您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 小栗 虫太郎 >> 正文

紅毛傾城(こうもうけいせい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 7:18:40  点击:  切换到繁體中文


  黄金郷エルドラドーの秘密

 翌朝になると、果たして慈悲太郎は冷たい亡骸なきがらと変わり、胸には、横蔵と異ならない位置に、短剣が突き刺さっていた。
 その日の午後、フローラは、しょんぼりみさきの鼻に立っていて、いまにも氷の下に包まれるであろう、死者のことを思いやっていた。それは、村々の外れにさびしく固まっている共同墓地の風景であった。
 しかも、その時ほど、自分の宿命と、罪業ざいごうの恐ろしさを、しみじみ感じたことはなかったのである。彼女は、もやの中に隠されている、ある一つの、不思議な執拗しつような手に捕らえられているのだ。その明証あかしこそ昨夜まざまざとひとみに映った、父の腕ではないか。
 そして、最初横蔵の鏡に映った片眼が、もしそうであるにしても――と、フローラは不思議な自問自答をはじめた。
 というのは、はしなくその時の鏡が、古びたすず鏡だったのに気がついたからである。
 元来錫鏡というのは、ガラスの上に錫を張って、その上に流した水銀を圧搾するのであるから、したがって鏡面の反射が完全ではなく、わけても時代を経たものとなると、それは全く薄暗いのである。すると、横蔵の背後に置いた一つが問題になってきて、もし、その角度が、光線と平行な場合には、当然水銀がくろずんで見えるはずであるから、正面に映った横蔵の眼に、暗くくぼんだような黝みが映らぬとも限らないのである。
 また、慈悲太郎の肩に現われた父の手も、どうやら錯覚らしく思われてきた。
 というのは、白い地に、黄色い波形のものを置いて、その上を、しゃのようなものでかぶせると、取り去ったとき、かえって残像が、白地のほうに現われて黒く見えるのである。
 また、それには、光のずれのことなども考えられるので、あの時、指のひしゃげつぶれた、父のと思ったものも、ふたを割ると、案外たわいのない錯覚なのではなかったろうか。
 と、フローラは、皮質をもみ脳漿のうしょうを絞り尽くして、ようやく仮説を組み上げたけれども、昨夜見た父の腕だけは、どう説き解しようもないのだった。
 彼女は、一夜のうちに若さを失ってしまい、罪の重荷を、ひしと身に感じた。そして何もかも紅琴に打ち明けて、彼女の裁きを受けようと決心した。
「そういうわけで奥方様、私は、基督ハリストス様の御名など、口には出せぬ罪人なのでございます、横蔵様のときも、慈悲太郎様のときも――アレウート号に起こった、悪疫えやみの因がそもそもではございますが――実は私、蝋燭ろうそくしんの中に砒石ひせきを混ぜておいたのです。そして、立ち上がる砒の蒸気で、数多あまたの人の命を削ってまいりました。たしか、お気づきのことと思われますが、時折り見える、青い炎がそれでございました。ですもの、あの下手人が、だれであろうがどうだろうが、百度千度、清い心と自分から決めて十字を切ろうが、この憂愁と不安を除くことは、どうあってもできないのです。どうか私を、御心の行くままに、奥方様、どうなりともお裁きくださいまし……」
 言い終わるとフローラは、まるで、汚物を吐き尽くした後のようにガックリとなった。
 しかし、紅琴には、露ほども動揺した気色けしきがなく、じっと石壁に映る、入り日の反射をみつめていたが、やがてフローラを促して、岩城いわしろで、裏山に上って行った。
 その頂きは鉛色をした、荒涼たるツンドラ沼だった。
 そこには、露をつけた、背の低い、名の知れない植物がい回っていて、遠く浜から、かすかな鹹気しおけと藻の匂いが飛んでくるのだ。紅琴の顔は、折りから白夜がはじまろうとする、入り日に燃えて、生き生きと見えた。
 彼女はフローラに向かって、静かに、不思議な言葉を吐いた。
「そもじの嘆きは、葉末の露に、顔を映せば消えることです。独り胸を痛めて、私は、ほんとうにいとおしゅう思いまする。すでにそもじは、十字架に上りやったこととて、基督ハリストスとても、そもじの罪障とがを責めることはできませぬぞ」
 そういわれたとき、フローラは、眼前にこの世ならぬ奇跡が現われたのを知った。
