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蔦の門(つたのもん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 7:57:41  点击:  切换到繁體中文



 ひろ子の家は二筋三筋へだたつた町通りに小さい葉茶屋の店を出してゐた。あががまちと店の左横にさゝやかな陳列硝子ガラス戸棚を並べ、その中に進物用の大小の円鑵まるかんや、包装した箱が申訳もうしわけだけに並べてあつた。
 楽焼らくやき煎茶せんちゃ道具一揃ひとそろひに、茶の湯用のうるし塗りのなつめや、竹の茶筅ちゃせんほこりかむつてゐた。右側と衝き当りに三段の棚があつて、上の方には紫の紐附ひもつき玉露ぎょくろの小つぼが並べてあるが、それと中段の煎茶の上等が入れてある中壺は滅多めったに客の為めふたが開けられることはなく、売れるのは下段の大壺の番茶が主だつた。徳用の浜茶や粉茶も割合に売れた。
 玉露の壺は単に看板で、中には何も入つてなく、上茶も飛切りは壺へ移す手数を省いて一々、静岡の仕入れ元から到着した錫張すずばりの小箱の積んであるのをあれやこれやと探し廻つてようやく見付け出し、それからはかつて売つてれる。だから時間を待たして仕様がないと老婢ろうひまきは言つた。
「おや、おまへ、まだ、あすこの店へお茶を買ひに行くの」と私はいてみた。「あすこの店はおまへの敵役かたきやくの子供がゐる家ぢやない」
 すると、まきは照れ臭さうに眼を伏せて
「はあ、でも、量りがようございますから」
 と、せい/″\頭を使つて言つた。私は多少思ひ当るふしが無いでもなかつた。
 蔦の芽が摘まれた事件があつた日から老婢まきは、急に表門の方へ神経質になつて表門の方に少しでも子供の声がすると「また、ひろ子のやつが――」と言つて飛出して行つた。
 事実、その後も二三回、子供たちの同じやうな所業があつたが、しかし、一月もたぬうちに老婢の警戒と、また私が予言したやうに子供の飽きつぽさから、その事は無くなつて、門の蔦の芽は摘まれた線より新らしい色彩で盛んに生え下つて来た。初蝉はつぜみが鳴き金魚売りが通る。それでも子供の声がすると「また、ひろ子のやつが――」とつぶやきながらまきは駆け出して行つた。
 子供たちは遊び場を代へたらしい。門前に子供の声は聞えなくなつた。老婢ろうひは表へ飛出す目標を失つて、しよんぼり見えた。用もなく、くりやの涼しい板の間にぺたんとすわつてゐるときでも急に顔をしわめ、
「ひろ子のやつめ、――ひろ子のやつめ、――」
 と独り言のやうに言つてゐた。私は老婢がさん/″\小言こごとを云つたやうなきつかけでかえつて老婢の心にあの少女がからみ、せめて少女の名でも口に出さねば寂しいのではあるまいかとも推察した。
 だから、この老婢がわざ/\幾つも道を越える不便を忍んで少女の店へ茶を求めに行く気持ちもめなくはなく、老婢のつたない言訳もひて追及せず
「さう、それは好い。ひろ子も蔦をむしらなくなつたし、ひいきにしておやり」
 私の取りしてやつた言葉に調子づいたものか老婢は、大びらでひろ子の店に通ひ、ひろ子の店の事情をいろ/\私に話すのであつた。
 私の家は割合に茶を使ふ家である。酒を飲まない家族の多くは、心気の転換や刺激の料に新らしくしば/\茶を入れかへた。老婢は月に二度以上もひろ子の店を訪ねることが出来た。
