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十二神貝十郎手柄話(オチフルイかいじゅうろうてがらばなし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 6:34:03  点击:  切换到繁體中文


        二

 京橋の中ほどまで来た時である、彼女はすっかり疲労つかれてしまった。こんなに歩いたことがないからである。彼女はだるそうに足を止めた。
 と、彼女の左側に、一挺の駕籠が下ろされた。そこで彼女は振り返って見た。侍が手を上げて駕籠を指している。で、彼女は安心して、駕籠の中へ身を入れた。
 こうしてお島を乗せた駕籠が、三月の月に照らされながら、品川の方へ揺れて行く後から、袴なしの羽織姿の、その立派な侍が、大して屈托もなさそうに、しかし前後に眼を配って、油断を見せずに従いて行った。
 芝まで行った時であった、そこの横町から一人の旅僧が、突然現われて駕籠へ寄ろうとした。
「これ!」と侍が声をかけた。
 旅僧はギョッとした様子であったが、何も云わずに後へ下がった。その間に駕籠と侍とは、先へズンズン進んで行った。
 と、また横町から無頼漢のような、一人の男が飛び出して来た。
「これ!」
 とたったそれだけであった。駕籠と侍とは先へ進んだ。しかしまたもや横町があって、そこの入り口へまで差しかかった時、一人の武士と売卜者うらないしゃとが、駕籠の行く手をさえぎるようにして、その入り口から走り出た。
「これ!」と侍は声をかけた。「駕籠へさわるな! 俺を知らぬか! ……思うに恐らく今度の事件には『館林様』はご関係あるまい! やり方があまりに惨忍に過ぎる!」
 武士と売卜者とは黙っていた。その間に駕籠と侍とは進んだ。その駕籠と侍との遠退くのを、四人の者は一つにかたまり、残念そうに見送ったが、
「どうも十二神オチフルイに出られたのではね」売卜者風の神道徳次郎が云って、テレ切ったように額を撫でた。
「それにちゃあんと見抜いておる」こう云ったのは武士姿の、紫紐丹左衛門であった。「館林様がご関係ないとね」
「せっかく浅草から狙って来たんだが」鼠小僧の外伝が――旅僧の姿をした男が云った。「ねっからこれでは始まらない」
「諦めるより仕方がないよ」こう云ったのは無頼漢ならずもの風の、稲葉小僧新助であった。「相手が十二神オチフルイとあるからには、六人かかったって歯が立たねえ。まして今は四人だからな」

 この間もお島を乗せた駕籠と、与力十二神オチフルイ貝十郎とは、品川の方へ進んで行った。品川の一角、高輪の台、海を見下ろした高台に、宏大な屋敷が立っていて、大門の左右に高張り提灯が、二さお威光を示していた。
 その前まで来ると駕籠が止まり、お島が駕籠から下ろされた。
「こっちへ」
 と貝十郎は声をかけたが、くぐりの戸を軽く打ち、開くのを待って内へはいった。で、お島も内へはいった。大門から玄関へ行くまでの距離も、かなりあるように思われた。
 宏大な屋敷の証拠である。
 おとなうと小侍が現われた。
「拙者十二神オチフルイ貝十郎でござる」
 すると小侍はすぐに云った。
「は、お待ちかねでございます。どうぞずっと奥の部屋へ」
 そこで貝十郎はお島を従え、玄関を上がって奥へ通った。長い廊下や鈎手の廊下や、いくつかの座敷が二人を迎え、そうして二人を奥へ送った。
 広い裏庭が展開ひらけていて、木立や築山や泉水などがあり、泉水の水が木洩れの月光に、チロチロ一所光っていた。その裏庭の奥まったところに、別棟の一軒の建物があって、長い廊下でつながれていた。
「こっちへ」と貝十郎はまたも云って、お島の先に立って進んで行った。

