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霊感!(れいかん!)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:31:51  点击:  切换到繁體中文

 


       (1)

 ……先生は何事も御存じないようですから最初から残らずお話し致しますが、最近この町で大評判になっている「名無し児裁判」という事件が御座います。
 その「名無し児裁判」というのは、全世界の裁判の歴史を引っくり返しても前例が一つもないという世にも恐ろしい、不可思議な事件なのですが、しかし、この事件の女主人公のレミヤハルスカインと申しますのは、何の恐ろしさも不思議さもない良家の令嬢で御座いまして、ただその姿と心が、あんまり女らしくて優し過ぎるのがこの事件の恐ろしさと不思議さを生み出す原因になっているのではないかと、考えれば考えられる位のことで御座います。
 レミヤの両親は御承知かも知れませんが、この町から十里ばかりの山奥に住んでおります素封家で、ハルスカインと名乗る老夫婦の間に生まれた一人娘なので御座いますが、そうした世間の実例に洩れず、老夫婦のレミヤの可愛がりようというものは一通りや二通りでは御座いませんでした。人の噂によりますと、蝶よ花よは愚かな事、ゴムのお庭に水銀の池を湛えむばかり……出来る事ならイエス様を家庭教師にしてマリヤ様を保姆ほぼにしたい位だったそうで、あらん限りの手を尽して育てました甲斐がありましたものか、レミヤはだんだんと生長するに連れて、実に絵にも筆にも描けない美しい姿と、指のさしようもない柔順な心を持った娘になって参りました。そうして、両親の大自慢の中に、十七の花の齢を重ねたのがチョウド一昨々年の事で御座いました。
 レミヤは実に、世にもたぐいのない天使の生れがわりで御座いました。その心も「ノー」という言葉を知らないのかと思われるくらい柔和で、両親の言葉にそむいた事が生れて一度もないばかりでなく、女一通りの学問や、手仕事の勉強は申すも更らなり、毎朝、毎夜のお祈りや、あの固くるしい、長たらしい説教やお祈りをする天主教会への日曜ごとの参詣を、物心ついてから一度も欠かした事がないので、年老いた僧正様から「娘のお手本」と賞め千切られる程の信心家で御座いました。
 ハルスカイン老夫婦の娘自慢が、それにつれて、親馬鹿式の有頂天にまで高まって行った事はお話し申し上げる迄も御座いますまい。毎日一着を占める優良馬でも、あれ程には大切にかけられまいと噂される位で御座いましたが、それにつきましても老夫婦が、自分達の老い先の短かい事が日に増しわかれば解かるほど……又はレミヤの評判が日をうて高まれば高まるほど……出来るだけ早く良い婿を選んで、娘と財産を預けたい。安心して天国へ行きたいとあくがれ願います心もまた、そうした世間の例に洩れませんでしたので、しかもレミヤの美しさと、その財産の大きさが世間並外れておりましただけに、そうした心配も世間並を外れていた訳で御座いましょう。まだレミヤが年頃にならぬ中から、八方に手をひろげて、及ぶ限りの手段をつくして探し廻わったのですが、サテ探すとなるとナカナカ思い通りに目付めつからないのが一人娘の婿養子だそうです。……わけてもこの両親の註文というのは、あらん限りの贅沢を極めたもので、娘と同等以上の姿と心を持った男というのですから到底当世の世の中に見つかるものでは御座いますまい。第一、ハルスカイン老夫婦が知っている限りの若い男で、レミヤ嬢に恋文を贈らない者は一人も居ないというのですからやり切れませぬ。中には図々しくも直接行動に出て、花束を片手にハルスカイン山荘の玄関に立ったために、ハルスカイン老人からステッキを振り廻わされて、這々ほうほうの体で逃げ帰った者もすくなくないという有様で御座いました。
 ところがここに唯一人……否……タッタ二人だけ、レミヤ嬢に花束も恋文も送らない青年がありました。それは老ハルスカイン氏の死んだ兄の息子たちで、レミヤ従兄いとこに当るイグノラン兄弟……すなわち私たち二人で御座いました。

       (2)

