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闇中問答(あんちゅうもんどう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-12 7:26:22  点击:  切换到繁體中文

底本: 現代日本文學大系 43 芥川龍之介集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1968(昭和43)年8月25日
入力に使用: 1968(昭和43)年8月25日初版第1刷

 

    一

或声 お前は俺の思惑とは全然違つた人間だつた。
僕 それは僕の責任ではない。
或声 しかしお前はその誤解にお前自身も協力してゐる。
僕 僕は一度も協力したことはない。
或声 しかしお前は風流を愛した、――或は愛したやうに装つたらう。
僕 僕は風流を愛してゐる。
或声 お前はどちらかを愛してゐる? 風流か? それとも一人の女か?
僕 僕はどちらも愛してゐる。
或声 (冷笑)それを矛盾むじゆんとは思はないと見えるな。
僕 誰が矛盾と思ふものか? 一人の女を愛するものは古瀬戸こせとの茶碗を愛さないかも知れない。しかしそれは古瀬戸の茶碗を愛する感覚を持たないからだ。
或声 風流人はどちらかを選ばなければならぬ。
僕 僕は生憎あいにく風流人よりもずつと多慾に生まれついてゐる。しかし将来は一人の女よりも古瀬戸の茶碗を選ぶかも知れない。
或声 ではお前は不徹底だ。
僕 しそれを不徹底と云ふならば、インフルエンザにかかつた後も冷水摩擦をやつてゐるものは誰よりも徹底してゐるだらう。
或声 もう強がるのはやめにしてしまへ。お前は内心は弱つてゐる。しかし当然お前の受ける社会的非難をはね返す為にそんなことを言つてゐるだけだらう。
僕 僕は勿論そのつもりだ。第一考へて見るがい。はね返さなかつたが最後、押しつぶされてしまふ。
或声 お前は何と云ふ図々づうづうしい奴だ。
僕 僕は少しも図々しくはない。僕の心臓は瑣細ささいな事にあつても氷のさはつたやうにひやひやとしてゐる。
或声 お前は多力者のつもりでゐるな? 
僕 勿論僕は多力者の一人だ。しかし最大の多力者ではない。若し最大の多力者だつたとすれば、あのゲエテと云ふ男のやうに安んじて偶像になつてゐたであらう。
或声 ゲエテの恋愛は純潔だつた。
僕 それは※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)うそだ。文芸史家の※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)だ。ゲエテは丁度三十五の年に突然伊太利イタリイへ逃走してゐる。さうだ。逃走と云ふ外はない。あの秘密を知つてゐるものはゲエテ自身を例外にすれば、シユタイン夫人一人だけだらう。
或声 お前の言ふことは自己弁護だ。自己弁護位手易たやすいものはない。
僕 自己弁護は容易ではない。し手易いものとすれば、弁護士と云ふ職業は成り立たないはずだ。
或声 口巧者くちがうしやな横着ものめ! 誰ももうお前を相手にしないぞ。
僕 僕はまだ僕に感激を与へる樹木や水を持つてゐる。それから和漢東西の本を三百冊以上持つてゐる。
或声 しかしお前は永久にお前の読者を失つてしまふぞ。
僕 僕は将来に読者を持つてゐる。
或声 将来の読者はパンをくれるか?
僕 現世の読者さへろくにくれない。僕の最高の原稿料は一枚十円に限つてゐた。
或声 しかしお前は資産を持つてゐたらう?
僕 僕の資産は本所にある猫の額ほどの地面だけだ。僕の月収は最高の時でも三百円を越えたことはない。
或声 しかしお前は家を持つてゐる。それから近代文芸読本の……
僕 あの家の棟木むなぎは僕には重たい。近代文芸読本の印税はいつでもお前に用立ててやる。僕の貰つたのは四五百円だから。
或声 しかしお前はあの読本の編者だ。それだけでもお前は恥ぢなければならぬ。
僕 何を僕に恥ぢろと云ふのだ?
或声 お前は教育家の仲間入りをした。
僕 それは※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)だ。教育家こそ僕等の仲間入りをしてゐる。僕はその仕事を取り戻したのだ。