        三

 その建物の内へはいり、座敷の様子を眺めた時、お島は異人館へ来たのかと思った。
 瓔珞ようらくを垂らした切子きりこ形の、ギヤマン細工の釣り灯籠どうろうが、一基天井から釣り下げられていたが、それの光に照らされながら、いろいろの器具、さまざまの織物、多種多様の道具類、ないしは珍らしい地図や模型、または金文字を表紙や背革へ、打ち出したところの沢山の書籍、かと思うと色の着いた石や金属、かと思うと気味の悪い人間の骸骨がいこつ、そう云ったものが整然と、座敷の四方に並べられてあり、壁には絵入りの額がかけてあり、柱には円錐形の鳥籠があって、人工で作ったそれのような、絢爛けんらんたる鳥が入れてあるからである。
 そうしてそれらの一切の物へは、いちいち札がつけてあった。硝子ガラス細工らしい長方形の器具が、天鵞絨ビロードのサックへ入れてあったが、それへ附けられた札の面には、テルモメートルと書かれてあり、四尺四方もあるらしい、黒塗りの箱の一所から、筒のようなものがはみ出しており、その先にレンズの嵌まっている器具には、ドンクルカームルと記された札が、その傍らに立ててあった。長さ五尺はあるらしい、太い竹筒を黒く塗ったような、二所ばかりに節のある器具――先へ行くに従って細くなり、その突端にレンズのある器具には、ルーブルと書いた札がつけてあった。
 そういう座敷の一所に、一人の侍が端坐して、それらの物を眺めていたが、貝十郎とお島とを見ると、気軽そうに挨拶をした。
「これはようこそ、まあまあお坐り」
「吉雄殿、お話しのお島という娘で」
 貝十郎はこう云ってから、お島の方へ声をかけた。
「大通辞の吉雄幸左衛門殿じゃ」
 お島はうやうやしく辞儀をした。それを幸左衛門は軽く受けたが、
「いかさま美しい娘ごじゃな。こういう娘ごの命を取ろうなどとは、いやとんでもない悪い奴らで。……が、もうご安心なさるがよい。今夜で危険はなくなりましょう」
「いつ見てもこの部屋は珍らしゅうござるな」
 貝十郎は見廻しながら云った。
「見物が多うございましょうな」
「さよう」と幸左衛門は微笑した。「応接に暇がないほどでござる」
「平賀源内殿、杉田玄伯殿など、相変わらず詰めかけて参りましょうな」
「あのご両人は熱心なもので。その他熱心の人々と云えば、前野良沢殿、大槻玄沢殿、桂川甫周殿、石川玄常殿、嶺春泰殿、桐山正哲殿、鳥山松園殿、中川淳庵殿、そういう人達でありましょうか。その人々の見物の仕方が、その人々の性格を現わし、なかなか面白うございます」
「ほほう、さようでございますかな。どんな見方を致しますので?」
「前野良沢殿、大槻玄沢殿、この人達と来た日には、物その物を根掘り葉掘り尋ね、その物の真核を掴もうとします」
「それは真面目の学究だからでござろう。あの人達にふさわしゅうござる。蘭医の中でもあのご両人は、蘭学の化物と云われているほどで」
「ところが平賀源内殿と来ると、ろくろく物を見ようともせず、ニヤリニヤリと笑ってばかりおられ、このような物ならこの源内にも、作り出すことが出来そうで――と云いたそうな様子をさえ、時々見せるのでございますよ」
「アッハッハッ、さようでござろう。平賀殿はいうところの山師、山師というのは利用更生家、新奇の才覚、工面をなして、諸侯に招かれれば諸侯を富まし、町人に呼ばれれば町人を富まし、その歩を取って自分も富む――と云う人間でありますからな。このような物を一眼見ると、それを利用してそれに類した物を、なるほどあの仁なら作られるでござろう。……それはそうとカランス殿には」
 貝十郎は改まって訊ねた。
「奥の部屋においででございます」
「では」と貝十郎は立ち上がった。「吉雄殿にもどうぞご一緒に」
「よろしゅうござる」と幸左衛門も立った。
 二人につづいてお島も立ち上がり、二人につづいて奥の部屋の方へ行った。
 お島に取ってはこの部屋も、この部屋にある諸※(二の字点、1-2-22)の器具も、五十年輩で威厳があって、それでいてどことなく日本人ばなれしている、吉雄幸左衛門という人物も、驚異にはあたいしていたが、不思議と恐怖には値していなかった。
(この人達なら助けてくださるだろう)
 かえってそんなように思われたのである。

