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染吉の朱盆(そめきちのしゅぼん)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/2 7:46:58 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | ||||||||||
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一 ぴかり! 剣光! ワッという悲鳴! 少し間を置いてパチンと鍔音。空には満月、地には霜。 切り
切り仆されたのは手代風の男、まだヒクヒクうごめいている。手に包を握っている。 側に屋敷が立っている。立派な屋敷で一軒きりだ。黒板塀、忍び返し、奥に植込が茂っている。周囲は空地、町の灯に遠い。 その塀に添って、カランカラーン、武士はおちついて歩いて行く。 塀について左へ曲がった。 矢張り悠然、矢張り歯音、カラーンカラン! カラーンカラン! また塀について曲がった途端、 「御用!」 上がったは十手! 武士、ちっとも驚かなかった。 佇むとポンと胸を打った。 「へ――」 と捕方平伏した。 「半刻あまりそこにいろ」 いいすてて、またもカラーンカラン! 綺麗に歯音を霜夜に立て、そうして肩に満月を載せ、町の方へ行ってしまったのである。 切り仆された手代風の男、まだヒクヒクうごめいている。 と、右手から人の足音、雪駄穿きだな、バタバタと聞える。現れたのは職人風の男、死にぞこないにつまずいた。 「おっ!」というとつくばった。 「しめた!」というと飛び上がった。途端に右手が宙へ躍った。 と、どうしたんだ、あわてたように「しまった!」と叫ぶと引っ返してしまった。どこへ行ったか解らない。 「あッ、取られた、大事な朱盆!」 切られた手代風の男の声! そうしてそれなり、死んでしまった。 数日経った或日のこと、 「ご免下さい」と訪う声。 人殺しのあった側の屋敷、その玄関から聞えて来た。扮装だけはシャンとしているが、顔に無数の痘痕のある可成り醜い男が立っている。 「はい」と現れたのは小間使い「何かご用でございますか?」 「突然で不躾ではございますが、もしやお屋敷の庭の隅に、朱盆が落ちてはおりませんでした?」 「しばらくお待ちを」と這入って行った。 引き違いに現れたのは一人の令嬢、「 ![]() 「おたずねの品物、これでございましょう」 差し出したのは一面の朱盆。 「へい、さようで」 と醜い男じっと朱盆を眺めやった。 何んて微妙な深紅の色だ! 金短冊が蒔絵してある。そうして文字が書かれてある。 「こひすてふ」という五文字である。百人一首のその一つの、即ち上の五文字である。 男、ヒョイと令嬢を見た。と、チラチラと眼の中へ、狂わしい情熱の火が燃えた。 「ご免下さい」と行ってしまった。 ところがそれから数日経ち、同じようなことが行われた。 同じ場所で、手代風の男が、スポリと一刀に切られたのである。切り仆したのは同じ武士、矢張り悠然と立ち去ってしまった。かけつけて来たのは職人風の男、 「しめた!」というと躍り上がった。途端に右手が宙へ上った。そうしてそのまま逃げ去ってしまった。 切られた男の断末魔の声「あッ取られた、大事な朱盆……」 それも全く同じであった。 違った所も少しはある。 当然その夜は満月ではなかった。小雪がチラチラ降っていた。で、道がぬかるんでいた。 そこでもちろんカラーンカランと、下駄の歯音は響かなかった。 もっと重大な相違点がある。 (一)捕手がその夜は現れなかったこと。 (二)「しまった!」と職人が叫ばなかったこと。 だが、それから数日経ち、例の屋敷の玄関へ、例の醜男が現れて、朱盆の有無をたしかめたのは、以前と全く同じであり、その応待も同じであった。 次ぎの一ヶ条だけは違っているが――。 (一)金短冊に書かれてあった文字が「我名はまだき」とあったことである。
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