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梓川の上流(あずさがわのじょうりゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-5 8:54:26  点击:  切换到繁體中文


      四

 その夜は、上高地温泉に泊った、六年前に来たときは、温泉は川の縁に湧いていて八十年前とかに建てた、破れ小舎があるばかり、落葉は沈む、蛇の脱殻が屋根からブラ下る、猟士ですら、浴をらなかったものだが、今は立派な温泉宿が出来た、それにしても客の来るのは、夏から秋だけで、冬は雪が二尺もつもる、風がつよくて、山々谷々から吹き※(「風にょう+昜」、第3水準1-94-7)げ、吹き下すので、砂丘のようなものが方々に出来る、温泉の人々は宿を閉し、番人一人残して里へ下りてしまうそうである、宿は二階建ての、壁も塗らない白木造りで、天椽てんじょうもない、未だ新しくて木の匂いがする、これでへやが分けてなかったら、神楽堂だ。
 何という茸か知らぬが、饅頭笠の大きさほどのを採って来て、三度の飯に味噌汁として出されたのには閉口した、宿屋界隈に多いのはふきで、大きいのは五、六尺の丈に達する、飛騨の蒲田から焼岳を越して来る人も、島々から徳本峠を越して来る人もこの宿で落ち合うが、荷物に蕗の五、六茎を括りつけていないのはない、猟士の山帰りのつとにも、岩魚を漁るかますの中にも蕗が入れてある、同じく饗膳に上ったことは、言うまでもない。
 くる日は穂高岳に上るつもりで、朝はやく起きた、宿の女が「飯が出来やしたから、囲炉裏の傍でやって下せえ、いけましねえか」と、畏る畏るしきい越しに伺いに来る、いいとも、と返辞して大囲炉裏の前に、蝋燭を立て、猟士や宿の人たちと、車座になって飯を済ます、準備したくも整って出かけると、雨になった。
 宿の前には、梓川の寒流が走っている、この川は、北から出て、西へと迂回し、槍ヶ岳、穂高山、焼岳などの下をねり、四山環峙かんじの中を南の方、島々に出て、また北に向いて走るので、アルプス山圏を半周することになる、川を隔てた八右衛門岳は、霧雨の中から輪廓だけをあらわす、淡い水に濃い水で虚線をいたようだ、頑童が薄墨で無遠慮に線を引くと、こんなのが出来る、しばらくして、虚線が消えると、兀岩こつがん削るが如き石の峰が峻立する、やわらかい線で出せば出せるものかなとおもう。
 川に沿いて行く、この国特有の信濃撫子なでしこ(実は甲州にもある)が、真紅に咲いている、河原に咲くことが多いので、河原撫子と、土地の人はいうようだ、森と川の間に、一筋道が通じている、本流に「へ」の字をやや平にしたような橋が架っている、取りつきに杭を組んであるのは、牛馬の向岸へ渡るのをふせぐためだ、横の棒を一本外して、人は出入をする、橋のなかばに佇んで振り仰ぐと、焼岳の頭は、霧で見えなかったが、巨人がこの川をまたいでいるさまがある。
 橋下の水は、至って青くかつ深い、毎朝毎朝仙人が、上流の方で、幾桶かの藍を流しているに違いない、深いところは翡翠かわせみ色に青く、浅いところも玉虫色に雨光りがしている、川に産まれた岩魚は、水の垢から化して、死ぬると溶けて、もとの水に帰るかとおもうまでに、水底に動かないでいる、人影がさしたりすると、ついとげる、さすがに水の中で水が動いたのでもないことだけが解る。
 本道から折れて森の中に突き入る、この辺は草原で、野薊のあざみ、蛍袋、山鳥冑などが咲いている、幅の狭い川、広い川を二つ三つ徒渉かちわたりして、穂高山の麓のたけ川まで来ると雨が強くなった、登山をあきらめて引きかえすころは、濡鼠ぬれねずみになってしまう、猟士は山刀なたを抜いて白樺の幹の皮を上に一刀、下に一刀きずつけ、右と左の両脇を截ち割ってグイとくと、前垂懸け大の長方形にげる、頸の背骨に当るところを彎形わんがたに切り抜いて、自分の肩にかけてくれた、樺の皮で一枚合羽が出来たのはよいが、その皮には苔もいている、蘭科植物も生えていたから、うしろからは老木の精霊が、森の中を彷徨さまよっているように見えたろう、雨は小止みになる。
 蒼黒い森を穿って、梓川の支流岳川は、鎌を研ぐように流れる、水の陰になったところは黒水晶の色で、岸に近いところは浮氷のような泡が、白く立っている、初めは水が流れている、後には水が水の中を駈け抜けながら人の足を切る、森には大石が多い、どの石も、どの石も、苔が多い、苔の尖った先には、一粒ずつの露の玉を宿している、暗鬱な森の重々しい空気は、白樺の性根の失せてもろい枝や、柔嫩じゅうなんな手で人のすねを撫でる、湿ったわらびや、苔や、古い落葉の泉なす液汁や、ジメジメする草花の絨氈じゅうたんやそんなものが、むちゃくちゃに掻き廻されて、緑の香が強い、この香に触れると、雪の日本アルプスという感じが、胸に閃めく。
 今度はまた川になる、川の面は、呼吸いきかず静まりかえっているように見えるが、足を入れると、それこそ疾風はやてが液体になったように全速力で走っている、流れの浅く、彎入した、緩やかなところに背を露わした石がある、苔が厚く活物いきものの緑がうごめいている、水草の動くのは、髪の毛がピシピシと流電に逆立つようだ。
 水の流れに、一羽のオツネン蝶が来た、水の上を右に左にひらりと舞う、水はうす紫の菫色、蝶は黄花の菫色、重弁の菫が一つに合したかとおもうと、蝶は水を切ってついと飛ぶ、水は遠慮なく流れる、蝶も悠々と舞う、人間の眼からは、荒砥あらとのような急湍きゅうたんも透徹して、水底の石は眼玉のようなのもあり、松脂やにかたまったのも沈み、琺瑯ほうろう質に光るのもある、蝶は、水を見ないで石のみを見た、石を見ないで黄羽の美しい我影を見た、影と知らずにと見たかと見たか、あるいは水の玻璃層は、人間には延板のように見えても、蝶には何でもないのか、虚空の童女は、つと水底の自分を捉えようとして、飛びつくとたちまち渦まく水に捉えられた、一、二間流されながらも濡れ羽を震って悶えた、それでも反動で二、三尺空へ※(「風にょう+昜」、第3水準1-94-7)あがった、助かったと胸を撫で下して見ているうちに、また飛び込んだ、今度も必死になって羽をふるわしたが、水は苦もなく捲き込んで、遠慮なく流れて行く、澄ました顔で流れている。





底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
   1992(平成4)年7月16日第1版発行
   1994(平成6)年5月16日第5刷発行
底本の親本:「小島烏水全集」全14巻、大修館書店(1979年9月~1987年9月)
入力:大野晋
校正:地田尚
1999年9月20日公開
2005年12月10日修正
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    「皺」の「皮」に代えて「俊のつくり」    145-14

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