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大捕物仙人壺(おおとりものせんにんつぼ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 6:26:25 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


24[#「24」は縦中横]

 その夜の明け方小堀義哉こぼりよしやは、自分の屋敷へ帰って来た。そこで盗難の話を聞いた。これという物も盗まれなかったが、おきんから預かった不思議な手箱を、一つだけ盗まれたということを、小間使のお花から耳にした。
「ふうむそうか、ちょっと不思議だな」
 義哉は小首を傾けた。「金も取らず衣類も盗まず、手箱を奪ったというのには、何か理由がなければならない」
 しかし彼にはわからなかった。
「お錦殿には気の毒だが、打ち明けるより仕方あるまい」
 で、お錦の来るのを待った。しかし翌日も翌々日も、お錦の姿は見えなかった。
「ああいう事件があった後だ、多少体を痛めたのかもしれない」
 無理もないことだと思うのであった。
 その翌日のことであったが、一日暇を戴きたいと、小間使いのお花が云い出した。
「ああいいとも、暇を上げよう。親元へでも帰るのかな」
「はい、あの神田の兄の許へ」
「おおその神田の兄さんとやらは、お上のご用を聞いているそうだな」
「はい、さようでございます」
「ゆっくり遊んで来るがよい」
「はい、それでは夕景ゆうけいまで」
 小さい風呂敷の包を抱き、小間使のお花は屋敷を出た。
 神田小川町の奥まった露路に、岡引の友蔵の住居があった。荒い格子には春昼しゅんちゅうの陽が、あざやかに黄色くあたっていた。
ねえさんこんにちわ」と云いながら、お花は門の格子をあけた。
「おやお花さん、よく来たね」声と一緒にあらわれたのは、友蔵の家内のおまきであった。三十前後の仇っぽい女で、茶屋上りとは一眼で知れた。
「これはお土産、つまらない物よ」
「よせばよいのに、お気の毒ねえ」
「それはそうと兄さんはいて。妾ちょっと用があるのよ」
「おお、お花か、何だ何だ」
 これは友蔵の声であった。
 友蔵は茶の間の長火鉢の前で、湯呑で昼酒を飲んでいた。四十がらみの大男で、凶悪の人相の持主であった。下っ引の手合も今日はいず、一人いい気持に酔っていた。
 朝風呂丹前長火鉢、これがこの手合の理想である。しかし岡っ引の手あてといえば、一月一分か一分二朱であった。それでは小使にも足りなかった。その上岡っ引は部下として、下っ引を使わなければならなかった。その手あてはどこからも出ない。自分が出さなければならなかった。そこで勢い岡っ引は他に副業を求めるか、ないしは地道の町人をいたぶり賄賂わいろを取らなければ食って行けなかった。
 ところで友蔵には副業がなかった。そこで町人をおどしては、収賄しゅうわいをして生活くらしていた。
「兄さん」とお花は茶の間へ入ると、風呂敷包をサラリと解いた。「見て貰いたいものがありますのよ。この手箱なの、どう思って?」
 伊丹屋いたみやのお錦が「爺つあん」から貰い、小堀義哉に預けた所の、例の手箱を取り上げた。
変哲へんてつもねえ杉の箱じゃあねえか、これが一体どうしたんだい?」友蔵は手箱を取り上げた。
「何でもないのよ、見掛けはね。でもちょっと変なのよ」
お花はそこで説明した。
 先夜小堀義哉の家へ、変な泥棒が入ったこと、金も衣類も持って行かずに、この箱ばかり狙ったこと、そこで策略を巡らして、泥棒に贋物を握らせた事、そうして本物はこっそりと、自分が隠して置いた事、義哉へ箱を預けたのが、日本橋の大老舗おおしにせ、伊丹屋の娘だということなどを、細々こまごまと説明したのであった。
「ふうむ、そうかい、なるほどなあ。そう聞くとちょっと不思議だなあ。とんだ手蔓てづるにぶつかるかもしれねえ。だが何にしてもふたをあけて、中味を拝見しなけりゃあ」
 そこで錠前をコヂ開けようとした。しかし錠は開かなかった。
「こいつアいけねえ、千枚錠だ。どんなことをしても開くものじゃあねえ。千枚錠ときたひにゃあ、合鍵だって役に立たねえ。箱を潰すのはワケはねえが、中味が何だかわからねえからな、そいつもちょっと手控えだ。……ところで鍵はなかったのかい?」

