您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 佐左木 俊郎 >> 正文

黒い地帯(くろいちたい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-6 9:23:47  点击:  切换到繁體中文


       三

 煉瓦工場は黒煙を流し続けた。森山が土地を売らなければ、それで一時は中止するだろうと思われていたのだったが、そんなこと位で容易に怯んではいなかった。煉瓦工場では遠方にその材料の粘土をもとめ出した。あかい二つの触角は、森山の所有地を挟んで伸びて行った。
「煉瓦場の野郎共も、面白い野郎共だな。ほら、あの赭土を採った跡を見ろったら。煉瓦場の親父の頭の禿具合と、そっくり似たように拵えがったから。」
 部落の百姓達は丘の上から見下して斯んな風に話し合った。そして笑った。
 赭土の中に黒い地帯がひどく目立って来たのだった。額の両側から禿上って行く禿頭の、黒い髪が中央まんなかに残っている前額部の形だった。併しそれも長続きはしなかった。赭い触角は両側から次第に黒い地帯を抱込んで行った。そして二年の後には、黒い地帯を全くの浮島にして了った。
 黒い浮島は、それと同時に、最早完全な水田ではなかった。水田には水田が続き湿地が続いて、温い水を保つためには相互扶助的な作用がなければならないのに、黒い浮島は例えば丘の上の耕地のようなものであった。雨が降り続けば沼になり、炎天が続くと、粘質壌土は荒壁のように亀裂が立った。雑草が蔓延はびこった。その根がまた固くて容易に抜けなかった。そのために稲はひどく威勢をがれた。のみならず、開花期間はなどきもやっぱり煤煙が降り続いたので、風媒花の稲は滅茶滅茶だった。穂の長さは例年の三分の二ほどしかなかった。実のつきも無論悪かった。
「且那様。どう云うわけでごわすか、俺等の田は、今年は大へん出来が悪くて、小作米の半分も出来ねえのでごわすが、来春の春蚕はるごが上るまで待って項くわけに行きしめえか?」
 斯う言って捨吉爺は、地主の森山に泣付くより仕方が無かった。新平の家でも、松代の家でも、それから平吾の家でも、同じような結果だった。
「小作米は兎に角、作の悪かった原因がわかんねえようじゃどうも困るね。第一あんな竹の樋で水を運んでちゃ、駄目でがあせんか?」
「それゃ、且那様、俺等もそれ位のごとは知ってるのでごわすが、俺等にゃ竹の樋より上の分にゃ、手が出ねえもんでごわすから。」
「無論それは此方で拵えますがね。他人ひとから笑われねえだけのごとあしますべ。――やって置くだけのことやって置かねえど、小作米を貰うわげに行きせんでがすからね。」
 森山はそう言って笑った。併し、それは、彼の心臓から吐出された言葉だった。
「来年はまあ、箱樋でも拵えで見るがね? そんでいげねえようだったら、改めて鉄管なりなんなり引くとして。」
「箱樋を引いて頂けゃ、水はそれで十分以上でごわすもの、そしたら、肥料こやしもどっさり入れて、田の草取りなんかわらわらと、俺等は鬼のように稼いで、来年こそは、立派な稲にしてお目にかけしてごわす。」
 捨吉爺は、水に難儀をした今年の夏のことなどを思い出しながら、斯う言って、両方の眼をちかちかと潤ませた。
         *
 翌年の春になると、白い木製の箱樋が、赭土の窪地を乗越えて黒い浮島に渡された。水は用水堀から溝の中へと、どんどん流れ込んで行った。黒い地帯の小作人達は、急に気が弛んで溜息を吐いた。森山もそれで安心した。
「此方でだって、奴等に負けていねえさ。奴等のように資本をかけてやるつもりなら、どんなどこさだって、立派な田圃拵えで見せる。」
 併し、幾ら水を引いて来ても、秋になっての結果は思わしくなかった。冷たい水は稲の根を洗ってどんどん逃げて行った。のみならず、水は土地から肥料を盗んで行った。そして黒煙が流れ続き松埃が降り続いたからだった。粘質壌土ではあり、土鼠もぐら穴は十分に塞いだつもりだったので、これ以上は手の下しようが無かった。最早、四囲を掘荒されたためからの影響として、地盤が落着き、肥料が土地に馴染むまで、っと待つより他に途が無かった。
「仕方がねえさ! どうも。小作米はいいから、まあ、当分これで続けて見せえ。」
 斯う森山から言われて、其処の小作人達は、泣寝入の気持で細い収穫を続けて行った。今によくなるに相違ない! 今によくなるに相違ない! と思い続けながら。
         *
 所が、思いがけなかった大きな負担が、突然彼等を驚かした。水害で、用水堰は、その堤防までも流されて了ったからだ。
 以前には、用水堰が壊れると、煉瓦場附近一帯の田圃を所有している幾人かの地主がその費用を負担し、その小作人達が労力を供給することになっていたのだった。が、今ではその用水堰を必要とする土地と言えば、あの黒い浮島だけだった。当然、森山が一人でその材料費を出費して、僅か三四軒の小作人が、その労力を供給しなければならないのだった。
「旦那!あそこは、もうどうしたって、田圃にしていちゃ合わねえようでがすね。畠にでもして了っちゃどうでがすべ?」
 新平は斯う言ってひどく力を落していた。
 氾濫の激しい荒雄川の急流にコンクリートの堰を突出してまで水を持って来るほどのことだろうか? 森山はそんな風に考えざるを得なくなって来た。無論それは、明日の太陽をあの地帯にのみ望んでいた森山にしてみれば、全財産を傾けても水田として持続して行き度いのであった。
「――で、あそこを畠にして了っても、あんたがたは、やって行げるかね?」
「併し、無理して堰を拵えで見ても……」
「今になって畠にする位なら、あそこを売って、何処かいいどこの畠を買いばよかったのだども。」
 森山はそう言ったきり黙って了った。森山は泣いているのだった。

