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黒い地帯(くろいちたい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-6 9:23:47  点击:  切换到繁體中文


       二

 地主の森山は鶏小屋から戻って来たところだった。そこへ権四郎爺が這入って来た。森山は縁側に座蒲団を出さして其処へ掛けさせた。今までに何度も持って来た権四郎爺の用件には、彼はどうしても応ずる気が無かったし、鶏小屋の方に残してある仕事が気になるので、早く帰って貰おうと思ったから。
「どうでがすね? 今年の雛鶏ひよっこ成績しいしきは?……」
 権四郎爺は※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)にわとりの話を持出した。先ず森山の機嫌を取って置く必要があったからだ。
とりにかけちゃ、この界隈にゃ、且那に及ぶ者はねえってごったから……」
「雛鶏だってなんだって、斯う松埃をぶっかけられちゃね。今年は、まるで骨折損でごわした。」
「旦那等ほだからって、鶏を飼ったのが、儲けになんねえでも、暇潰しになって運動になればいいんでごあすべから。」
 斯う言って権四郎爺は、面白くもおかしくもないのに、顔中を皺だらけにして追従笑いをした。
「いや、そんな馬鹿なこと、絶対にござりせん。やっぱし成績のいい※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)をとりたいと思って努力してんのでがすから。」
 森山は馬が驚いたときのように鼻穴を大きくして反駁した。併し権四郎は追従笑いを続けた。
「ほだって、且那等は、遊んでても食べて行かれんのでごおすもの。」
「併し、遊んでても食べられる者は、骨折損なことをしてた方がいいて理窟はがすめえ?」
 森山は、世間の人達から、自分が素封家の道楽息子として育ち、その延長に過ぎない生活をしているように思われるのをひどく嫌がっていた。彼は積極的だった。それが何時も、真摯な考慮を基礎として出発し、積上げられているのだった。彼はそして非生産的なことを嫌った。主張としては、幾分消極的ではあるが、温情主義と見るべきだった。――だから彼は、父親の死と同時に地主の席を譲られると、真面目に農家の副業と云うことに就いて考えた。彼の家の小作人達が、小作米を自分の処へ持って来ると、後に残る米は一箇年間の飯米にも足りないほどで、買う物のために売る物の無いのに、ひどく困って居るのを気の毒に思ったからである。彼は養蚕をすすめて桑を植えさせた。それから養鶏を奨励した。そして彼は、彼の家の所有地を小作している小作人達のためにと、最早七八年もその実地研究を続けているのだ。――其処へ持って来て、権四郎爺の相談は、彼の明日をやみにしようとするようなもので、成立する筈は無いのだった。
「旦那は、やっぱり、煉瓦場近くの土地ば売って了った方が、徳だと思ってんでごあすベ?」
 権四郎爺は、今日も亦、話を斯んな風に何時ものところへ持って行った。
「徳にも損にも、あそこだけは、どんなことがあっても売るわけに行かねえのでがす。あそこを売るど、差当り、四軒の家の人達が食うに困んのでがすからね。」
「旦那は直ぐそう云うげっとも、売って了めえば、野郎共は又その時ゃその時でなんとかしますべで。今までだって、うんと例があんのでごおすし、心配することはごおせん。」
「それゃあ、私があそこを売ったからって、食わずに死ぬようなごとはがすめえがね。併し、皆んながああして、田圃ばかりじゃ足りなくて、※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)を飼ったり養蚕をしたりして、一生懸命になって稼いでいでそんでも困ってのでがすからね。」
