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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)34 雷獣と蛇

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 10:03:02  点击:  切换到繁體中文


     二

 尾張屋のおかんは町内の自身番へよび出されて、半七の吟味をうけた。かれは庄太の報告の通り、見るから田舎者らしい。小太りにふとった女であるが、容貌きりょうもまんざら悪くはない。殊に色白のたちであるので、二十三という年よりも若くみえた。ふだんから無口の女であるということであったが、殊にこの場合、かれは極めて神妙にして、いかなる問いに対しても努めてことばすくなに答えていた。
「六月二十三日の晩、尾張屋の娘が雷火にうたれた時、おまえが一番さきに見つけたのだな」
「はい」
「その時に、雷獣のかけ廻るのを確かに見たか」
「はい」
「女の癖に、どうして一番さきに駈け付けた」
「土蔵のまえが急にぱっと明るくなりまして、かみなり様がおりになったようでしたから、なにか間違いでもないかと存じまして……」
「で、行ってみたらどうした」
「お朝さんと重吉さんが倒れていました」
「倒れているところに、なんにも落ちていなかったか」
「気がつきませんでした」
「鼠捕り粉がこぼれていなかったか」と、半七は訊いた。
「いいえ、存じません」
「おかん」と、半七はことばをすこしやわらげた。「おまえは重吉をどう思っている」
 おかんは黙っていた。
「重吉が可愛くなかったか」と、半七はほほえんだ。「おまえは給金を幾らほど溜めている」
 おかんはやはり黙っていたが、半七に催促されて、小声で答えた。
「五両ばかり溜めて居ります」
「五両じゃあ、国へ帰っても夫婦になれめえな」
 彼女はまた黙ってしまったが、その俯向うつむいているびんの毛の微かにそよいでいるのが、半七の眼についた。
「おい、おかん。もうこうなったら、何もかも正直に申し立てておかみの慈悲をねがえ。おまえと重吉とはおなじ国者だ。それが一つ屋根の下に毎日一緒に暮らしていれば、おたがいに気も合い、話も合って、若い者同士がいろいろの約束をするのも無理はねえ。だが、男という奴は気の多いもので、おまえというものを袖にして、いつか尾張屋の娘とも仲よくなって、さぞ口惜くやしかったろう。おれも察しるよ」
 おかんはやはり俯向いていた。
「ところが、おれに少し判らねえ事があるから教えてくれ」と、半七は云った。「尾張屋の娘はなぜ鼠捕り粉を買ったのだ。ひとりで死ぬつもりか、心中しんじゅうかえ。おい、黙っていちゃあいけねえ。それに因っておまえの罪の重い軽いも決まるのだ。はっきり云ってくれ。どの道おまえは無事に主人のうちへ帰られる身の上じゃあねえ。くどいようだが、正直に申し立てて御慈悲を願うがいいぜ」
「どうしても家へは帰れないのでございましょうか」と、おかんは蒼ざめた顔をあげた。
「知れたことさ。重吉という男ひとりを殺して置いて、無事に帰される筈がねえじゃねえか」
 おかんは泣き伏してしまった。

