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馬の脚(うまのあし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-13 7:53:31  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集5
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1987(昭和62)年2月24日
入力に使用: 1995(平成7)年4月10日第6刷
校正に使用: 1996(平成8)年7月15日第7刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

この話の主人公は忍野半三郎おしのはんざぶろうと言う男である。生憎あいにく大した男ではない。北京ペキン三菱みつびしに勤めている三十前後の会社員である。半三郎は商科大学を卒業したのち二月目ふたつきめに北京へ来ることになった。同僚どうりょう上役うわやくの評判は格別いと言うほどではない。しかしまた悪いと言うほどでもない。まず平々凡々たることは半三郎の風采ふうさいの通りである。もう一つ次手ついでにつけ加えれば、半三郎の家庭生活の通りである。
 半三郎は二年前にある令嬢と結婚した。令嬢の名前は常子つねこである。これも生憎あいにく恋愛結婚ではない。ある親戚の老人夫婦に仲人なこうどを頼んだ媒妁ばいしゃく結婚である。常子は美人と言うほどではない。もっともまた醜婦しゅうふと言うほどでもない。ただまるまるふとったほおにいつも微笑びしょうを浮かべている。奉天ほうてんから北京ペキンへ来る途中、寝台車の南京虫なんきんむしされた時のほかはいつも微笑を浮かべている。しかももう今は南京虫に二度とされる心配はない。それは××胡同ことうの社宅の居間いま蝙蝠印こうもりじるし除虫菊じょちゅうぎく二缶ふたかん、ちゃんと具えつけてあるからである。
 わたしは半三郎の家庭生活は平々凡々を極めていると言った。実際その通りに違いない。彼はただ常子と一しょに飯を食ったり、蓄音機ちくおんきをかけたり、活動写真を見に行ったり、――あらゆる北京中ペキンじゅうの会社員と変りのない生活をいとなんでいる。しかし彼等の生活も運命の支配にれるわけにはかない。運命はある真昼の午後、この平々凡々たる家庭生活の単調を一撃のもとにうちくだいた。三菱みつびし会社員忍野半三郎は脳溢血のういっけつのために頓死とんししたのである。
 半三郎はやはりその午後にも東単牌楼トンタヌピイロオの社の机にせっせと書類を調べていた。机を向かい合わせた同僚にも格別異状などは見えなかったそうである。が、一段落ついたと見え、巻煙草まきたばこを口へくわえたまま、マッチをすろうとする拍子ひょうしに突然俯伏うつぶしになって死んでしまった。いかにもあっけない死にかたである。しかし世間は幸いにも死にかたには余り批評をしない。批評をするのは生きかただけである。半三郎もそのために格別非難を招かずにすんだ。いや、非難どころではない。上役うわやくや同僚は未亡人びぼうじん常子にいずれも深い同情をひょうした。
 同仁どうじん病院長山井博士やまいはかせ診断しんだんに従えば、半三郎の死因は脳溢血のういっけつである。が、半三郎自身は不幸にも脳溢血とは思っていない。第一死んだとも思っていない。ただいつか見たことのない事務室へ来たのに驚いている。――
 事務室の窓かけは日の光の中にゆっくりと風に吹かれている。もっとも窓の外は何も見えない。事務室のまん中の大机には白い大掛児タアクワルを着た支那人シナじんが二人、差し向かいに帳簿をらべている。一人ひとりはまだ二十はたち前後であろう。もう一人はやや黄ばみかけた、長い口髭くちひげをはやしている。
 そのうちに二十前後の支那人は帳簿へペンを走らせながら、目も挙げずに彼へ話しかけた。
「アアル・ユウ・ミスタア・ヘンリイ・バレット・アアント・ユウ?」
 半三郎はびっくりした。が、出来るだけ悠然ゆうぜん北京官話ペキンかんわの返事をした。「我はこれ日本にっぽん三菱公司みつびしこうしの忍野半三郎」と答えたのである。
「おや、君は日本人ですか?」
 やっと目を挙げた支那人はやはり驚いたようにこう言った。年とったもう一人の支那人も帳簿へ何か書きかけたまま、茫然ぼうぜんと半三郎を眺めている。
「どうしましょう? 人違いですが。」
「困る。実に困る。第一革命かくめい以来一度もないことだ。」
 年とった支那人はおこったと見え、ぶるぶる手のペンをふるわせている。
「とにかく早く返してやり給え。」
「君は――ええ、忍野君ですね。ちょっと待って下さいよ。」