 森山は心の中で固く拳を握っていた。
         *
 路の両側から蛙の声が地を揺がしていた。煉瓦を焼く煙は、仄赤く、夜の空を焦していた。
 権四郎爺は、二間道路の路幅一っぱいに、右斜めに歩いては左斜めに歩き、左斜めに歩いては右斜めに歩き、蹌踉よろめきながら蛇行した。河北煉瓦製造会社の社長の家で、酒を呑まされて来てはいたが、別段酔っているのでは無かった。近頃彼が夜歩きをすると、部落の青年達がよく彼に突当って来るので、それを防ぐためだった。蛇行していれば、何方どっちから出て来て突当ろうとしても、何等自分の威厳を傷つけられた風に見せずに、身をかわして了えるからだっだ。
「ふむ! おかしくてさ。馬鹿野郎共め!」
 吐き出すようにして、権四郎爺は、何度も何度も言った。それで権四郎爺は幾分か自分の不安な気持を慰められたのであった。
「馬鹿野郎共め! おかしくて仕様ねえ。栗原権四郎はな、これでも……」
 其とき、誰かが、どんと右肩に突当った。
「おっとっとっとっと危ねえ! 誰だね?」
「気をつけやがれ! 老耄おいぼれめ! なんて真似をして歩きやがるんだ?」
 相手は闇の中から若い声を鋭く投げつけた。
「誰だね? 宮前屋敷の者かね? 夜路はお互に気をつけるごったな。俺は栗原権四郎だが、おめえ、宮前屋敷の誰だね?」
「貴様の名前なんか聞き度くねえや。老耄め! ほんでも俺様の名前を聞きてえんなら教えるべ。俺は宮前屋敷の藤原平吾様だ。今夜だけは許してやるから今から気をつけろ。棺箱さ片足踏込んでやがる癖に、何んの用があって煉瓦場さなど行きやがるんだ。老耄め!」
「まあまあ、夜路はお互に気をつけで……」
 権四郎爺はそう言って逃げ出した。
 併し権四郎爺は其処から五六十間も歩き去ると、そのまま黙ってはいなかった。
「馬鹿野郎! 平吾の馬鹿野郎め! 法律はな、そう無闇にゃ、許さねえぞ。善良な人民の交通を妨害しやがって、それで法律が許して置くか? 馬鹿野郎共め!」
 権四郎爺は散々に平吾を罵倒した。最早人家の多い宮前部落の、駐在所の近くまで来ているので、彼は気が大きくなっているのだった。同時に、法律に対する彼等の恐怖感をも唆らずには居られない気がした。――この前に煉瓦工場が繁昌したとき、彼が煉瓦工場と地主達との間を奔走して、宏大な良質の田圃の底を煉瓦にさせたと云うので、彼を脅かそうとした部落の青年達が、法律の名によってどんな目に会されたか? ――あの当時の彼等が、法律に対して抱いた恐怖観念に、部落の奴等をもう一度叩き醒ましてやらなければならないと権四郎爺は考えたのだった。
「なあ、野郎共! 法律は許さねえぞ。平吾の馬鹿野郎め! 善良な人民の交通を妨害しやがって、それで罪人でねえと云うのが? 平吾の馬鹿野郎! 犬野郎! 畜生! 猿! 栗原権四郎が罪人と睨んだ以上、法律が許して置くか? 平吾の馬鹿野郎め!」
「老耄め! なんだって他人ひとの悪口をして歩きやがるんだい? 高々と。」
 暗い生垣のところから、誰かが斯う言って、ぬうっと出て来た。其処は、平吾の家の杉垣と、平吾が鵞鳥を飼っている苗代とに挟まれてる場所であった。
「誰だね? おめえは誰だね?」
 権四郎爺は蹌踉き去りながら言った。誰かがまた自分に突当って来たのだと思ったからである。
「誰も糞もあっかい! 糞爺め! なんだって叫んで歩きやがるんだ? 苗代の泥の中さ突倒つきのしてくれるぞ。老耄爺め!」
「叫んで歩いだがらって、何も咎立したり、悪口したりしねえでもよかんべがね。法律は、言論の自由を許してるのでごおすからね。」
「ふむ。言論の自由ば、自分だけ許されてると思ってやがる。耄碌しやがって。貴様が、他人の悪口を言って歩いて、言論は自由だって云うんなら、俺だって自由だべ。糞垂爺め!」
