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小熊秀雄全集(おぐまひでおぜんしゅう)-15

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 7:03:04  点击:  切换到繁體中文



  若い獅子の自由主義

 森の中では、七匹の獣が選ばれて、森の政治向のことを支配してゐた、ところが選ばれた山犬閣下は自分の牙を磨くことにばかり熱中して、毎日のやうに歯医者通ひをしてゐたし、狼閣下はお洒落で、爪を磨くために、美容院でマニキュアばかりやつてゐる状態であつたから、さつぱり森の政治はうまくいかず、とうとう森中の獣達が怒つてしまつた。
 そこで七匹の獣閣下は辞任して、新らたに七匹が選ばれた、然しこれまで森では自分の身を飾つたり、自分の腹を肥やすことにばかり熱中してゐるといふ、身勝手な獣ばかりが選ばれるので、森の獣達が今度選ばれた七匹も信用しなくなつてゐた。
 七匹の獣達は自分達の信用を恢復させるために、そこで若い獅子を加へて、それを自分達の頭にした、この若い獅子はこれまで選ばれた獣達よりも、ずつと家柄が良かつたばかりでなく、たいへん自由主義者で、おつとりした性格で、もの判りが良いといふ評判がもつぱらなので、随つて森の獣達の人気も悪くはなかつた。
 或るとき一匹の穴熊が、森の政治向のことに関して、森の奥に若い獅子の住居を訪ねた、その時の穴熊の印象では、若い獅子は少しも自分の家柄を自慢したり、高ぶるといふ様子を見せない許りでなく、若い獅子手づから穴熊にコーヒーをすゝめたり、穴熊が煙草を吸はうとすると、獅子が自分のライターから、シュッと音をさせて火を擦り出して、穴熊の煙草に火をつけてくれる有様であつた。
『実に偉いもんだ、平民的だ、わしは感激したよ、若い獅子があれほど自由主義者だとは想像もしなかつたね、然かもわしが用件を済まして帰らうとすると、閣下手づからわしの汚い外套を持つてきて、わしに着せてくれたときには、恐縮といはうか、感激といはうか、実に感動したね―』
 と穴熊はすつかり昂奮して、獅子の自由主義を森中ふれまはつた。
 ところが、その穴熊がそれからかなり経つてから、若い獅子の家を再び訪ねたが、今度は前とは少しばかり様子が変つてゐて、獅子は何か不機嫌な様子であつた。
 穴熊は煙草をとりだして、もぢもぢしてゐた、それは獅子に煙草の火をつけて貰ふといふ光栄に浴したいからであつた。
 すると獅子は安楽椅子に横になつたまゝで
『穴熊君、わしが煙草に火をつけてやらう』
 と言つたので、穴熊は飛びあがるほど心の中で嬉しがつた、しかし獅子は椅子から立ちあがらうともしないで、あごで先方をしやくつてから『向ふの棚にライターがあるから、君こゝへ持つて来給へ―』と命令的に言つた。
 帰り際には『君、外套を着せてやらう、外套をこゝへ持つて来給へ―』といつた。
 穴熊は自分の外套を恭々しく獅子の傍まで持つて行くと、獅子は寝そべつたまゝで、いかにも面倒臭さうに穴熊に着せた。
 穴熊は森の小道を帰つてくると、ぱつたりと狐に逢つた、狐は皮肉さうに質ねた。
『穴熊君、やはり君の汚れた外套を、獅子の自由主義は親切に着せてくれたかね』
『いやこんどは調子が変だつたよ、着せてやるから、自分で持つて来いといつたんだ』
『殿様の自由主義なんてそんなもんだよ、機嫌や、風向きの悪いときには、用心し給へ、まあ自分の外套はなるべく自分で着るやうにした方がいゝね』といつた。

