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故郷(こきょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 15:53:37  点击:  切换到繁體中文


「おやまた誰か来たよ。木器もくき買うと言っては手当り次第に持って行くんだから、わたしがちょっと見て来ましょう」
 母が出て行くと門外の方で四五人の女の声がした。わたしは宏兒をそばんで彼と話をした。字が書けるか、このうちを出て行きたいと思うか、などということを訊いてみた。
「わたしどもは汽車に乗ってゆくのですか」
「汽車に乗ってゆくんだよ」
「船は?」
「まず船に乗るんだ」
「おや、こんなになったんですかね。お鬚がまあ長くなりましたこと」
 一種尖ったおかしな声が突然わめき出した。
 わたしは喫驚びっくりして頭を上げると、頬骨の尖った唇の薄い、五十前後の女が一人、わたしの眼の前に突立っていた。袴も無しに股引穿ももひきばきの両足を踏ん張っている姿は、まるで製図器のコンパスみたいだ。
 わたしはぎょっとした。
「解らないかね、わたしはお前を抱いてやったことが幾度もあるよ」
 わたしはいよいよ驚いたが、いい塩梅にすぐあとから母が入って来てそばから
「この人は永い間外に出ていたから、みんな忘れてしまったんです。お前、覚えておいでだろうね」
 とわたしの方へ向って
「これはすじ向うの楊二嫂ようにそうだよ。そら豆腐屋さんの」
 おおそう言われると想い出した。わたしの子供の時分、すじ向うの豆腐屋の奥に一日坐り込んでいたのがたしか楊二嫂とか言った。彼女は近処きんじょで評判の「豆腐西施せいし」で白粉おしろいをコテコテ塗っていたが、頬骨もこんなに高くはなく、唇もこんなに薄くはなく、それにまたいつも坐っていたので、こんな分廻ぶんまわしのような姿勢を見るのはわたしも初めてで、その時分彼女があるためにこの豆腐屋の商売が繁盛するという噂をきいていたが、それも年齢の関係で、わたしはいまだかつて感化を受けたことがないからまるきり覚えていない。ところがコンパス西施はわたしに対してはなはだ不平らしく、たちまち侮りの色を現し、さながらフランス人にしてナポレオンを知らず、亜米利加アメリカ人にしてワシントンを知らざるを嘲る如く冷笑した。
「忘れたの? 出世すると眼の位まで高くなるというが、本当だね」
「いえ、決してそんなことはありません、わたし……」
 わたしは慌てて立上がった。
「そんならじんちゃん、お前さんに言うがね。お前はお金持になったんだから、引越しだってなかなか御大層だ。こんな我楽多がらくた道具なんか要るもんかね。わたしに譲っておくれよ、わたしども貧乏人こそ使い道があるわよ」
「わたしは決して金持ではありません。こんなものでも売ったら何かの足しまえになるかと思って……」
「おやおやお前は結構な道台おやくめさえも捨てたという話じゃないか。それでもお金持じゃないの? お前は今三人のおめかけさんがあって、外に出る時には八人かつきの大轎おおかごに乗って、それでもお金持じゃないの? ホホ何と被仰おっしゃろうが、私をだますことは出来ないよ」
 わたしは話のしようがなくなって口を噤んで立っていると
「全くね、お金があればあるほど塵ッ葉一つ出すのはいやだ。塵ッ葉一つ出さなければますますお金が溜るわけだ」
 コンパスはむっとして身を翻し、ぶつぶつ言いながら出て行ったが、なお、行きがけの駄賃に母の手袋を一双、素早く掻っ払ってズボンの腰に捻じ込んで立去った。
 そのあとで近処の本家や親戚の人達がわたしを訪ねて来たので、わたしはそれに応酬しながら暇をぬすんで行李こうりをまとめ、こんなことで三四日も過した。
 非常に寒い日の午後、わたしは昼飯を済ましてお茶を飲んでいると、外から人が入って来た。見ると思わず知らず驚いた。この人はほかでもない閏土であった。わたしは一目見てそれと知ったが、それは記憶の上の閏土ではなかった。身の丈けは一倍も伸びて、紫色の丸顔はすでに変じてどんよりと黄ばみ、額には溝のような深皺が出来ていた。目許は彼の父親ソックリで地腫れがしていたが、これはわたしも知っている。海辺地方の百姓は年じゅう汐風に吹かれているので皆が皆こんな風になるのである。彼の頭の上には破れた漉羅紗帽が一つ、身体の上にはごく薄い棉入れが一枚、そのこなしがいかにも見すぼらしく、手に紙包と長煙管ながぎせるを持っていたが、その手もわたしの覚えていた赤く丸い、ふっくらしたものではなく、荒っぽくざらざらして松皮まつかわのような裂け目があった。
 わたしは非常に亢奮して何と言っていいやら
「あ、閏土さん、よく来てくれた」
 とまず口を切って、続いて連珠の如く湧き出す話、角鶏、飛魚、貝殻、土竜……けれど結局何かに弾かれたような工合ぐあいになって、ただ頭の中をぐるぐる廻っているだけで口外へ吐き出すことが出来ない。
 彼はのそりと立っていた。顔の上には喜びと淋しさを現わし、唇は動かしているが声が出ない。彼の態度は結局敬い奉るのであった。
「旦那様」
 と一つハッキリ言った。わたしはぞっとして身顫いが出そうになった。なるほどわたしどもの間にはもはや悲しむべき隔てが出来たのかと思うと、わたしはもう話も出来ない。
 彼は頭を後ろに向け
水生すいせいや、旦那様にお辞儀をしなさい」
 と背中にかくれている子供を引出した。これはちょうど三十年前の閏土と同じような者であるが、それよりずっと痩せ黄ばんで頸のまわりに銀の輪がない。
「これは五番目の倅ですが、人様の前に出たことがありませんから、はにかんで困ります」
 母は宏兒を連れて二階から下りて来た。大方われわれの話声はなしごえを聞きつけて来たのだろう。閏土は丁寧に頭をげて
「大奥様、お手紙を有難く頂戴致しました。わたしは旦那様がお帰りになると聞いて、何しろハアこんな嬉しいことは御座いません」
「まあお前はなぜそんな遠慮深くしているの、せんにはまるで兄弟のようにしていたじゃないか。やっぱり昔のように迅ちゃんとお言いよ」
 母親はいい機嫌であった。
「奥さん、今はそんなわけにはゆきません。あの時分は子供のことで何もかも解りませんでしたが」
 閏土はそう言いながら子供を前に引出してお辞儀をさせようとしたが、子供ははずかしがって背中にこびりついて離れない。


 

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