「ほれにしたところでさ。別におめえの悪口をして歩いたってわけじゃあるめえしさ、年寄が酒に酔っ払って管を捲いて歩くのぐれい、大目に見でけろよ。なあ、俺が大声を立てて歩いたのが気に喰わねえって云うのだら、俺は一升買うどしべえで。」
「面白いごとを云う爺だな。今まで、平吾の馬鹿野郎、平吾の犬野郎って、俺さ悪口してやがって、それでも俺さ悪口をしねえって云うのなら、平吾って野郎をもう一人引張って来う! 俺の他に、平吾って野郎は一体この辺にいるがい? 考えで見ろ! 糞爺め!」
「おめえが本当の平吾がね? どうれで、先っきのは、なんだか新平に似た平吾だと思ったっけ。それは悪いごとをした。新平の野郎が、俺さ交通妨害をしやがって……兎に角、ほんじゃ間違えだで、俺が一升買うがら、一緒に茶屋さ行くべ。あっ? なっ!」
「その手に乗っかい! 法律が言論の自由を許している。糞爺! 犬爺! 猿爺!」
 平吾は斯う呶鳴どなって置いて、権四郎爺の胸をぐっと突飛ばした。権四郎爺は泥田の中へ蹌踉き落ちた。闇の中から鵞鳥が一斉に鳴き出した。
「西洋鵞鳥でも見物したらよがんべ。」
 平吾は、ふふっと笑って、何処へと云うあてもなく駈け出して了った。
「野郎! 人殺し野郎! 法律が許すと思うのが? 平吾の人殺し野郎め! 栗原権四郎に指を触れて、法律が許して置ぐと思うのが? 馬鹿野郎! 犬野郎! 人殺し野郎め!」
 権四郎爺は苗代の中の泥から足を抜き抜き、何時までも呶鳴り続けていた。
         *
「だがね、旦那! 旦那はそうして眼をかけてるげっとも、宮前屋敷の野郎共ったら、平吾にしろ新平にしろ、乱暴な野郎共ばかりで、今に屹度きっと、松埃がかかって収穫みのりが悪いがら、小作米を負けてくれとか、納められねえどか、屹度はあ小作争議のようごとを出かすに相違ねえ野郎共だから。そこを、ようぐ考えで。ね、旦那! 年寄は悪いごと言わねえがら。」
「若し、そんなごとしたら、法律が許して置きしめえから、大丈夫でがすべで。」
 森山はそう言って微笑んだ。
「法律は、それゃ、勿論許して置かねえにしても、そんなごとさかかわるより、土地ば売って了って、それを資本もとでにして、何か店を開いたら、なんぼよかんべ。――第一、土地持ってっと、税金ばかりかかって来て……」
 併しそれは、どうしても、森山には頷けない気持だった。
 損徳の問題からすれば、土地を売って了って、市街地へ出て商業に投資すべきであることは彼も無論知っていた。遥か以前に、あの煉瓦場附近の土地を売って、それを資本にして市街地に出た人達が、新しく始めた製造業なり醸造業なりで、相当の資財を積んだ実例から見てもそれは明らかなことだった。
 同時に彼は、小作人と同じところに盛衰を置いている小地主の自分を判然と知っていた。けれども、労力さえ加えれば永久に米が湧いて来る田圃の底を煉瓦に変えて了うと云うことは、森山には全く堪らない気持であった。
「何んと思っても、売れせんでがすね。」
「じゃ、もう一度ようぐ考えて。――何時かな?」
 権四郎爺は、帯の間から金側時計を引抜いて、それを覗きながら腰を上げた。
「おや! こんなどこさまで松埃が這入ってがる。ひでえには、ひでえんだな。見せえ、こら。」
 斯う言って彼は、森山の前に、自分の身体ごとその懐中時計を持って行った。時計の白い文字盤の上には、二つ三つの黒い斑点がとまっていた。
 幾ら考えても森山はあの土地を売る気にはなれなかった。田圃の底が煉瓦に変ると云うばかりでなく、そうして耕地を失った人々が、食物の生産から遠ざかって行くことがわかりきっているからだ。斯うして行ったら最後にはどうなるのだ? まさか煉瓦を食っているわけにも行くまい! 森山はそんな風に考えた。

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