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南蛮秘話森右近丸(なんばんひわもりうこんまる)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-3 7:34:51 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


11[#「11」は縦中横]

 民弥の家の一つのへやでは二人の男女が話していた。
 その一人は民弥であり、もう一人は右近丸であった。
 父を失い孤児みなしごとなった、民弥の身の上を気の毒がり、右近丸は見舞いに来たのである。しかし勿論一方では、殺された不幸の弁才坊が、生前研究した唐寺の謎の、研究材料を探し出し、主君信長公の命令通り、高価の金で買い求めようと、そうも考えて来たのであった。
 窓から昼の陽が射し込んでいる。へやが明るく輝いている。生前の弁才坊の研究室であり、また殺された室でもあった。秘密を保とうためなのだろう、四方板壁でかこまれた、紅毛振の室である。その一方に扉がある。紅毛振の扉である。扉と向かい合った一方の壁には、巨大な書棚が据えてある。書棚には本が積んである。巻軸もあれば帙入ちついれもある。西班牙スペイン文字の本もある。いずれも貴重な珍書らしい。扉を背にして左の壁に、穿いているのが窓である。扉を背にして右の壁に、懸けてあるのは製図である。室の広さ十五畳敷ぐらい、そこに置かれてある器物といえば、測量機、鑿孔機さくこうき、机、卓、牀几しょうぎというような類である。窓から投げ込まれる春の陽に、それらのものが艶々と光り、また陰影かげけている。
 極めて異国趣味の室である。
 牀几に腰かけた二人の男女、民弥たみやとそうして右近丸うこんまる、清浄な処女と凜々しい若武士わかざむらい、この対照は美しい。
「秘密の鍵は第三の壁、こう確かに弁才坊殿には、仰せられたのでございますな?」いずれ話の続きだろう、こう訊いたのは右近丸。
「はい、さようでございます」こう答えたのは民弥である。直ぐに後を云いつづけた。「しいせられる日の夕暮方、父が申しましてございます。秘密の一端明かせてやろう、室へおいで、来るがよいと……で、この室へ参りましたところ、父が申しましてございます。『秘密の鍵は第三の壁』それから更に申しました。『この人形を大事にしろ』ただそれだけでございました。どうやら父と致しましては、もっともっと何か詳しいことを、話したかったのでございましょう、そう申してからもしばらくの間考え込んで居りましたが、そのうち日が暮れて宵となり、そこの窓から何者か――近所の子供だとは存じますが、覗いているのを目つけますと、フッツリ黙り込んでしまいました。あの時子供さえ覗かなかったら、きっときっとお父様は、もっともっと詳しいお話を、お話し下されたことと思われます。詳しく聞いてさえ居りましたら、研究材料の有場所など、直ぐにも知ることが出来ますのに、ほんとに惜しいことをいたしました。憎らしいは子供でございます。つまらないはお父様でございます。ほんとにつまらないお父様! そんな子供の立聞などに、神経を立てなければようございましたのに。ほんとにつまらないお父様!」
 民弥はこんなことを云い出した。「ほんとにつまらないお父様だ」などと……これでは死んだ自分の父を、攻撃めているようなものである。しかも民弥の云い方には、楽天的の所がある。また快活な所がある。父の死んだということを、悲しんでいるような様子がない。道化てさえもいるのである。一体どうしたというのだろう? 民弥はそんな不孝者なのだろうか? いやいやそうとは思われない。民弥と父の弁才坊とは、真実の親子でありながら、まるで仲のよいお友達のように、道化た軽口ばかり利き合っていた。それが全然習慣となって、父の逝くなった今日でも、そんなに快活で楽天的で、道化てさえもいるのだろうか? もしそうなら民弥という娘は、不真面目な女といわなければならない。否々そうでもなさそうである。では何かその間に、云われぬ秘密がなければならない。どっちみち民弥の言葉や態度には、道化たところがあるのであった。
 そういう民弥の様子に対し、森右近丸は不審を打った。しかし不審は打ったもののメソメソ泣かれたり悲しまれたり、訴えられたりするよりは、却って気持はよいのであった。「勿論心中では悲しみもし、又嘆いてもいるのだろうが、非常にしっかりした性質なので、努めて抑え付けているのだろう。そうして故意わざと快活に、そうして故意と道化たように、振舞っているに相違ない。ではこっちもそのつもりで、それに調子を合わせて行こう」――これが右近丸の心持であった。
 で右近丸は云ったものである。
「いや全く弁才坊殿は、つまらないお方でございましたよ。訳のわからない暗号のような、変な謎語を残しただけで、死んでしまったのでございますからな。……先ずそれはそれとして、せっかく残された二つの謎語、うっちゃって置く事も出来ますまい。解いてみることにいたしましょう。ひょっとするとこの謎語に、唐寺の謎を解き明かせた、研究材料の有場所が語られてあるかもしれません」
 で右近丸は考え込んだ。

