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右門捕物帖(うもんとりものちょう)03 血染めの手形

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:01:11  点击:  切换到繁體中文


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 石高はわずか三万石の小藩ではありましたが、さすがは天下の執権松平伊豆守の居城だけあって、とわに栄える松の緑は夜目にもそれと青み、水は満々と外濠そとぼり内濠の兵備の深さを示して、下馬門、二の門、内の門と見付け見付けの張り番もきびしく、内外ともに水ももらさぬ厳重な警備でした。むろん、伊豆守はことごとくお待ちかねでしたので、右門参着と聞くやただちにご寝所へ通して、刻下に人払いを命ずると、すわるもおそしと声をかけました。
「遠路のところわざわざ呼びだていたして、きのどくじゃった。そちのことであるゆえ、重大事とにらんで参ったことであろうが、実は少しばかり奇っ怪なできごとが突発いたしよってな」
 思いに余ったもののごとく、すぐと事件の内容に触れてこられましたものでしたから、右門も相手が大徳川の顕職にあることも忘れて、ひざをすすめながらざっくばらんに尋ねました。
「なにかは存じませぬが、その奇っ怪事とやらは、殿さまご帰国ののちに起こったのでござりまするか、それとも以前からあったのでござりまするか」
「それがわしの帰国と同時に起こりよったのでな、不審にたえかね、そうそうにそのほうを呼び招いたのじゃわ」
「といたしますると、何かご帰国に関係があるようにも思われまするが、いったいどのような事件にござります?」
「一口に申さば、つじ切りなのじゃ」
「つじ切り……? つじ切りと申しますると、いくらでも世の中にためしのあることでござりますゆえ、別段事変わっているようには思われませぬが、なんぞ奇怪な節でもがござりまするか」
「大ありなのじゃ。難に会うた者は、奇怪なことに、いずれも予が家中での腕っききばかりでの、最初の晩にやられた者は西口流やわらの達人、次の晩は小太刀こだちの指南役、三日めは家中きってのつかい手が、一夜に三人までもやられたのじゃ。しかも、それらが、――」
「一太刀たちでぱっさりと袈裟掛けさがけにでもされたのでござりまするか」
「いや、ぱっさりはぱっさりなんじゃが、奇怪なことには、どれもこれもが一様にみんなそろって右腕ばかりを切りとられたんじゃから、ちっとばかりいぶかしいつじ切りではないか」
「なるほど、少し不思議でござりまするな」
 口では少し不思議でござりまするなというにはいいましたが、右門はしかしそのとき、心の中でいささか失望を感じました。家中の者の腕っききばかりをねらって、その右腕をのみ切り取るという点は、いかにも不思議に思えば思えないこともありませんでしたが、なにしろたくさんある流儀のことでしたから、考えようによれば剣法の中にだって右腕ばかりを切るというような一派が全然ないとは保証できなかったからです。かりに一歩を譲って、そういうような流儀がなかったにしても、剣士によってずいぶんと右小手のみを得意とするつかい手がないとは断言できないんですから、むやみと奇怪がるのも少々考えもので、してみれば何か江戸と連絡のある犯罪ではあるまいかなぞと先っ走りをして考えたことも全然の思いすごしであり、したがってわざわざ羽生街道を迂回うかいしたことも、久喜の茶店からご苦労さまにさるまわしのあとをつけてきたことも、今となってはとんだお笑いぐさとしか考えられなくなったものでしたから、右門はその二つの理由からして、大いに失望を感じないわけにはいかなくなりました。
「なるほど、奇怪でござりまするな。奇怪と考えれば奇怪に考えられぬわけもござりませぬな」