  奇妙な政治劇団

 政治劇を専門にやる劇団があつた、この劇団は芝居の上手な俳優達が集つてゐた。演技も真に迫つてゐて観客から見ては、舞台の上の俳優達が何処までが真個ほんとうに涙を流し、どこまでが空涙かわからぬほどであつた。
 ところで俳優同ママは、無類に仲が悪くて、舞台裏で絶えず喧嘩をしてゐる許りでなく、舞台の上にまで喧嘩をもちだし、芝居の演技最中憎いと思ふ相手役の足を、思ひ切り踏みつけるのがあるかと思ふと、力いつぱい本気で殴つたりした、然しさすがに名優揃ひなので、芝居の筋書だけはこはさなかつた。
 一方見物人は妙に俳優達の芝居が真に迫つてゐるので、感心をして見てゐるのであつた。
 俳優同志の仲違ひは、だんだん猛烈になつてきて、ついには道具方にまでそれが移り、道具方もそれぞれ二派に別れて、啀み合ひを始めた、道具方は背景を造つたり、打ちつけたりする金槌といふ武器をそれぞれ腰にさしてゐるため、劇団の騒動は荒つぽくなり、道具方が芝居の最中に、のこのこと舞台の上に出て行つて、芝居をやつてゐる憎いと思ふ俳優の頭を、金槌でぽかりと殴つたので、この政治劇団は一興業で二三人は死ぬといふ有様であつた。
 一方見物人はなにごとも舞台の上の芝居と許り思つてゐるので、舞台の上でそんな事件が起きても一向平気なもので、後からそれが本当に俳優が殴り殺されたのだと知つて驚ろいたほどだ。
 然し見物人もこの劇団のごたごたもたびたび重なると馴れてしまひ、少しも驚ろかなくなつてしまつた。
 或るとき俳優が出演中に、反対派の道具方が背景を打ちつけてをかず、わざと重い背景を倒した、背景の山は倒れてその下敷となつて一度に六人の俳優が圧し潰され、大変な騒ぎとなつて舞台裏まで丸見えとなつたが、見物人は平気な許りでなく『まあ、役者がゐる間は、芝居が続くだらうし、役者がゐなくなつたら劇団は潰れるだらう―』といつて見てゐるほど平気で、政治劇団の人々が次第に興奮してゆくのと反対に、見物人の方は益々冷静になつてゆき、見物人も殖えて却つて芝居が繁昌を始めたが、劇団側にしてみれば、俳優は少なくなるし、主役のなり手がなくなつて益々苦境に陥つた。
 次の興業にも、他の都市から嫌がる俳優を連れてきて主役に据ゑて舞台に立たした、今度の主役もまた背景に押しつぶされなければいゝがと俳優達が心配しだした、さりとて殺伐であつても劇団に道具方がゐなくては、芝居にならないので道具方を追払ふわけにもいかず困つてしまつた。
 なかにはいつそ道具方が腰にさしてゐる武器の金槌を取りあげ丸腰にしたら安心だといふ意見も飛びだしたが、道具方から金槌を取りあげたら、背景である国際都市も、背景である茫漠とした山野も、打ちつけることができなければ、背景なしでは芝居にもならないのでそれもできず、どうしたらいゝかと研究中だといふことで、奇妙な劇団もあつたものです。
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帽子の法令


     (上)

 米つきバッタの国では、お低頭をすることだけが、住民達の日常生活でした、毎年秋がくると、昆虫達の運命がかはるのでした、草の露の甘かつた味も、秋になるとしぶいにがいものになりました、少しの痛みもなく、とつぜん足が関節から離れて、地面にころがり落ちました、秋は彼等にとつて、とにかく毎年の例からいつて、ロクなことがなかつたのです。
 バッタたちは、しかし自分たちの運命を、すこしも考へてみようともしないのです、路であふと、おたがひに頭をさげること――それが彼等のたのしみの全部であつたからです。
 米をつくやうな格好で、たがひに幾度も頭をさげ合ふ、その動作の間に、意味もない常識的な挨拶の言葉をはさむのでした。
「秋になりましたわね――」
 と一匹のバッタが頭をさげました、彼のいふやうに、そのとき周囲は秋になつてゐたのです、山を見ると、自然が木々の葉を、よくも念入りに、一枚一枚丁寧に紅く染めあげたものだと感心させました。
 秋の景色に、夏の気配がのこされてゐないといふ意味で、その季節の変り方が、あんまり完全すぎて愚かしいくらゐで、夏の名残がすこしはあつてもいゝのに、と思はせました。
 季節の変り方は冷酷でした、しかしバッタたちは、それを感じようとはせず、ただペコリとお低頭をして口先で
「秋になりましたわね――」
 といふ、すると他の一匹が答へて
「ほんとうに秋になりましたわね――」
 と頭を下げました、二匹にとつて、秋がきたことを納得するまでには
「まつたく涼しくなりましたわね――」
「お涼しくて結構でございますわ――」
「気候がおよろしくなりまして」
「ほんとうに、しのぎ良くなりまして――」
 といふやうな性質の言葉を二匹が交し、二百回ほども頭を下げ、はじめて二匹はほんとうに秋になつたのだと思ひこみました。
 一方のバッタは、いかにも新しい言葉をみつけだしたかのやうに
「やがて冬でございますわね――」
 といふと、他の一匹はあわてたやうに
「ほんとうでございますわ、寒くなつていやでございますわ――」
 といひました。
 二匹の女バッタは街角で、ながいあひだ、お低頭をし、冬がきて霜が降り、自分たちの運命が、木の葉と同じやうに散つてしまふことに、たがひがフッと気がつくまでには、それからまた百回ほどもおじぎをしました。悲しい運命に気がつくと、二匹は身ぶるひして買物の包を小脇に抱へなほし、大急ぎで両側のくさむらの中に、横つ飛びにとびこみました、ガサガサと葉の音をたて、どこかに行つてしまひました。
 いつのころからか、バッタの国に、よその土地から流れこんできたバッタの裁縫師がありました、彼はそこで小さな店をひらき「帽子」といふ頭にかぶるものを、発明して売り出しました、世間では彼のことを帽子屋と呼んでゐました、帽子といふものは不思議なもので、それを忘れてきたものは
「かう帽子を忘れてきては、おれの頭もよくないにちがひない――」
 と自分の頭の悪さに考へ及ぶといふ性質をもつてゐました、そこでバッタたちは帽子を忘れまい、忘れまい、と努力しました。なかには帽子を拾はうとして、電車に礫かれた男がありました、世間ではかう言ひました。
「実に馬鹿な男だ、あいつは始め帽子を追ひかけてゐた、そのうちに帽子ではなく、頭を無くしたのだと考へ違ひをしたものらしい、でなければ、たかが帽子一箇を拾ふことで、大切な真個うの頭を無くすることはあるまい――」

