您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 国枝 史郎 >> 正文

沙漠の古都(さばくのこと)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:36:09  点击:  切换到繁體中文


        二十九

 それと一緒に沼の方角で悲しそうな獣の吠え声がする。そして何物か薄を分けて沼の方へ辷って行くらしい。私はちょっと躊躇したが次の瞬間には沼を目がけて夢中のように走っていた。いずれまたきっと鰐のために友達を取られたと思ったからだ。しかし私は十間と走らず思わずギョッと立ち止まった。あまりの恐ろしさに私の体は一時にゾッと鳥肌立って頭の髪さえ逆立った。私の体で役立つものは見開いた二つの眼ばかりで手も足も力を失ってしまった。
 一頭の大鹿を横に喰わえた一匹の蟒蛇うわばみが蜿蜒と目の前の雑草を二つに分けて沼の方へはしっているではないか! 私の友達の山羊や小猿がお喋舌りを止めた筈である。私さえ一声も出せなかった。蟒蛇の姿が沼の中へ全く沈んでしまった時やっと魂を取り返した。私は初めて悲鳴を上げ沼とは反対の方角へ足を空にして走り出した。すると一度に山羊も猿も私の後から叫びながら気狂いのように走って来た。
 私のその時の恐怖と云ったらその夜全身発熱して二日というもの小屋の中から一歩も戸外へ出られなかったというそういう事実に徴しても知れる。全くそれは私にとっては産まれて初めての恐怖であった。
 しかし間もなくその次に起こった「あり得べからざる奇怪の事件」「人類学上の一大奇蹟」その怪事件に比較してはほとんど恐怖とは云えないかもしれない。
「人類学上の一大奇蹟」! それはいったいいつ起こったのかというに、鹿を呑む大蛇を眼に見てから十日ほど経ったある日のことで、その日私は小屋に籠もって煙草ばかりポカポカ吹かしていた。小屋の外では山羊や猿や独唱好きの小鳥などが、私を呼び出そうとするかのように賑やかに絶え間なく喋舌っている。風もないかして林の中は森然しんと静まり返っている。
 彼らの呼び出しに応じようともせず私はいつまでも室にいた。
 するとにわかに彼らの声が糸を切ったように断ち切れた。糸を切ったように絶えた時にはいつでも恐ろしい彼らの敵が彼らを襲う時である。何物が襲って来たのだろうと私は耳を傾けた。その時はるか林の方から不思議の叫び声が聞こえて来た。林に住むようになって以来かつて一度も聞いたことのない得体の知れない声である。悪漢に襲われた若い女が必死の場合に上げるような物凄い断末魔の叫び声に似てそれより一層悲しそうな声だ。私は腰掛けから飛び上がって林に向いている銃眼から声のする方を眺めて見た。私の見たものは何んであったろう? 巨大漢ジャイアント! 巨大漢! 否怪物モンスターだ! 漆黒の毛に蔽われた身丈みのたけほとんど八尺もある類人猿ピテカントロプスがただ一匹樹枝を雷光のように伝いながら血走る両眼に獲物を見すえ黄色い牙を露出まるだしにしてその牙をガチガチ噛み合わせながらこっちに向かって飛んで来る。彼の著しい特色というのは長い尻尾を持っていることでその尾はちょうど手のように自由の運動はたらきをするらしい。すなわちその尾を枝に巻きつけて全身からだの重みを支えるばかりか時にはその尾を振り廻して行手をさえぎる雑木を叩くと丈夫の生木さえその一撃でもろくも二つに千切れて飛んであたかも鋭いまさかりなんどで立ち割ったようになるのであった。尾を持っている類人猿ピテカントロプス! その有尾人猿に追いかけられて悲鳴を上げながら逃げて来るのは土人の若い女であった。長髪を背後へ吹きなびかせて恐怖に見開いた大きな眼を小屋の方へ高く向けながら足を空にして走って来る。赤銅しゃくどう色のたくましい四肢は陽に輝いて白く光り腰の辺に纒った鳥の羽根は棕櫚の葉のように翻えり胸を張って駈けるその姿は土人とは云え美しい。追われるものも追うものも忽ち林を駈け抜けて丘を巡った空地へ出た。有尾人猿は樹の枝から巻いていた尻尾を放すと一緒にまりのように地上へ飛び下りたが、両の拳を握ったり開いたり拳の先を時々地につけ牛のような肩を前のめりに出して踊るようにして追って来る。疲労つかれを知らない有尾人猿に次第次第に追い詰められて土人乙女は恐怖のため走る足がだんだん鈍くなった。そして小屋の中にこの私が住んでいることを知っているかのように、両手を小屋の方へ差し上げて例の悲しそうな断末魔の声を繰り返し繰り返し叫ぶのであった。乙女の叫びに誘われて私の心は揮い立った。麻痺していた手が自由になった。私は拳銃を取り上げて小屋の扉を蹴開いて縄梯子を伝わって丘へ下りた。それから少しの躊躇ちゅうちょもせず乙女の方へ走って行った。こうして乙女を背後へ囲い有尾人猿の猛悪な姿へヒタと拳銃を向けた時私の勇気は挫けなかった。
 不意に私が現われたことが尾のある人間を驚かせたと見えて彼は一瞬間立ち止まった。しかしその次の瞬間には雷のような嘯きを上げながら疾風のように飛びかかった。彼の両手が私の体へまさに触れようとした時に私の拳銃は鳴り渡った。しかも続けざまに三発まで。