 少し不平がましい口つきで、皮肉ととれば皮肉ともとられるようなつぶやきを、うわのそらでそんなふうにくり返していましたが、そのときしかし、右門の心鏡は、突如ぴかり――と例のように裏側からさえ渡ってまいりました。しばしば申しあげましたかれ独特の見込み捜索、すなわちあのからめての戦法なんで、まてよ、そうかんたんに失望するのはまだ早すぎるぞ、と思いつきましたもんでしたから、ふいっと顔をあげると、遠くからまじまじ伊豆守のおもてを穴のあくほど見つめました。見ているうちに、かれの緻密ちみつこのうえもなき明知は利刃のごとくにさえ渡って、犯行のあった土地が徳川宿老のご城下であるという点と、さながらその犯行が伊豆守の帰藩を待つようにして突発したというその二つの点に、ふと大きな疑問がわいてまいりましたものでしたから、右門は猪突ちょとつにことばをかけました。
「ぶしつけなお尋ねにござりまするが、お多忙なおからだをもちまして、なにゆえまた殿さまはかように突然ご帰国なさったのでござりまするか」
「えっ? 帰国の理由……?」
 と――どうしたことか、不意に伊豆守が不思議なほどな狼狽ろうばいの色を見せて、右門の鋭い凝視をあわててさけながら、濁すともなくことばを濁されましたので、あれかこれかと心の中にその理由についての推断を下していましたが、まもなくはッと思い当たったものがありましたから、右門は突然にやにやと微笑すると、ずぼしをさすよういいました。
「上さまは――将軍さまは、この二、三年とんと日光ご社参を仰せいだしになりませぬが、もうそろそろことしあたりがご順年でござりまするな」
「そ、そ、そうのう。そういえば、もう仰せいだしになるころじゃのう……」
 案の定、ずぼしが命中したか、日光ご社参と聞くと伊豆守の顔色にいっそうの狼狽が見えましたので、もうこうなれば右門の独擅場どくせんじょうでした。いつも公表するのが例であるご社参を、なにがゆえに今回にかぎりかくも厳秘に付しているか、まずその点についての見込みをつけて、しかるうえに伊豆守の突然な帰国の事実と、同時のように突発したこの事件とを結びつけて推断したなら、おそらく二日とたたないうちに下手人の摘発ができるだろうという自信がついたものでしたから、右門はもうまことに余裕しゃくしゃくたるもので、少しとぼけながら、伊豆守にいいました。
「旅であう春の夜というものは、また格別でござりまするな。では、もうおいとまをちょうだいしとうござりまするが、よろしゅうござりまするか」
「お! そうか! ならば、もう確信がついたと申すんじゃな」
「ご賢察にまかしとう存じまする」
「では、何もこれ以上申さなくとも、そちにはわしの胸中にある秘事も、見込みも、ついたのじゃな」
「はっ。万事は胸にござります。なれども、わたくしが捜査に従うということは、なるべく厳秘に願わしゅうござります」
「そうか。それきいて、松平伊豆やっと安堵あんどいたした。では、今後の捜査なぞについて不自由があってはならぬゆえ、この手札をそちにつかわそう。遠慮なく持ってまいれ」
 さし出された手札を見ると、この者の命令は予が命令と思うべし、松平伊豆守――と大きく書かれてあったものでしたから、まったくもう右門は鬼に金棒で、躍然としながら城中を辞し去りました。出ると、これもつるの一声。表にはご番士のひとりがちゃんと待ち構えていて、城中からほど遠からぬ数寄屋すきや造りの一構えに案内してくれましたものでしたから、まだ虚無僧姿のままの伝六の喜ぶこと、喜ぶこと――。
「ちえッ、ありがてえな、人間はまったく何によらず偉物になっておくもんさね。くたぶれた足をひきずってくると、このとおりちゃんともう向こうさまがお宿をこしらえておいてくだすって、ね、ほら、お座ぶとんは絹布でしょう。火おけは南部ぎりのお丸胴でね。水屋があって、風炉ふろには松風の音がたぎっているし、これはまたどうでがす。気がきいてるじゃござんせんか。だんなが知恵をひねり出すときにゃ碁を打つことを日本じゅうのみなさんがもうご存じとみえて、このとおりかやの碁盤が備えつけてありますぜ。それから、あっしのほうには――待ちなってことよ、江戸っ子にも似合わねえ意地のきたねえ腹の虫だな。はじめて酒の顔を拝んだんじゃあるめえし、そうぐうぐう鳴き音をあげるねえ。まだちっとぬるいようじゃねえか」
