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天草四郎の妖術(あまくさしろうのようじゅつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 6:12:31  点击:  切换到繁體中文

底本: 妖異全集
出版社: 桃源社
初版発行日: 1975(昭和50)年9月25日
入力に使用: 1975(昭和50)年9月25日
校正に使用: 1975(昭和50)年9月25日

 

   一

 天草騒動の張本人天草四郎時貞は幼名を小四郎と云いました。九州天草大矢野郷越野浦の郷士であり曾ては小西行長の右筆まで為た増田甚兵衛の第三子でありましたが何より人を驚かせたのは其珠のような容貌で、倫を絶した美貌のため男色流行の寛永年間として諸人に渇仰されたことは沙汰の限りでありました。
 しかし天は二物を与えず、四郎は利口ではありませんでした。是を講釈師に云わせますと「四郎天成発明にして一を聞いて十を悟り、世に所謂麒麟児にして」と必ず斯うあるところですが、尠くも十五の春の頃迄は寧ろ白痴に近かったようです。
 それは十五の春の頃でしたが、或時四郎は父に連れられて長崎へ行ったことがございます。
 或日四郎は只一人で港を歩いて居りました。それは一月の加之しかも七日で七草の日でありましたので町は何んとなく賑かでした。南国のことでありますから一月と云っても雪などは無く、海の潮も紫立ち潮風も暖いくらいです。桜こそ咲いては居りませんでしたが金糸桃えにしだの花は家々の園で黄金のような色を見せ夢のように仄な白木蓮は艶かしい紅桃と妍を競い早出の蝶が蜜を猟って花から花へ飛び廻わる――斯う云ったような長閑な景色は至る所で見られました。
 髪は角髪衣裳は振袖、茶宇の袴に細身の大小、草履を穿いた四郎の姿は、天の成せる麗質と相俟って往来の人々の眼をそばだて別ても若い女などは立ち止まって見たり振り返って眺めたり去り難い様子を見せるのでした。
 四郎は無心に海を見乍ら港を当て無く歩いていましたが不図砂地の大岩の周囲に多数の男女が集まって騒いでいるのに眼を付けますと、愚しい者の常として直ぐに走って行きました。
 岩の上に老人がいて何か喋舌っているのでした。
 白い頭髪は肩まで垂れ雪を瞞く長髯は胸を越して腹まで達し葛の衣裳に袖無羽織、所謂童顔とでも云うのでしょうなつめのような茶褐色の顔色。鳳眼隆鼻。引き縮った唇。其老人の風采は誠に気高いものでした。
 と、老人は一同を見渡しカラカラと一つ笑いましたが、
「これ集まったやくざ者共、何を馬鹿顔を為て居るぞ。いつもの芸当を見たいそうな。……ところが左様は問屋で卸さぬ。碌な見料も置いていかずに面白い芸当を見ようとするのは取も直さず泥棒根性。眼保養の遣らずぶったくりだ。そういう奴は出世せんぞ。まごまごすると牢屋へ入れられる」
 斯う大口を叩いたものです。
 しかし集まった見物人が別に怒りもしないところを見ると斯ういう調子には慣れているのでしょう。中には老人の其悪口が面白いとでもいうように笑っている者さえありました。
 軈て老人は立ち上がると側に在った縄を取り上げてピューッと高く空に投げ上げ落ちて来る所を右手で受け其儘クルクルと輪に曲げましたが、
「それ、よいか、驚くなよ」
 斯う云い乍ら岩の上へ置くと、何んと不思議ではありませんか、その縄が一匹の蛇と成ってヌッと鎌首を持ち上げたものです。
「ワッ」
 と見物は叫び乍ら逃げる。それを冷かに見遣り乍ら、
「これこれ見物逃げるには当らぬ。蛇では無い是は縄だ」
 云い乍ら老人は手を延ばしひょいと其蛇を取り上げると見るやツツーと一つ扱きましたが、成程夫れは蛇では無くて三尺ばかりの古縄でした。
「ワッハッハッ」
 と老人は笑う。見物は安心して寄って来る。次なる芸当が始りました。
「エイ」
 と鋭い気合と共に老人は古縄をまた扱きましたが夫れを右の掌へ立てると一本の樫の棒となりました。
「延びろよ延びろよ、延びろよ延びろよ!」
 恰も歌でも唄う様に老人は大声で云うのでした。と、是は又何たる奇怪! 三尺ばかりの樫の棒が其老人の声に連れてズンズンズンズンズンズンと蒼々と晴れた早春の空へ延びて行くではありませんか。
 空の一所に雲がある。その雲の中へ棒の先は軈て這入って行きました。
「さて」
 と老人は笑い乍ら見物をジロジロ見渡しましたが
「もう徐々金を投げても宜かろう。容易に見られぬ芸当じゃ。何をニヤニヤ笑っているのだ。一文無しの空尻かな。只匁で見るつもりかな。そいつは何うも謝るの。……それとも芸当が気に入らぬか? よしよし夫れでは最う一息アッという所を見せてやろう。それで今日はお終いだ。もし芸当が気に入ったら幾何でもよい金を投げろよ。俺も大道芸人じゃ。只見されたでは冥利に尽きる」
 斯う云い乍ら老人は屹と手許を睨みました。