        三十

 有尾人猿の山のような体がもんどり打って地に倒れると、それまで隠れていた山羊や小鳥や小猿の群が林の中からやかましく喋舌りながら現われて来た。人猿の周囲まわりを取り巻いて彼らは一斉に廻り出した。ちょうど凱歌でも奏するように廻りながら叫び声を上げるのであった。
 土人乙女はどこにいるかと私は背後うしろを振り返った。すると乙女は今までの恐怖が一度になくなったためでもあろうが、両手をダラリと脇へ垂れて人猿の姿を見守っていたが、振り返った私の顔を見ると南洋土人の熱情を現わし、いきなり私へ飛びついて逞しい腕で私を抱えて私の胸へ顔を押し当て全身を顫わせて絞めつけた。感謝の抱擁には相違ないが余りに強い腕の力で無二無三に絞め付けられ思わず悲鳴を上げようとした。乙女はそれに気がついたと見えて腕の力を弛めたがその代り今度は私の体を隙間なく唇で吸うのであった。乙女のやるままに体を委かせて私はじっと立っていたが夢中で接吻する乙女の顔へ思わず瞳を走らせた。どうして蛮女の顔だなどと軽蔑することが出来ようぞ! 何んという調った輪廓であろう! 土人特有の厚い唇もこの乙女だけには恵まれていない。欧羅巴ヨーロッパ人のそれのように薄く引き締まっているではないか。そしてその色の紅いことは! 珊瑚を砕いて塗りつけたようだ。高く盛り上がった厚い鼻も情熱的の大きな眼も南洋の土人というよりも欧州人に似ているのであった。
 彼女の情熱が和んでから手真似てまねでいろいろ話して見た。その結果私の知ったことは、「眼に見えない私の恩人」というのは彼女であったということと、四マイルを隔てた森林の中に土人の部落があるということと、今その部落は合戦最中で敵の軍中には白人がいるので手剛てごわいなどということであった。
 そこで私は彼女に従いて彼女達の部落まで行って見ようと早くも決心したのであった。

 その日私と土人乙女とは部落を差して出立した。道々私は尚手真似でいろいろのことを聞き出した。私を一番驚かせたのは土人部落に私と同じような支那人がいるということであった。しかも大勢の人数であって、その大勢の支那人達は部落の土人に味方して白人達に引率ひきいられている侵入軍を向こうに廻して戦っているということであった。
 とにかく部落へ行って見たら万事明瞭はっきりするだろうと歩きにくい道を急ぐのであった。この美しい土人乙女が縁も由緒ゆかりもないこの私を、どうして助けたかということも手真似によって知ることが出来た。彼女は私を一目見ると――すなわち海岸のボートの中に命も絶え絶えに気絶していた私の姿を一目見ると、南洋熱帯の乙女らしく憐れな姿の私に対して恋を覚えたということである。だから私を助けたので、そうでなければかえって私の肉を食ったろうということである。こんな恐ろしい事件ことを彼女は率直の手真似をもって一向平然として語るのであった。人の肉を食うダイヤル族! いかに彼女が美しくとも土人の血統は争われない。私はつくづくこう思った。そして恐ろしい蛮女によって恋い慕われるということがこの上もなく苦痛に思われた。しかし一方私にとって彼女は命の親である。燃えている彼女の熱情に向かって、無下に冷水を注ぐということも義理として私には出来なかった。しかし私には紅玉エルビーがある。紅玉エルビー! 紅玉エルビー! ああ紅玉エルビー! 紅玉エルビーはどこにいるのだろう? 森林の中に生死も知らずこうやって暮らしている間も一度として忘れたことはない! 息のある限りはどんなことをしてもきっと必ず探し出して見せる! ……
 それにしても蛮女が私に対する熱情と誠実とをどうしよう! 彼女はいつでも私の前を用心しいしい歩いて行く。毒蛇や猛獣の襲撃から私を防ごうためである。鰐のおりそうな川まで来ると彼女は私を背に負って素早く水を渡るのであった。
 わずか四マイルの道程をほとんど十時間も費して土人の部落へ着いた時には既に真夜中に近づいていた。
 夜中の満月は空にかかりその蒼茫とした月光の下に、茅葺きの小屋が幾百となく建て連らなっている一劃がすなわち土人の部落であった。侵入軍を相手として合戦中であるからでもあろう部落の中は騒がしかった。私は木蔭に身を隠しながら部落の様子を窺った。諸所で焚火をしていると見えて薔薇色の火光が天に上り蒼白い煙りが立ち上っている。土人達の叫び声や矢を放す音や小銃の音さえ聞こえて来る。
 この私の驚いたことはそれらの雑音に打ち混って立派な支那語の話し声が明瞭はっきり聞こえて来ることであった。尚一層私を驚かせたのは北京ペキンで聞いた例のうたがあざやかに聞こえて来ることであった。

