったが、そういう私の顔をジッと見ていた大塚警部はチョット
「君の手で確かな
私は
「ウン……いずれ編輯長と相談して研究して見よう」
「ウン、是非頼むよ。ドウセイ時枝の娘に間違いはないんだから……話がきまったら電話をかけて
大塚警部は一人で承知したように、形式だけ片手をあげると、クルリと私に背中を向けて、サッサと筥崎署の方へ歩いて行った。そのうしろ姿を見送りながら私は、昨日のまま
私は急に身を飜すと、案内知った法文学部の地下室へ駈け込んで、交換嬢に本社の編輯長を呼び出してもらった。
「モシモシ。僕は今法文学部の交換室からかけているんですがね。昨日の夕刊の記事ですね。あれは取消を申込んで来る奴があっても、絶対に受け付けないで下さい」
編輯長の上機嫌の声が受話機に響いた。
「ああ。わかっている。今朝六時頃にネエ。佐賀の時枝のオヤジが僕の処へ駈け込んで、取消しの記事を頼んだよ。それから九大の寺山博士がツイ今しがた
「感謝します」
「あとの記事は無いかい」
「……あります……時枝のおやじと九大内科部長があなたの処へ
「アハハハ、一本参ったナ。しかし何かそのほかに時枝の娘に相違ないという確証はないかい」
「あります……ここに持っています。死んだ娘が悲鳴をあげる奴を……」
「そいつは新聞に出せないかい」
「出してもいいですけど屍体を掻きまわして掴んで来たものなんです。検事局へ引っぱられるのはイヤですからネエ」
「いいじゃないか。あとは引受けるよ」
「……でも……あなたと一緒に飲めなくなりますから……」
「アハハハハ。そうかそうか。サヨナラ……」
「……サヨナラ……」
それから三四十日経った或る蒸し暑い晩の事、私は
「時にどうしたい……アノ事件は……」
「……アノ事件?……ウンあの事件か。あれあアノマンマサ。医学士は二人とも君のお筆先に驚いたと見えて、その後神妙にしているよ」
「イヤ。女の身許の一件さ」
「ウン。あれもそのまんまさ。今頃は共同墓地で骨になっているだろうよ。可哀相に君のお蔭で親に見棄てられた上に、恋人にまで見離された無名の骨が一つ出来たわけだ」
「……………………」
「何でも女が線路にブッ倒れてから間もなく、色男の医学士らしい、洋服の男が馳けつけて、懐中や帯の間を掻きまわして、証拠になるものを
「……ウーン……おかしいね……」
「……とにかくあの
二人はそれから盛んにビールを飲んだが、私は妙に大塚警部の云った事が気にかかって、どうしても酔えなかった。しまいには
私はハッと眼を見開いて、キョロキョロとそこいらを見まわした。そうしてその恐ろしさを打ち消すために、もう一杯、又一杯とグラスを重ねたが、飲めばのむ程その幻影がハッキリして来るのであった。しまいには美しいパラソルが、あとからあとから浮き出して、数限りなく空間を乱れ飛ぶようになった。
そのめまぐるしい空間を凝視しながら、私はガタガタとふるえ出した。
その二
前のパラソル事件以来、私はピッタリと盃を手にしなくなった。それでも時折りはたまらなく
私の禁酒を不思議がっていた連中は、そこでやっと訳がわかったような顔をして、盛んに私を冷かしたものであった。けれども私は依然としてニヤニヤのまま押し通した。そうして福岡から二里半ばかり東北の
ところがそれから一年足らず経過した、翌年の五月十日の或る曇った朝のこと……九州本線の下り列車は、いつもの通り風光明媚な香椎潟を横断して、
松原の中に一町四方ばかりの
……この頃死んだ男の子の墓だな……と思うと、私は何とも云えないイヤナ気持ちになった。ジッと眼を閉じると間もなく、薄暗く、ダラリと垂れた
空を飛ぶパラソル(くうをとぶパラソル)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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