 二十はたち前後の支那人は新らたに厚い帳簿をひろげ、何か口の中に読みはじめた。が、その帳簿をとざしたと思うと、前よりも一層驚いたように年とった支那人へ話しかけた。
駄目だめです。忍野半三郎君は三日前みっかまえに死んでいます。」
「三日前に死んでいる?」
「しかもあしくさっています。両脚りょうあしともももから腐っています。」
 半三郎はもう一度びっくりした。彼等の問答に従えば、第一に彼は死んでいる。第二に死後三日みっかている。第三に脚は腐っている。そんな莫迦ばかげたことのあるはずはない。現に彼の脚はこの通り、――彼は脚を早めるが早いか、思わずあっと大声を出した。大声を出したのも不思議ではない。折り目の正しい白ズボンに白靴しろぐつをはいた彼の脚は窓からはいる風のために二つとも斜めになびいている! 彼はこう言う光景を見た時、ほとんど彼の目を信じなかった。が、両手にさわって見ると、実際両脚とも、腿から下は空気を掴むのと同じことである。半三郎はとうとうしりもちをついた。同時にまた脚は――と言うよりもズボンはちょうどゴム風船のしなびたようにへなへなとゆかの上へ下りた。
「よろしい。よろしい。どうにかして上げますから。」
 年とった支那人はこう言ったのち、まだ余憤よふんの消えないように若い下役したやくへ話しかけた。
「これは君の責任だ。いかね。君の責任だ。早速上申書じょうしんしょを出さなければならん。そこでだ。そこでヘンリイ・バレットは現在どこに行っているかね?」
「今調べたところによると、急に漢口ハンカオへ出かけたようです。」
「では漢口ハンカオへ電報を打ってヘンリイ・バレットの脚を取り寄せよう。」
「いや、それは駄目でしょう。漢口から脚の来るうちには忍野君のどうが腐ってしまいます。」
「困る。実に困る。」
 年とった支那人は歎息たんそくした。何だか急に口髭くちひげさえ一層だらりとさがったようである。
「これは君の責任だ。早速上申書を出さなければならん。生憎あいにく乗客は残っていまいね?」
「ええ、一時間ばかり前に立ってしまいました。もっとも馬ならば一匹いますが。」
「どこの馬かね?」
徳勝門外とくしょうもんがい馬市うまいちの馬です。今しがた死んだばかりですから。」
「じゃその馬の脚をつけよう。馬の脚でもないよりはい。ちょっと脚だけ持って来給え。」
 二十はたち前後の支那人は大机の前を離れると、すうっとどこかへ出て行ってしまった。半三郎は三度さんどびっくりした。なんでも今の話によると、馬の脚をつけられるらしい。馬の脚などになった日には大変である。彼は尻もちをついたまま、年とった支那人に歎願した。
「もしもし、馬の脚だけは勘忍かんにんして下さい。わたしは馬は大嫌だいきらいなのです。どうか後生ごしょう一生のお願いですから、人間の脚をつけて下さい。ヘンリイなんとかの脚でもかまいません。少々くらい毛脛けずねでも人間の脚ならば我慢がまんしますから。」
 年とった支那人は気の毒そうに半三郎を見下みおろしながら、何度も点頭てんとうを繰り返した。
「それはあるならばつけて上げます。しかし人間の脚はないのですから。――まあ、災難さいなんとおあきらめなさい。しかし馬の脚は丈夫ですよ。時々蹄鉄ていてつを打ちかえれば、どんな山道でも平気ですよ。……」
 するともう若い下役したやくは馬の脚を二本ぶら下げたなり、すうっとまたどこかからはいって来た。ちょうどホテルの給仕などの長靴ながぐつを持って来るのと同じことである。半三郎は逃げようとした。しかし両脚のない悲しさには容易に腰を上げることも出来ない。そのうちに下役は彼のそばへ来ると、白靴や靴下くつしたはずし出した。
「それはいけない。馬の脚だけはよしてくれ給え。第一僕の承認をずに僕の脚を修繕しゅうぜんする法はない。……」
 半三郎のこうわめいているうちに下役はズボンの右の穴へ馬の脚を一本さしこんだ。馬の脚は歯でもあるように右のももらいついた。それから今度は左の穴へもう一本の脚をさしこんだ。これもまたかぷりと食らいついた。
「さあ、それでよろしい。」
 二十前後の支那人は満足の微笑を浮かべながら、爪の長い両手をすり合せている。半三郎はぼんやり彼の脚を眺めた。するといつか白ズボンの先には太い栗毛くりげの馬の脚が二本、ちゃんともうひづめを並べている。――
 半三郎はここまで覚えている。少くともその先はここまでのようにはっきりと記憶には残っていない。なんだか二人の支那人と喧嘩したようにも覚えている。またけわしい梯子段はしごだんころげ落ちたようにも覚えている。が、どちらも確かではない。とにかく彼はえたいの知れないまぼろしの中を彷徨ほうこうしたのちやっと正気しょうきを恢復した時には××胡同ことうの社宅にえた寝棺ねがんの中に横たわっていた。のみならずちょうど寝棺の前には若い本願寺派ほんがんじは布教師ふきょうし一人ひとり引導いんどうか何かを渡していた。