25[#「25」は縦中横]

「ええ、それがなかったんですよ」
「探したらどこかにあるだろう。帰ってこっそり探して見な」
「そうねえ、それじゃ探してみよう」
 永い春の日の暮れかかった頃、お花は屋敷へ帰って行った。

 数日経ったある日のこと、駕籠に乗った伊丹屋のおきんが、義哉よしやの屋敷へ訪れて来た。
 その後やはり気分が悪く、今迄寝ていたということであった。
「これでございますの、手箱の鍵は」
 お錦はこう云って鍵を出した。
 義哉はそこで事情を話した。
「おや、マアさようでございましたか」お錦は意には介しなかった。元々気味の悪い老人から、偶然貰った手箱なのである。たいして惜しくも思わないのであった。それより彼女には義哉その人が、このもしくいとしくも思われるのであった。
 二人は尽きず話をした。
 伊丹屋の養女だということや、許嫁いいなづけが生地なしだということや、生活くらしが退屈だということや、
 ――お錦はそんなことを問わず語りに話した。
わたくし、近々伊丹屋の家を、出てしまうかもしれませんの」
「あなたが伊丹屋のお家を出て、一人住みでもなされたら、江戸中の若い男達は、相場を狂わせるでございましょうよ。……そうして貴女あなたは江戸中の女から、そねまれることでございましょうよ」
「お口の悪い何を仰有おっしゃるやら。……でもきっと貴郎様は、おさげすみなさるでございましょうね。そうしてもうもうお屋敷へなど、お寄せ付けなされはしますまいね」
「どう致しまして私など、こっちから日参いたします」
「まあ嬉しゅうございますこと、嘘にもそう云っていただけると、どんなに心強いことでしょう」
 塀外を金魚売が通って行った。そのふれ声が聞えてきた。それは初夏の訪れであった。
 後庭こうていには藤が咲きかけてい、池のみぎわ燕子花えんしかも、紫の蕾を破ろうとしていた。
 すると、その時縁側の方から、かすかな衣擦れの音がした。
「お花か※(感嘆符二つ、1-8-75)」と義哉は気不味きまずそうに云った。
「はい、お呼びかと存じまして」
「呼びはしない。向うへ行っておいで」
 お花の立去る気勢けはいがした。
 鍵を義哉へ預けたまま、お錦も間もなく帰って行った。
 その翌日の夕方であった。
 神田小川町の友蔵の家へ、お花はとつかわと入って行った。
「兄さんこれなのよ[#「兄さんこれなのよ」は底本では「兄さんれこれなのよ」]、手箱の鍵は」こう云ってお花は鍵を出した。
 お錦が義哉へ預けて行った、例の手箱の鍵であった。ちょっとの隙を窺って、それをお花が盗み出したのである。
「どれ」と云うと友蔵はお花の手から鍵を取った。それから立ち上って隣部屋へ行き、地袋じぶくろから手箱を取り出して来た。
 固唾を呑まざるを得なかった。何が箱から出るだろう? 高価な品物であろうかも知れぬ。それとも恐ろしい秘密だろうか?
 友蔵は鍵を錠へかった。と、カチリと音がして、箱の蓋がポンと開いた。
 一葉の地図が入れてあって、そうしてその他には何にも無かった。
「地図じゃないの、つまらない」
 お花はガッカリして声を上げた。

26[#「26」は縦中横]

