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「罪と罰」の殺人罪(「つみとばつ」のさつじんざい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-31 10:56:22  点击:  切换到繁體中文


 作者さくしやなんゆえにラスコーリニコフが氣鬱病きうつびやうかゝりたるやをかたらず開卷かいかん第一にその下宿住居げしゆくじゆうきよ點出てんしつせり、これらをも原因げんいんある病氣びやうきいひしりぞけたらんには、このしよ妙所みやうしよついにいづれにかそんせんや。なんゆえ私宅教授したくけふじゆの口がありても錢取道ぜにとるみちかんがへず、下宿屋げしゆくやに、なにるとはれてかんがへることるとおどろかしたるや。なんゆへに、婬賣いんばい女につみおこな資本しほんりながら、香水料こうすいりよう慈惠じけいせしや、なんゆへ少娘むすめ困厄こんやくせしめし惡漢あくかんをうちひしぐなどの正義せいぎありて、しかしておのみづかひところすほどの惡事あくじせしや、なんゆへきはめて正直せうじきなるこゝろもつて、きはめて愛情あいじようにひかさるべき性情せいじようしかしてはゝいもと愛情あいじよう冷笑れいしようするにいたりしや、なんゆえに一にんえきなきものをころして多人數たにんずえきすることしきことなしといふ立派りつぱなる理論りろんをもちながら流用りうようすること覺束おぼつかなき裝飾品そうしよくひん數個すこうばひしのみにして立去たちさるにいたりしか、なんゆえにこの裝飾品そうしよくひんうばふはたん斬取強盜きりどりごうとう所爲しよいにしていやしくも理論りろんかまへたる大學生だいがくせいすべからざるところなるをわすれしか、是等の凡ての撞着是等の凡ての調子はづれ是等の凡ての錯亂、はすなは作者さくしや精神せいしんめて脚色きやくしよくしたるもの、しかしてその殺人罪さつじんざいおかすにいたりたるも、じつれ、この錯亂さくらん、この調子てふしはづれ、この撞着どうちやくよりおこりしにあらずんばあらず。而してくこのしよ主人公しゆじんこうはたらかせしものは即ち無形の社會而已なること云を須たず
 運命うんめい人間にんげんかたちきざめり、境遇けふぐう人間にんげん姿すがたつくれり、不可見の苦繩人間の手足を縛せり不可聞の魔語人間の耳朶を穿てり信仰しんこうなきのひと自立じりつなきのひと寛裕かんゆうなきのひと往々おう/\にして極めてあはれむべき悲觀ひかんおちいることあるなり、これくわふるに頑愚の迷信あり誤謬の理論あり惑溺の癡心あり無憑の恐怖あり盲目の驕慢あり涯なき天と底なき地の間に

What a poor wretched creature as I am,
Creeping between heaven and earth.

絶叫ぜつけふするもの、あにハムレツトのみならんや。
 來島クルシマ某、津田ツダ某、とうのいかにあはれむべき最後さいごしたるやをるものは、罪と罰の殺人さつじん原因げんいん淺薄せんはくなりとわらひてしりぞくるやうのことなかるべし、利慾よりならず名譽よりならず迷信よりならずしかしてべつある誤謬ごびゆうそんするあるにもあらずしてこの殺人さつじんつみおかす、世に普通なるにあらずしてしかも普通なる理由によつてなり、これをうつきはめてかたし、これをむものもそのこゝろしてよまざるからず、涙香ルイコウ探偵小説たんていせうせつごとぞくよろこばすものにてなき由を承知しようちして一どくせばみづか妙味みようみ發見はつけんすべきなり、余はこのしよ讀者どくしや推薦すいせんするをはばからず、學海居士ガクカイコジ評文ひようぶんきたるもこれもつてなり。(おそときすくなく文意ぶんいつくさずこれりようせよ)

(明治二十六年一月十四日「女學雜誌」甲の卷、第三三六號)




 



底本:「明治文學全集 29 北村透谷集」筑摩書房
   1976(昭和51)年10月30日初版第1刷発行
初出:「女學雜誌 三三六號」女學雜誌社
   1893(明治26)年1月14日
入力:石波峻一
校正:小林繁雄
2005年9月10日作成
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    「りっしんべん+隋」    109-下-4

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