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五重塔(ごじゅうのとう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 9:52:40  点击:  切换到繁體中文

 

底本: 日本現代文學全集 6 幸田露伴集
出版社: 講談社
初版発行日: 1963(昭和38)年1月19日
入力に使用: 1980(昭和55)年5月26日増補改訂版第1刷
校正に使用:

 

    其一

 木理もくめうるはしき槻胴けやきどう、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳がんでふ作りの長火鉢に対ひて話しがたきもなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を何日いつ掃ひしか剃つたる痕の青※(二の字点、1-2-22)と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとゞめてみどり※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)ひ一しほ床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリヽと上り、洗ひ髪をぐる/\とむごまろめて引裂紙をあしらひに一本簪いつぽんざしでぐいと留めを刺した色気無の様はつくれど、憎いほど烏黒まつくろにて艶ある髪の毛の一ふさ二綜後れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかゝれる趣きは、年増嫌ひでも褒めずには置かれまじき風体ふうてい、我がものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢しれものが随分頼まれもせぬ詮議を蔭では為べきに、さりとは外見みえを捨てゝ堅義を自慢にした身のつくり方、柄の選択えらみこそ野暮ならね高が二子ふたこの綿入れに繻子襟かけたを着て何所に紅くさいところもなく、引つ掛けたねんねこばかりは往時むかし何なりしやらあらい縞の糸織なれど、此とて幾度か水を潜つて来た奴なるべし。
 今しも台所にては下婢おさん器物もの洗ふ音ばかりして家内静かに、他には人ある様子もなく、何心なくいたづらに黒文字を舌端したさきなぶおどらせなどして居し女、ぷつりと其を噛み切つてぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火体よくけ、芋籠より小巾こぎれとり出し、銀ほど光れる長五徳を磨きおとしを拭き銅壺の蓋まで奇麗にして、さて南部霰地なんぶあられの大鉄瓶を正然ちやんとかけし後、石尊様詣りのついでに箱根へ寄つて来しものが姉御へ御土産おみやと呉れたらしき寄木細工の小繊麗こぎようなる煙草箱を、右の手に持た鼈甲管べつかふらお煙管きせるで引き寄せ、長閑に一服吸ふて線香の烟るやうに※(二の字点、1-2-22)ゆる/\と烟りをき出し、思はず知らず太息ためいき吐いて、多分は良人うちの手に入るであらうが憎いのつそりめがむかふへ廻り、去年使ふてやつた恩も忘れ上人様に胡麻摺り込んで、たつ此度こんどの仕事をうと身の分も知らずに願ひを上げたとやら、清吉の話しでは上人様に依怙贔屓えこひいき御情おこゝろはあつても、名さへ響かぬのつそりに大切だいじの仕事を任せらるゝ事は檀家方の手前寄進者方の手前も難しからうなれば、大丈夫此方こちいひつけらるゝに極つたこと、よしまたのつそりに命けらるればとて彼奴あれめに出来る仕事でもなく、彼奴の下に立つて働く者もあるまいなれば見事出来でかし損ずるは眼に見えたこととのよしなれど、早く良人うちのひとが愈※(二の字点、1-2-22)御用いひつかつたと笑ひ顔して帰つて来られゝばよい、類の少い仕事だけに是非為て見たい受け合つて見たい、慾徳は何でも関はぬ、谷中やなか感応寺かんおうじの五重塔は川越の源太が作り居つた、嗚呼よく出来した感心なと云はれて見たいと面白がつて、何日いつになく職業しやうばいに気のはづみを打つて居らるゝに、若し此仕事を他に奪られたら何のやうに腹を立てらるゝか肝癪を起さるゝか知れず、それも道理であつて見ればわきから妾の慰めやうも無い訳、嗚呼何にせよ目出度う早く帰つて来られゝばよいと、口には出さねど女房気質、今朝背面うしろから我が縫ひし羽織打ち掛け着せて出したる男の上を気遣ふところへ、表の骨太格子手あらく開けて、姉御、兄貴は、なに感応寺へ、仕方が無い、それでは姉御に、済みませんが御頼み申します、つい昨晩ゆうべへゞまして、と後は云はず異な手つきをして話せば、眉頭に皺をよせて笑ひながら、仕方のないも無いもの、少し締まるがよい、と云ひ/\立つて幾干いくらかの金を渡せば、其をもつて門口に出で何やら※(二の字点、1-2-22)くど/\押問答せし末此方こなたに来りて、拳骨で額を抑へ、どうも済みませんでした、ありがたうござりまする、と無骨な礼を為たるも可笑をかし