 眼が薄闇うすやみれるにつれて彼女の眼は、ある一点に落ちて、動かなくなってしまった。
 それは、葉末の露に映った、自分の頭上に、見るも燦然さんぜんたる後光が照り輝いていて、またその光は、首から肩にかけた、一寸ばかりの空間を、んだ蒼白あおじろい、清冽せいれつな輝きで覆うているのだ。
 とめどなく、重たい涙が両ほおを伝わり落ちて、歓喜のすすり泣きが、彼女の胸を深く、波打たせた。
 が、そのとき、紅琴の凛然りんぜんたる声を背後に聞いたのだった。
「だが、そもじの罪障は消えたとて、二人をあやめた下郎のごう永劫えいごうじゃ、私は、今日これから、そなたの前で、そやつをただし上げてみせますぞ」
 それから、小半刻こはんときばかりたったのちに、一人の背の高い男が、浜辺につどった土民たちの中で、身を震わせていた。
 海霧ガスが、キラキラ光るしずくとなって、焼けた皮膚や、ひげの上に並んでいくが その男はただ止まろうとせず、それが失神したようになって、おののいているのだ。
 紅琴は、その男をにくにくし気に見すえて、言った。
「どうじゃグレプニツキー。いまこそ、わらわの憎しみを知ったであろうのう。そもじを十字架クルスに付ければとて、罪はあがなえぬほどに底深いのじゃ。横蔵をあやめ、慈悲太郎を殺したそもじの罪は、いまここで、わらわが贖ってとらせるぞ。よもや、慈悲太郎が聴いた、足音の明証あかしを忘れはすまいな。だれか、早う、この者のくつを脱がすのじゃ」
 りんとした声に、躍りかかった四、五人の者が、長靴を外すと、そのとたん、フローラは激しい動悸どうきを感じた。
 見ると、グレプニツキーの右足は、凍傷のため、ひざから下を切断されていて、当て木の先には、大きく布片が結び付けてある。
 しかし、事態を悟ったグレプニツキーは、意外にも、安堵あんどしたような爆笑を立てた。
「これは奥方様、お戯れにも、ほどがあるというもの。なるほど、靴を脱いでしまえば、片足には音がないのですから、さような御推測も、無理とは思いませぬが、しかし、黄金郷エルドラドーの探検を、共にと誓った御両所を、なんであやめましょうぞ。神も御照覧あれ、手厚いおもてなしに感謝すればとて、敵対の意志など、ごうも私にはござりませぬのじゃ」
 と、はだけたシャツの下から、取り出した十字架クルス接吻せっぷんするのだった。
 しかし、紅琴は、凝視を休めず言い続けた。
「ええ、そのような世迷いごとに、聴く耳は持たぬわ。この島ののりは、とりも直さず妾自身なのじゃ。とくと真実まことを打ち明けて、来世を願うのが、ためであろうぞ」
 すると、グレプニツキーは、相手の顔をじっとみつめていたが、見る見る絶望の表情ものすごく、胸をかきむしって、けるような声を出した。
「馬鹿な、短慮にはやって、せっかく手に入ろうとする、黄金郷エルドラドーを失おうとする大痴者おおたわけものめが。したが奥方、とくと胸に手を置いて、もう一度勘考したほうが、お為でありましょうぞ」
「ホホホホホ、なんと黄金郷とお言いやるのか……」
 女丈夫は、蒼白い頬をキュッと引きしめて、わらい返した。
「その所在なら、そもじは、不要じゃと言いたいがのう。妾はそうと知ればこそ、このラショワ島にとりでを築いたのじゃ」
 と、何やら合図めいた眼配せをしたかと思うと、もがいて投げつけられたグレプニツキーの上で、幾つとない銀色の光が入り交じった。
 彼は、しばらく手足をばたばたとさせ、狂わしげにもだえていたが、やがてまぶたが重たく垂れうめきの声が途絶えると、そのまま硬く動かなくなってしまった。
 紅琴は、しばらく眼を伏せて、グレプニツキーの死体を、気抜けしたように見つめていた。白っぽい、どんよりとした光の中で、海鳥が狂おしげに鳴き叫んでいたが、やがて、血が塩水にまじって沖に引き去られてしまうと、浜辺はふたたび旧の静寂にもどった。
 そこへ、フローラは不審気な顔で、紅琴の耳に口を寄せた。
「でも、ほんとうでしょうか、奥方様。ほんとうに、黄金郷エルドラドーの所在を御存じなのでございますか」
「知らないで、なんとしようぞ。フローラ、そもじに、その所在を明らかにするについては、陸では聴く耳があるかもしれませぬ。私たち二人は、沖に出て話すことにしましょう」
 と先刻は、鉄を断つ勢いを示したにもかかわらず、その紅琴が、なぜかものさびしく微笑ほほえんで、一そうの小船を仕立てさせた。