12[#「12」は縦中横]

 考え込んでいた右近丸が、ヒョイと牀几しょうぎから立ち上り、へやの真中へ出て行ったのは、やや経ってからの後の事であった。
 と右近丸は云い出した。
「第三の壁という言葉の意味、どうやらわかったようでございますよ。物の方角を現わすに、東西南北という言葉があります。そこでこのへやの真中に立ち、東西南北を調べてみましょう。そうして東西南北を、一二三四に宛て嵌めてみましょう」ここで右近丸は片手を上げ、一方の壁を指さした。「そっちが東にあたります。で、そっちにあるその壁を、第一の壁といたしましょう」右近丸はグルリと振り返えり、反対の壁を指さした。「そっちが西にあたります。で、そっちにあるその壁を、第二の壁といたしましょう」ここで右近丸は身を翻えし、書棚のある壁を指さした。「そっちが南にあたります。で、そっちにあるその壁を、第三の壁といたしましょう。すなわち」と云うと右近丸は、民弥へ向かって笑いかけた。「書棚の置いてある南側の壁が、第三の壁でございます」
 こう云われたので娘の民弥はなるほどとばかり頷いた。
「よいお考えでございますこと、大方おおかたその通りでございましょう。ではその壁の。……その書棚の……書棚の中の書物ほんのどこかに、唐寺の謎を解き明かせた、研究材料の有場所が、記されてあるかもしれません」
「さよう即ち秘密の鍵が、隠くされてあるかもしれません。どれ」と云うと右近丸は、ツカツカ書棚の前へ行き、一渡り書物を眺めてみた。が書物の数は非常に多く、いずれも整然と並べてあり、一々取り上げて調べていた日には、手数がかかって遣りきれそうもなかった。だがその中の一冊の書物が、特に右近丸の眼を引いた。何の変わったところもない、帙入ちついれの書物ではあったけれど、その書物だけが奇妙にも、逆さに置かれてあるのであった。即ち裏表紙を上へ向けて、特に置かれてあるのであった。
「はてな?」と呟いた右近丸ツトその書物を取り上げたが、まずちつからスルリと抜き出し、それからパラパラとめくってみた。と、どうだろう、何にも書いてない。全体がただの白紙なのである。――と思ったのは間違いで、書物の真中まんなかと思われる辺りに、次のような仮名文字が記されてあった。