「そうでねえ」と友蔵は云った。彼は岡っ引という商売柄、こういうものには興味があった。そうして恐らくこの地図には、秘密があろうと考えた。
「うむ、こいつあ甲州の地図だ。……ははあ、こいつが釜無川だな。……おおここに記号しるしがある」
 釜無川の川岸に朱で二重丸が入れてあった。
 で、友蔵は腕を組み、じっと何かを考え込んだ。

 さてその翌日の早朝であったが、甲州街道を足早に、甲府の方へ下る者があった。他ならぬ岡っ引の友蔵で、厳重に旅の装いをしていた。
 すると、その後から見え隠れに、一人の旅人が尾行けて行った。それを友蔵は知らないらしい。
 道中三日を費やして、友蔵は甲府の城下へ着いた。
 旅籠へ泊った友蔵は、両掛りょうがけからこっそり地図を出し、あらためて仔細に調べ出した。
 すると、隣室の間の襖が、あるかなしかに細目に開き、そこから鋭い眼が見覗みのぞいた。様子を窺っているのであった。
 翌日早朝友蔵は、釜無の方へ出かけて行った。忍野郷しのぶのごうを出外れるともう釜無の岸であった。土手に腰かけて一吹いっぷくした。それから四辺あたりを見廻したが、人の居るらしい気勢けはいもなかった。用意して来た鍬をひっさげ地図を見い見い歩いて行ったのは、川の岸寄りの中洲であった。
 彼は熱心に掘り出した。やがて何か鍬の先に、カチリとあたる音がした。どうやら小石ではないらしい。手を差入れて引き出して見た。土にまみれた小さい壺が、その指先につつまれていた
「なんだえこれは壺じゃアねえか。呆れもしねえ莫迦にしていやがる。小判の箱かと思ったに。天道様も聞こえませぬ。一体どおしてくれるんだい。旅費を使って江戸くんだりから、わざわざ甲府へ来たんじゃアねえか。巫山戯ふざけているなあ、え、本当に。……だが待てよ、そうも云えねえ。これに秘密があるのかもしれねえ。形は小さい壺ながら、忽然化けて千両箱となる。なあんて奇蹟が行なわれるかもしれねえ。よしよしともかく宿へ帰り、仔細に調べることにしよう」
 で、鍬を川へ投げ捨て、壺に着いている土を払うと、懐中へ納めて歩き出した。
 夕飯を食べ風呂へ入り、床を取らせると女中を退けた。
 それから壺を取り出した。ためつすがめつ調べたが、何の変った所もなかった。丈三寸、周囲三寸、掌に載る小壺であった。焼にも変った所がない。ただし厳重に蓋が冠せてあって、取ろうとしてもなかなか取れない。
「つまらねえなあ。虻蜂あぶはちとらずだ」
 小言を云いながら振って見たが、中には何にも入っていないと見え、コトリとも音はしなかった。
「一世一代の失敗かな。友蔵親分丸損かな。ほんとにほんとに莫迦にしていやがら」
 しかしどんなに悪口を云っても、それに答えるものさえない。自分自身が悪口を云い、自分自身が聞くばかりであった。
 夜は次第に更けまさり、家の内外ひっそりとした。
「考えていたって仕様がねえ。こんな晩は寝た方がいい。明日は早速ご出立だ。お花の畜生め覚えていやがれ。彼奴あいつさえあんな物を持って来なけれりゃあ、こんなへマは見ねえんだ。江戸へ帰ったらあいつを呼び付け、みっしり叱ってやらなけりゃならねえ」
 夜具を冠って寝てしまった。
 いわゆる丑満の時刻になった。
 と、あいふすまが開き、何かチロチロと入って来た。それは一匹の大いたちであって、さっ床間とこのまへ駈け上ると、壺と地図とを両手で抱え、それから後足で立ち上り、静かに隣部屋へ引返した。
 友蔵は勿論知らなかった。しかし翌日発見した。発見はしたが驚かなかった。「へん、間抜けな泥棒め、盗むものに事をかき、あんなつまらねえ物を盗みやがった」
 それで、却ってサバサバして、江戸をさして引返して行った。

27[#「27」は縦中横]

