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村井長庵記名の傘(むらいちょうあんないれのからかさ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-3 7:40:25  点击:  切换到繁體中文



 その翌朝のことである。
 脚絆甲掛菅の笠、行李包を背に背負った、一人の田舎者がヒョッコリと、江戸麹町は平川町、村井長庵の邸から往来ばたへ下り立ったが、云うまでもなく十兵衛で、小田原提燈を手にさげて、品川の方へ歩いて行く。
 程経て同じ長庵邸から、一人の男が現われたが、黒い頭巾で顔を隠し、着流しの一本差、おりから降り出した夜の雨を、蛇目のからかさ半開き、雨が掛かってパラパラパラ、音のするのを気にしながら、足音を忍んで小走る先はやはり品川の方角である。
 暗い夜道を附かず離れず、二人の男は歩いて行く。赤羽を過ぎて三田の三角、札の辻へかかるころから、後の男は足を早めたが、気が付いたように立ち止まると、下駄を脱いで、手拭いで包み、グイと懐中へ捻じ込んだ手で、衣裳の裾の高端折り、夜眼にもるくヌッと出る脛を、虻がかったかバンと打ち、てのひらを返すと顎を擦り、じーっと行手を隙かして見たが、ブッツリ切ったは刀の鯉口、故意わざと高い足音を立て、十兵衛を先へ追い越そうとする。その足音に気が付いて、振り返った十兵衛の左側を影のように素早く走り抜けたが、小手をハラリと振ったのは提燈のを消すためである。
「あ、いけねえ燈が消えたあ」
 十兵衛が思わず叫んだとたん、グルリ身を返した村井長庵、言葉も掛けず抜き打ちに斬り付けたのが右手に当り、十兵衛の片腕がブラリと下る。
「あれマア腕が……」と云うところをザックリまたも斬り付ける。冠った菅笠を切り割って頭の鉢へ刃が止まる。
 さっと血潮が飛んだであろうが闇夜やみのことでわからない。

置き捨られた駕籠の主
「ワ――ッ」と云って尻餅をつく。
 止まった刀を手許へ引き、一間あまり飛び退しさると、長庵は刀を背後うしろへ廻した。及び腰をして覗き込む。
「人殺しだアア、追剥だアアア」
 呼ばわる声も次第に細く、片手で泥を掴んでは暗を眼掛けて投げ付けるものの、長庵の身体からだへは当りそうにもない。
「娘やあイ、お種やあイ」
 致死期の声で娘を呼ぶ。と、最期の呼吸いき細く、
「兄貴! 兄貴! 兄貴やあイ。平河町の兄貴やあイ……」
 現在その兄が人殺しとも知らず、綿々たる怨みの声で、こう救助たすけを呼ぶのであった。
 しかしその声もやがて絶え、苦しみ※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)き蠢いていた、その五体も動かなくなった。
 雨が上り雲切れがし、深夜の遅い鎌のような月が、人魂ひとだまのように現われたが、その光に照らされて、たたまれた襤褸ぼろか藁屑かのように、泥に横倒わった十兵衛の死骸、むごたらしさの限りである。
 長庵は素早く近寄ったが、足で死骸をしっかり踏むと、左の耳根から右の耳根までプッツリ止めの刀を差し、刀を持ち替え右手を延ばすと、死骸の懐中から革の財布をズルズルズルと引き出した。
「六十両」とニタリと笑い、ツルツルと懐中へ手繰り込むや、落ち散っている雨傘を死骸の側へポンと蹴った。
 さて、スタスタ行き過ぎようとする。
「オイ坊さん、お待ちなねえ」と、仇めいた女の声がした。
 ハッと驚いた長庵が、声のする方へ眼をやると、いつ来てそこへ捨られたものか、道の真中まんなかに女駕籠が引き戸を閉じたまま置かれてある。
「俺を呼んだはどこのどいつだ」
 女駕籠と見て取って、長庵にわかに元気付く。
「ホ、ホ、ホ、ホ」と駕籠の中から、艶かしい笑い声が聞こえたが、
「おまはん余程よっぽど強そうだねえ」
 こう云った声には凄気がある。
「ねえ、おまはん、可愛い人や、坊主色に持ちゃ心から可愛! ホ、ホ、ホ、ホおい坊さん、お城坊主かお寺さんかそれとも殿医奥医師か、そんな事アどうでもいい。そんな事アどうでもいいが、円い頭の手前もあろうに、殺生の事をしたじゃアないか。たかが相手は田舎者。追剥おいおどしもいいけれど、殺すぶにはあるめえによ。わちきア見ていて総毛立ちいした。殺生なひとでありんすねえ。……それでどれほど儲けなんしたえ?」
「プッ」と長庵それを聞くと、いまいましそうに唾を吐いたが、
「いや艶めかしいさと言葉と白無垢鉄火の強白こわせりふ交替かたみがわりに使われちゃどうにも俺ら手が出ねえ。一体おめえは何者だね?」
「おや正体が見たいのかえ。見せてやるのはいと易いけれど、おまはんの眼でも潰れてはと、それが気の毒で見せられないよ」
「大きな事を吐きゃアがる。見せられなけりゃ見ねえまでよ。どれ俺らは行くとしよう」
「あれさ、気の早い坊さんだよ、ゆっくりしなんし、夜は深うざます」
「へ、へ、へ、へ、物も云えねえ。俺を止めてどうする気だ?」
ふてえ分けを置いておいでよ」
「厭と云うたら何とする」
「厭とは云わせぬ手練手管[#「手管」は底本では「手菅」]……」
「ウヘエ、さては女郎だな」
「いやなお客に連れられて、二日がかりの島遊山、一人別れて通し駕籠、更けて恐ろし犬の声、それより恐い雲助に凄い文句で嚇されて、ビクビクガタガタ来かかったは、芝三角札の辻、刃の光に雲助ども、駕籠を飛ばせて逃げればこそ、往来中へおいてけぼり、見まいとしても見えるのは、人形歌舞伎の殺し場よりもっと惨酷むごい嬲り殺し。あんまり胆を潰したので、かえって今では度胸が据わり、草双紙で見た女賊の張本、瀧夜叉姫の相格を、つい気取っても見たくなり、呼び止めたはとんだ粹興、と云っても一旦止めたものをただで返すは女郎の恥、みんなとは云わぬ半金だけ、わちきにくれて行きなましえ」
 すっかり時代で嚇しかける。
「一両二両の端た金なら、テラ銭のつもりで置いても行こう、こう思っていた鼻先で、半金よこせは馬鹿な面め、坊主々々と安く見ても、名を明かされたら顫え出そう。もうこうなりゃア一両も厭だ。口惜しかったら腕で来い。それとも白砂へ駆け込むか。気の毒ながら手前だって、明い体じゃよもあるめえ。自繩自縛とはうぬがこと、ハイ左様なら俺は行く。二度と呼ぶな返りゃしねえぞ」
 尻ひっからげ駆け出す長庵、五間あまり行き過ぎた。

