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アグニの神(アグニのかみ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-12 7:11:42  点击:  切换到繁體中文

作品データ

初出: 「赤い鳥」1921(大正10)年1月、2月
仮名遣い種別: 新字新仮名
備考: この作品には、今日からみれば、不適切と受け取られる可能性のある表現がみられます。その旨をここに記載した上で、そのままの形で作品を公開します。(青空文庫)
底本: 蜘蛛の糸・杜子春
出版社: 新潮文庫、新潮社
初版発行日: 1968(昭和43)年11月15日
入力に使用: 1989(平成元)年5月30日46刷
校正に使用: 2004(平成16)年6月5日67刷

 

      一

 支那シナ上海シャンハイある町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度インド人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加アメリカ人と何かしきりに話し合っていました。
「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」
 亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草まきたばこへ火をつけました。
「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」
 婆さんはあざけるように、じろりと相手の顔を見ました。
「この頃は折角見て上げても、御礼さえろくにしない人が、多くなって来ましたからね」
「そりゃ勿論もちろん御礼をするよ」
 亜米利加人は惜しげもなく、三百ドルの小切手を一枚、婆さんの前へ投げてやりました。
「差当りこれだけ取って置くさ。もしお婆さんの占いが当れば、その時は別に御礼をするから、――」
 婆さんは三百弗の小切手を見ると、急に愛想あいそがよくなりました。
「こんなに沢山頂いては、かえって御気の毒ですね。――そうして一体又あなたは、何を占ってくれろとおっしゃるんです?」
わたしが見てもらいたいのは、――」
 亜米利加人は煙草をくわえたなり、狡猾こうかつそうな微笑を浮べました。
「一体日米戦争はいつあるかということなんだ。それさえちゃんとわかっていれば、我々商人はたちまちの内に、大金儲おおがねもうけが出来るからね」
「じゃ明日あしたいらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから」
「そうか。じゃ間違いのないように、――」
 印度人の婆さんは、得意そうに胸をらせました。
「私の占いは五十年来、一度もはずれたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御自身御告げをなさるのですからね」
 亜米利加人が帰ってしまうと、婆さんは次のの戸口へ行って、
恵蓮えれん。恵蓮」と呼び立てました。
 その声に応じて出て来たのは、美しい支那人の女の子です。が、何か苦労でもあるのか、この女の子のしもぶくれのほおは、まるでろうのような色をしていました。
「何を愚図々々ぐずぐずしているんだえ? ほんとうにお前位、ずうずうしい女はありゃしないよ。きっと又台所で居睡いねむりか何かしていたんだろう?」
 恵蓮はいくらしかられても、じっと俯向うつむいたまま黙っていました。
「よくお聞きよ。今夜は久しぶりにアグニの神へ、御伺いを立てるんだからね、そのつもりでいるんだよ」
 女の子はまっ黒な婆さんの顔へ、悲しそうな眼をげました。
「今夜ですか?」
「今夜の十二時。いかえ? 忘れちゃいけないよ」
 印度人の婆さんは、おどすように指を挙げました。
「又お前がこの間のように、私に世話ばかり焼かせると、今度こそお前の命はないよ。お前なんぞは殺そうと思えば、ひよくびを絞めるより――」
 こう言いかけた婆さんは、急に顔をしかめました。ふと相手に気がついて見ると、恵蓮はいつか窓際まどぎわに行って、丁度明いていた硝子ガラス窓から、寂しい往来をながめているのです。
「何を見ているんだえ?」
 恵蓮はいよいよ色を失って、もう一度婆さんの顔を見上げました。
「よし、よし、そう私を莫迦ばかにするんなら、まだお前は痛い目に会い足りないんだろう」
 婆さんは眼をいからせながら、そこにあったほうきをふり上げました。
 丁度その途端です。誰か外へ来たと見えて、戸をたたく音が、突然荒々しく聞え始めました。