「くぐつ、てんせい、しとう、きようだ」

 何のことだかわからない。どういう意味だか解らない。呪文のような文句である。
「おかしいなあ、何のことだろう?」
 文字を見詰めて右近丸は、しばらく熟慮したけれど、意味をとることは出来なかった。
 で、そのまま書物を閉じ、帙へ入れると書棚へ返し、それから改めてたくの上の、人形を取り上げて調べたが、奈良朝時代の風俗をした、貴女人形だというばかりで、これと云って変わったところもない。
 悉皆目算は外れたのである。
 失望をした右近丸は、佇んだまま考えている。
 同じように失望した娘の民弥は、これも佇んで考えている。
 唐寺の鐘の鳴る頃である。夕の祈りをする頃である。永い春の日も暮れかかってきた。
「明日また参るでございます」
 別れを告げた右近丸が、民弥の屋敷を立ち出でたのは、それから間もなくのことであった。心にかかるは謎語であった。
「『くぐつ、てんせい、しとう、きようだ』……何のことだろう? 何のことだろう?」
 南蛮寺の横を歩いて行く。
 森右近丸が帰ってしまうと、やっぱり民弥は寂しかった。そこで一人で牀几しょうぎに腰かけ、窓から呆然ぼんやりと外を眺め、行末のことなどを考えた。
 窓外の春はたけなわであった。桜はなかば散ってはいたが、山吹の花は咲きはじめていた。紫蘭しらんの花が咲いている。矢車の花が咲いている。九輪草りんそう[#ルビの「りんそう」は底本では「りんさう」]が咲いている。そこへ夕陽が射している。啼いているのは老鶯である。と、駒鳥の啼声もした。
 それらの物を蔽うようにして、高々と空に聳えているのは、南蛮寺の塔であった。夕陽を纏っているからであろう、塔の頂が光っている。
「これからどうしたらいいだろう?」ふと民弥は呟いた。「お父様は南蛮寺へお送りした。だからその方の心配はない。でもお父様がおいでなされない以上、誰も稼いでくれ手はない。わたしのお家は貧乏だ。食べるものにさえ事欠いている。どうしてこれから食べて行こう? 妾が町へ出て行って物乞いしなければならないかしら? でも妾は恥かしい。妾にはそんな事出来はしない。でも稼がなければ食べられない。お裁縫でもしようかしら? でも頼み手があるだろうか? ……南蛮寺の謎を解き明かせた、研究材料さえ目つかれば、安土に居られる信長卿が、高価にお買い取り下さると、右近丸様は仰有おっしゃったけれど、何時になったら研究材料が目付かるものやら見当がつかない。……これから毎日右近丸様が、お訪ね下さるとはいうけれど、生活くらしのことまでご相談は出来ない。ああどうしたらいいだろう?」
 民弥はこれからの生活について心を傷めているのであった。
 その民弥の苦しい心を、見抜いて現われて出たかのように、窓からヒョッコリ顔を出したのは、古道具買に身を※(「にんべん+肖」、第4水準2-1-52)やつした、香具師やしの親方猪右衛門ししえもんであった。
 ジロジロへやの中を覗いたが、声を張り上げると云ったものである。
「家財道具やお払い物、高く買います高く買います」へつらうように笑ったが「これはこれはお嬢様、綺麗な人形がございますな。お売り下さい買いましょう。小判一枚に青差一本、それで買うことに致しましょう」ここでヒョッコリとお辞儀をしたが、その眼では卓の上の人形を、じっと睨んでいるのであった。

13[#「13」は縦中横]