       其二

 火は別にとらぬから此方こちへ寄るがよい、と云ひながら重げに鉄瓶を取り下して、属輩めしたにも如才なく愛嬌を汲んでる櫻湯一杯、心に花のある待遇あしらひは口に言葉の仇繁きより懐かしきに、悪い請求たのみをさへすらりと聴て呉れし上、胸に蟠屈わだかまりなく淡然さつぱり平日つねのごとく仕做しなされては、清吉却つて心羞うらはづかしく、どうやら魂魄たましひの底の方がむづ痒いやうに覚えられ、茶碗取る手もおづ/\として進みかぬるばかり、済みませぬといふ辞誼じぎを二度ほど繰返せし後、漸く乾き切つたる舌を湿す間もあらせず、今頃の帰りとは余り可愛がられ過ぎたの、ホヽ、遊ぶはよけれど職業しごとを欠いて母親おふくろに心配さするやうでは、男振が悪いではないか清吉、そなたは此頃仲町の甲州屋様の御本宅の仕事が済むと直に根岸の御別荘の御茶席の方へ廻らせられて居るではないか、良人うちのも遊ぶは随分好で汝達の先に立つて騒ぐは毎※(二の字点、1-2-22)なれど、職業しごと粗略おろそかにするは大の嫌ひ、今若し汝の顔でも見たらば又例の青筋を立つるに定つて居るを知らぬでもあるまいに、さあ少し遅くはなつたれど母親おふくろの持病が起つたとか何とか方便は幾干でもつくべし、早う根岸へ行くがよい、五三ごさ様もわかつた人なれば一日をふてゝ怠惰なまけぬに免じて、見透かしても旦那の前は庇護かばふて呉るゝであらう、おゝ朝飯がまだらしい、三や何でもよいほどに御膳を其方へこしらへよ、湯豆腐に蛤鍋はまなべとは行かぬが新漬に煮豆でも構はぬはのう、二三杯かつこんで直と仕事に走りやれ走りやれ、ホヽ睡くても昨夜をおもへば堪忍がまんの成らうに精を惜むな辛防せよ、よいは弁当も松に持たせて遣るは、と苦くはなけれど効験きゝめある薬の行きとゞいた意見に、汗を出して身の不始末をづる正直者の清吉。
 姉御、では御厄介になつて直に仕事に突走ります、と鷲掴みにした手拭で額拭き/\勝手の方に立つたかとおもへば、もうざら/\ざらつと口の中へ打込む如く茶漬飯五六杯、早くも食ふて了つて出て来り、左様なら行つてまゐります、と肩ぐるみに頭をついと一ツ下げて煙草管きせるを収め、壺屋の煙草入りやうさげ三尺帯に、さすがは気早き江戸ッ子気質、草履つつかけ門口出づる、途端に今まで黙つて居たりし女は急に呼びとめて、此二三日にのつそりに逢ふたか、と石から飛んで火の出し如く声をはしらし問ひかくれば、清吉ふりむいて、逢ひました逢ひました、しかも昨日御殿坂で例ののつそりがひとしほのつそりと、往生したとりのやうにぐたりと首を垂れながら歩行あるいて居るを見かけましたが、今度此方の棟梁の対岸むかうに立つてのつそりの癖に及びも無い望みをかけ、大丈夫ではあるものゝ幾干か棟梁にも姉御にも心配をさせる其面が憎くつて面が憎くつて堪りませねば、やいのつそりめと頭から毒を浴びせて呉れましたに、彼奴の事故気がつかず、やいのつそりめ、のつそりめと三度めには傍へ行つて大声で怒鳴つて遣りましたれば漸く吃驚してふくろに似た眼でひとの顔を見詰め、あゝ清吉あーにーいかと寝惚声の挨拶、やい、きさまは大分好い男児をとこになつたの、紺屋こうやの干場へ夢にでものぼつたか大層高いものを立てたがつて感応寺の和尚様に胡麻を摺り込むといふ話しだが、其は正気の沙汰か寝惚けてかと冷語ひやかし驀向まつかうからつたところ、ハヽヽ姉御、愚鈍うすのろい奴といふものは正直ではありませんか、何と返事をするかとおもへば、わしも随分骨を折つて胡麻は摺つて居るが、源太親方を対岸に立てゝ居るのでどうも胡麻が摺りづらくて困る、親方がのつそりきさまやつて見ろよと譲つて呉れゝば好いけれどものうとの馬鹿に虫の好い答へ、ハヽヽ憶ひ出しても、心配相に大真面目くさく云つた其面が可笑くて堪りませぬ、余り可笑いので憎気にくつけも無くなり、箆棒べらぼうめと云ひ捨てに別れましたが。其限それぎりか。へい。左様かへ、さあ遅くなる、関はずに行くがよい。左様ならと清吉は自己おのが仕事におもむきける、後はひとりで物思ひ、戸外おもてでは無心の児童こども達が独楽戦こまあての遊びに声※(二の字点、1-2-22)喧しく、一人殺しぢや二人殺しぢや、醜態ざまを見よかたきをとつたぞとわめきちらす。おもへばこれも順※(二の字点、1-2-22)競争がたきの世のさまなり。