 私たち兄弟は元来、従妹いとこレミヤと幼友達になっていた者でしたが、その後仔細がありまして、家族全部が都に出ると間もなく、流行病のために両親をうしないまして私達兄弟は天涯の孤児となってしまいました。しかし僅かばかり残った財産がありましたから、それを便りにして仲よく勉強を続けておりますと、やっと一昨年の春、揃って商科大学の課程を終りましたので、直ぐに奉公口を探すべくこの町に遣って来たもので御座います。……ですから無論レミヤの評判は二人とも知り過ぎる位よく知っていたので御座いますが、それにも拘わらず二人が二人ともレミヤに手紙一本出さず、訪問もしなかった……という事につきましては世にも恐ろしい理由があったので御座います。
 ……と申しましただけではお解りになりますまいが……何をお隠し申しましょう。私共、アルママチラの兄弟は生まれ落ちるとからの双生児で、私の方が後から生まれましたために、今までの習慣に従って、仮りに兄貴と名乗っているにはいるので御座いますが、実は揃いも揃った瓜二つで、声から、眠る時間から、学校の成績から、ネクタイの好みまで、弟のマチラと一分一厘違わない。ただ違うところは弟の方が私よりもホンノ少しばかりセッカチというだけですから、誰が見たとて区別が付く筈はありませぬ。向い合って議論したりしているうちに、自分が自分を攻撃しているような妙な気持ちになって、同時に笑い出すような事も度々あった位で御座います。ですから万一私共が一度でもレミヤの姿を見ましたならば最後、キット二人が二人とも夢中になってしまうに違いない。そうして猛烈な争いを初めて、今迄の友情をメチャメチャに打ちこわしてしまうにきまっている。のみならず、たとい万一一方が敗けてレミヤを譲る事になったとしても、あとから一方の姿に化けて、隙を見てレミヤを誘拐するか、又は一方を殺しておいて、正当防衛を主張するのは何の雑作もない話でつまるところはレミヤを世界一の不倖な、恐しい境界に陥れる結果になる事が最初からチャント解かり切っているのです。
 私共は……ですから……初めから約束をしまして従妹のレミヤの事は夢にも思うまい。レミヤの両親の叔父叔母達へも手紙を出さないのは無論の事、自分達の居所も知らさないようにしよう。そうして吾々兄弟は、イクラ間違っても罪にならない位よくた双生児の娘を二人で探し出して、同じ処で、同じ日に結婚の式を挙げよう……という事に固い約束をきめていたのです。
 けれども先生……世の中というものは思い通りに行かないものですね。私たち兄弟のこうした申合わせは、かえって正反対の結果を招く原因となってしまったのです。……と申しますのは外でもありませぬ。叔父達老夫婦は前にも申しました通りの熱心さで、色々と婿の候補者を探しまわったのですが、どうしても思う通りの青年が見つかりませぬ。そのうちに一年は夢のように経ってレミヤは十八の嫁入盛りになる。自分達の寿命は間違いなく一年だけ縮まったというので、気が気でないままに、閑さえあれば夫婦で額をあつめて婿探しの工夫をらしておりますうちに、叔父と叔母とのドチラが先に気が附くともなく、私たち二人の事を思い出したのだそうです。
 叔父と叔母は私達兄弟が極めて近い親類でありながら……しかも二人ともレミヤの幼友達でありながら、一度もレミヤに手紙を出した事がない……のみならず学校を出てから後の居所も知らさないでいる事を、その時初めて気付いたのだそうです。そうしてそれと同時に私達二人の心づかいと、兄弟仲の親しさを、察し過ぎるくらい察してしまいましたので、その感心のしようというものはトテモ尋常ではなかったそうで御座います。二人が同時に涙を一パイ溜めた顔を見合わせて、
「二人が双生児でなかったらネエ。アナタ」
「ウーム。アルマチラと名乗る一人の青年だったらナア」
 と同じ事を云いながら、長い長いため息をいたと、後でレミヤが話しておりました。
 レミヤの話によりますと叔父夫婦はそれから後というものは、その事ばかりを繰り返し繰り返し云って愚痴をこぼしていたそうです。
「ドッチでもいいから一人、自動車にかれてくれないかナア」
 なぞとヒドイ蔭口を云った事もありましたそうで……。
「お前はアルママチラとどっちが好きなのかい?」
 とレミヤに尋ねた事も一度や二度ではなかったそうです。けれどもレミヤはいつも顔を真赤にして、
「どちらでも貴方がたのお好きな方を……わたしにはわかりませんから……」
 と答えたそうですが、これはレミヤの云うのが本当で、そんな下らない事をきく両親の方が間違っております。私と弟のドチラがいいかという事は神様でもきめる事が出来ないのですから……。
 けれども、そこが老人の愚痴っぽさというもので御座いましょうか。叔父夫婦は、それから後というもの考えれば考える程、娘の婿として適当な人間は私達二人以外にないようにシミジミと思われて来るのでした。申すまでもなく叔父達夫婦のそうした気持ちの中には、今までに手を尽して探しあぐんだ苦労づかれも交じっていたろうと思われるのですが、せめてドチラかにの毛で突いた程でもいいから欠点がありはしまいか。あったらそれを云い立てに、片っ方を落第させてやろうというので、私達兄弟の事を念入りに探らせてみたのですが、探らせれば探らせるほどその報告がコンガラガッてしまって、ドチラがドウなのかサッパリ解からなくなります。……のみならずそうした報告を聞けば聞く程、かねてから娘の婿として、空想していた通りの若者に二人が見えて来ますので、老夫婦はもう夜の眼も寝られぬくらい悩まされ初めたものだそうです。……骰子さいコロ投げやトラムプ占い式の残酷な方法で二人の中から一人を選み出すような事は、娘が信心する神様の御名にかけて出来ないし、それかといって昔物語にあるように、娘を賭けて競争をさせるような野鄙やひな事もさせられない。……又、よしんば何とかした都合のよい方法で、二人の中の一人を選み出す事が出来たにしても、取り残された一人の慰めようがないので……事によると、これは神様が娘のレミヤを生涯独身で暮させようとおぼし召す体徴しるしではあるまいか……というような取越苦労が、次から次に湧いて来るので、その悩まされようというものは並大抵でなかったそうです。そうして老夫婦はただこの事ばっかり苦にしたために見る見るうちに眼のふちが黒ずんで、隅々の皮がたるんで、衰弱に衰弱を重ねて行ったあげく、一昨年の秋の初め頃、二人ともいささかの時候の変化に犯されたが原因で、相前後して天国へ旅立ってしまいました。しかも二人が二人とも、死ぬが死ぬまで、枕元に集まっている親類たちの顔を見まわして、
「何とかしてアルママチラの二人の中から娘の婿を選んで下さい。これは神様の思し召しですから……」
「あなた方の智恵におすがりします。娘の行く末をお頼み申します」
 と繰り返して遺言をしながら、息を引き取ったというのです。