 まきの言ふところによるとひろ子の店は、ひろ子の親の店には違ひないが、父母は早く歿ぼっし、みなしのひろ子のために、伯母おば夫婦が入つて来て、家の面倒をみてゐるのだつた。伯父は勤人つとめにんで、昼は外に出て、夕方帰つた。生活力の弱さうな好人物で、夜は近所の将棊所しょうぎしょへ将棊をさしに行くのを唯一の楽しみにしてゐる。伯母は多少気丈な女で家の中を切り廻すが、病身で、とき/″\寝ついた。二人とも中年近いので、もう二三年もして子供が出来ないなら、何とか法律上の手続をとつて、ひろ子を養女にするか、自分たちが養父母に直るかしたい気組みである。それに茶店の収入も二人の生活に取つては重要なものになつてゐた。
可哀かわいさうに。あれで店にゐると、がらり変つた娘になつて、からいぢけ切つてるのでございますよ。やつぱり本親のない子ですね」とまきは言つた。
 私は、やつぱり孤独は孤独をくのか。そして一度、老婢とその少女とが店で対談する様子が見度みたくなつた。
 その目的の為めでもなかつたが、私は偶然少女の茶店の隣の表具店に写経の巻軸かんじくの表装をあつらへに行つて店先に腰かけてゐた。私が家を出るより先に花屋へ使ひに出したまきが町向うから廻つて来て、少女の店に入つた。大きな「大経師」と書いた看板がへだてになつてゐるので、まきには私のゐるのが見えなかつた。表具店の主人は表装の裂地きれじの見本を奥へ探しに行つて手間取つてゐた。都合よく、隣の茶店での話声が私によく聞えて来る。
何故なぜ、今日はあたしにお茶をんで出さないんだよ」
 まきの声は相変らず突つかゝるやうである。
「うちの店ぢや、二十せん以上のお買物のお客でなくちや、お茶を出さないのよ」
 ひろ子の声も相変らず、ませてゐる。
「いつもあんなに沢山たくさんの買物をしてやるぢやないか。常顧客おとくいさまだよ。一度ぐらゐ少ない買物だつて、お茶を出すもんですよ」
「わからないのね、をばさんは。いつもは二十銭以上のお買物だから出すけど、今日は茶滓漉ちゃかすこしの土瓶どびんの口金一つ七銭のお買物だからお茶は出せないぢやないの」
「お茶は四五日前に買ひに来たのを知つてるだろ。まだ、うちに沢山たくさんあるから買はないんだよ。今度、無くなつたらまた沢山買ひに来ます。お茶を出しなさい」
「そんなこと、をばさんいくら云つても、うちのお店の規則ですから、七銭のお買物のお客さまにはお茶出せないわ」
「なんて因業いんごうな娘つ子だらう」
 老婢ろうひは苦笑しながら立ち上りかけた。こゝでちよつと私の心をひく場面があつた。
 老婢の店を出て行くのに、ひろ子は声をかけた。
「をばさん、浴衣ゆかたの背筋の縫目が横に曲つてゐてよ。直したげるわ」
 老婢は一度「まあいゝよ」と無愛想に言つたが、やつぱり少し後へ戻つたらしい。それを直してやりながら少女は老婢に何かささやいたやうだが私には聞えなかつた。それから老婢の感慨深さうな顔をして私の前を通つて行くのが見える。私がゐるのに気がつかなかつたほど老婢は何か思ひ入つてゐた。
 ひろ子が何を囁いて何をまきが思ひ入つたのか家へ帰つてから私がくと、まきは言つた。「をばさん御免なさいね。けふ家の人たち奥で見てゐるもんだから、お店の規則破れないのよ。破るととてもうるさいのよ。判つて」ひろ子はまきの浴衣の背筋を直す振りして小声で言つたのださうである。まきはそれを私に告げてから言ひ足した。
「なあにね、あの悪戯いたずらつ子がお茶汲んで出す恰好かっこう早熟ませてゝ面白いんで、お茶出せ、出せと、いつも私は言ふんで御座ございますがね、今日のやうに伯母おば夫婦に気兼きがねするんぢや、まつたく、あれぢや、外へ出て悪戯でもしなきや、ひろ子も身がたまりませんです」


