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地獄変(じごくへん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 8:59:45  点击:  切换到繁體中文



       十

 元来良秀と云ふ男は、何でも自分のしてゐる事に嘴(くちばし)を入れられるのが大嫌ひで、先刻申し上げた蛇などもさうでございますが、自分の部屋の中に何があるか、一切さう云ふ事は弟子たちにも知らせた事がございません。でございますから、或時は机の上に髑髏(されかうべ)がのつてゐたり、或時は又、銀(しろがね)の椀や蒔絵の高坏(たかつき)が並んでゐたり、その時描いてゐる画次第で、随分思ひもよらない物が出て居りました。が、ふだんはかやうな品を、一体どこにしまつて置くのか、それは又誰にもわからなかつたさうでございます。あの男が福徳の大神の冥助を受けてゐるなどゝ申す噂も、一つは確にさう云ふ事が起りになつてゐたのでございませう。
 そこで弟子は、机の上のその異様な鳥も、やはり地獄変の屏風を描くのに入用なのに違ひないと、かう独り考へながら、師匠の前へ畏(かしこ)まつて、「何か御用でございますか」と、恭々しく申しますと、良秀はまるでそれが聞えないやうに、あの赤い唇へ舌なめずりをして、
「どうだ。よく馴れてゐるではないか。」と、鳥の方へ頤(あご)をやります。
「これは何と云ふものでございませう。私はついぞまだ、見た事がございませんが。」
 弟子はかう申しながら、この耳のある、猫のやうな鳥を、気味悪さうにじろじろ眺めますと、良秀は不相変(あひかはらず)何時もの嘲笑(あざわら)ふやうな調子で、
「なに、見た事がない? 都育ちの人間はそれだから困る。これは二三日前に鞍馬の猟師がわしにくれた耳木兎(みゝづく)と云ふ鳥だ。唯、こんなに馴れてゐるのは、沢山あるまい。」
 かう云ひながらあの男は、徐(おもむろ)に手をあげて、丁度餌を食べてしまつた耳木兎の背中の毛を、そつと下から撫で上げました。するとその途端でございます。鳥は急に鋭い声で、短く一声啼いたと思ふと、忽ち机の上から飛び上つて、両脚の爪を張りながら、いきなり弟子の顔へとびかゝりました。もしその時、弟子が袖をかざして、慌てゝ顔を隠さなかつたなら、きつともう疵(きず)の一つや二つは負はされて居りましたらう。あつと云ひながら、その袖を振つて、逐ひ払はうとする所を、耳木兎は蓋(かさ)にかかつて、嘴を鳴らしながら、又一突き――弟子は師匠の前も忘れて、立つては防ぎ、坐つては逐ひ、思はず狭い部屋の中を、あちらこちらと逃げ惑ひました。怪鳥(けてう)も元よりそれにつれて、高く低く翔(かけ)りながら、隙さへあれば驀地(まつしぐら)に眼を目がけて飛んで来ます。その度にばさ/\と、凄じく翼を鳴すのが、落葉の匂だか、滝の水沫(しぶき)とも或は又猿酒の饐(す)ゑたいきれだか何やら怪しげなものゝけはひを誘つて、気味の悪さと云つたらございません。さう云へばその弟子も、うす暗い油火の光さへ朧(おぼろ)げな月明りかと思はれて、師匠の部屋がその儘遠い山奥の、妖気に閉された谷のやうな、心細い気がしたとか申したさうでございます。
 しかし弟子が恐しかつたのは、何も耳木兎に襲はれると云ふ、その事ばかりではございません。いや、それよりも一層身の毛がよだつたのは、師匠の良秀がその騒ぎを冷然と眺めながら、徐に紙を展(の)べ筆を舐(ねぶ)つて、女のやうな少年が異形な鳥に虐(さいな)まれる、物凄い有様を写してゐた事でございます。弟子は一目それを見ますと、忽ち云ひやうのない恐ろしさに脅(おびや)かされて、実際一時は師匠の為に、殺されるのではないかとさへ、思つたと申して居りました。

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