 小判一枚に青差一本! これは実際民弥たみやにとっては、大変もない誘惑であった。それだけの金が今あったら、相当永く生活くらすことが出来る。そこで民弥は考えた。
「この人形を大事にしろ!」こうお父様は仰有ったけれど、どういう意味だかわからない。元々あれはわたしの物だ。逝くなった妾のお母様が、妾に買って下されたものだ。それを中頃お父様が、どうしたものかお取り上げになった。そうしてどうやら人形のどこかへ、何か細工をなされたようだ。でも真逆まさかに人形の中に、南蛮寺の謎を解き明かせた秘密の研究材料など、隠してあろうとは思われない。売っても大事はないだろう。第一背に腹は代えられない。よしやどんなに人形が大事なものであろうとも、食べられなければ売らなければならない。売ってしまおう売ってしまおう。そうして当座のうちだけでも、生活を楽にすることにしよう。
 そこで、民弥は切り出した。
「大事な人形ではございますが、小判一枚に青差一本、それでお買い取り下さるなら、お売りすることに致しましょう」
 すると猪右衛門は頷いたが、やがてこんなことを云い出した。
「実はな」と薄っぺらな能弁である。「こういう訳でございますよ。ナーニ商売の道から云えば、奈良朝時代の貴女人形、大した値打もありませんので。精々がところ青差二本……ぐらいな物だと思いますので。ところが小判を一枚はずみ、そこへ青差を一本付け、相場違いの大高値で、譲っていただこうというのには、他に目的がありますからで。と云うのは人形のその中に、南蛮寺の謎を解き明かせた……オットドッコイ口がすべった。ナニサナニサそうではない。つまり人形がよいからで。と云うのはそいつが喋舌しゃべるからで。さようでございます。人形がね。何と喋舌るかと云いますと、『唐寺の謎は胎内の』オットいけねえ、軽はずみな、またまた口が辷ってしまった。アッハハハ馬鹿な話で、何のお嬢様、人形などが、何の物など云いましょう。へいへい物など云いませんとも、いえナニ物でも云いそうな程、さも活々とよく出来た、結構な人形でございますので、そこで高値にいただこうと、こういう次第なのでございますよ。では」と云うと猪右衛門は懐中ふところへ腕を差し込んだが、ヒョイと抜き出すとてのひらの上に、小判を一枚のっけている。「まず小判、お取りなすって」もう一度懐中へ手を入れたが、取り出したのは青差である。「これは青差、お取りなすって」
「はいはい確かに受け取りました」
 こう云うと民弥は窓越しに、小判と青差とを受け取ったが、引き返すと卓のそばへ行き、卓に載せてある人形を、優しく胸へ抱きかかえた。
 と、窓から人形を、猪右衛門へ渡したものである。
 両手で受け取った猪右衛門は謂うところの北叟笑ほくそえみ、そいつを頬へ浮かべたが、「これで取引は済みました。ではお嬢様え、ご免なすって」
「可愛い人形でございます、大切に扱って下さいまし」
 永年の間傍へ置き、慣れ馴染んで来た人形である。それが売られて行くのである。それが人手へ渡るのである。二度と持つことは出来ないだろう。二度と逢うことは出来ないだろう。――こう思うと民弥には悲しいのだろう、こう寂しそうに声をかけた。
「かしこまりましてございますよ。大切に扱かうでございましょう。ヘッヘッヘッヘッ帰るや否や、腹を立ち割り胎内の……アッハッハッハッ嘘でございますよ。ナーニ早速よいお家へ、売り渡すことにいたします。と、綺麗なお姫様の、玩具おもちゃになることでございましょう。いや人形にとりましても、こんな廃屋あばらやにいるよりは、どんなにか出世というもので、オット又もや口が辷った。ご免下さい。ご免下さい」
 駄弁を弄して猪右衛門は花木の間を大跨に歩き、往来の方へ出て行ったが、ちょうどこの頃森右近丸は、南蛮寺を出外れた四条通り[#「四条通り」は底本では「四条り通」]を、考えに耽りながら歩いていた。

14[#「14」は縦中横]