       四

 雪はまだ降り続いていた。最早五六寸も積っているのだった。戸を開けると、粉雪は唐箕とうみの口から吹飛ばされる稲埃のように、併しゆるやかに、灯縞ひじまの中を斜めに土間へ降り込んだ。
「何時まで降る気なんだかな? この雪は!」
 捨吉はそう言って雪の中へ飛出して行った。そして水を汲んで来て、直ぐに竈の下を焚付けた。娘のお房が立って行くので餅を搗こうと云うのだった。誰もその晩は碌に眠れなかった。皆んな一番鶏で起きた。子供達もそれを嗅ぎつけて、どんなに起すまいとしても、寝ては居なかった。
「おあ! ぜんこけろ。銭けろってばな。姉さ餞別しんのだからや。お母あ!」
 六つになる弟の亀吉が、何処からか餞別と言う言葉を覚えて来て、斯う強請ねだり出した。
「おっ! 亀は、姉さ餞別やって、お土産を貰うべと思って。亀! 俺の銭けんべか?」
 兄の鶴治が拳固を突出した。
あんつぁんの銭は、酒呑んだ銭だからんだ。」
「ううんだ。そら、見ろ! 銀貨だから。」
 鶴治は狡るそうに眼を丸くして、拳を開いて見せた。亀吉は手早く、鶴治の掌の中に光っているものを引浚った。
「嫌んだ! この銭は、皮が剥げるもの。」
「ほだべさ。その銭は、※(「くさかんむり/嘛のつくり」、第4水準2-86-74)はしかになってんのだもの。亀だって、※(「くさかんむり/嘛のつくり」、第4水準2-86-74)疹になったどき、身体中の皮が剥げだべ? ほして癒ったベ? この銭も、蟇口がまぐちさ入れて置けば、遣うどきまでに、ちゃんと癒ってんのだ。」
「嘘だから嫌んだあ! お母あ、銭けろ。」
 亀吉は強請りながら、銅貨の上に被せてあるバットの銀紙を、少しずつ剥取った。
汝等にしらが、姉さ餞別出来るようなら、姉は何も親の側から離れねえでもいいのだ。」
 母親は小豆鍋を掻廻しながら言っていた。
 竈の下を焚きながら、黙り続けて焔先ひさきを視つめていた父親の捨吉は、だんだん瞼が熱くなって来た。そして大粒の涙が一つ、するするっと頬の上へ転がり出した。
         *
 膳が並べられ出すと、息詰るような涙ぐましい気持で、捨吉爺はもう堪らなくなって来た。同時に、お房に対して、父親としての申訳を言わずには居られなかった。
「お房! にしあ、恨むんなら、煉瓦場を恨めよ。なあ。森山の且那が悪いのでも、俺等が悪いのでもねえ、煉瓦場が悪いのだから。」
「俺は、誰のどこも恨まねえもの。」
 お房は膳の前に坐りながら言った。
「煉瓦場は、冬休みがとっても長くて、いいもんだな。」
「この野郎は、そんなごとばかり。」
 鶴治は小学校の尋常一年生で、二週間の冬休みがあった。それに較べると煉瓦場の仕事の出来ない期間は全く長かった。
「冬休みなんか、なんぼ長くたって、糞の役にもなんねえ。夏休みが長げえのならだげっとも……」
 捨吉爺は、笑いながら、併し怒ったようにして言った。
「森山の且那等、何もかも判っているようだげっとも、物事を考えるのに、深く突詰めるってごとねえんだもの。ほだからのことさ。」
「お房や。小豆餅ばかりでなんなら、納豆餅でなりなんなり、どっさり食って行くんだ。東京さなど行ったら、餅などはあ、たんと銭でも出さねえと、れめえから……」
「俺は、何んにも食いたくねえも。」