        四

 一本の蝋燭ろうそくがともっていて、その火を映した巨大な鏡が、部屋の正面の壁にあり、蝋燭の立ててある台の側に、長髪、碧眼、長身肥大、ガウンをまとった紅毛人が、椅子に腰かけて読書をしてい、それらの物の以外には、ほとんどこれという器具調度はない――と云う部屋は蝋燭の火と、それを映している鏡の反射とで、他界的と云おうか夢幻的と云おうか、そう云ったような言葉をもって、形容しなければならないような、微妙な暗さに色彩いろどられている。
 お島と貝十郎と幸左衛門とが、はいって行ったところの奥の部屋は、そう云ったような部屋であった。
 すぐにお島は恍惚うっとりとなった。その部屋の光景に魅せられたのである。
 紅毛人は立ち上がったが、お島の顔を射るように見た。それから幸左衛門へ何やら云った。異国の言葉で云ったので、一言もお島には解らなかった。
 幸左衛門が異国の言葉で、紅毛人へ何か答えた。それからお島へささやくように云った。
和蘭オランダ甲必丹キャピタンカランス殿じゃ。このお方がお前様を助けてくださる」
 そこでお島は頭を下げ、真心まごころからオドオドとお礼を云った。
「カランス様有難う存じます。どうぞよろしくお願いいたします」
 もちろん日本語で云ったのであるから、カランスには意味は解らなかったが、お島の態度のつつましさが、その好感を招いたらしく、彼は頷いて微笑をした。と、その時貝十郎が、お島の耳もとで囁いた。
「そなたの苦しい境遇と、そなたの不思議な病気につき、私は探って知ったのだ。いや探らせて知ったのだ。その結果を吉雄殿に話し、吉雄殿からカランス殿に話し、カランス殿の力によって、そなたの身の上に振りかかっている、危難を助けていただくことにした。……あの薬売りの藤兵衛という男に、ああいうことを云わせたのも、この十二神オチフルイ貝十郎なのだ。安心して一切をまかせるがよい。と云うのはこれからこの部屋の中へ、そなたの胆を奪うような、奇怪な出来事が起こるからだ。驚いて気絶などしないように」
「はい有難う存じます。厚くお礼を申し上げます」
 ――で、お島はまた辞儀をした。もうこの頃は今の時間にして、午前の一時を過ごしていた。お島に病気が起こる頃であった。見ればカランスは両手をもって、大きな黒布くろぬのを持っていた。あのスペインの闘牛師が、闘牛に向かって赤い布を、冠せようとして構え込む、ちょうどあのような構え方で、黒布を持ち構えているのであった。と、そういうカランスが、幸左衛門へ向かって云った。それを幸左衛門が通訳した。
「お島殿、カランス殿が仰せられる、鏡を一心にご覧なされと」
「はい」と素直にお島は云って、鏡の面を凝視した。鏡は朦朧もうろうと霞んでいた。煙りが凝っていると形容してもよく、朝の湖水の一片が、張り付いていると形容してもよかった。
 物を写してはいなかった。四人立っているその四人の、誰もが写っていなかった。立っている位置のかげんからではあるが、蝋燭も写ってはいなかった。光は受けてはいたけれど、形を写していないのである。しかし間もなくその鏡面へ、ほのかに物の形が写った。
わたしが病気になる時刻が来た)
 そうお島が思った時に、物の形が鏡へ写り出したのである。ぼんやりと見えていた物の形が、次第にハッキリとなって来た。それは立派な部屋であった。
 その部屋に三人の男女がいた。一人は白衣を着た修験者であり、一人は島田に髪を結った、美しい若い小間使いであり、一人は四十を過ごしたらしい、デップリと肥えた男であって、大店おおだなの旦那とでも云いたいような、人品と骨柄とを備えていた。
「あッ」とお島は声を上げた。
「妾の……小梅の……寮のお部屋だわ! ……お菊と、叔父様と大日坊とがおられる!」
 その時鏡中に変化が起こった。三人の間に机があったが、その上に一個の人形が、大切そうに立てられたのである。