古木天を侵して日已に沈む
…………
巨魁来巨魁来巨魁来

「袁更生一味の海賊どもがあすこにいるに違いない!」
 私はすぐにこう思った。体中の血汐が復讐の念に思わずカッと燃え上がった。

        三十一

 その時土人の部落を越えた遙か向こうの森の中からときの声がドッと上がったかと思うと、それに答えて部落からも太鼓を打つ音が鳴り響き、凱旋踊りでもするように女子供までが広場へ出て薔薇色の火光を浴びながら足を空へ上げて踊り出した。
 土人乙女はその時まで私の側に立っていたが、部落の光景ありさまを眺めるや否や、やはり足を空へ上げて狂気きちがいのように踊り出した。そして私を引っ張りながら部落の方へ走り出した。部落に近附くに従って、何が広場で行われているかそれを明瞭はっきり知ることが出来た。
 広場に一本の杭があって一人の人間が縛られている。たった今向こうの森の中で捕虜いけどりにされたものと見えて、頬の辺に生々しい切り傷の跡がついていてそこから生血が流れている。純白の服はズタズタに千れ肌さえ露骨あらわに現われている。蛮人どもはそれを巡って凱旋踊おどりを踊っているのであった。私は捕虜の顔を見た。ダンチョン氏の顔であろうとは! まごう方もないその捕虜は一緒に沙漠を探検した西班牙スペインの画家のダンチョン氏だ! そう感付くとすぐ私は土人らが敵として戦っている白人に率いられた侵入軍とは、ラシイヌ探偵やレザール探偵達の探検隊に相違ないとこのように忽ちに連想した。
「それでは西班牙スペインの探検隊はすぐ向こうまで来ているのか。それにしてもどうしてダンチョン氏は土人の捕虜になんかなったんだろう? 捕虜になったということをラシイヌ探偵達は知らないのだろうか? 探検隊の人達には私は恩を受けている。殊にラシイヌ探偵には生命をさえ助けられている。袁更生達の阿片窟に紅玉エルビーを尋ねて迷い入った時、私に逃げ路を教えたのは他ならぬラシイヌ大探偵だ。ラシイヌ探偵の仲間の一人のダンチョン画家が、土人のために今や生命を取られようとしている。それを目前に見ている以上義理としてでも救わなければならない。しかしどうして助けよう? どうしたら救うことが出来るだろう?」
 私は立ったまま考え込んだ。土人乙女はそれを見ると、踊っていた手を急ぎ止めて手真似てまねで私へ話しかけた。
「心配することは何んにもない。あなたは私を有尾人猿から救ってくれた恩人ですから、私達部落の人達はあなたを歓迎するでしょう」
 彼女が熱心に話しかける手真似の意味はこうであった。しかし私は動かない。やっぱりじっと考えている。すると彼女はまた手真似でこのように私へ話しかけた。
「あなたが不安に思うなら私が先に部落へ行ってあなたのことを話しましょう」
 それでも私は黙っていた。
 乙女は小首を傾けて私の顔を見守ったが、急に体を翻えして部落の方へ走っていった。私がここにいることを部落の人達に告げるためであろう。
 彼女の姿が綿の木の花でしばらく蔽われて見えなくなった時、私は咄嗟とっさに決心してもと来た方へ走り出した。袁更生の一団が土人部落にいる以上は捕まったが最後私の生命いのちは失われるに決まっている。それが恐ろしく思われたからだ。
 しかし私の逃げた時は既に機会を失っていた。部落の方から追っかけて来る土人達の叫び声が刻一刻背後の方から聞こえて来る。私は方角を取り違えてただ無茶苦茶に逃げ廻った。突然行手の藪地ジャングルの中から支那語の叫び声が聞こえて来た。袁更生の一味の者が先廻りをしていたに相違ない。背後からは土人が追っかけて来る。彼らの持っている槍の穂先が月光にキラキラ光って見え鳥の羽根を飾った兜の峰が雑木の上から覗いて見える。
 私は進退きわまった。それからの私というものは無茶というよりも夢中であった。腰の拳銃を抜き出して土人軍に向かって連発した。確かに二、三人射殺したらしい。驚いて逃げ出す土人を見捨てて藪の中へ兎のように潜ぐり込んだ。どこをどのように歩いたものか、ほのぼのと四辺が明るいのでハッと驚いて前方を見ると、何んということだ、眼の前に土人部落の例の広場がに照らされて拡がっている。そして不幸なダンチョン氏は杭にやっぱり縛られていたが四方には土人の姿もない。
 私は義侠心に揮い立った。
「ダンチョン氏を助けるのはこの機会だ!」
 そこで私は雑草を分けて広場の方へ近寄って行った。しかしその時私の心を他へ振り向けるものがあった。……私の横手の遙か向こうの木立の蔭から女の声が、夢にも忘れない恋人の、紅玉エルビーによく似た笑い声がさも楽しそうに聞こえて来た。それに続いて獣の鳴き声がこれも楽しそうに聞こえて来た。
 私は雷にでも打たれたように今いる位置に突っ立ったままその笑い声を聞き澄ました。繰り返し繰り返し女の声と獣の声とは聞こえて来る。どうやら女は獣を相手に戯れてでもいるらしい。
 私は四方へ注意を向け踊る心臓をしっかり抑えて声のする方へ忍び寄った。