 こう言う半三郎の復活の評判ひょうばんになったのは勿論である。「順天時報じゅんてんじほう」はそのために大きい彼の写真を出したり、三段抜きの記事をかかげたりした。なんでもこの記事に従えば、喪服もふくを着た常子はふだんよりも一層にこにこしていたそうである。ある上役うわやくや同僚は無駄むだになった香奠こうでんを会費に復活祝賀会を開いたそうである。もっとも山井博士の信用だけは危険にひんしたのに違いない。が、博士は悠然ゆうぜんと葉巻の煙を輪に吹きながら、巧みに信用を恢復かいふくした。それは医学を超越ちょうえつする自然の神秘を力説したのである。つまり博士自身の信用の代りに医学の信用を抛棄ほうきしたのである。
 けれども当人の半三郎だけは復活祝賀会へ出席した時さえ、少しも浮いた顔を見せなかった。見せなかったのも勿論、不思議ではない。彼の脚は復活以来いつのにか馬の脚に変っていたのである。指の代りにひづめのついた栗毛くりげの馬の脚に変っていたのである。彼はこの脚を眺めるたびに何とも言われぬなさけなさを感じた。万一この脚の見つかった日には会社も必ず半三郎を馘首かくしゅしてしまうのに違いない。同僚どうりょうも今後の交際は御免ごめんこうむるのにきまっている。常子も――おお、「弱きものよ汝の名は女なり」! 常子も恐らくはこの例にれず、馬の脚などになった男を御亭主ごていしゅに持ってはいないであろう。――半三郎はこう考えるたびに、どうしても彼の脚だけは隠さなければならぬと決心した。和服を廃したのもそのためである。長靴をはいたのもそのためである。浴室の窓や戸じまりを厳重にしたのもそのためである。しかし彼はそれでもなお絶えず不安を感じていた。また不安を感じたのも無理ではなかったのに違いない。なぜと言えば、――
 半三郎のまず警戒したのは同僚の疑惑を避けることである。これは彼の苦心の中でも比較的楽なほうだったかも知れない。が、彼の日記によれば、やはりいつも多少の危険とたたかわなければならなかったようである。
「七月×日 どうもあの若い支那人のやつはしからぬ脚をくつけたものである。おれの脚は両方とものみ巣窟そうくつと言ってもい。俺は今日も事務をりながら、気違いになるくらいかゆい思いをした。とにかく当分は全力を挙げて蚤退治のみたいじ工夫くふうをしなければならぬ。……
「八月×日 俺は今日きょうマネエジャアの所へ商売のことを話しに行った。するとマネエジャアは話のうちにも絶えず鼻を鳴らせている。どうも俺の脚のにおいは長靴の外にも発散するらしい。……
「九月×日 馬の脚を自由に制御せいぎょすることは確かに馬術よりも困難である。俺は今日午休ひるやすみ前に急ぎの用を言いつけられたから、小走こばしりに梯子段はしごだんを走り下りた。誰でもこう言う瞬間には用のことしか思わぬものである。俺もそのためにいつのにか馬の脚を忘れていたのであろう。あっと言う間に俺の脚は梯子段の七段目を踏み抜いてしまった。……
「十月×日 俺はだんだん馬の脚を自由に制御することを覚え出した。これもやっと体得して見ると、畢竟ひっきょう腰のあい一つである。が、今日は失敗した。もっとも今日の失敗は必ずしも俺の罪ばかりではない。俺は今朝けさ九時前後に人力車じんりきしゃに乗って会社へ行った。すると車夫は十二銭の賃銭ちんせんをどうしても二十銭よこせと言う。おまけに俺をつかまえたなり、会社の門内へはいらせまいとする。俺は大いに腹が立ったから、いきなり車夫を蹴飛けとばしてやった。車夫の空中へ飛びあがったことはフット・ボオルかと思うくらいである。俺は勿論後悔こうかいした。同時にまた思わず噴飯ふんぱんした。とにかく脚を動かす時には一層細心に注意しなければならぬ。……」
 しかし同僚どうりょう瞞着まんちゃくするよりも常子の疑惑を避けることははるかに困難に富んでいたらしい。半三郎は彼の日記の中に絶えずこの困難を痛嘆している。
「七月×日 俺の大敵は常子である。俺は文化生活の必要をたてに、たった一つの日本間にほんまをもとうとう西洋間せいようまにしてしまった。こうすれば常子の目の前でも靴をがずにいられるからである。常子は畳のなくなったことを大いに不平に思っているらしい。が、靴足袋くつたびをはいているにもせよ、この脚で日本間を歩かせられるのはとうてい俺には不可能である。……
「九月×日 俺は今日道具屋にダブル・ベッドを売り払った。このベッドを買ったのはある亜米利加アメリカ人のオオクションである。俺はあのオオクションへ行った帰りに租界そかいの並み木のしたを歩いて行った。並み木のえんじゅは花盛りだった。運河の水明みずあかりも美しかった。しかし――今はそんなことに恋々れんれんとしている場合ではない。俺は昨夜ゆうべもう少しで常子の横腹をるところだった。……

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