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薬(くすり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 15:50:30  点击:  切换到繁體中文



        二

 老栓は歩いて我家わがやに来た。店の支度はもうちゃんと出来ていた。茶卓は一つ一つ拭き込んで、てらてらに光っていたが、客はまだ一人も見えなかった。小栓は店の隅の卓子テーブルに向って飯を食っていた。見るとひたいの上から大粒の汗がころげ落ち、左右の肩骨が近頃めっきり高くなって、背中にピタリとついている夾襖あわせの上に、八字の皺が浮紋うきもんのように飛び出していた。老栓はのびていた眉宇まゆがしらを思わずしかめた。華大媽はかまどの下から出て来て脣を顫わせながら
「取れましたか」
 ときいた。
「取れたよ」
 と老栓は答えた。
 二人は一緒に竈の下へ行って何か相談したが、まもなく華大媽は外へ出て一枚の蓮の葉を持ってかえりテーブルの上に置いた。老栓は提灯の中から赤い饅頭を出して蓮の葉に包んだ。
 飯を済まして小栓は立上ると華大媽は慌てて声を掛け
「小栓や、お前はそこにすわっておいで。こっちへ来ちゃいけないよ」
 と吩咐いいつけながら竈の火を按排した。そのそばで老栓は一つの青いつつみと、一つの紅白の破れ提灯を一緒にして竈の中に突込むと、赤黒い※(「(勹/臼)+炎」、第3水準1-87-64)ほのおが渦を巻き起し、一種異様な薫りが店の方へ流れ出した。
「いい匂いだね。お前達は何を食べているんだえ。朝ッぱらから」
 駝背せむし五少爺ごだんなが言った。この男は毎日ここの茶館に来て日を暮し、一番早く来て一番遅く帰るのだが、この時ちょうど店の前へ立ち往来に面した壁際のいつもの席に腰をおろした。彼は答うる人がないので
「炒り米のお粥かね」
 と訊き返してみたが、それでも返辞がない。
 老栓はいそいそ出て来て、彼にお茶を出した。
「小栓、こっちへおいで」
 と華大媽は倅をび込んだ。奥の間のまんなかには細長い腰掛が一つ置いてあった。小栓はそこへ来て腰を掛けると母親は真黒まっくろな円いものを皿の上へ載せて出した。
「さあお食べ――これを食べると病気がなおるよ」
 この黒い物を撮み上げた小栓はしばらく眺めているうちに自分の命を持って来たような、いうにいわれぬ奇怪な感じがして、恐る恐る二つに割ってみると、黒焦げの皮の中から白い湯気ゆげが立ち、湯気が散ってしまうと、半分ずつの白い饅頭に違いなかった。――それがいつのまにか、残らずはらの中に入ってしまって、どんな味がしたのだがまるきり忘れていると、眼の前にただ一枚の空皿あきざらが残っているだけで彼のそばには父親と母親が立っていた。二人の眼付めつきは皆一様に、彼の身体に何物かをぎ込み、彼の身体から何物かを取出そうとするらしい。そう思うと抑え難き胸騒ぎがしてまた一しきり咳嗽込んだ。
「横になって休んで御覧。――そうすれば好くなります」
 小栓は母親の言葉に従って咳嗽りながら睡った。
 華大媽は彼の咳嗽の静まるのを待って、ツギハギの夜具をそのうえに掛けた。