「何も、先が暗いからって、おっかねえごとなんかねえだ。渡る世間に鬼は居ねってがら。」
「併し考えで見ると、森山の旦那が、あそこの土地を売らながったのだって、ああして困ってのだって、俺等を乾干ひぼしにしめえど思ってのごとなんだがらな。それを考えると、此方でだって、ああして困ってんのを見れば、全然小作米をやらねえじゃ置げねえがらな。お房には気の毒だげっども。」
「斯んなごとになんのなら、あそこを売ればよがったんだね。自分だけでも助かったのにさ。」
「売って、その金を此方さ廻してくれれば、問題は無かったのさ。それを森山の旦那は、他の地主等、土地を売払って小作人を困らせでるがら、自分だけは、意地でも売らねえって気になったのさ。ふんでも、皆んながああして売った処さ、自分だけ頑張って、島のように残して置いたって、何になんべさ。頑張るのなら、皆んなで頑張らなくちゃ。」
「ほだからって、恨みってえことは言われしめえ。殺すようなごとしてまで取立てる世の中なんだもの。」
「誰も、恨みごとなんか言わねえ。ふむ。旦那が気の毒だと思ってのごった。」
 鬱屈した気持の向け場に困っていた捨吉爺は、唇を尖らして、錆のある太い声で不機嫌に言った。
         *
 朝の一番の汽車に間に合うのには急がねばならなかった。併しお房は、何事も手に着かないらしかった。微かに身体を顫わしてばかりいた。荷物のことは、父親の捨吉と母親とで皆んな支度をしてやらねばならなかった。
「お房! お房! お房や!」
 斯う呼びながら、其処へ、腰抜け同様になって長い間床に就いているお婆さんが、襤褸ぼろを曳摺って奥の部屋から這出して来た。
「お房や! 行く前に、俺にも一目顔を見せで行ってくれろ。俺は、再度にどと汝とは会われめえから……」
 お婆さんはもう泣いていた。泣きながら、何か手にしていた襤褸で涙を拭った。
「可哀相に、遠くさやらねえで、森山の且那のどこさ、金をやる代りに、働きにやるってようなごと出来ねえのがえ? 東京だなんて、そんな遠くさ行って了ったら、俺は生きているうちに、再度と会われめえで……」
ばばさん! 丈夫になっていろな。五年や六年位は、すんぐに経って了うもの。そのうちに、鶴だの亀らが大きくなったら、俺家もよくなんべから。」
 お房はそう言いながら涙に咽せて来た。
「これは、お房や、汝が嫁に行くとき、半襟の一本もと思ってしまってだのだけとも、俺は汝に再度と会うべと思われねえから、汽車の中で飴でも買って食ってくれろ。」
 お婆さんは上り框まで這って来て、お房の腕に顔を押付けたりしながら、手にしていた襤褸をお房の手に握らせた。その中には幾らかの銅貨が包まれているらしかった。
「婆さん! いいから、いいから。婆さんこそ何か買って食ったら?」
 辞退してもお婆さんはきかなかった。
 お房はそれを貰って、涙を拭いながら、父親に送られて戸外に出た。荷物を背負った父親は、お房を先に立てて、雪の中へどふどふと這入って行った。門口のひいらぎの株を右に曲って、二人の姿が見えなくなると、母親は、わあっ! と声を立てて泣き出した。

上一页  [1] [2] [3] [4] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告