 雷獣事件はこれで解決した。
 万事が半七の鑑定通りであった。重吉はおかんと夫婦約束をしていながら、さらに尾張屋のお朝とも親しくなった。それを知って、おかんは火のように怒って、恋のかたきのお朝を殺してしまうとまで狂い立つのを、重吉はひそかになだめているうちに、お朝はいつか妊娠したらしいので、重吉はいよいよ困った。その秘密をまた知って、おかんは嫉妬のほむらをいよいよした。世間しらずのお朝は、いたずらの罰が忽ち下されたのに驚いて、自分のからだの始末を泣いて重吉に相談した。おかんもかげへまわって男の薄情をはげしく責め立てた。
 お朝には泣かれ、おかんには責められ、板挟みになってさんざん苦しんだ重吉は、途方にくれた自棄やけ半分の無分別から、お朝を説きつけて、一緒に死ぬことになった。お朝は素直に男のいうことをいて、近所の薬屋から鼠捕り粉を買って来た。それは六月二十三日の朝であった。今夜、いよいよ死ぬという約束で、影のうすい男と女とは長い日のくれるのを待っていると、宵からの雨がやがて恐ろしい大風雨おおあらしになった。
 死に急ぎをしている若い二人にとっては、この大風雨はむしろ仕合わせであるようにも思われた。女はまず約束の場所へ出てゆくと、男もあとから忍んで行った。折りからの風雨で、ほかの人達は気がつかなかったが、男のうしろにはおかんが影のように付きまとっていた。かれは絶えず男の行動を監視しているので、すぐそのあとをつけてゆくと、お朝と重吉とは蔵のまえで出逢った。
 暗い物影にかくれて、おかんはそっと窺っていると、危うく消えかかる手燭を下に置いて、お朝はまず鼠捕り粉の半分ほどを一と息に飲んだ。そうして、ふるえる手先でその飲み残りの袋を男に渡そうとしたので、おかんはあわてて飛び出そうとする時、あたりは火のように明るい世界になった。おかんは夢中で小膝をついて、両手で自分の耳を掩いながら、しっかりと目を閉じてしまった。
 毒薬をのんだお朝は雷にうたれた。これから毒薬を飲もうとした重吉は気をうしなって倒れた。もとより偶然の出来事ではあるが、雷はあたかも心中の場所に落ちて来て、しょせん死ぬべき女を殺し、まさに死のうとする男を救ったのであった。その驚きのなかにも、おかんは憎い二人のしかばねのうえに心中の浮名を立たせたくなかった。彼女はそれすらもねたましかったので、そこらに落ちている鼠捕り粉の袋を手早く隠してしまった。それから家内の人々を呼んで、この恐ろしい出来事を報告した。
 雷に撃たれた二人がこの時どうしてそこにいたかということが、まず問題とされなければならなかったが、奥の便所へ通うには蔵の前を通らなければならないように出来ているので、お朝がここに倒れていたのは便所へ行く途中であったらしく思われた。重吉は蔵のなかへ何か取り出しに行ったのであろうと想像された。
 憎い女が突然この世から消えてしまって、男ばかりが生き残ったのは、おかんに取ってはこの上もない好都合であった。かみなりは彼女に守護神ともいうべきであった。しかし彼女はやはり不運を逃がれることは出来なかった。お朝の死についで起ったのは相続人の問題で、重吉がその候補者のうちで最も有力の一人であるらしいので、おかんは又もや気を揉みはじめた。重吉が尾張屋の相続人となってしまえば、おそらく奉公人の自分をこの店の嫁にしないであろう。かりに重吉が承知したとしても、世間の手前、喜左衛門が承知しないであろう。こう思うと、かれは又新しい苦労をしなければならなかった。
 そのうちに其の話はだんだん進行するらしい形跡がみえて、二七日の前日におかんが松倉町の三河屋へ使にゆくと、そこでもそんな噂を聞かされたので、彼女はもう落ち着いていられなくなった。寺まいりの当日、主人や重吉が今戸へ行った留守に、おかんはいろいろに思案した。かれはとうとう思案をきめて、重吉の帰りを待った。
 重吉らが帰ってくる頃から又もや雷雨になった。この出来事におびえて、家内の者どもが縮みあがっている隙をみて、おかんは重吉を蔵のまえに連れ込んだ。かれは男にむかって、相続人のきまらないうちに自分と一緒に逃げてくれと迫ったが、重吉はかなかった。そればかりでなく、自分はお朝の菩提のために一生独身ひとりみでいるつもりであるから、おまえも思い切ってくれと云い出したので、おかんは狂気のようになって、男の変心を責めた。そうして、もし自分のいうことを肯いてくれなければ、お朝が毒薬をのんだ秘密を主人に訴えるとおどしたが、男はやはり動かなかった。訴えるならば訴えてよい。自分は心中の片相手として殺されてもいいと云った。
「それほど死にたくば殺してやる」
 おかんはかっとなって男の喉をしめた。在所ざいしょ生まれで、ふだんから小力こぢからのある彼女が、半狂乱の力任せに絞めつけたので、孱弱かよわい男はそのままに息がとまってしまった。男がどうしても肯かなければ、かれを殺して自分も身をなげて死ぬと、おかんはかねて覚悟していたのであるが、その場になると彼女は俄かに気おくれがした。わが眼のまえに倒れている男の死骸をながめながら、彼女はぼんやり考えていると、雷の音は又ひとしきり凄まじくなって、今夜もここから遠くないところに落ちたらしく、大地もゆれるように震動した。その一刹那にかれは何事をか思いついて、死んでいる男の顔や手先を爪で引っかいた。

「おかんは死罪になりました」と、半七老人はわたしに話した。「今日こんにちでしたら情状酌量にもなったのでしょうが、その時代ではどうもそう行きませんでした。それも自訴でもしたら格別、男の顔を引っかいて雷獣の仕業らしく見せるなんていう狂言をこしらえて、自分は素知らぬ顔をしていたんですから、罪はいよいよ重くなったわけです。問題の雷獣は、おかんの白状によると、最初の時にはほんとうに見たというのです。二度目の時にはそれから思いついて、重吉の顔や手さきを掻きむしったのだといいます。勿論、善いことじゃありませんが、かんがえてみると可哀そうで、おかんがいよいよ死罪と聞いたときには、私もなんだかいやな心持がしましたよ」
「可哀そうも可哀そうですが、女というものは恐ろしいもんですね」
「まったく恐ろしい。あなたなんぞは若いから気をおつけなさい。いや、恐ろしいの何のと云っても、今のおかんという女なんぞは、そこに自然と憐れみも出ますけれど、なかには、まだ肩揚げもおりない癖に、ずいぶんけっぷとい奴がありますからね。まあ、お聴きなさい、こんな奴もありますよ」
 云いかけて老人は笑いながら私の顔を見た。
「あなたは甘酒はどうです」
「子供のときに飲んだきりですが……」と、わたしも笑った。
「あれは江戸の夏のものですよ。固練かたねりのいいのを貰ったのがあります。息つぎに一杯あっためさせますから、あなたもお附き合いなさい」
「久し振りで御馳走になりましょう」

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