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杜子春(とししゅん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 14:26:01  点击:  切换到繁體中文


 

あしたに北海に遊び、くれには蒼梧そうご
袖裏しゅうり青蛇せいだ胆気粗たんきそなり。
三たび岳陽に入れども、人らず。
朗吟して、飛過ひか洞庭湖どうていこ


     四

 二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞いさがりました。
 そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空なかぞらに垂れた北斗の星が、茶碗ちゃわん程の大きさに光っていました。元より人跡じんせきの絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、うしろの絶壁にえている、曲りくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。
 二人がこの岩の上に来ると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせて、
「おれはこれから天上へ行って、西王母せいおうぼに御眼にかかって来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っているがい。多分おれがいなくなると、いろいろな魔性ましょうが現れて、お前をたぶらかそうとするだろうが、たといどんなことが起ろうとも、決して声を出すのではないぞ。もし一言ひとことでも口をいたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。いか。天地が裂けても、黙っているのだぞ」と言いました。
「大丈夫です。決して声なぞは出しません。命がなくなっても、黙っています」
「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから」
 老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、夜目にも削ったような山々の空へ、一文字に消えてしまいました。
 杜子春はたった一人、岩の上に坐ったまま、しずかに星を眺めていました。するとかれこれ半時はんときばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物にとおり出した頃、突然空中に声があって、
「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。
 しかし杜子春は仙人のおしえ通り、何とも返事をしずにいました。
 ところが又暫くすると、やはり同じ声が響いて、
「返事をしないと立ちどころに、命はないものと覚悟しろ」と、いかめしくおどしつけるのです。
 杜子春は勿論黙っていました。
 と、どこから登って来たか、爛々らんらんと眼を光らせたとらが一匹、忽然こつぜんと岩の上にのぼり上って、杜子春の姿をにらみながら、一声高くたけりました。のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、はげしくざわざわ揺れたと思うと、うしろの絶壁の頂からは、四斗樽しとだる程の白蛇はくだが一匹、炎のような舌を吐いて、見る見る近くへ下りて来るのです。
 杜子春はしかし平然と、眉毛まゆげも動かさずに坐っていました。
 虎と蛇とは、一つ餌食えじきねらって、互にすきでもうかがうのか、暫くは睨合いのていでしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎のきばまれるか、蛇の舌にまれるか、杜子春の命はまたたく内に、なくなってしまうと思った時、虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消えせて、後には唯、絶壁の松が、さっきの通りこうこうと枝を鳴らしているばかりなのです。杜子春はほっと一息しながら、今度はどんなことが起るかと、心待ちに待っていました。
 すると一陣の風が吹き起って、墨のような黒雲が一面にあたりをとざすや否や、うす紫の稲妻がやにわに闇を二つに裂いて、すさまじくらいが鳴り出しました。いや、雷ばかりではありません。それと一しょにたきのような雨も、いきなりどうどうと降り出したのです。杜子春はこの天変のなかに、恐れもなく坐っていました。風の音、雨のしぶき、それから絶え間ない稲妻の光、――暫くはさすがの峨眉山も、くつがえるかと思う位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴がとどろいたと思うと、空にうず巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちかかりました。
 杜子春は思わず耳を抑えて、一枚岩の上へひれ伏しました。が、すぐに眼を開いて見ると、空は以前の通り晴れ渡って、向うにそびえた山々の上にも、茶碗ほどの北斗の星が、やはりきらきら輝いています。して見れば今の大あらしも、あの虎や白蛇と同じように、鉄冠子の留守をつけこんだ、魔性の悪戯いたずらに違いありません。杜子春はようやく安心して、額の冷汗ひやあせぬぐいながら、又岩の上に坐り直しました。
 が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ、金のよろい着下きくだした、身のたけ三丈もあろうという、おごそかな神将が現れました。神将は手に三叉みつまたほこを持っていましたが、いきなりその戟の切先きっさきを杜子春のむなもとへ向けながら、眼をいからせて叱りつけるのを聞けば、
「こら、その方は一体何物だ。この峨眉山という山は、天地開闢かいびゃくの昔から、おれが住居すまいをしている所だぞ。それもはばからずたった一人、ここへ足を踏み入れるとは、よもや唯の人間ではあるまい。さあ命が惜しかったら、一刻も早く返答しろ」と言うのです。
 しかし杜子春は老人の言葉通り、黙然もくねんと口をつぐんでいました。
「返事をしないか。――しないな。好し。しなければ、しないで勝手にしろ。その代りおれの眷属けんぞくたちが、その方をずたずたにってしまうぞ」
 神将は戟を高く挙げて、向うの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空に充満みちみちて、それが皆やりや刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。
 この景色を見た杜子春は、思わずあっと叫びそうにしましたが、すぐに又鉄冠子の言葉を思い出して、一生懸命に黙っていました。神将は彼が恐れないのを見ると、おこったの怒らないのではありません。
「この剛情者め。どうしても返事をしなければ、約束通り命はとってやるぞ」
 神将はこうわめくが早いか、三叉の戟をひらめかせて、一突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。勿論この時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音と一しょに、夢のように消え失せた後だったのです。
 北斗の星は又寒そうに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁の松も前に変らず、こうこうと枝を鳴らせています。が、杜子春はとうに息が絶えて、仰向あおむけにそこへ倒れていました。