 四条通りは寂しかった。人の往来ゆききも稀であった。右近丸は歩いて行く。夕陽が明るく射している。家々のしとみが華やかに輝やき、その代り屋内が薄暗く見え、その屋内にいる人が、これも薄暗くかされて見える。焚香ふんこう[#ルビの「ふんこう」は底本では「ふんかう」]の匂いなどもにおってくる。
 右近丸は歩いて行く。
 と、にわかに足を止めた。「わかった!」と呻くように云ったものである。「『くぐつ』とは人形の別名だ。傀儡くぐつだ傀儡だ! 人形のことだ! 『てんせい』というのは眼のことだろう。画龍点睛がりゅうてんせいという言葉がある。龍をえがいて眼をてんずる! この点睛に相違ない。『しとう』というのは『指頭しとう』のことだろう。指先ということに相違ない。『きようだ』というのは『強打』なんだろう。強く打てということなんだろう。――人形の眼を指の先で、強く打てという意味なのだ。そうしたら例の唐寺の謎の、研究材料の有場所が、自ずと解るということだ。うむ、そういえば弁才坊殿には『この人形を大事にしろ』と民弥殿に云ったということだ。これで解った、すっかり解った! 奈良朝時代の貴女人形、あの人形の眼さえ打ったら、唐寺の謎の研究材料、その有り場所が解るのだ。……これはこうしてはいられない。すぐ引っ返して民弥殿と逢い、あの人形を調べてみよう!」
 身を翻えすと右近丸は元来た方へ引っ返した。
 ちょっとの躊躇も許されない。見得も外聞も構っていられぬ。で右近丸は走り出した。
 が、どんなに急いでも、人形は売られた後である。人手に渡った後である。どうすることも出来ないだろう。
 まさしくそれはそうであった。息せき切った右近丸が、民弥の屋敷へ駈け込んで、例の室で民弥と逢い、人形の行方を尋ねた時、民弥の口から右近丸は、残念な報告を聞かされたのである。
 小判と青差を卓の上へ載せ、それに見入っていた娘の民弥は、右近丸が入って来るのを見ると、驚いたように云ったものである。
「まあそのあわただしい御様子は、どうなされたのでございます?」
 それには碌々挨拶もせず、右近丸は室を見廻したが、「民弥殿! 民弥殿! 人形を! ……ちょっと人形をお見せ下され!」
 すると民弥は赤面したが、小判と青差とを指さした。
「小判とそうして青差とに、人形は変わってしまいました」
「え?」と云ったものの右近丸には、何のことだか解らなかった。で直ぐに云い続けた。「帙入ちついれ書物ほんに記されてあった、『くぐつ、てんせい、しとう、きようだ』……この謎語の意味解ってござる! 人形の眼を指の先で、強く打てという意味なのでござる。そうしたらくなられた弁才坊殿が、苦心をされて調べあげた、唐寺の謎の研究材料、その有場所が解るのでござる! 奈良朝時代の貴女人形、あの人形に一切合財、秘密が籠っているのでござる。お見せ下され、貴女人形を!」
「まあ」と叫ぶと娘の民弥は仰天して立ち上ったが、見る見る顔色を蒼白くした。と、グッタリと牀几の上へ、腰を下ろすと喘ぎ出した。
「一足違い! 一足違い!」
「何?」とばかり右近丸。
「売り渡しましてございます」
「誰に※(疑問符感嘆符、1-8-77)」と右近丸は胸をそらせた。
「今しがた来た古道具買に……」
「誠か※(疑問符感嘆符、1-8-77)」と云ったが嗄声かれごえである。「で、そやつ、どの方角へ?」
「はい……一向……その辺りの所は……」
「ご存じないと云われるか?」
「存じませんでございます」
 ここに至って右近丸は落胆したというように、牀几にべッタリ腰かけてしまった。苦心が水泡に帰したのである。又九じんの功名を、一いてしまったのである。落胆するのは当然である。
 しばらく二人とも物を云わない。互いに顔さえ見合わさない。溜息を吐くばかりである。
 すっかりゆうべの陽も消えた。窓外がだんだん暗くなる。花木の陰が紫から、次第に墨色に移って行く。
 と、にわかに右近丸は勢い込んで飛び上ったが、「うっちゃって置くことは出来ません、たとえ京の町は広くとも、探して探されないものでもなし、立ち去って間もないというからには、あるいはこの辺りに古道具買徘徊して居るかも知れません。すぐに参って目付け出し、奈良朝時代の貴女人形買い戻すことにいたしましょう」
「それでは」と民弥も意気込んだ。「わたしもお供いたします!」
「おお、そなたもまいられるか」
「参りますとも参りますとも! 妾ご一緒に参らなければ、人形を買った古道具買の、人形風俗わかりますまい!」
「これは如何にもご尤も! それでは一緒に!」
「右近丸様!」
「おいでなされ!」
 と走り出た。続いて民弥も女ながら、一所懸命の場合である。小褄こづまを取るとたしなみの懐刀、懐中ふところへ入れるのも忙しく、後に続いて走り出た。

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