海野十三全集 第9巻 怪鳥艇 |
三一書房 |
1988(昭和63)年10月30日 |
1988(昭和63)年10月30日第1版第1刷 |
1988(昭和63)年10月30日第1版第1刷 |
世界一の潜水艇
みなさんは、潜水艇というものを知っていますね。
潜水艇は、海中ふかくもぐることの出来る船です。わが海軍がもっているのは、潜水艦といいますが、これは世界一のりっぱなものです。潜水艇がりっぱなだけではなく、それにのりくんでいる海軍の士官や水兵さんや機関兵さんたちもりっぱで、これも世界一です。
私がこれからお話ししようと思いますのは、「豆」という名をもった小さい潜水艇の話です。
もっとも、豆潜水艇という名は、この豆潜水艇の発明者であり、これをつくりあげた青木学士がつけた名前ですが、その青木学士と大の仲よしの水上春夫少年は、これを豆潜水艇といわないで、ジャガイモ潜水艇といっています。
ここで、ちょっと二人のこえをおきかせしましょう。二人がいいあっているところは、その豆潜水艇がおいてある青木造船所の中です。
「おい春夫君。君は、この潜水艇のことを、ジャガイモ艇などとわる口をいうが、なぜ、ぼくがいうとおり、豆艇とよばないのかね」
「だって、青木さん。豆というものは、だいたい丸いですよ。ところが、青木さんのつくった潜水艇は、でこぼこしているから豆じゃなくて、ジャガイモですよ」
「でこぼこしているって。なるほど、それはそうだ。舵がついていたり、潜望鏡といって潜水艇の目の役をするものをとりつける台があったり、それから長い鎖のついたうきがとりつけてあったり、すこしはでこぼこしているよ。しかしとにかく、海軍の潜水艦にくらべると、たいへん小さい。豆潜水艇の中のひろさは、バスぐらいしかないから、ずいぶん小さいではないか。だから、豆のように小さい潜水艇、つまり豆潜水艇といっていいじゃないか」
「だって、青木さん。ぼくには、でこぼこしているところが、気になるんですよ。どう考えてみても、やっぱりジャガイモ艇だなあ」
「いや、豆潜水艇だよ」
豆がほんとうか、それともジャガイモがほんとうか。青木学士と春夫君のことばあらそいは、どこまでいっても、きりがつきません。
だから、そのきまりは、もっとあとにつけることにして、私はここで、二人とも、まだ気がついていない一大事について、皆さんにお話いたしましょう。
皆さん、ここは東京の山の手にある大きな洋館のなかです。
森にかこまれたこの洋館は、たいへんしずかです。
窓のそとは、まっくらな夜です。そして、ほうほうと、森の中からふくろうの鳴いているこえがきこえます。
部屋には、明るく電灯がついています。そして三人の西洋人が、大きな椅子にこしをかけて、お酒をのみながら、話をしています。
「むずかしいのは、わかっているよ。しかし、われわれはどうしても、命令にしたがって、やるほかない」
三人のうちで、一ばんえらい人が、英語でそういいました。この人は、たいへんやせぎすですが、一ばんりっぱな顔をしています。
「しかしタムソン部長。あれだけ大きいものをもちだすのは、なかなかですよ」
軍人のように、がっちりしたからだをしている西洋人が、両手を一ぱいにひろげました。この人の顔は、酒のためにまっかです。
「スミス君。われわれは今、大きいだの、おもいだの言っていられないのだ。本国の命令で、ぬすめといわれたのだから、ぬすむよりしかたがない。そうじゃないかねえ、トニー君」
と、タムソン部長は、もう一人の、女のようにやさしい顔つきの青年によびかけました。
「はい。部長のおっしゃるとおりです。命令ですから、やるほかありません。早く、どうしてそれをぬすみだすか、その方法をごそうだんしようじゃありませんか」
「いや、トニーの言葉だけれど、いくらぬすむといっても、かりにも潜水艇一隻だ。あんな大きなものをぬすめると思っては、まちがいだ」
この話から考えると、三人は潜水艇をぬすむ話をしているのです。そしてその潜水艇というのは、じつはさっきお話しした青木学士のつくった豆潜水艇のことなのでありました。だからこれはたいへんです。
「考えれば、きっといいちえが出てくるものだ。およそ世の中に、人間がちえをしぼって、できないことはない。さあ、三人でちえを出そうじゃないか」
と、タムソン部長は、二人をはげましながら、酒のはいったびんをとりあげて、二人のまえのさかづきに、酒をついでやりました。
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