        三十二

 明るい満月に照らされて、土人の小屋の裏庭の様子が手に取るように眺められた。霜の降ったように白く見える庭の地面に銀毛を冠った巨大な猩々しょうじょうが空に向かって河獺かわうそのように飛んでいる。その猩々をあやすように、両手を軽く打ち合わせているのは白衣を纒った少女である。振り仰ぐ顔に月光が射して輪廓があざやかに浮かび出た。まごう方なき紅玉エルビーである!
 前後の事情をも打ち忘れて私は前へ走り出た。
紅玉エルビー!」
 と私は絶叫して彼女を両手で抱こうとした。すると猩々が走って来て二人の仲をさえぎった。鈴のような眼で私を睨み紅玉エルビーを背後へかばおうとする。
「どなた!」
 と紅玉エルビーは、聞くも慕わしい昔通りの声で訊いた。
「どなたって俺に訊くのかい。張教仁だ! 張教仁だ!」
 しかし紅玉エルビーは感動もせずに、私の顔を見守ったが、
「張教仁さんて! どなたでしょうね? ……そうそうやっと思い出しました。そういうお方がありましたわ、ずっとずっと昔にね……羅布ロブの沙漠で逢いましたっけ、芍薬しゃくやくの花の咲く頃まであなたと一緒におりましたわ……そして桐の花の咲く頃にあなたの所から逃げましたわ。けれどとうとう発見みつかって好きな好きな阿片窟からあなたの所へ連れ帰られてどんなに悲しく思ったでしょう……それからまたも逃げました。そうよ、あなたの所からよ……私には恋人がありますのよ。可愛い可愛い恋人がね! さあ銀毛や飛んでごらん! 私の恋人はお前なのよ! さあ銀毛や飛んでごらん!」
 すると彼女の命ずるままに魔性の獣の猩々は空に向かって幾回となくヒラリヒラリと飛ぶのであった。
 空には満月、地には怪獣、女神のような恋人が白衣を纒って立っている……所は蕃地で人食い人種のダイヤル族の部落である……
 ……私はグラグラと目が眩んだ。発狂するんじゃあるまいか! 一方でこんなことを思いながら片手で拳銃を握りしめ銃口を猩々に差し向けた……