     二

 右の掌には依然として棒が立って居るのです。そうして棒の突端は雲に隠れて見えません。
 と、老人は掌の棒を窃と岩の上へ置きましたが棒は岩を基礎にして依然として雲に聳えて居ます。
「さあ、よくよく眼を止めて俺の為る所を見て居るがよい。投げ銭抛り銭は其後の事じゃ」
 老人はニヤニヤ笑い乍ら相変らず大口を叩きましたが、つかつかと棒に近寄りますとひょいと両手を棒に掛けツルツルと一間ばかり登りました。棒は倒れもしばりもしません。依然として雲表に聳えて居ます。
「さて是からが本芸じゃ。胆を潰して眼を廻わすなよ」
 老人は此言葉を後に残し恰も猿が木を登るように棒を登って行きましたが登るに従い老人の姿は漸時小くなるのでした。軈て雲にでも這入ったのでしょう全く見えなくなりました。
 すると今度は聳えていた棒が雲の中へ手繰られると見えて岩からスッと持ち上がりました。そして非常な速さを以て雲の中へ引込まれました。
 と、突然其雲の中から老人の声が聞えて来ました。
「さあもう今度は金を投げてもよかろう」
 声に応じて見物達は雨のように小銭を投げましたが、不思議なる哉。その小銭は一つとして地上に落るもの無く忽然と又翩飜へんぽんと空に向かって閃めき上り皆雲の中へ這入って了いました。
「何だ、これっぱかりか、鄙吝しみったれた奴等だ。が今日の飯代にはなる。ワッハッハッハッ」
 と笑う声がしたが夫れも矢っ張り雲の中からです。
 一人去り二人去り何時の間にか見物人は立ち去りましたが、四郎一人は空を見上げたまま何時迄も立って居りました。不思議で不思議でならないのでしょう。
「小僧!」
 と突然耳許で老人の声が聞えました。
「ああ吃驚した」
 と声を筒抜かせ四郎は四辺あたりを見廻わしましたが、老人の姿は見えません。
「此方だ此方だ!」
 と復声がします。遠い所から来るようです。声の来る方に林があり其林の裾の辺をその老人が歩いています。
「お爺さあァん!」
 と声を張り上げ四郎は呼び乍ら足を空にして其方へ走って行きました。
 間も無く林まで行き着きましたが、もう其時は老人は遙かの岡の上に立っていました。四郎は少しも勇気を挫かず岡を目掛けて走って行き、漸く岡へ着いた時には、今度は老人は遙か彼方の小川の岸にたたずみ乍ら四郎を手招いて居りました。
 今度は流石に落胆がっか[#「落胆がっかり」は底本では「落胆がっかりり」]して四郎は足を止めましたが、併し何うにも名残惜くて引っ返えす気にもなりませんでした。
 其時老人は手を上げて二、三度四郎を招きましたが「小僧!」と復も呼ぶのでした。
 それで復もや元気を出して四郎は其方へ走って行きました。
 併し全く不思議なことには何んなに四郎が走っても何うしても老人へは追い着けません。その癖老人は疲労れた足つきでノロノロ歩いているのです。
 小川を越すと広い野となり野を越すと小高い丘となり丘の彼方は深い林で白い色の見えますのは辛夷の花が咲いているのでしょう。
 やがて夕暮となりました。ケンケンと鳴く雉子の声。ヒューと笛のような鶴の声。塒を求める群鴉の啼音が、水田や木蔭や夕栄の空から物寂く聞えて来て人恋しい時刻となりました。
 尚老人は歩いて行く。で四郎も走って行く。こうして半刻も経った頃には夕陽が消え月が出て四辺は蒼白くなりました。
 その時初めて老人は立止まったのでございます。
 其処は山の裾野でしたが、枯草の上へ胡座を掻き満月を背に負った老人の姿は妖怪もののけのようでございます。
「おい小僧、此処へ坐われ」
 近寄る四郎の姿を見ると斯う老人は云いました。
「貴様の名は何んと云う?」
「増田四郎と申します」
 おろかながらも姓名だけは四郎も知って居りましたので、老人の側へ坐わり乍ら斯う無邪気に云ったものです。