 ひょいとみると、あか銅壺どうこに好物がにょっきりと一本かま首をもたげていたものでしたから、ことごとくもう上きげんで、とくりのしりをなでなでかんかげんを計っていると、突然でした。風のようにお次の間のふすまがあいたかと思うと、見るからにういういしい高桃割れに結って、年のころならやっと十五、六くらいの楚々そそとした小女が、いま咲いた山ゆりででもあるかのように、つつましくもそこへ三つ指をついていたものでしたから、口ではいろいろときいたふうなことをいうにはいいますが、面と女に向かうと、うれしいことに、からもういくじのなくなるたちでしたので、まことにどうも笑止千万、すっかり伝六はこちこちになってしまって、あわてながらひざ小僧をかき合わせると、しかられたかめの子のように、そこへちまちまとかしこまってしまいました。同時に、右門も隣のへやから気がついたのですが、さすが右門は右門だけのことがあったものでしたから、べつに顔の色もかえず、静かに問いかけました。
「どうやら、ここはどなたかのご茶寮さりょうのようにも思われまするが、あなたさまは?」
「はっ……あの……わたくしは……」
 いいかけましたが、まこと陰陽おんようの摂理というものはあやかなものとみえて、小娘ながらも右門のごとき天下執心の美丈夫をかいま見ては、ちいさな胸もおののかずにはおかれなかったのでしたか、伝六を見たときはちっとも異状を現わさなかったその顔に、ぱっといちめんのもみじを散らして、ことばもとぎれがちにうつむいてしまいましたので、右門は少し微笑をみせながら、はじらいを救ってやるようにやわらかく尋ねました。
「わかりました、わかりました。なんでござりまするな。伊豆様からのおいいつけで、お越しなされたのでござりますな」
「はっ……なにかといろいろご不自由もござりましょうゆえ、旅の宿のつれづれなぞをお慰めに参れとかようにお申されましたので、ふつつかながら参じましてござります……」
「それはお奇特なこと。お名まえはなんと申されまするか」
「ゆみ――あの、弓と申しまする……」
「ほほう、お弓様と申されまするか、いちだんとよいお名まえでござりまするな。さいわい、わたくしめは白羽矢之助やのすけと申しますゆえ、弓に白羽の矢では、ちょうどよい取り合わせでござりまするな」
 珍しくむっつり右門が浮かれ屋右門になって、そんな冗談をいっていましたが、しかし、かれのまなこはそういう間にも絶えず小娘の身辺に鋭くそそがれ、その耳はまた絶えずなにものかを探るように表のほうに傾けられたままでした。
 と――夜陰にこもって、おりからちょうど、ごうんごうんと、遠寺のときの鐘です。数えると、まさに九ツ! 同時に、右門の態度ががらり変わりました。
「さ! 伝六! ひとかせぎしような」
 突然鋭く言いすてると、不意にすっくと立ち上がったものでしたから、こちこちになっていた伝六は、はじめて毒気が抜けたようにお株を取りもどして、すっかり生地のままの伝六となりました。
「まただんなの病気が始まりましたね。きょう来てきょう着いたというのに、突然人聞きのわるいことおっしゃいまして、ご金蔵でも破るんじゃあるまいし、ひとかせぎたあなんですか」
 しかし、右門は凛然りんぜんとして、もはやむっつり右門にかえり、江戸から用意の雪駄せったをうがち、天蓋てんがいを深々と面におおい、腰には尺八をただ一つおとし差しにしたままで、すうと表のやみの中へ、吸われるように歩きだしたものでしたから、ようやく伝六もそれと察しがついたものか、朱ぶさの十手をこっそりとふところに忍ばせて、すぐあとから同じ虚無僧姿をやみの中へ包ませてしまいました。


 

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