或声 お前はそれでも夏目先生の弟子か?
僕 僕は勿論夏目先生の弟子だ。お前は文墨ぶんぼくに親しんだ漱石先生を知つてゐるかも知れない。しかしあの気違ひじみた天才の夏目先生を知らないだらう。
或声 お前には思想と云ふものはない。偶々たまたまあるのは矛盾だらけの思想だ。
僕 それは僕の進歩する証拠だ。阿呆はいつまでも太陽はたらひよりも小さいと思つてゐる。
或声 お前の傲慢がうまんはお前を殺すぞ。
僕 僕は時々かう思つてゐる。――或は僕は畳の上では往生しない人間かも知れない。
或声 お前は死を恐れないと見えるな? な?
僕 僕は死ぬことを怖れてゐる。が、死ぬことは困難ではない。僕は二三度くびをくくつたものだ。しかし二十秒ばかり苦しんだ後は或快感さへ感じて来る。僕は死よりも不快なことに会へば、いつでも死ぬのにためらはないつもりだ。
或声 ではなぜお前は死なないのだ? お前は誰の目から見ても、法律上の罪人ではないか?
僕 僕はそれも承知してゐる。ヴエルレエンのやうに、ワグナアのやうに、或は又大いなるストリントベリイのやうに。
或声 しかしお前はあがなはない。
僕 いや、僕は贖つてゐる。苦しみにまさる贖ひはない。
或声 お前は仕かたのない悪人だ。
僕 僕はむし善男子ぜんなんしだ。し悪人だつたとすれば、僕のやうに苦しみはしない。のみならず必ず恋愛を利用し、女から金を絞るだらう。
或声 ではお前は阿呆かも知れない。
僕 さうだ。僕は阿呆かも知れない。あの「痴人の懺悔」などと云ふ本は僕に近い阿呆の書いたものだ。
或声 その上お前は世間見ずだ。
僕 世間知りを最上とすれば、実業家は何よりも高等だらう。
或声 お前は恋愛を軽蔑してゐた。しかし今になつて見れば、畢竟ひつきやう恋愛至上主義者だつた。
僕 いや、僕は今日でも断じて恋愛至上主義者ではない。僕は詩人だ。芸術家だ。
或声 しかしお前は恋愛の為に父母妻子をなげうつたではないか?
僕 ※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)をつけ。僕は唯僕自身の為に父母妻子を抛つたのだ。
或声 ではお前はエゴイストだ。
僕 僕は生憎あいにくエゴイストではない。しかしエゴイストになりたいのだ。
或声 お前は不幸にも近代のエゴ崇拝にかぶれてゐる。
僕 それでこそ僕は近代人だ。
或声 近代人は古人にかない。
僕 古人も亦一度は近代人だつたのだ。
或声 お前は妻子を憐まないのか?
僕 誰か憐まずにゐられたものがあるか? ゴオギヤアンの手紙を読んで見ろ。
或声 お前はお前のしたことをどこまでも是認するつもりだな。
僕 どこまでも是認してゐるとすれば、何もお前と問答などはしない。
或声 ではやはり是認しずにゐるか?
僕 僕は唯あきらめてゐる。
或声 しかしお前の責任はどうする?
僕 四分の一は僕の遺伝、四分の一は僕の境遇、四分の一は僕の偶然、――僕の責任は四分の一だけだ。
或声 お前は何と云ふ下等な奴だ!
僕 誰でも僕位は下等だらう。
或声 ではお前は悪魔主義者だ。
僕 僕は生憎悪魔主義者ではない。ことに安全地帯の悪魔主義者には常に軽蔑を感じてゐる。
或声 (暫く無言)兎に角お前は苦しんでゐる。それだけは認めてやつてもい。
僕 いや、うつかり買ひかぶるな。僕は或は苦しんでゐることに誇りを持つてゐるかも知れない。のみならず「得れば失ふをおそる」は多力者のすることではないだらう。
或声 お前は或は正直者かも知れない。しかし又或は道化者だうけものかも知れない。
僕 僕も亦どちらかと思つてゐる。
或声 お前はいつもお前自身を現実主義者と信じてゐた。
僕 僕はそれほど理想主義者だつたのだ。
或声 お前は或は滅びるかも知れない。
僕 しかし僕を造つたものは第二の僕を造るだらう。
或声 では勝手に苦しむがい。俺はもうお前に別れるばかりだ。
僕 待て。どうかその前に聞かせて呉れ。絶えず僕に問ひかけるお前は、――目に見えないお前は何ものだ?
或声 俺か? 俺は世界の夜明けにヤコブと力を争つた天使だ。


 

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