     三

「何んの為に此処まで来たな?」
 四郎は黙って笑っています。
「もっと芸当を見たいからか?」
「はい」と四郎は頷きました。
「よしよし夫れでは見せてやろう。いや可愛い美少年じゃ。お前のような美童の前では俺の芸当も逸むというものじゃ」
 老人はこんな事を云い乍ら少し居住居を正しましたが、光清らかの月に向かってホーッと長い息を吐きました。と其呼吸は薄紫の一条の橋となりまして月へ懸ったではありませんか。併し不思議は夫ればかりで無く、円い満月の真中所にポッツリ点が出来ましたが夫れは何うやら穴らしく、そこから一人の老人がスッポリ体を抜け出すと橋の上へ下り立ちました。
 だんだん此方へ遣って参ります。
 見ている中に老人は地上間近く近寄りましたが、よくよく見れば其の老人は、今尚草の上に胡座を掻き呼吸を吐いている老人と、瓜二つではありませんか、似たというより二個の老人は全く同一の人間なのです。
 斯うして橋上の老人は呼吸を吐いている老人の口許近く参りましたが、不意に形が小さくなり、一寸ばかりになったかと思うと、身を踴らせて口の中へピョンと飛び込んで了いました。
 途端に此方の老人はパクリと口を閉じましたが忽ち橋は消え失せて、驚いて見ている四郎の眼前には老人が草に坐わっているばかり他に変ったことも無く橙果色だいだいいろをした月の面にも別に穴などは開いていません。
 と、老人は腹を撫でましたが、
「おい、宗意、居心地は何うだ?」
 腹に向かって呼びかけました。
「左様さ、先は平凡だの」腹中の老人が喋舌るのでしょう、斯う云う声が聞えて来ましたが「お前は何うだえ、宗意?」
「俺かな。俺は大浮かれさ。素晴らしい美童を捉まえての」
「フフン」
 と、すると腹中の声は、嘲けるように笑ったものです。
「年甲斐も無い何の事だ」
 そこで老人と腹の中の声とは暫く黙って居りました。
 寂然と四辺は静かです。
 と、老人は腹を撫で腹中に向かって云いました。
「酒が飲みたい。酒が飲みたい」
 まだ其声の終えない中に老人の鼻の左の穴からピョイと何物か飛び出しました。草の上へちゃんと坐わる、刺身の載せてある皿でした。すると今度は右の穴から燗徳利が飛び出して来ました。それから両方の鼻の穴から、猪口や箸や様々の物が次々に飛び出して来ましたが、突然カッと口を開くと其処から火を入れた角火鉢が灰も零れず出て来ました。
「何うだ?」と其時腹の中から先刻の声が聞えて来ました「もう大概是れでよかろう?」
「いや未々」
 と老人は腹中に向かって叫ぶのです。
「若い別嬪を出してくれ」
「なに別嬪? 贅沢を云うな。そこに美少年がいるじゃ無いか」腹中の声は笑っています。
「女気が無いと寂しくて不可いかん
「よしよし夫れじゃ出してやろう」
 腹中の声が終えると同時に老人の口から十七ぐらいの一人の娘が出て来ましたがほっそりとした色の白い髪毛の黒い美貌の娘で、四郎を見るとニッコリ笑い、其側へ行って坐わりました。
「並んだ並んだお雛さまが」
 老人は二人を眺め乍ら面白そうに手を拍ちましたが、猪口を掴むとつと前へ出し、
「さあさあ酒を注いでくれ」
「はい」
 と娘は慣れた手つきで徳利を取って酌をします。
「さあさあ娘、立って舞い」
「はい」と云って立ち上り娘は舞をまい出しました。
 黄色い澄み切った早春の月。藪蔭で啼いている寝惚鳥。生温かい夜の風。月光を砕き風に乗り翩飜と舞う長い袖。……娘の舞は今様と見え声涼しく唄い出しました。

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