     (下)

 おじぎ好きのバッタたちは、最初は帽子をかぶつたまゝで、頭を下げて、挨拶をしました、すると帽子は頭から離れて地面に転げ落ちました、かぶつたまゝでお低頭をすると、帽子といふものは頭から離れて、転げるものだといふことが、のみこめるまでには、三十年もかゝりました。
 帽子がころげ落ちては、おじぎができないので、頭から帽子をぬいで、かるく会釈して、ふたたびかぶるといふ方法でも、けつして相手を軽蔑したことにならぬといふ習慣をつくりだしたのでした。
 それから十年ほどたつて、今度は帽子をとらずに、ただそれに軽く指をかけただけで、挨拶をしたことになるといふ習慣にかはりました、しかしお低頭好きの連中は反対しました、ことに老人たちははつきりと口に出して
「いまの若い連中は、おじぎをすることを忘れてしまつて、まことに嘆かはしい時代になつたものだ――」
「ことに怪しからんのは、神社やお寺の前に行つても帽子をぬがんことぢや――」
 と言ひました。
 女達が男と同じやうに、帽子をかぶり始めてからは、一層非難が起きました、女たちは今ではお低頭をしないばかりか、頭に帽子をくくりつけて、風にふき飛ばされないやうな仕組みにつくりかへました。かぶつたまゝで、なにもかにもすましてしまふやうになつたのです。
 お低頭をすることが少くなつたので、バッタの国の政府では、それを非常に気にしはじめ、殊にママ寄りのお役人たちは、「帽子に関する法令」を新しくつくらうと言ひだしました。
 小学生、女学生、中学生、大学生や、一般国民に、新しい時代の正しいお低頭の仕方を、法律できめようといふのでした、学生や一般の市民がどんな風に帽子をぬいだり、かぶつたりするかを調べるために、帽子調査委員会といふのがつくられました。
 女学生たちにも帽子をぬいでお低頭をしなければいけない――といふきつい法令を言ひ渡したのです、お役人たちは古い法律はそのまゝにしておいても、いつも新しい法律をつくりだして、つぎつぎと世の中に示さなければ、なんだか不安でたまらなかつたのでした。
 それに法律でもつくつて、何かしら自分の机の上の書類を、ガサガサと引つかきまはしてゐなければ、死ぬほど退屈でならなかつたのでした。お役人たちは帽子調査委員会の仕事でその退屈を救はれました。
 しかしそのうちお役人たちは、何となく自分自身の帽子のことが気になり始め、そつと自分のかぶつてゐる帽子に手をふれてみました、帽子はたしかに彼の頭の上にのつてゐたのです、そこで安心をして、机の前の腰掛に腰をおろしました。
「あゝ疲れた、こないだから帽子の法律のことで、わしの頭の中はいつぱいであつたよ」
 彼はほんとうに帽子のことで、頭の中がいつぱいであつたことが、苦しくてならなかつたかのやうに軽く頭を左右にふりました。
「あゝ帽子、国民の帽子、そして我々官吏の帽子だ、帽子、帽子だ、国民と帽子の関係は、こんどの法律で完全に結ばれたわい――」
 そのとき電気にうたれたやうに頭の芯がしびれたやうに感じました、お役人はそつと頭に手をやつて帽子をぬいで、机の傍にそれをおきました、すると帽子のことでそれまで頭の中がいつぱいであつたのが、こんどは頭自身のことが急に気にかゝりました、そこでお役人は、事務机の上にのつてゐた、鉄製の分鎮をとりあげて、それで頭をたたいてみました、するとどうしたことでせう、いつのまにかお役人の頭は無くなつてゐて分鎮はいたづらに空をうちました。
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