     二

 その日のかれこれ同じ時刻に、この家の外を通りかかった、年の若い一人の日本人があります。それがどう思ったのか、二階の窓から顔を出した支那人の女の子を一目見ると、しばらくは呆気あっけにとられたように、ぼんやり立ちすくんでしまいました。
 そこへ又通りかかったのは、年をとった支那人の人力車夫です。
「おい。おい。あの二階に誰が住んでいるか、お前は知っていないかね?」
 日本人はその人力車夫へ、いきなりこう問いかけました。支那人は楫棒かじぼうを握ったまま、高い二階を見上げましたが、「あすこですか? あすこには、何とかいう印度人の婆さんが住んでいます」と、気味悪そうに返事をすると、匆々そうそう行きそうにするのです。
「まあ、待ってくれ。そうしてその婆さんは、何を商売にしているんだ?」
「占いしゃです。が、この近所のうわさじゃ、何でも魔法さえ使うそうです。まあ、命が大事だったら、あの婆さんの所なぞへは行かない方がいようですよ」
 支那人の車夫が行ってしまってから、日本人は腕を組んで、何か考えているようでしたが、やがて決心でもついたのか、さっさとその家の中へはいって行きました。すると突然聞えて来たのは、婆さんのののしる声に交った、支那人の女の子の泣き声です。日本人はその声を聞くが早いか、一股ひとまたに二三段ずつ、薄暗い梯子はしごけ上りました。そうして婆さんの部屋の戸を力一ぱい叩き出しました。
 戸は直ぐに開きました。が、日本人が中へはいって見ると、そこには印度人の婆さんがたった一人立っているばかり、もう支那人の女の子は、次の間へでも隠れたのか、影も形も見当りません。
「何か御用ですか?」
 婆さんはさも疑わしそうに、じろじろ相手の顔を見ました。
「お前さんは占い者だろう?」
 日本人は腕を組んだまま、婆さんの顔をにらみ返しました。
「そうです」
「じゃ私の用なぞは、聞かなくてもわかっているじゃないか? 私も一つお前さんの占いを見て貰いにやって来たんだ」
「何を見て上げるんですえ?」
 婆さんはますます疑わしそうに、日本人の容子ようすうかがっていました。
「私の主人の御嬢さんが、去年の春行方ゆくえ知れずになった。それを一つ見て貰いたいんだが、――」
 日本人は一句一句、力を入れて言うのです。
「私の主人は香港ホンコンの日本領事だ。御嬢さんの名は妙子たえこさんとおっしゃる。私は遠藤という書生だが――どうだね? その御嬢さんはどこにいらっしゃる」
 遠藤はこう言いながら、上衣うわぎの隠しに手を入れると、一ちょうのピストルを引き出しました。
「この近所にいらっしゃりはしないか? 香港の警察署の調べた所じゃ、御嬢さんをさらったのは、印度人らしいということだったが、――隠し立てをするとためにならんぞ」
 しかし印度人の婆さんは、少しもこわがる気色けしきが見えません。見えないどころかくちびるには、反って人を莫迦にしたような微笑さえ浮べているのです。
「お前さんは何を言うんだえ? 私はそんな御嬢さんなんぞは、顔を見たこともありゃしないよ」
うそをつけ。今その窓から外を見ていたのは、たしかに御嬢さんの妙子さんだ」
 遠藤は片手にピストルを握ったまま、片手に次の間の戸口を指さしました。
「それでもまだ剛情を張るんなら、あすこにいる支那人をつれて来い」
「あれは私の貰い子だよ」
 婆さんはやはり嘲るように、にやにやひとり笑っているのです。
「貰い子か貰い子でないか、一目見りゃわかることだ。貴様がつれて来なければ、おれがあすこへ行って見る」
 遠藤が次の間へ踏みこもうとすると、咄嗟とっさに印度人の婆さんは、その戸口に立ちふさがりました。
「ここは私のうちだよ。見ず知らずのお前さんなんぞに、奥へはいられてたまるものか」
退け。退かないと射殺うちころすぞ」
 遠藤はピストルを挙げました。いや、挙げようとしたのです。が、その拍子に婆さんが、からすくような声を立てたかと思うと、まるで電気に打たれたように、ピストルは手から落ちてしまいました。これには勇み立った遠藤も、さすがにきもをひしがれたのでしょう、ちょいとの間は不思議そうに、あたりを見廻していましたが、忽ち又勇気をとり直すと、
「魔法使め」とののしりながら、とらのように婆さんへ飛びかかりました。
 が、婆さんもさるものです。ひらりと身をかわすが早いか、そこにあったほうきをとって、又つかみかかろうとする遠藤の顔へ、ゆかの上の五味ごみを掃きかけました。すると、その五味が皆火花になって、眼といわず、口といわず、ばらばらと遠藤の顔へ焼きつくのです。
 遠藤はとうとうたまり兼ねて、火花の旋風つむじかぜに追われながら、ころげるように外へ逃げ出しました。

