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一夕話(いっせきわ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-12 7:28:48  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集5
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1987(昭和62)年2月24日
入力に使用: 1995(平成7)年4月10日第6刷
校正に使用: 1996(平成8)年7月15日第7刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

「何しろこのごろは油断がならない。和田わださえ芸者を知っているんだから。」
 藤井ふじいと云う弁護士は、老酒ラオチュさかずきしてから、大仰おおぎょうに一同の顔を見まわした。円卓テエブルのまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者ちゅうねんものである。場所は日比谷ひびや陶陶亭とうとうていの二階、時は六月のある雨の夜、――勿論もちろん藤井のこういったのは、もうそろそろ我々の顔にも、酔色すいしょくの見え出した時分である。
「僕はそいつを見せつけられた時には、実際今昔こんじゃくの感に堪えなかったね。――」
 藤井は面白そうに弁じ続けた。
「医科の和田といった日には、柔道の選手で、賄征伐まかないせいばつの大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中かんちゅう一重物ひとえもので通した男で、――一言いちごんにいえば豪傑ごうけつだったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋やなぎばしえんという、――」
「君はこの頃河岸かしを変えたのかい?」
 突然横槍よこやりを入れたのは、飯沼いいぬまという銀行の支店長だった。
「河岸を変えた? なぜ?」
「君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者にったというのは?」
「早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――」
 藤井は昂然こうぜんと眉を挙げた。
「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。昼間ぴるま六区ろっくへ出かけたんだ。――」
「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」
 今度はわたしが先くぐりをした。
「活動写真ならばまだいが、メリイ・ゴオ・ラウンドと来ているんだ。おまけに二人とも木馬の上へ、ちゃんとまたがっていたんだからな。今考えても莫迦莫迦ばかばかしい次第さ。しかしそれも僕の発議ほつぎじゃない。あんまり和田が乗りたがるから、おつき合いにちょいと乗って見たんだ。――だがあいつは楽じゃないぜ。野口のぐちのような胃弱は乗らないがい。」
「子供じゃあるまいし。木馬になんぞ乗るやつがあるもんか?」
 野口という大学教授は、青黒い松花スンホアを頬張ったなり、さげすむような笑い方をした。が、藤井は無頓着むとんじゃくに、時々和田へ目をやっては、得々とくとくと話を続けて行った。
「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時には、どうなる事かと思ったね。尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見っけものなんだ。が、その中でも目についたのは、欄干らんかんそとの見物の間に、芸者らしい女がまじっている。色の蒼白い、目のうるんだ、どこか妙な憂鬱な、――」
「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。」
 飯沼はもう一度口を挟んだ。
「だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論銀杏返いちょうがえし、なりは薄青いしまのセルに、何か更紗さらさの帯だったかと思う、とにかく花柳小説かりゅうしょうせつ挿絵さしえのような、楚々そそたる女が立っているんだ。するとその女が、――どうしたと思う? 僕の顔をちらりと見るなり、正に嫣然えんぜん一笑いっしょうしたんだ。おやと思ったがに合わない。こっちは木馬に乗っているんだから、たちまち女の前は通りすぎてしまう。誰だったかなと思う時には、もうわが赤い木馬の前へ、楽隊の連中が現れている。――」
 我々は皆笑い出した。
「二度目もやはり同じ事さ。また女がにっこりする。と思うと見えなくなる。あとはただ前後左右に、木馬がねたり、馬車が躍ったり、しからずんば喇叭らっぱがぶかぶかいったり、太鼓たいこがどんどん鳴っているだけなんだ。――僕はつらつらそう思ったね。これは人生の象徴だ。我々は皆同じように実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、つかまえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるがい。――」
「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」
 からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。
冗談じょうだんいっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あの女が笑顔えがおを見せていたのは、残念ながら僕にじゃない。賄征伐まかないせいばつの大将、リヴィングストンの崇拝家、ETC. ETC. ……ドクタア和田長平わだりょうへいにだったんだ。」
「しかしまあ哲学通りに、飛び下りなかっただけ仕合せだったよ。」
 無口な野口も冗談をいった。しかし藤井は相不変あいかわらず話を続けるのに熱中していた。
「和田のやつも女の前へ来ると、きっと嬉しそうに御時宜おじぎをしている。それがまたこう及び腰に、白い木馬にまたがったまま、ネクタイだけ前へぶらさげてね。――」
「嘘をつけ。」
 和田もとうとう沈黙を破った。彼はさっきから苦笑くしょうをしては、老酒ラオチュばかりひっかけていたのである。
「何、嘘なんぞつくもんか。――が、その時はまだいんだ。いよいよメリイ・ゴオ・ラウンドを出たとなると、和田は僕も忘れたように、女とばかりしゃべっているじゃないか? 女も先生先生といっている。まらない役まわりは僕一人さ。――」
「なるほど、これは珍談だな。――おい、君、こうなればもう今夜の会費は、そっくり君に持ってもらうぜ。」
 飯沼は大きい魚翅イウツウの鉢へ、銀のさじを突きこみながら、隣にいる和田をふり返った。
莫迦ばかな。あの女は友だちの囲いものなんだ。」
 和田は両肘りょうひじをついたまま、ぶっきらぼうにいい放った。彼の顔は見渡した所、一座の誰よりも日に焼けている。目鼻立ちも甚だ都会じみていない。その上五分刈ごぶがりに刈りこんだ頭は、ほとんど岩石のように丈夫そうである。彼は昔ある対校試合に、左のひじくじきながら、五人までも敵を投げた事があった。――そういう往年の豪傑ごうけつぶりは、黒い背広せびろに縞のズボンという、当世流行のなりはしていても、どこかにありありと残っている。
「飯沼! 君の囲い者じゃないか?」
 藤井は額越ひたいごしに相手を見ると、にやりとった人の微笑をらした。
「そうかも知れない。」
 飯沼は冷然と受け流してから、もう一度和田をふり返った。
「誰だい、その友だちというのは?」
若槻わかつきという実業家だが、――この中でも誰か知っていはしないか? 慶応けいおうか何か卒業してから、今じゃ自分の銀行へ出ている、年配も我々と同じくらいの男だ。色の白い、優しい目をした、短いひげを生やしている、――そうさな、まあ一言いちごんにいえば、風流愛すべき好男子だろう。」
若槻峯太郎わかつきみねたろう俳号はいごう青蓋せいがいじゃないか?」
 わたしは横合いから口をはさんだ。その若槻という実業家とは、わたしもつい四五日まえ、一しょに芝居を見ていたからである。
「そうだ。青蓋せいがい句集というのを出している、――あの男が小えんの檀那だんななんだ。いや、二月ふたつきほどまえまでは檀那だったんだ。今じゃ全然手を切っているが、――」
「へええ、じゃあの若槻という人は、――」
「僕の中学時代の同窓なんだ。」
「これはいよいよおだやかじゃない。」
 藤井はまた陽気な声を出した。

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