        三

 店の中には大勢の客が坐っていた。老栓は忙しそうに大薬鑵おおやかんを提げて一さし、一さし、銘々のお茶をいで歩いた。彼の両方の※(「目+匡」、第3水準1-88-81)まぶたは黒い輪に囲まれていた。
「老栓、きょうはサッパリ元気がないね。病気なのかえ」
 と胡麻塩ひげの男がきいた。
「いいえ」
「いいえ? そうだろう。にこにこしているからな。いつもとは違う」
 胡麻塩ひげは自分で自分の言葉を取消した。
「老栓は急がしいのだよ。倅のためにね……」
 駝背の五少爺がもっと何か言おうとした時、顔じゅうこぶだらけの男がいきなり入って来た。真黒まっくろの木綿著物――胸の釦をはずして幅広の黒帯をだらしなく腰のまわりにくくりつけ、入口へ来るとすぐに老栓に向ってどなった。
「食べたかね。好くなったかね。老栓、お前は運気がいい」
 老栓は片ッ方の手を薬鑵に掛け、片ッぽの手を恭々うやうやしく前に垂れて聴いていた。華大媽もまた眼のふちを黒くしていたが、この時にこにこして茶碗と茶の葉を持って来て、茶碗の中に橄欖かんらんの実を撮み込んだ。老栓はすぐにその中に湯をさした。
「あのパオは上等だ、ほかのものとは違う。ねえそうだろう。熱いうちに持って来て、熱いうちに食べたからな」
 と瘤の男は大きな声を出した。
「本当にねえ、こうおじさんのお蔭で旨く行きましたよ」
 華大媽はしんから嬉しそうにお礼を述べた。
「いいパオだ。全くいいパオだ。ああいう熱い奴を食べれば、ああいう血饅頭はどんな癆症ろうしょうにもきく」
 華大媽は「癆症」といわれて少し顔色を変え、いくらか不快であるらしかったが、すぐにまた笑い出した。そうとは知らず康おじさんはがねのような声を出して喋りつづけた。あまり声が大きいので奥に寝ていた小栓は眼を覚ましてさかんに咳嗽はじめた。
「お前のうちの小栓が、こういう運気に当ってみれば、あの病気はきっと全快するにちがいない、道理で老栓はきょうはにこにこしているぜ」
 と胡麻塩ひげは言った。彼は康おじさんの前に言って小声になって訊いた。
「康おじさん、きょう死刑になった人は夏家かけの息子だそうだが、誰の生んだ子だえ。一体なにをしたのだえ」
「誰って、きまってまさ。夏四※(「女+乃」、第4水準2-5-41)※(「女+乃」、第4水準2-5-41)かしナイナイの子さ。あの餓鬼め」
 康おじさんはみんなが耳朶みみたぶを引立てているのを見て、おおいに得意になって瘤のかたまりがハチ切れそうな声を出した。
「あの小わッぱめ。命が惜しくねえのだ。命が惜しくねえのはどうでもいいが、乃公おれは今度ちっともいいことはねえ。正直のところ、引ッがした著物まで、赤眼の阿義あぎにやってしまった。まあそれも仕方がねえや。第一は栓じいさんの運気を取逃がさねえためだ。第二は夏三爺かだんなから出る二十五両の雪白々々シュパシュパの銀をそっくり乃公おれ巾著きんちゃくの中に納めて一文もつかわねえ算段だ」
 小栓はしずしずと小部屋の中から歩き出し、両手を以て胸をおさえてみたが、なかなか咳嗽がとまりそうもない。そこで竈の下へ行ってお碗に冷飯ひやめしを盛り、熱い湯をかけてべた。
 華大媽はそばへ来てこっそり訊ねた。
「小栓、少しは楽になったかえ。やッぱりおなかが空くのかえ」
「いいパオだ。いいパオだ」
 と康おじさんは小栓をちらりと見て、みなの方に顔を向け
「夏三爺はすばしッこいね。もし前に訴え出がなければ今頃はどんな風になるのだろう。一家一門は皆殺されているぜ。お金!――あの小わッぱめ。本当に大それた奴だ。牢に入れられても監守に向ってやっぱり謀叛むほんを勧めていやがる」
「おやおや、そんなことまでもしたのかね」
 後ろの方の座席にいた二十にじゅう余りの男は憤慨の色を現わした。
「まあ聴きなさい。赤眼の阿義が訊問にゆくとね。あいつはいい気になって釣り込もうとしやがる。あいつの話では、この大清だいしんの天下はわれわれの物、すなわちみなの物だというのだ。ねえ君、これが人間の言葉と思えるかね。赤眼はあいつの家にたった一人のお袋がいることを前から承知している。そりゃ困っているにはちがいないが、搾り出しても一滴の油が出ないので腹を欠いているところへ、あいつが虎の頭を掻いたから堪らない。たちまちポカポカと二つほど頂戴したぜ」
義哥あにきは棒使いの名人だ。二つも食ったら参っちまうぜ」
 壁際の駝背がハシャギ出した。
「ところがあの馬の骨め、打たれても平気で、可憐かわいそうだ。可憐かわいそうだ、と抜かしやがるんだ」
「あんな奴を打ったって、可憐かわいそうも糞もあるもんか」
 胡麻塩ひげは言った。
 康おじさんは彼の穿きちがえを冷笑した。
「お前さんは乃公おれの話がよく分らないと見えるな。あいつの様子を見ると、可憐かわいそうというのは阿義のことだ」
 聴いていた人の眼付はたちまちにぶって来た。小栓はその時、飯を済まして汗みずくになり、頭の上からポッポッと湯気を立てた。
「阿義が可憐かわいそうだって――馬鹿々々しい。つまり気が狂ったんだな」
 胡麻塩ひげはおおいにわかったつもりで言った。
「気が狂ったんだ」
 と、二十はたち余りの男も言った。
 店の中の客は景気づいてみな高笑いした。小栓も賑やかな道連れになって懸命に咳嗽をした。康おじさんは小栓の前へ行って彼の肩を叩き
「いいパオだ! 小栓――お前、そんなに咳嗽いてはいかんぞ、いいパオだ!」
気狂きちがいだ」
 と駝背の五少爺も合点がてんして言った。


 

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