        五

 事件は過去へ帰らなければならない。
 隅田川のほとり、小梅の里に、風雅と豪奢ごうしゃとを兼ね備えた、柏屋の寮が立っていた。一人娘のお島というのが、乳母や小間使いに守られて、寂しく清く住んでいた。
 父母にかれた孤児であった。が、日本橋の店の方は、古い番頭や手代達によって、順調に経営されていた。お島が柏屋の戸主であった。しかし女であり未婚であり、年若であるところから、叔父の勘三が後見をしていた。
 寮に住居をしているのは、父母に逝かれた悲しさから、気欝の性になったのを、いやそうとしてに他ならなかった。
 ところが今から一月ほど前から、彼女は不思議な病気となった。真夜中になると唐突にも、胸に痛みを覚えるのである。それも尋常の痛みではなくて、鋭い刃物か針のようなもので、心臓をえぐられるか刺されるかのような、そう云った烈しい痛みなのである。そういう病気を得て以来、彼女は見る見る衰弱した。いろいろの医者にも診て貰ったが、病気の原因もとは解らなかった。
 そういう病気の起こる前に、叔父勘三の指金さしがねで、お菊という女を小間使いに雇った。美しい若い勝ち気な女で、人もなげに振る舞うこともあったが、それだけ万事に気が付いて、浮世の表裏をよく知っている女、そう云った女に異存はなかった。
「よいお前の話し相手になろう」
 お菊のことをお島へこう勘三は云った。
 しかし事実はそうではなくて、そのお菊の話し相手になるのは、かえって叔父の勘三なのであった。お菊が小間使いにはいって以来、勘三はしげしげこの寮へ来て、お菊を側へ引きつけて、ふざけたり酒の酌をさせたりした。噂によるとお菊と勘三とは、以前から知っている仲であって、それでお菊を小間使いとして、この寮へ入れたのだということであった。いわば勘三はお菊という女を、名義だけをお島の小間使いとし、事実は自分の妾として、この寮へ引き入れたということになる。そのお菊はどうかというに、これは勘三をむしろ嫌って、お島へ好意を寄せていた。姉のように優しい慈愛の眼で、よくお島を見守ったりした。で、お島もお菊に対して、好感を持たざるを得なかった。いやいやむしろ好感以上の、同性の恋というような、ああ云った特殊の感情をさえ、お島は持たざるを得なかった。もっともそれをそそったのは、小間使いのお菊ではあったけれど。
 ある時などは二人の女が、お島の部屋で物も云わず、互いにその手を握り合って、互いに頬を寄せ合って、うっとりとしているようなことがあった。同性ではあるが二人の肌が、着物を通して触れ合って、その接触から来るあたたかみを、味わい合っていると云いたげであった。
 お島の憂欝を祈祷きとうによって、快癒させようと心掛けて、大日坊という修験者を、この寮へ出入りさせて、祈祷させるように取り計らったのは、お菊が小間使いとして住み込んで、十日ほど経ってからのことであった。云い出したのは勘三であった。お菊は好まない様子であった。それだのに勘三はある日のこと、お菊に向かってこんなことを云った。
「お前が大日坊を勧めたのじゃアないか。何んだ、それだのに今になって」
 大日坊は物々しい、白の行衣などを一着して、隔日ぐらいにやって来て、お島の前で祈祷をした。
 と、どうだろう、娘のお島は、そういう祈祷が始まった頃から、例の奇病に取りつかれてしまった。しかし勘三も大日坊も云った。
「病気のなおりかけというものは、かえって苦しみを増すもので、その胸の痛みもやがて癒ろう。それと一緒に気欝性も、綺麗に癒ってしまうだろう」と。
 しかしお島のその奇病は、いよいよ勢力を逞しゅうして、お島は眼に見えてやつれて行った。ところがある日この寮へ、一人の酒屋のご用聞きが来た。出入りの杉屋という酒屋があったが、そこへ来たご用聞きだということである。
「これからは私がご用をききに来ます。どうぞ精々ご贔屓ひいきに。へい、私は仙介という者で」
 などお三どんや仲働きや、庭掃きの爺やにまで愛嬌を振り撤いた。三十がらみの小粋な男で、道楽のあげくにそんな身分に、おっこちたといいたそうなところがあった。
「ご用聞きには惜しいわね」などとお三どんは仙介のことを、仲働きへ噂したりして、仙介の評判は来た日から良かった。がしかしお菊だけは、その仙介を胡散うさんそうに見た。
「あの男の眼付き、気に食わないよ。それにさ、手の指が白すぎるよ。食わせもののご用聞きだよ」などと云って警戒した。
 こうして今日の日の前日になった。
 この日も大日坊はやって来て、お島の前で祈祷したが、それが終えると奥へ行き、勘三とお菊と三人で、何やらヒソヒソ話し出した。それから酒になったようである。
「大日坊、今日は泊まっておいで」
 などという勘三の声が聞こえた。
「そうねえ、大日坊さん泊まって行くがいいよ」
 お菊の声も聞こえたが、何んとなく不安そうな声であった。
「姉ちゃん、お庭へ行って遊びましょうよ」
 こういう間にお島の部屋では、お島にとってはめいにあたる、八歳のお京という可愛らしい娘が、お島に向かって甘えていた。

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