 少し大きくなつたひろ子から、家を出て女給にでもと相談をかけられたのを留めたのも老婢ろうひまきであつたし、それかと言つて、家にゐて伯母夫婦の養女になり、みす/\一生を夫婦の自由になつて仕舞しまふのをめさしたのもまきであつた。私の家の蔦の門が何遍か四季交換の姿を見せつゝある間に、二人はそれほど深く立入つて身の上を頼り合ふ二人になつてゐた。孤独は孤独とき合ふと同時に、孤独と孤独は、最早もはや孤独と孤独とでなくなつて来た。まきには落着いた母性的の分別が備はつて、姿形さへ優しく整ふし、ひろ子にはまた、しほらしく健気けなげな娘の性根が現はれて来た。私の家は勝手口へ廻るのも、この蔦の門の潜戸くぐりどから入つて構内を建物の外側に沿つて行くことになつてゐたので、私は、何遍か、少し年のへだたつた母子のやうに老女と娘とがむつび合ひつゝ蔦の門から送り出し、迎へられする姿を見て、かすかな涙を催したことさへある。
 老婢は子供の時分に聞いた、上野の戦ひの時の、傷病兵の看護人が男性であつたものを、女性にかへてから非常に成績が挙るやうになつた看護婦の起源の話(これは近頃、当時の生存者がラヂオで放送した話にもあつたが)を想ひ出した。また自分の体験から、貧しい女は是非ぜひ腕に一人前の専門的職業の技倆ぎりょうを持つてゐなければ結婚するにしろ、独身にしろ、不幸であることを諄々じゅんじゅんさとして、ひろ子に看護婦になることを勧めた。そして学費の足しにと自分のお給金の中から幾らかの金をみつぎながら、ひろ子を赤十字へ入れて勉強さした。


 私の家は、老婢まきを伴つて、芝、白金から赤坂の今の家へ移つた。今度は門わきの塀に蔦がわづかにからんでゐるのを私が門へつるきそれがしげり繁つたのである。
 まきはすつかり老齢に入つて、掃除やくりやのことは若い女中に任せて自分はたゞ部屋に寝起きして、とき/″\女中の相談にあずかればよかつた。
 しかし、彼女は晩春から初夏へかけて蔦の芽立つ頃の朝夕二回の表口の掃除だけは自分でする。母子の如く往きふひろ子との縁のつながり始まりを今もなほ若蔦のいきおいよき芽立ちに楽しくかえりみる為めであらうか。緑のゴブラン織のやうな蔦の茂みを背景にして背と腰で二箇所に曲つてゐる長身をやをら伸ばし、ほうきを支へに背景を見返へる老女の姿は、夏の朝靄あさもやの中に象牙彫ぞうげぼりのやうにうるんで白くえた。彼女は朝起きの小児がよち/\近寄つて来でもすると、不自由な身体に懸命な力で抱き上げて、若蔦の芽を心行くばかり摘み取らせる。かつては、あれほど摘み取られるのを怒つたその蔦の芽を――そしてにこ/\してゐる。まきも老いて草木の芽に対する愛は、所詮しょせん、人の子に対する愛にしかずといふやうな悟りでも得たのであらうか。
 私は、それを見て、どういふわけか「命なりけり小夜さよの中山――」といふ西行の歌の句が胸に浮んでしやうがない。


 蔦の茂葉の真盛りの時分に北支事変が始まつて、それが金朱のいろにいろどられるころます/\皇軍の戦勝は報じ越される。
 もう立派に一人前になつてゐたひろ子は、日常の訓練が役立つて、まるで隣へ招ばれるやうに、あつさり「では、をばさん行つて来るわ」とまきに言つて征地の任務に赴いた。
「たいしたものだ」まきは首を振つて感じてゐた。





底本:「日本幻想文学集成10 岡本かの子」国書刊行会
   1992(平成4)年1月23日初版第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1974(昭和49)年発行
初出:「むらさき」
   1938(昭和13)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:湯地光弘
2005年2月22日作成
2005年12月11日修正
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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