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青春の逆説(せいしゅんのぎゃくせつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 10:05:30  点击:  切换到繁體中文


      七

 編輯長は豹一の原稿の字の下手糞で、乱暴なのに辟易したが、とにかくざっと眼を通してみた。そして、眼を通してみてよかったと、思った。
(読まんと、社会部長あのおとこのところへ廻したりしたら、えらいこっちゃ。社会部長のこっちゃさかい、あとさきも見んとそのまま印刷に廻しよるやろ)
 村口多鶴子の悪口を書いているばかりでなく、「オリンピア」の宣伝部長まで醜行をあばかれているのだった。発表すれば、「オリンピア」から抗議は当然来るべき原稿なのだった。それだけに、特種としての値打は充分あるわけだが、それでは営業部の方が困るだろう。編輯部の立場としては、なるべくなら採用したいところだが、しかし、やはり営業部との摩擦は避けたかった。ひとつには、情にもろい編輯長は、村口多鶴子をかばってやりたかった。
 編輯長は豹一の原稿を没にした。が、豹一には些か可哀相な気がした。偶然に恵まれたというものの、それだけの材料をスクープするのは、余程活躍したにちがいないのだ。
(やっぱりあいつは見どころがあった。寒いのに夜なかまでよう活躍しよった。没になったと知ったら、悲観しよるやろ)そう思っているところへ、豹一から電話が掛って来た。
「僕、毛利です」
 編輯長は相手が誰か咄嗟にわからなかった。若い声だから、たいした人間からではないのだろうと、
「毛利て誰やねん?」
「はあ。あの社会部見習の毛利豹一です」
「なんや、君か? なんぞ用か?」
「はあ、あのう、さっきの原稿もう印刷に廻ってますか?」
「まだやぜ。それがどないしてん?」
「まだですか。そうですか。そんなら、大変勝手ですけど、あれを没にして下さいませんか?」
「なんでや?」
「はあ。あのう、ちょっと事情がありまして……」
「そうか。そんなら、君のいう通りにしとくわ」編輯長は微笑した。「そいで、いまどこにいるねん?」
「はあ。心斎橋の不二屋に……」
「誰といるねん? 恋人スーチャンとか?」
 編輯長は思いがけぬ豹一の申出でにすっかり気を良くして、そんな冗談をいい、
「それじゃ、くれぐれもお願いいたします」
 という豹一の汗のたれるような言葉を耳に残しながら、電話を切った。途端に、編輯長は、
(あいつ村口多鶴子に頼まれよったんやろ。いま会うとるのやろ)
 若い部下のはなやかな活動を想像して、全く上機嫌だった。丁度その時土門が前借の印を求めに来たので、盲印を押してやるぐらいだった。
 電話を掛け終ると、豹一は多鶴子のところへ戻って来て、記事の発表を見合せることにした旨言った。
「ありがとう。折角お骨折りなすったのに……」
 多鶴子はそう言いながら、ふと、(結局この人は昨夜私を救うために、骨を折ってくれたということになるのだわ)と、思った。多鶴子はいきなり起ち上ると、
「ここを出ません?」朗かな声で、一緒に歩きましょうという気持を含めて、言った。
 なによりも多鶴子は、豹一が自分の言葉に感動してくれたことが嬉しかった。そして、すぐ希望以上の処置をとってくれた豹一が、多鶴子の持前の虚栄の眼からは、まるで騎士のように見えるのだった。
 昨夜彼女の自尊心をかなり傷つけた筈の、豹一の行動も、いまにして思えば、夜更という点にひどくこだわった好ましい内気さから出たものと、考えられるのだった。そして、帰りぎわの風のような素早さは、騎士のように颯爽たるものがあったと、このかつての女優は思った。
 心斎橋の雑閙を避けて、御堂筋の並木道を大丸の方へ、肩を並べて歩いて行った。柔い日射しが二人の顔にまともに降り注いだ。寝不足の豹一の眼にはその日射しが眩しかった。彼は眉の附根を寄せていた。多鶴子はライトの強烈な刺戟に馴らされていたから、そんなことはなく、豹一のその表情を見て、眉をひそめていると感違いした。つまり、不機嫌だと思ったのである。
 これは彼女の虚栄から言っても、あり得べからざることだった。彼女は豹一の心を惹きつけるべく、本能的に努力した。心斎橋まで来ると、多鶴子は、
「引きかえしましょう」と、言い、なお、「私と歩くのお嫌い?」とまで言う始末だった。
 誰が考えても、豹一は多鶴子から良い待遇をされていることになる。並んで歩いているだけでも、羨望に価するのだ。さすがに豹一はすれ違いざまにしげしげと見て行くひとびとの眼のなかに、それを読んだ。
(おれは人気女優と肩を並べて歩いているのだ!)
 悪い気はしなかった。が、かねがね豹一は「人気」などというものは軽蔑していた筈ではないか、それを、こんな風に喜んでいるのは、矛盾といってよいのか、あるいは彼の若さといってよいのか、――ともあれ他人がこんな考えを抱いているのを見ると、豹一はむかむかと軽蔑心が湧いて来るところだった。しかし、さすがに豹一は、そういう矛盾に気づいたのか、それとも照れていたのか、すっかり悦に入ってしまっているわけではなかった。