 ……それから私は何をしたか判然はっきり自分でも覚えていない。とにかく私はダンチョンと一緒に土人に追われながら逃げていた。ダンチョンの縄を誰が解いたのか(もちろん私には相違ないが)どうして解くことが出来たのか、それさえ判然とは覚えていない――私の覚えていることは拳銃を射ったことである。いったい誰に射ったのか? 猩々に向かって射ったらしい? 何のために猩々を射ったのか? 紅玉エルビーたぶらかす悪獣であるとこのように思ったからである。何故そのように思ったのかどうして説明出来ようぞ! ただ直感で思っただけだ! 私の射った拳銃の弾は不幸にも悪獣には当らなかった。ただ驚かせたばかりである。驚いた悪獣は一躍すると紅玉エルビーの体を引っ抱えた。そしてスルスルと立ち木に上ぼった。大事そうに紅玉エルビーを抱いたままヒラリと他の木へ飛び移った。こうして次々に梢を渡って林の中へ隠れ去った。それっきり彼らとは逢わないのである……。
 私とダンチョンとは物をも云わず土人の声の聞こえない方へ力の続く限り走って行った。そして全く力が尽きて二人一緒に倒れた時には夜が白々と明けていた。猛獣の害も毒蛇の害も疲労つかれた私達には怖くもない。そこでグッスリ寝込んだのである。
 その日の昼頃ようやく私は小屋を探し当てた。しばらく二人とも無言である。木椅子へグッタリ腰かけたままダンチョンも私も黙っている。幾時黙っていただろう? それでもやっとダンチョンはものうい声で話し出した。
 私はダンチョンの話によって探検隊の一行が土人部落から一マイル離れた護謨林の中に戦闘のための砦を造って立て籠もっていて、今日かもしくは明朝あたり焼き打ちの計で土人部落の総攻撃をやる筈だと、そういう事を知ることが出来た。それにもう一つその探検隊の目的というのを知ることが出来た。話によればこの小屋から西南の方角へ十マイル行けばそこに険しい山があって山のふもとには湖がある。その湖の底にこそ私達が長らく探していた彼の羅布ロブ人の一大宝庫が隠されてあるということであった。
「これは最近の発見だが、博言博士のマハラヤナ老がダイヤル土人の捕虜の口からこういうことを聞いたそうだ――それは湖底のその宝庫を有尾人という原始人が守っているという事だがね。それが獰猛どうもうの人種でね、さすが兇暴のダイヤル族も有尾人にだけは恐れていて接近することを忌むそうだ」
「有尾人なら僕は見たよ」
 私は先日このあいだの出来事をいつまんで彼に物語った。それから私は彼に訊いた。
「全体どうして土人になんか君は捕虜とりこになったんです?」
「それがね」とダンチョンは苦笑して、「ラシイヌさんやレザール君が(描かざる画家ダンチョン)だなんて僕に綽名をつけるので、一つこの島の風景でも描いて名誉恢復をしようと思って、それで昨日もカンヴァスを持って林をブラブラ歩いているうちに土人の部落へ出てしまったのさ」
 ダンチョンは暢気のんきそうに笑うのであった。

 その日の夕方、林の彼方に噴煙が高く上がるのを見た。焼き打ちに遇った土人部落が火事を起こしているのであろう。夜に入るとほのおの舌が、空にヒラヒラ現われた。
 林の鳥獣は火光に恐れて小屋の根もとへ集まって来た。猪は鼻面で土を掘ってその中へ自分を隠そうとする。栗鼠りすは木の幹を上り下りしてキイキイ声で鳴きしきる。山鳩は空を輪のように舞って一斉に下へ落として来てもすぐまた空へ翔け上がる。豹は岩蔭で唸っているし水牛はかやの中でふるえている。
 火光は益※(二の字点、1-2-22)拡がった。部落を悉く焼きつくしてどうやら林へ移ったらしい。
 南洋原始林の大山火事!
 鹿や兎や馴鹿となかいは自慢の速足を利用して林から林へ逃げて行く。小鳥の群は大群を作って空の大海を帆走って行く。斑馬の大部隊はたてがみを揮って沼の方角へ駈けて行く。
 火足は次第に近付いて来る。煙りは小屋を引き包んだ。
 私は拳銃ピストルをひっ掴み、土人乙女が置いて行った弓矢をダンチョンに手渡すや否や二人は小屋から飛び下りて、走る獣の中に混って風下の方へ逃げ出した。

 << 上一页  [11] [12] [13] [14] [15] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告