 次第に、フローラの体には、塩気が粘りはじめて、岩城いわしろの頂きが、遠く亡霊のようにぼんやりと見えた。うねりはゆるく大きく、船はすでに、二カイリの沖合に出ていた。
 するとその時、意外にも、紅琴のまぶたがぬれているのを見て、フローラは驚いた。
「おや、奥方さま、なぜにお泣きでございますの。御兄弟お二人を失ったとはいえ、ラショワ島の御主、黄金郷の女王となったあなたさまに、涙は不吉でございますのよ」
「いえいえフローラ、私たちは、いまこそ島に別れを告げねばならぬのです。おお、あの岩城、横蔵、慈悲太郎――これからは、二人のつかを訪れる者とてないであろう。したが、そもじは気づかぬであろうけれど、あの二人がこの世を去ったとすれば、当然火器を作って、土民たちを従えるに足る者が、島にはいのうなったはずじゃ。その理由ことわりがようわかれば、なぜ私が、無辜むこのグレプニツキーをあやめたか、合点がいったであろうのう。私たちが島を去ったのち、見す見すあの者に、支配されるのを口惜しゅう思ったからじゃ。もう私は、ラショワ島の主でも、黄金郷の女王でもない。そもじと同じ、ただの女にすぎませぬのじゃ」
 と紅琴は、伸び上がり伸び上がり、次第に点と消えゆく、島影に名残りを惜しんでいたが、その時、島の頂きに当たって、音のない爆音を聞いた心持ちがした。
 突如、地平のはるか下から、白夜を押し上げるようにして、燦然さんぜんたる金色のかさが現われたからである。
 それを見ると、フローラは紅琴のすそに泣き伏して、よよとばかりに歔欷すすり上げた。
「あ、あまりな御短慮ですわ。見す見すあの黄金郷を捨てて、奥方様はどこへおいでになるおつもりでございます?」
「いえいえ、私たちは、黄金郷へ行くのですよ」
 紅琴は、意外にも落ち着いた声で、そう言った。
「実を言うと、グレプニツキーをはじめ、島の頂きにある鉱脈に惑わされたのじゃ。あれは、黄銅といって、色は黄金に似ているとはいえ、価格に至っては振り向くものもない、その一部分が、露出しているために、背後に太陽があり、切れ海霧ガスが丸うなってそばを通ると、あのとおり、金色の幻暈かさを現わすのじゃ。したが私は、誓って終局のかぎが、ベーリング島にあると思うのです。そして、ベーリングの空骸むくろに印された遺書を見るまでは、なんで黄金郷の夢が捨てられましょうぞ」
「おお、それでは……それでは、これからベーリング島へ行くのでございますか」
 とフローラは、たまらず不安と寂寥せきりょうに駆られて、低く声を震わせた。
 しかし、同時に彼女は、何事かを悟ったと見え、全身がワナワナとおののきだした。というのは、いま紅琴に説かれた黄金郷の正体が、ついぞ先刻、自分の頭上を飾った、後光と同じ理論に落ちたからである。
 それが、いわゆる仏の御光(露が鏡面のように働いて、草の葉の面に太陽の像を現わし、また、その像が光源となり光線が逆もどりして、太陽のあるほうの側に、像ができる。そして、人の眼が、この像のできたところにあれば、露の中から、光を放っているように見えるのだ)――露に映した、自分の頭上に光輪が輝くことは、だれ一人知らぬ者とてない、普遍の道理ではないか。
 すると、再びあの苦悩が、しんしんと舞いもどってきて、彼女は、深い畏怖おそれに打たれた声で叫んだ。
 こうして、尽きせぬ名残りと殺害者のなぞ――またフローラにとると、父ステツレルの妖怪ようかい的な出現に疑惑を残し、この片々たる小船が流氷の中を縫い進むことになった。
「まいりますとも、まいりますとも……。奥方さまのおいでになるところなり、どこへなりとお供いたしますわ。そして、私は父の亡霊を見にいくのでございます。それは、ほんとうの父ではございません――父の幽霊でございましょう」
 それから、十数日の間というのは、まるで無限に引かれた灰色の幕の中を進んでいくようであった。
 時として、低い雲が土手のように並んでいると、それが島影ではないかと思い、はっと心を躍らせるのであるが、その雲はすぐ海霧ガスに閉ざされて、海も空も、夢の中の光のようにぼんやりとしてしまうのだった。
 そうして、死んだような鉛色の空の下で、流氷の間を縫い行くうちに、ある朝、層雲の間から、不思議なものが姿を現わした。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告