 だから、そんな風に質問されて、「いや、光栄のいたりです」などと、たとえ笑いながらにしても、言うような莫迦げたことはしなかった。といって、咄嗟に良い返答も泛ばなかった。
「まあ、しかし……」結局、そんな風に口のなかで呟いた。
 多鶴子は気色を損じてしまった。豹一は多鶴子の心の動きに敏感になっていたから、すぐ、(拙いことを言ったもんだ)と、気がついて、
「僕いま勤務時間中をサボってることになるんです。たまにサボるのも良いですね」苦しい弁解だった。
 が、この言葉は釈りようによっては「私と歩くのはお嫌い?」という多鶴子の問に答えていることになった。少くとも多鶴子は、豹一が自分と一緒に歩くことを喜んでいるものと釈りたかった。釈った。
 つまり、その苦しい弁解はいくらか成功だった。多鶴子も満足したし、また豹一も満足出来た。誰にきかれても恥しくない言葉だったからである。
 この豹一の慎重さは、なお見るべき効果を収めた。彼は厚面しい男や、抒情的な恋人のよく使う、
「こうして歩いているところを見たら、ひとはどう思うでしょうかね?」
 というような、思わせ振りな言葉はあくまで警戒していた。つまり、教養ある女をいっぺんにうんざりさせてしまうような言葉を、調子に乗ってうかうかと口にするようなことはしなかったのである。そのため、多鶴子は若い新聞記者と肩を並べて御堂筋の舗道をわざわざ往復しているということを、必要以上に意識せずに済んだ。自然豹一の心を惹きつけるための無意識な媚はすらすらと発露された。豹一は自惚れても良かったのである。ところが、意外な出来ごとのために、豹一は全然正反対の気持になってしまった。
 大丸の前まで来た時だった。
「毛利さんに妹さんがあったら、きっと綺麗な人だと思うわ」
 と、相手の嬉しがるような言葉を口に出しかけた多鶴子が、不意に顔色を変えて言葉をのみこんだ。真蒼な痙攣が多鶴子の横顔に来た。おやっと思った豹一の眼に、大丸の扉を押して出て来た男の姿が、なぜか止った。
 バンドのついた皮の外套を短く着て、ゴルフ用のズボンを覗かせていた。縁なしの眼鏡の奥から、豹一をじろりとにらんだ。が、その前にその男は多鶴子の顔を見ていた。そして、あっという顔付きで立ちすくんでいたが、やがて固い歩き方で寄って来ると、
「暫く……。どうしてるの」と、多鶴子に言葉を掛けた。
「…………」多鶴子はハンドバッグの金具をパチンとしめなおした。かすかに手がふるえていた。
「新聞で見たよ、『オリンピア』に出ているんだってね? ――まあ、元気でやりなさい」豹一の方をじろりと見てから、もう一度多鶴子の顔を見た。多鶴子は、
「ありがとう」と、小さく言った。男は手をあげて、
「じゃ」行ってしまった。
「あ」多鶴子は靴の踵をちょっと動かしたが、あとを追うのを思い止った。そして、暫く立ちすくんでいたが、やがて物も言わずに歩き出した。
「誰ですか?」豹一はやっと訊いた。
「矢野さん」それっきり多鶴子は口を利かなかったから、豹一はいや応なしに、「私は矢野さんが好きでした」とさっき不二屋できいた多鶴子の言葉を取りつく島のない気持で想い出さされてしまった。なお、今しがた矢野さんが残して行った見下すような(――と豹一は思った――)一瞥を想い出した。
 豹一は自分の表情をもて余した。多鶴子の足が急に早くなったので、瞬間少しは歪んだにちがいない表情をそれと気づかれるおそれがなくて、もっけの倖いだと思ったものの、多鶴子の足が早くなったのは、それだけ心が動揺している証拠だと、豹一にもその動揺がそのまま乗り移って来た。所詮心の平かな筈はなかった。
 いくらか自惚れかけているところだけに、多鶴子の動揺は一層辛かった。それに情けないことには、豹一の眼から見て、矢野は想像以上に立派に見えた。寒い風も当らぬような顔で立去って行ったのではないか。豹一は自分が矢野の前で頗る影が薄かったと、思った。
 多鶴子は黙々としていたので、豹一はそんな風に孤独な考えに耽った。
(矢野はおれがこの女の傍にいるのを見て、ちゃんちゃらおかしいと思っただろう)
 嫉妬の気持はこうして、徐々に豹一の心にしのび込んで来た。豹一の心を惹きつけようという多鶴子のさっきからの無意識な努力は、かえって黙っていることによってはじめて実を結んだ。
 だが、さすがに豹一は余り黙っているので、いつまでもついて歩いているのは浅ましいことだと、思った。豹一は多鶴子の顔を非常に美しいと、意識しながら、
「僕ここらで失礼します」と、言った。そして、だしぬけに傍を離れてしまった。
 そんな風にいきなり立ち去ろうとした豹一を見て、多鶴子ははじめてわれにかえった。
「あ、毛利さん」呼び止めて、「今夜『オリンピア』へ来て下さらない?」と、言った。
 そして、豹一の方へ二、三歩駆寄った。
 寒い風が日のかげった舗道に吹いた。
 豹一は、
「ええ」と、声をあげた。そして別れた。

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