 ここは深川の木賃宿である。香具師やしの親方の「釜無の文」は、手下の銅助を向うに廻し、いい気持に喋舌しゃべっていた。傍に檻が置いてあり、中に大鼬が眠っていた。
 二人の前には壺と地図とが、大切そうに置いてあった。
 窓から夏の陽が射していて、喚気法の悪い部屋の中は、汗ばむ程に熱かった。
「……と、つまり、云うわけさ。ナーニ、ちょろりと横取りしたのさ。へん、えて物さえ使ったらどんな宝物だって盗まれるんだからな」
 得意そうに文は話し出した。
「ところで親方、その壺には、何が入っているんですえ?」こう不思議そうに銅助は訊いた。姦悪の相の持主で、文に負けない悪党らしかった。
「そいつア俺にも解らねえ」文は渋面を作ったが、「福の神だということだ。とにかくこいつを持っていると、いい目が出るということだ……これはな、伝説による時は、支那から渡ったものだそうな。甲府のお城にあったものさ。元禄げんろく時代の将軍家、館林たてばやし綱吉つなよし様が、ある時お手に入れられた所、間もなく江戸城お乗込み、将軍職に就かれたそうだ。そのお気に入りの柳沢侯[#「侯」は底本では「候」]、最初は微祿であられた所が、この壺を借りたその日から、トントン拍子に出世されたそうだ。……で、この壺はそれ以来、甲府勤番御支配頭の、保管にしょくしていたものだそうな。そうして甲府城の土蔵の奥に大切に仕舞しまって置かれたんだそうな。……そいつを「とっつあん」が盗み出したのよ」
「へえ「爺つあん」? 葉村はむらのかえ?」
「うん、そうさ、あの葉村のな。……今こそ玉乗たまのりの親方か何かで、真面目に暮らしているけれど、昔はどうして大悪党よ、俺ら以上の悪党だったのさ」
「だがおかしいね、その「爺つあん」が、どうして手に入れた宝壺を、釜無の岸へなんか埋めたんだろう?」
「そいつア俺にも解らねえ」
「それに本当にその壺が、そんなに大した福の神なら、あの葉村の「爺つあん」も、もっと出世していいはずだが、たいして出世もしねえようだね」
「うん、そう云やアその通りだが、そこにはいわくがあるんだろう。豚に真珠という格言もあらあ、せっかくの宝も持手が悪いと、ねっから役に立たねえものさ」
「今度は親方が手に入れたんだ、どうかマア旨く役立つといいが」
「役立つとも役立つとも。俺らきっと役立たせてみせる。伝説によるとこの壺は夜な夜な不思議をするそうだ」
「へえ、不思議をね? どんな不思議だろうな」銅助は怪訝な顔をした。
「そいつも今の所わからねえ。この福の神を手に入れてから、まだ一晩も寝て見ねえんだからな」
「そうすると今夜が楽しみですね。小判の雨でも降るかもしれねえ」
 宝壺! 宝壺! ほんとに怪異など起きだすだろうか?
 果然怪異は起こったのであった。
 深夜、壺は音楽を奏した。
 非常に微妙な音楽であった。
 同時に人々は亢奮こうふんした。いたちが檻を食い破り、主人の喉笛へ喰らい付いた。
 それは決して福の神ではなく、むしろ災難わざわいの神であった。
「釜無の文」は喰い殺された。
 次にこの壺を手に入れたのは、文の手下の銅助であった。
「うん、俺は大丈夫だ。きっと福の神にして見せる」
 で、それを枕元へ置き、安らかに眠ったことである。
 すると、音楽が聞こえてきた。彼はにわかに胸苦しくなり、無宙むちゅうで飛び起きて駈け廻った。
 そうして柱へ頭を打ちつけ、血を吐いて死んでしまった。
 損をしたのは木賃宿の亭主で、その月の宿賃をフイにした。そこで銅助の持物を一切バッタに売ることにした。
 そこで、その壺と付属地図とはある古道具屋の手に渡った。

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