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桃太郎(ももたろう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-18 15:42:14  点击:  切换到繁體中文



        三

 鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだった訣(わけ)ではない。実は椰子(やし)の聳(そび)えたり、極楽鳥(ごくらくちょう)の囀(さえず)ったりする、美しい天然(てんねん)の楽土(らくど)だった。こういう楽土に生(せい)を享(う)けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽(きょうらく)的に出来上った種族らしい。瘤(こぶ)取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師(いっすんぼうし)[#ルビの「いっすんぼうし」は底本では「いっすんぽうし」]の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣(ものもう)での姫君に見とれていたらしい。なるほど大江山(おおえやま)の酒顛童子(しゅてんどうじ)や羅生門(らしょうもん)の茨木童子(いばらぎどうじ)は稀代(きだい)の悪人のように思われている。しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路(すざくおおじ)を愛する余り、時々そっと羅生門へ姿を露(あら)わしたのではないであろうか? 酒顛童子も大江山の岩屋(いわや)に酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人(にょにん)を奪って行ったというのは――真偽(しんぎ)はしばらく問わないにもしろ、女人自身のいう所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、――わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光(らいこう)や四天王(してんのう)はいずれも多少気違いじみた女性崇拝家(すうはいか)ではなかったであろうか?
 鬼は熱帯的風景の中(うち)に琴(こと)を弾(ひ)いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、頗(すこぶ)る安穏(あんのん)に暮らしていた。そのまた鬼の妻や娘も機(はた)を織ったり、酒を醸(かも)したり、蘭(らん)の花束を拵(こしら)えたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。殊にもう髪の白い、牙(きば)の脱(ぬ)けた鬼の母はいつも孫の守(も)りをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。――
「お前たちも悪戯(いたずら)をすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい? 人間というものは角(つの)の生(は)えない、生白(なまじろ)い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面に鉛(なまり)の粉(こ)をなすっているのだよ。それだけならばまだ好(い)いのだがね。男でも女でも同じように、※(「言+虚」、第4水準2-88-74)(うそ)はいうし、欲は深いし、焼餅(やきもち)は焼くし、己惚(うぬぼれ)は強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒(どろぼう)はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」

        四

 桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒(かなぼう)を忘れたなり、「人間が来たぞ」と叫びながら、亭々(ていてい)と聳(そび)えた椰子(やし)の間を右往左往(うおうざおう)に逃げ惑(まど)った。
「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
 桃太郎は桃の旗(はた)を片手に、日の丸の扇を打ち振り打ち振り、犬猿雉(いぬさるきじ)の三匹に号令した。犬猿雉の三匹は仲の好(い)い家来(けらい)ではなかったかも知れない。が、饑(う)えた動物ほど、忠勇無双(むそう)の兵卒の資格を具えているものはないはずである。彼等は皆あらしのように、逃げまわる鬼を追いまわした。犬はただ一噛(ひとか)みに鬼の若者を噛み殺した。雉も鋭い嘴(くちばし)に鬼の子供を突き殺した。猿も――猿は我々人間と親類同志の間がらだけに、鬼の娘を絞殺(しめころ)す前に、必ず凌辱(りょうじょく)を恣(ほしいまま)にした。……
 あらゆる罪悪の行われた後(のち)、とうとう鬼の酋長(しゅうちょう)は、命をとりとめた数人の鬼と、桃太郎の前に降参(こうさん)した。桃太郎の得意は思うべしである。鬼が島はもう昨日(きのう)のように、極楽鳥(ごくらくちょう)の囀(さえず)る楽土ではない。椰子(やし)の林は至るところに鬼の死骸(しがい)を撒(ま)き散らしている。桃太郎はやはり旗を片手に、三匹の家来(けらい)を従えたまま、平蜘蛛(ひらぐも)のようになった鬼の酋長へ厳(おごそ)かにこういい渡した。
「では格別の憐愍(れんびん)により、貴様(きさま)たちの命は赦(ゆる)してやる。その代りに鬼が島の宝物(たからもの)は一つも残らず献上(けんじょう)するのだぞ。」
「はい、献上致します。」
「なおそのほかに貴様の子供を人質(ひとじち)のためにさし出すのだぞ。」
「それも承知致しました。」
 鬼の酋長はもう一度額(ひたい)を土へすりつけた後、恐る恐る桃太郎へ質問した。
「わたくしどもはあなた様に何か無礼(ぶれい)でも致したため、御征伐(ごせいばつ)を受けたことと存じて居ります。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点(がてん)が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお明(あか)し下さる訣(わけ)には参りますまいか?」
 桃太郎は悠然(ゆうぜん)と頷(うなず)いた。
「日本一(にっぽんいち)[#ルビの「にっぽんいち」は底本では「にっぼんいち」]の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱(かか)えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」
「ではそのお三(さん)かたをお召し抱えなすったのはどういう訣(わけ)でございますか?」
「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子(きびだんご)をやっても召し抱えたのだ。――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」
 鬼の酋長は驚いたように、三尺ほど後(うしろ)へ飛び下(さが)ると、いよいよまた丁寧(ていねい)にお時儀(じぎ)をした。

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