     五

 杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静に体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。
 この世と地獄との間には、闇穴道あんけつどうという道があって、そこは年中暗い空に、氷のような冷たい風がぴゅうぴゅう吹きすさんでいるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯の葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿しんらでんというがくかかった立派な御殿の前へ出ました。
 御殿の前にいた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまわりを取りいて、きざはしの前へ引き据えました。階の上には一人の王様が、まっ黒なきものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりを睨んでいます。これは兼ねてうわさに聞いた、閻魔えんま大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへひざまずいていました。
「こら、その方は何のために、峨眉山の上へ坐っていた?」
 閻魔大王の声はらいのように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、ふと又思い出したのは、「決して口をくな」という鉄冠子のいましめの言葉です。そこで唯かしらを垂れたまま、おしのように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄のしゃくを挙げて、顔中のひげを逆立てながら、
「その方はここをどこだと思う? すみやかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責かしゃくわせてくれるぞ」と、威丈高いたけだかののしりました。
 が、杜子春は相変らずくちびる一つ動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一度にかしこまって、たちまち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上りました。
 地獄には誰でも知っている通り、つるぎの山や血の池の外にも、焦熱地獄というほのおの谷や極寒ごくかん地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代る代る杜子春をほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮をがれるやら、鉄のきねかれるやら、油のなべに煮られるやら、毒蛇に脳味噌のうみそを吸われるやら、熊鷹くまたかに眼を食われるやら、――その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦せめくわされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言ひとことも口を利きませんでした。
 これにはさすがの鬼どもも、あきれ返ってしまったのでしょう。もう一度よるのような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春をきざはしの下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、
「この罪人はどうしても、ものを言う気色けしきがございません」と、口をそろえて言上ごんじょうしました。
 閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、
「この男の父母ちちははは、畜生道ちくしょうどうに落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。
 鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上りました。と思うと、又星が流れるように、二匹のけものを駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは二匹とも、形は見すぼらしいせ馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。
「こら、その方は何のために、峨眉山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ」
 杜子春はこうおどされても、やはり返答をしずにいました。
「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合が好ければ、いと思っているのだな」
 閻魔大王は森羅殿もくずれる程、すさまじい声でわめきました。
「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」
 鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄のむちをとって立ち上ると、四方八方から二匹の馬を、未練未釈みしゃくなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所きらわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、――畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮べたまま、見てもいられない程いななき立てました。
「どうだ。まだその方は白状しないか」
 閻魔大王は鬼どもに、暫く鞭の手をやめさせて、もう一度杜子春の答を促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えにきざはしの前へ、倒れ伏していたのです。
 杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。
「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何とおっしゃっても、言いたくないことは黙って御出おいで」
 それはたしかに懐しい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼をあきました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、うら気色けしきさえも見せないのです。大金持になれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志でしょう。何という健気けなげな決心でしょう。杜子春は老人の戒めも忘れて、まろぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬のくびを抱いて、はらはらと涙を落しながら、「おっかさん」と一声を叫びました。…………

     六

 その声に気がついて見ると、杜子春はやはり夕日を浴びて、洛陽の西の門の下に、ぼんやりたたずんでいるのでした。霞んだ空、白い三日月、絶え間ない人や車の波、――すべてがまだ峨眉山へ、行かない前と同じことです。
「どうだな。おれの弟子になったところが、とても仙人にはなれはすまい」
 片目すがめの老人は微笑を含みながら言いました。
「なれません。なれませんが、しかしわたしはなれなかったことも、かえって嬉しい気がするのです」
 杜子春はまだ眼に涙を浮べたまま、思わず老人の手を握りました。
「いくら仙人になれたところが、私はあの地獄の森羅殿の前に、鞭を受けている父母を見ては、黙っている訳には行きません」
「もしお前が黙っていたら――」と鉄冠子は急におごそかな顔になって、じっと杜子春を見つめました。
「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ。――お前はもう仙人になりたいというのぞみも持っていまい。大金持になることは、元より愛想がつきたはずだ。ではお前はこれから後、何になったらいと思うな」
「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです」
 杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子がこもっていました。
「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前にはわないから」
 鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、
「おお、さいわい、今思い出したが、おれは泰山たいざんの南のふもとに一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住まうが好い。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」と、さも愉快そうにつけ加えました。





底本:「蜘蛛の糸・杜子春」新潮文庫、新潮社
   1968(昭和43)年11月15日発行
   1989(平成元)年5月30日46刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2005年1月7日作成
2005年11月23日修正
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