       其三

 世に栄え富める人※(二の字点、1-2-22)は初霜月の更衣うつりかへも何の苦慮くるしみなく、紬に糸織に自己おのが好き/″\のきぬ着て寒さに向ふ貧者の心配も知らず、やれ炉開きぢや、やれ口切ぢや、それに間に合ふやう是非とも取り急いで茶室成就しあげよ待合の庇廂ひさし繕へよ、夜半のむら時雨も一服やりながらで無うては面白く窓撲つ音を聞き難しとの贅沢いふて、木枯凄じく鐘の音氷るやうなつて来る辛き冬をば愉快こゝろよいものかなんぞに心得らるれど、其茶室の床板とこいた削りにかんなぐ手の冷えわたり、其庇廂の大和がき結ひに吹きさらされて疝癪も起すことある職人風情は、どれほどの悪い業を前の世に為し置きて、同じ時候に他とは違ひ悩めくるしませらるるものぞや、取り分け職人仲間の中でも世才に疎く心好き吾夫うちのひと、腕は源太親方さへ去年いろ/\世話して下されしをりに、立派なものぢやと賞められし程確実たしかなれど、寛濶おうやう気質きだて故に仕事も取りはぐり勝で、好い事は※(二の字点、1-2-22)いつもひとに奪られ年中嬉しからぬ生活くらしかたに日を送り月を迎ふる味気無さ、膝頭の抜けたを辛くも埋め綴つた股引ばかり我が夫に穿かせ置くこと、婦女をんなの身としては他人よその見る眼も羞づかしけれど、何にも彼も貧がする不如意に是非のなく、今ま縫ふ猪之が綿入れも洗ひ曝した松坂縞、丹誠一つで着させても着させ栄えなきばかりでなく見とも無いほど針目勝ち、それを先刻は頑是ない幼心といひながら、母様其衣それは誰がのぢや、小いからはおれ衣服べゞか、嬉いのうと悦んで其儘戸外おもてへ駈け出し、珍らしう暖い天気に浮かれて小竿持ち、空に飛び交ふ赤蜻※(「虫+廷」、第4水準2-87-52)あかとんぼはたいて取らうと何処の町まで行つたやら、嗚呼考へ込めば裁縫しごとも厭気になつて来る、せめて腕の半分も吾夫うちのひとの気心が働いて呉れたならば斯も貧乏は為まいに、技倆わざはあつても宝の持ち腐れの俗諺たとへの通り、何日いつ手腕うでの顕れて万人の眼に止まると云ふことの目的あてもない、たゝき大工穴鑿あなほり大工、のつそりといふ忌※(二の字点、1-2-22)しい諢名さへ負せられて同業中なかまうちにも軽しめらるゝ歯痒さ恨めしさ、蔭でやきもきと妾が思ふには似ず平気なが憎らしい程なりしが、今度はまた何した事か感応寺に五重塔の建つといふ事聞くや否や、急にむら/\と其仕事を是非る気になつて、恩のある親方様が望まるゝをも関はず胴慾に、此様な身代の身に引き受けうとは、ちとえら過ぎると連添ふ妾でさへ思ふものを、他人は何んと噂さするであらう、ましてや親方様は定めし憎いのつそりめと怒つてござらう、おきち様は猶ほ更ら義理知らずの奴めと恨んでござらう、今日は大抵何方どちらにか任すと一言上人様の御定めなさる筈とて、今朝出て行かれしが未だ帰られず、何か今度の仕事だけは彼程吾夫は望んで居らるゝとも此方は分に応ぜず、親方には義理もありかたがた親方の方に上人様の任さるればよいと思ふやうな気持もするし、また親方様の大気にて別段怒りもなさらずば、吾夫に為せて見事成就させたいやうな気持もする、ゑゝ気の揉める、何なる事か、到底とても良人うちには御任せなさるまいが若もいよ/\吾夫の為る事になつたら、何の様にまあ親方様お吉様の腹立てらるゝか知れぬ、あゝ心配に頭脳あたまの痛む、また此が知れたらば女の要らぬ無益むだ心配、其故何時も身体の弱いと、有情やさしくて無理な叱言こゞとを受くるであらう、もう止めましよ止めましよ、あゝ痛、と薄痘痕うすいものある蒼い顔をしかめながら即効紙の貼つてある左右の※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみを、縫ひ物捨てゝ両手で圧へる女の、齢は二十五六、眼鼻立ちも醜からねど美味うまきもの食はぬに膩気あぶらけ少く肌理きめ荒れたる態あはれにて、襤褸衣服ぼろぎものにそゝけ髪ます/\悲しき風情なるが、つく/″\独り歎ずる時しも、台所のしきりの破れ障子がらりと開けて、母様これを見てくれ、と猪之が云ふに吃驚して、汝は何時から其所に居た、と云ひながら見れば、四分板六分板の切端を積んで現然あり/\と真似び建てたる五重塔、思はず母親涙になつて、おゝ好い児ぞと声曇らし、いきなり猪之に抱きつきぬ。

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