 ギーという扉の開く音。ヒラリと刎ねたは駕籠の垂。生白い物の閃めいたは、女の腕に相違ない。
「ワッ」と云う長庵の声。ガックリ膝を泥に突き、手を廻すと脛に立った、小柄をグイと引き抜いたが、
「や、こいつア銀の平打! さては手前は!」と振り返る、その眼の前にスンナリと駕籠に寄り添い立った姿、立兵庫たてひょうごにお裲襠かいどり、大籬の太夫職だ。
「ううむ、そうか、女泥棒!」
「あいさ、妾ア花魁おいらん泥棒! こう姿を見せたからにゃア、半金では不承だよ」
「何の手前に」と懐中を抑える。
「おや、よこすのが厭なのかえ」
「世に名高けえ泥棒でも、たかが女、滅多にゃ負けねえ」
「おお、そうかえ、ではお止し」
 繊手を延ばすと髪へわり、
「もう一本見舞おうかね。左の眼かえ右の眼かえ。それとも額の真中かえ」
 長庵は黙って突立っている。
 突然財布を投げ出した。
「上にゃ上があるものだなあ」
「それでも器用に投げ出したね。命冥加の坊主だよ」
 途端に、人影バラバラと物の影から現われたが、
「姐御、駕籠に召しましょう」
 ズラリ駕籠を取り巻いた。十五六人の同勢である。
「姐御はお止し、太夫さんだよ」
 云い捨て駕籠へポンと乗る。宙に浮く女駕籠。サッサッサッと足並を揃え、深夜の町を掠めるがように、北を指して消えて行く。

 記名ないれからかさが死骸のそばに、忘れてあったという所から、浪人藤掛道十郎が下手人として認められ、牢問い拷問のはげしさに、牢死したのはその後の事で、それについても物語があり、不思議な花魁泥棒が、十兵衛の娘お種を助け、長庵の悪事をあばくという、義血侠血の物語はなしもあるが、後日を待って語ることとしよう。
 とまれ強悪の村井長庵がものした金を又ものされ、手出しもならず口を開き、茫然ぼんやり立ったという所に、この物語の興味はあろうか。





底本:「国枝史郎伝奇全集 巻六」未知谷
   1993(平成5)年9月30日初版発行
初出:「ポケット」
   1925(大正14)年6月
※「平河町」と「平川町」の混在は底本通りにしました。
入力:阿和泉拓
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年9月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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