       (3)

 自分のために両親の寿命を縮めたレミヤの歎きは申すまでもありませぬが、それよりも何よりも、差し詰め困ってしまったのは、後に残った親類たちでした。世の中に厄介といってもこれ位厄介な遺言はないので、如何に智恵者が寄り合ったにしてもモトモト不可能な事は、永久に不可能にきまっているのです。併しそうかといって、さしもの大財産と、妙齢の一人娘を、放ったらかしおく訳にも行かないというので叔父達夫婦の葬式が済んだ後に開かれた親類会議が、何度も何度も行き詰まったり、後戻りをしたりしましたがそのあげく、とうとう思案の行き止まりに誰かがこんな事を云い出しました。
「……これはっその事、思い切って、アルママチラの二人を呼び出して、同時にレミヤに引き合わせた方が早道になりはしまいか。そうして三人でトックリと相談をして、二人の中の一人を選む方法を決定させたらどんなものだろうか。今までの話のように第三者の吾々が選むとなるとドッチにしても不都合な点が出来て、しからぬ状態に陥り易いが、三人が得心ずくで決める事なら、別に不公平にも不道徳にもならぬではないか、怪しかりようがないではないか。さもなくともイグノラン兄弟はこの頃音信不通になっているにはいるらしいが、実をいうと故人夫婦に一番近しい親類だから、この際ハルスカイン家の不幸を通知するのが当然の事ではないか。レミヤ嬢におくやみを云わせるのが至当ではないか」
 ……と……。これを聞きますと親類たちは皆、救け船に出会ったように喜びました。そうして言葉の終るのを待ちかねて、
「成る程それはステキな名案だ」
「どうして今までそこに気付かなかったろう」
「故人夫婦も、それに異存はないだろう」
「いかにもそれがいい……賛成賛成……」
 というので、即座に満場一致の可決という事になりました。
 私達兄弟が予想しておりました危険な運命は、こうして叔父叔母の死によって、思いがけもなく眼の前の事実となって押し寄せて来たのです。「ハルスカイン家の最近い親類」という理由の下に、親類会議の代表者から否応いやおうなしに引っぱり出されて、ハルスカイン家の祭壇の前で、無理やりに久し振りの挨拶を交換すべく余儀なくされましたレミヤと私達兄弟はタッタ一眼でもう、絶対の運命に運命づけられてしまったのです。お互いに永劫の敵となって一人の女性を争うべくスタートを切らせられてしまったのです。そうしてそれからというものは三人が三人とも、ハルスタイン家の別々のへやに住んで、夜は別々に寝て、昼間は一ツ室で睨み合いながら、味も臭いもわからない山海の珍味を、三度三度み込まなければならなくなったのです。
 その間の恐ろしさと、悩ましさというものはトテモ局外者の想像の及ぶところでは御座いますまい。私達兄弟はお互いに、お互いの気持を知り過ぎる位知り合っているのです。相手の心がソックリそのまま自分の心なのですからドウにもコウにも仕様がないのです。殺し合う事も出来なければ逃げ出す事も出来ませぬ。又レミヤレミヤで二人の心を、恋人の敏感さで見透かしながらも、どっちをどうする事も出来ないというような、この世に又とない苦しみに囚われてしまいましたので、そのために三人が三人共、行く末の相談どころでなく、口を利き合う事すら出来ない……さながらに生きながら地獄にちたような有様になってしまいました。
 中にもレミヤは同じ姿と、おなじ心と姿の恋人が二人眼の前で睨み合っているという、夢のような恐ろしい事実に、死ぬ程悩まされましたせいか、葬儀が済んでから一週間も経たぬうちに見る眼も気の毒なくらい瘠せ衰えてしまいました。そうしてドッと病床に就いてお医者様のお見舞いを受けるようになりましたが、喰べ物はもとよりの事、お薬も咽喉のどに通らないという弱りようで、放ったらかしておいたらば遠からず両親の後を逐うに違いない……同じように私たち二人の幻影に悩まされつつ、あの世に追い立てられて行くに違いない運命が、ハッキリと見え透いて来るようになりました。
「妾は妾の財産をお二人に残して行きます。それだけが、妾のせめてもの心遣りです。どうぞこの財産を妾と思って、お二人で半分半分に分けて、思う存分に使って下さい」
 というような事まで夢うつつに口走るようになって参りました。

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