人造人間戦車の機密(じんぞうにんげんせんしゃのきみつ)
3 醤主席は、今や極上々(ごくじょうじょう)の大機嫌(だいきげん)であった。 彼は、毎朝早く起きて、砂漠の下の防空壕(ぼうくうごう)を匐(は)いだすと、そこに出迎えている常用戦車(じょうようせんしゃ)の中に乗り込み、文字どおり砂塵(さじん)を蹴たてて西進し、重工業地帯へ出動するのであった。 そこでは、これまた、得意の絶頂(ぜっちょう)にある油蹈天学士(ゆうとうてんがくし)が待っていた。彼は、この重工業地帯長官ということになっていて、かの金博士の発明になる人造人間戦車の部分品の製造監督に、すこぶる多忙(たぼう)を極(きわ)めていた。「どうじゃな、油学士。どうも生産スピードが鈍(にぶ)いようじゃないか」 醤主席が到着すると、すぐいい出す言葉はこれであった。工場の中を見ないうちに、このおきまり文句(もんく)をぶっぱなすところが、主席の得意な嚇(おど)かしの手だった。「え、とんでもない。仕事は、たいへんに進捗(しんちょく)して居ります。ちと、こっちを巡覧(じゅんらん)していただきましょう」 油学士は、猿(さる)が飴玉を口に入れたように頬をふくらませ、主席を案内していくところは、毎朝多少ちがっていたが、結局、主席が最後ににこにこ顔で腰を据(す)えるところは、外ならぬ人造人間戦車の主要部分品であるところの人造人間が、山と積まれている倉庫の前であった。(やあ、いつ見ても、ええものじゃのう) 主席は、心の中で、すこぶる満足の意を表(ひょう)するのであった。 そこには、出来たばかりの人造人間が、ぴーんと硬直(こうちょく)したまま、ビールの空壜(あきびん)を積んだように並べられてあった。実に、世にもめずらしい光景であった。「おい。油学士。この人造人間は、もううごくようになっているか」「いや、まだでございます」「なんじゃ。うごかないものを、どんどんこしらえて、どうするつもりか」「すべて合理的な能率的なマッス・プロダクションをやって居りますです。人造人間をこしらえるときには、人造人間だけをつくるのがよいのであります。主席、どうか製作に関しては、いつも申上げるとおり、すべて私にお委(まか)せ願いたいものです」「それは、委せもしようが、しかしこんなに一時に作っても、これが万一やりそこないであって、さっぱりうごかなかったら、そのときは一体どうするのか。百万台をまた始めからやりかえるのは困るぞ。それよりも、一台の人造人間戦車に必要な各部分を一組作りあげ、それで試験をしてみて、うまく動いてくれるようになれば、次にまた第二の戦車を一組作るといったように、手がたくやってもらいたいものじゃ」 醤主席は、かくも見事な重工業地帯を完成しても、その昔、英米(えいべい)から売りつけられた碌(ろく)に役にもたたない兵器に懲(こ)りた経験を思い出し、また重慶(じゅうけい)で、しばしば嘗(な)めた不渡手形的援醤宣言(ふわたりてがたてきえんしょうせんげん)の苦(に)が苦(に)がしさを想い出し、すべて手硬(てがた)い一方で押そうとするのであった。 しかし油学士は、反対であった。「御心配は、御無用にねがいたい。天下に有名なるかの金博士の発明品に、作ってみて動かなかったり、組合わせてみて働かなかったり、そんなインチキなことがあろうはずはありません。現に、私が博士のところを辞しますときに、博士からこの人造人間戦車の模型を見せていただきましたが、実にうまく動きました。大したものでした」「お前は、動かしてみたかね」「はい。もちろん、上海(シャンハイ)では、やってみました。戦車を動かしますのは、渦巻気流式(うずまききりゅうしき)エンジンというもので、じつにすばらしいエンジンですな」「渦巻気流式エンジンというと、どんなものじゃ」「これは金博士の発明の中でも、第一級の発明だと思いますが、つまり、気流というものは、決して真直(まっすぐ)に進行しませんで、廻転するものですが、その廻転性を利用して、一種の摩擦(まさつ)電気を作るんですなあ。その電気でもって、こんどは宇宙線を歪(ゆが)まして……」「ああ、もういい。渦巻気流を応用するものじゃと、かんたんにいえばよろしい」 頭が痛くなることは、頭の大きい醤主席にとっては、苦(に)が手であった。 渦巻気流式エンジンは、もうすっかり出来上って、倉庫に一万台分が収(おさ)めてあるときかされ、主席はやっと機嫌を直したのであった。 彼等は、夢中で話をしていたので、ついに気がつかなかったけれど、このとき、この二人の後にある塀(へい)の上から、色の黒いオーストラリア原地人の首が五つ、こっちを覗(のぞ)いていたのに気がつかなかった。もちろん、その首の下には完全な胴や手足がついていたわけで、彼らは、きょときょとと山積(さんせき)された人造人間に、怪訝(けげん)な目を光らせていた。
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