人造人間戦車の機密(じんぞうにんげんせんしゃのきみつ)
4「おい、たいへん、たいへん」 五人の原地人斥候(せっこう)は、酒をのんでいる酋長(しゅうちょう)のところへ、とびこんできた。「なんじゃ、騒々(そうぞう)しい」「たいへんもたいへん。あの醤(しょう)なんとかいう東洋人の邸(やしき)の中には、死骸(しがい)が山のように積んであります。あの東洋人は、弱そうな顔をしていたが、あれはおそろしい喰人種(しょくじんしゅ)にちがいありません。たいへんなものが、移民してきたものです」「えっ、それは本当か。死骸が山のように積んであるって、どの位の数(すう)か」 酋長は、盃(さかずき)を手から取り落として、胸をおさえた。「その数は、なかなか夥(おびただ)しい。ええと、どの位だったかな」「そうさ、あれは、たいへんな数だ。九つと、九つともう一つ九つと、九つとまだまだ九つと九つと九つと……」 斥候は、汗を額からたらたらと流しながら、妙な方法で数を数えた。 それを聞いている酋長の方でも、だんだん汗をかいてきた。「もう、そのへんでよろしい。お前のいうところによるとこれはたいへんな数である。わしが生れてこの方(かた)、この眼で見た鳥の数よりもまだ多いらしい。よろしい、これは、ぐずぐずしていられない。者共(ものども)、戦争の用意をせよ」「えっ、戦争の用意を……」「そうだ、かの醤軍と闘うんだ。わが村の忠良(ちゅうりょう)にして健康なるお前たちやわしが死骸にさせられない前に、あの醤軍の奴ばらを、あべこべに死骸にしてしまうのだ。どうも前から、いやな奴だと思っていたよ。彼奴(きゃつ)は、おれたちのところから、カンガルーを何頭、盗んでいったかわからない。その代金も、ここで一しょに払(はら)わせることにしよう。それ、太鼓(たいこ)を打て、狼烟(のろし)をあげろ」「へーい」 とんだことから始まって、たちまち戦雲はふかくサンデー砂漠の空にたれこめた。 村の騒ぎは、醤軍の方へも知れないでいなかった。 醤主席は、重工業地帯からちょっと放れたところにある望楼(ぼうろう)へのぼって、村の様子を見渡した。 太鼓は、いやに無気味な音をたてて鳴り響いている。九本の狼烟は、まるで竜巻のコンクールのように、大空を下から突きあげている。その合図をうけとった原地人が、砂漠の東から西から南から北から、蟻(あり)のように集り寄ってくるのが見られる。なんという夥しい数であろうか。千や二千ではない。すくなくとも万をもって数える夥しい原地人の数であった。 醤は、これを見て、ちょっと顔色をかえたが、すぐ思い直したように、瘠(や)せた肩をそびやかせて、強(し)いて笑顔をつくった。「ははは、たとい、あの何万の原地人が攻めて来ても、われには人造人間戦車隊があるんだ。鋼鉄製(こうてつせい)の人造人間に命令電波をさっと送れば、たちまち鋼鉄の戦車となって、貴様たちを、苺(いちご)クリームのように潰(つぶ)し去るであろう。わが機械化兵団の偉力(いりょく)を、今に思いしらせてやるぞ」 と、そこまでは、威勢(いせい)のいい声を出して、見得(みえ)を切ったが、その後で、急に情(なさ)けない声になって、「……しかし、大丈夫かなあ。油学士の奴、おちついていやがって、部分品を作って数を揃えたはいいが、未だに試験をしていないのだ。電波のスイッチを入れたとたんに、うまくスクラムとやらを組んで戦車になってくれればいいが、万一人造人間の愚鈍(ぐどん)な進軍だけが続くようでは、原地人軍は、その間に人造人間の頭の上をとび越えて、わが陣営へ攻めこんでくるであろう。ふーむ、こんなにわしに心痛(しんつう)をさせるあの油学士の奴は、憎んでもあまりある奴じゃ」 すると、うしろで、えへんと咳払(せきばら)いがした。主席は、はっとして、うしろをふりかえってみると、何時(いつ)の間に現れたのか、そこには当の油学士が、いやに反(そ)り身になって突立っていたではないか。「ああ醤主席、あなたが心痛されるのは、それは一つには私を御信用にならないため、二つには金博士を御信用にならないためでありますぞ。金博士の設計になるものが、未だ曾(かつ)て、動かなかったという不体裁(ふていさい)な話を聞いたことがない。主席、あなたのその態度が改められない以上、あなたは、金博士を侮辱(ぶじょく)し、そして科学を侮辱し、技術を侮辱し、そして……」「やめろ。お前は、まるで副主席にでもなったような傲慢(ごうまん)な口のきき方をする。見苦しいぞ。わしはお前には黙っていたが、こんどの人造人間戦車が、満足すべき実績(じっせき)を示した暁には、お前を取立てて、副主席にしてやろうかと考えているんだ。しかし実績を見ないうちは、お前は一要人(ようじん)にすぎん。――どうだ。本当に大丈夫か。仕度(したく)は間に合うか」 油学士は、かねて狙(ねら)っていた副主席の話を、思いがけなく醤の口からきかされたので、彼は処女(しょじょ)の如く、ぽっと頬を染め、「大丈夫でございますとも、丁度(ちょうど)只今、一切の準備が整(ととの)いました。仍(よ)って、夕陽を浴びて、輝かしき人造人間戦車隊の進撃を御命令ねがおうと思って、実は只今ここへ参りましたようなわけで……」 と、油学士は、急に慎(つつ)しみの色を現して、醤主席を拝(はい)したのであった。
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