     三

 そのの十二時に近い時分、遠藤は独り婆さんの家の前にたたずみながら、二階の硝子窓に映る火影ほかげ口惜くやしそうに見つめていました。
「折角御嬢さんのりかをつきとめながら、とり戻すことが出来ないのは残念だな。一そ警察へ訴えようか? いや、いや、支那の警察が手ぬるいことは、香港でもう懲り懲りしている。万一今度も逃げられたら、又探すのが一苦労だ。といってあの魔法使には、ピストルさえ役に立たないし、――」
 遠藤がそんなことを考えていると、突然高い二階の窓から、ひらひら落ちて来た紙切れがあります。
「おや、紙切れが落ちて来たが、――もしや御嬢さんの手紙じゃないか?」
 こうつぶやいた遠藤は、その紙切れを、拾い上げながらそっと隠した懐中電燈を出して、まんまるな光に照らして見ました。すると果して紙切れの上には、妙子が書いたのに違いない、消えそうな鉛筆の跡があります。

「遠藤サン。コノうちノオ婆サンハ、恐シイ魔法使デス。時々真夜中ニわたくしノ体ヘ、『アグニ』トイウ印度ノ神ヲ乗リ移ラセマス。私ハソノ神ガ乗リ移ッテイル間中、死ンダヨウニナッテイルノデス。デスカラドンナ事ガ起ルカ知リマセンガ、何デモオ婆サンノ話デハ、『アグニ』ノ神ガ私ノ口ヲ借リテ、イロイロ予言ヲスルノダソウデス。今夜モ十二時ニハオ婆サンガ又『アグニ』ノ神ヲ乗リ移ラセマス。イツモダト私ハ知ラズ知ラズ、気ガ遠クナッテシマウノデスガ、今夜ハソウナラナイ内ニ、ワザト魔法ニカカッタ真似まねヲシマス。ソウシテ私ヲオ父様ノ所ヘ返サナイト『アグニ』ノ神ガオ婆サンノ命ヲトルト言ッテヤリマス。オ婆サンハ何ヨリモ『アグニ』ノ神ガこわイノデスカラ、ソレヲ聞ケバキット私ヲ返スダロウト思イマス。ドウカ明日あしたノ朝モウ一度、オ婆サンノ所ヘ来テ下サイ。コノ計略ノほかニハオ婆サンノ手カラ、逃ゲ出スミチハアリマセン。サヨウナラ」

 遠藤は手紙を読み終ると、懐中時計を出して見ました。時計は十二時五分前です。
「もうそろそろ時刻になるな、相手はあんな魔法使だし、御嬢さんはまだ子供だから、余程運が好くないと、――」
 遠藤の言葉が終らない内に、もう魔法が始まるのでしょう。今まで明るかった二階の窓は、急にまっ暗になってしまいました。と同時に不思議なこうにおいが、町の敷石にもみる程、どこからかしずかに漂って来ました。

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